ヘッドホンとともに33年・2007 legend of ATH headphones audio-technica
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―根本さんが中心になって当社のヘッドホン事業を立ち上げられましたが、そもそも当社がヘッドホンに進出することになったいきさつから聞かせてください。

根本  米国法人のAudio-Technica U.S.Inc.から打診されたことがすべての始まりでした。当時、U.S.Inc.の社長がエレクトロボイス(EV)社の出身で、当社はVM型カートリッジをEV社にOEM販売していました。その関係もあって「ヘッドホンやマイクロホンもできないか」という提案を受けることにしたのです。

―それは何時頃のことでしょうか。

根本  1969年(昭和44年)です。当時、当社はアナログレコードのカートリッジが事業の柱で、米国から提案があるまでヘッドホンを手がける計画はありませんでした。

―当時のヘッドホン市場はどのような状況でしたか。

根本  その頃の日本のヘッドホンはステレオセットの付属品的な扱いが中心でした。当時の日本の部屋は狭く、しかも遮音の悪い構造でした。そこで、大きな音が周りに漏れないようにするために、ヘッドホンが標準付属品として添付されたのです。周囲への音漏れを防止することが主な目的でしたので、品質、音質は二の次でした。

―マニア向けや業務用途の商品についてはいかがでしたか。

根本  スタックスとエレガの2社で市場をほぼ独占していました。コンデンサー型のスタックス製品は分解能の高さでマニアの人気を博していましたが、低音に弱点がありました。一方のエレガはダイナミック型で、NHKや電電公社など業務用のヘッドホンを一手に引き受ける一方、ステレオセットに添付するための製品を各社に供給していました。

―新規参入にあたって成算はいかがでしたか。

根本  私は以前、日本ビクターにおり、カートリッジやヘッドホンなどのトランスデューサー(変換器)を担当していました。その時にお付き合いのあった部品メーカーさんなどに相談し、協力を得て、ヘッドホンをやろうと決めました。

―当時、当社の主力商品はカートリッジで、トーンアームも生産していました。これらの技術はヘッドホンの開発の際に役立ったのでしょうか。

根本  カートリッジとヘッドホンは持ち場こそ違いますが、トランスデューサーというくくりでは共通です。一方、トーンアームは、ヘッドホンやマイクロホンへの新規参入を支えた重要なファクターでした。精度の高い作りが要求され、すべてのパーツが機構部品であり外観部品でもあるというトーンアームを作っていたことが、ヘッドホンやマイクロホンの精度や美しさを実現する上で、大きな技術的バックボーンになりました。

―新規参入にあたって、どのようなポジショニングやコンセプトで臨まれたのでしょうか。

根本  安物ではなくどこにも負けないクオリティの高い商品の開発を目指しました。音質面ではコンデンサー型の分解能の高さがあって、なおかつ低域がダイナミックな音。これらの要素を製品に取り込むことを開発の指針として設定しました。
―開発を決定してから製品が完成するまで、どれくらいの時間がかりましたか。

根本  1969年に開発のための調査や計測機器・設備の整備に取りかかりました。2年後の1971年にプロトサンプルが完成。さらにその3年後の1974年に開発が完了し、製品の発売にこぎつけました。

―その間、開発作業は順調に進んだのでしょうか。

根本  音の問題で大変苦しみました。当初、ヘッドホンはヘッドホンだけを考えて振動板や磁気回路の成型など試行錯誤を繰り返しましたが、なかなか思い通りの音が出ませんでした。ある時、たまたま近くにあったマイクロホン用のユニットを試しに入れたところ、高分解能でしかもしっかりした低音が出てきました。よし、これでいこうと決めました。
―マイクユニットの優位性は何でしょうか。

根本  高分解能を実現するには振動系が軽いことが必要です。マイクユニットの振動系は非常に軽いので、この条件にあっています。また、コンデンサー型の場合は支持系統があいまいなのでしっかりした低域を出せませんが、当社のヘッドホンはエッジでピストン運動を支え、振動板が的確に動作するように作られていますので、ダイナミックな低音もしっかり再生できました。

―その記念すべき1号機がAT700シリーズだったということですね。

根本  単に音がいいだけでありません。さきほど挙げた開発指針に沿って凝った作りにしました。たとえば、ヘッドホンを上げ下げする時にカチカチという感触のよいクリック音が出るようにしたり、イヤパッドのスムーズなクリーニング交換を考慮して設計するなど、精度の高さを感覚的に訴求するさまざまな工夫をしました。

―しかも、筐体にアルミを採用するなど、今見ても非常に綺麗なデザインですね。

根本  どこにも負けないヘッドホンを作ろうということで、部品にしても構造にしても非常に贅沢な作りにしました。その結果、高価な商品になってしまいました。当時はまだステレオセットにヘッドホンが添付される時代でしたので、1号機のAT700シリーズは会社の業績にはさほど貢献できなかったように記憶しています。
―しかし、それがベースになって、後年、オーディオテクニカのヘッドホン事業が花開いてきたということですね。

根本 本格的にヘッドホン事業が立ち上がってきたのは、AT700シリーズから3年後の1977年に、ATH-5,ATH-7,ATH-8を発売した頃からでした。試行錯誤を繰り返し大変苦労しながら、心臓部にあたるユニットをダイアフラムから自社開発し、成瀬工場で生産しました。市場でもこの頃から、当社のヘッドホンは市民権を得るようになり、事業としても花が開いてきました。

―それが今日の礎になっているということですね。ありがとうございました。
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