プロジェクト1503IIIaの誕生まで

もういちどトーンアームをつくろう--オーディオテクニカの社内でアーム復活の機運が高まってきたのは、単にビジネス上の理由や要求からではありません。CDが発売されて20年、デジタルオーディオも大人の時代を迎えたといえる今日、アナログレコードに直接関連する商品の生産量は当社でもすでにわずかです。それにつれて、開発/製造にたずさわる技術者の数も少なくなっています。

わけても、すっかり忘れ去られようとしているのがトーンアームです。その製造を実際に体験した社員は、別の職務についたり退職したり、もうほとんど残っていない状態です。このままでは、トーンアームの技術が消滅するのも時間の問題と考えられるのです。

それはやむを得ない時の流れと割り切ってしまうのは簡単です。けれどオーディオテクニカは、カートリッジやトーンアームの精密加工、組立技術を土台にして生き、成長してきた会社です。その土台を軽々しく捨て去るわけにはいきません。カートリッジは現在でも生産していますが、カートリッジをサポートするトーンアームの技術をなくしたら片手落ちということにもなるでしょう。

トーンアームがなければカートリッジは機能しません。高性能なトーンアームに取り付けることによって、カートリッジははじめてその能力を発揮します。トーンアームはつまり、アナログオーディオのもっとも大切な土台にほかならないのです。

トーンアームの精密技術を若い世代に伝え残すことは、ですからオーディオテクニカにとってどうしても必要な基本事業になります。そしてそれには、実際にトーンアームづくりを体験する必要があります。そこで、かつて設計/製造に従事したベテラン技術者を中心として、これからの時代を担う若いスタッフが集められ、トーンアームの再研究が始まりました。プロジェクト1503IIIaのスタートです。

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プロジェクト1503IIIaの挑戦

トーンアームの再研究から実際の物づくりへ進むにあたって、大きな問題がつぎつぎに発生しました。第一の関門は、では何をつくるかです。何をつくるかは、メーカーにとってきわめて重要な商品企画の問題ですから、設計/製造技術者の独断で決めるわけにはいきません。山のようにいろいろな意見が出てきます。

AT1500シリーズの復刻という方針がようやく決まってからも、議論は尾を引きます。1964年から足かけ28年間にわたって製造されたAT1500シリーズには、マークIVまで4つのタイプがあり、しかもそれぞれが16インチ型(ロングアーム)のAT1501シリーズと14インチ型のAT1503シリーズに分かれます。合計8種類もあるのです。

AT1500シリーズはもともと放送局用プロフェショナル・トーンアームというステータスをもつ定番製品ですが、今回の復刻は業務用途が目的ではありません。コンシューマーのハイエンドオーディオ用です。結論としてAT1503IIIが選ばれた理由もそこにあり、シリーズ8種類のなかのベストセラーで、またアマチュアに扱いやすいことが決め手になりました。アームボードへの取り付け寸法はマークI からIVまで同一ですので、そのまま載せ換えることもできます。

復刻モデルの型名はAT1503IIIaとしました。オリジナルの設計図面にしたがい、各部の素材やパーツもできるかぎり当時と同じものを使用しました。しかし、ここでまた問題が発生します。成型部品類の金型がまったく残っていないことと、トーンアーム用の基礎部品を製造するメーカーがないことでした。1978年当時には既製の規格品として容易に入手できたヘッドコネクターや出力コネクターでさえ、今はもうつくられていないのです。これらはすべて新しく金型を自製し、独自に製作しました。

もうひとつの大きな問題は、当時の生産記録が見つからないことでした。設計図面はあっても、組み立ての手順やノウハウを記したマニュアルが失われているのです。こればかりは、わずかに残っている経験者のいわば職人芸をお手本として、若い技術者に身体で覚えてもらうほかはありません。組み立てに必要な治工具も、新しく工夫して製作しました。プロジェクト1503IIIaのスタッフにとっては、毎日がこのように予想を上回る困難への挑戦でした。

そうしてかぎりなくオリジナルに忠実なトーンアームに仕上げられたAT1503IIIaですが、例外的に意図して仕様を変えている部分があります。たとえばアーム内部のリード線で、6N-OFC(純度99.99997%の無酸素銅線)を使用しています。これは音質上の選択です。オリジナルは4Nの銀線で、当時は事実上ベストな素材でした。この変更にともない、ヘッドシェルと出力ケーブルも変えてトータルな音質向上をはかりました。

AT1503IIIaに採用したヘッドシェルは現行品AT-LT13aに6N-OFCのリード線を採用した特別仕様です。
 

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プロジェクトリーダーからのメッセージ(談・寺田淳男)

 現場から離れて久しいのですが、以前はトーンアームの設計を長く担当していました。AT1503の歴史はもっと長く、私が入社した頃にはすでに多くの放送局や施設でひろく使われていました。それがマークII、III、IVと進化し、その都度設計者が変わっていきます。もともと信頼性の高い業務用トーンアームに、進化の度に各々の技術者の思い入れがプラスされながら発展した珍しいロングセラーといえるでしょうね。

 AT1503IIIは私と共に若い技術者が設計を担当したモデルです。このころには一般のアマチュアや小規模なFM局などの需要が多くなっていましたので、がんじがらめの放送用規格品というより、もっと使いやすくて汎用性に富んだユニバーサルアームにしよう、音もよくしようと考え、色々なアイディアを検討しながら積極的に盛り込んで設計したものです。

 アンチスケーティング機構を付けたり、高さ調整を簡単にしてしかもガタつかない構造にしたり、内部配線にテフロン被覆の銀線を使ったりしたのも、一般ユーザーのニーズを強く意識したからです。

 トーンアームは物理天秤に似た精密機械ですが、ただそれだけではない特殊性をもっています。具体的にそれは何かといいますと、回転軸受です。ベアリングまわりの調整によって音質が決まるのです。軽く動けばよいというものではないし、機械的に一定のトルクで正確に締めればよいというわけでもない。機種ごとに、あるいは1台1台全部に最適な調整ポイントがあって、エンジニアとしてはそこがトーンアームの面白さになるわけです。
動作感度と音のかねあいですね。

 そのポイントをつかまえるのは手先の感覚、作業者の熟練あるのみです。自動機やコンピューターでトーンアームはつくれません。

 他の部分の組み立てについては、当社は精密工作の得意なメーカーですから創業以来の技術が継承されています。そういう技術を身につけた若い人にトーンアームの面白さをぜひ理解してほしかったし、できあがったAT1503IIIaを通して、ユーザーの方々にもトーンアームは人間がつくるものだと分かっていただけたらありがたいと思っています。

 あ、念のため申し添えますが、そんなわけですから回転軸受部分には絶対に手を加えないでください。音のバランスが狂ったり、ベアリングが壊れたりしてしまいます。

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