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ARTIST ELITEシリーズとATW-T98Cが
白熱のステージを強力にサポート!

—あがた森魚×田中泯“架空 fictitious”in草月ホール—
2003.10.29.
ABOUT THE ARTIST


 詩情あふれる数々の曲で日本のポップスの世界に独自の存在感を示し続けているアーティスト・あがた森魚さんが、10月29日、東京・赤坂の草月ホールで舞踏の巨匠・田中泯さんと共演されました。オーディオテクニカは、“架空 fictitious”と名づけられたこの記念すべきライブのマイクロフォンをフルにサポートしましたので、以下、この日の様子をレポートします。

 会場の草月ホールは、現在は建て替えられて装いも変わりましたが、60年代からさまざまな先端的なアートの舞台になってきたという歴史もあって、この日も音楽だけのライブとはかなり雰囲気の違うファンの方たちがつめかけました。そのため、予定時間よりやや早く18時を少し過ぎたところで開場になり、客席も一杯になった19時過ぎに開演しました。
 まずバンドのメンバーとあがたさんが姿を現わし、淡々とした調子で演奏が始まると、あがたさんの歌に寄り添うように田中泯さんがステージに出てきましたが、その動きは静かでゆっくりとしているのに、目を離すことができません。
「圧倒的な存在感がある」といえばよいのでしょうか、田中泯さんの姿は、私たち見る者の意識の眠っている部分を揺り起こすように、ゆるやかにステージの上を移動します。丈の短い着流しに柔らかそうな帽子をかぶっただけの田中泯さんの姿は“異形の人”のようでもあったのですが、このときの田中泯さんは、まるでシャガールの絵にあるように、あがたさんたち4人の楽士を従えて、サーカスの到来を告げるパレードを先導する王様のようにも見えました。
 このライブの演奏面での特色は、3人のバンドの内の二人がバンドネオンをメインに演奏したことで、3曲目の「オー・ド・ヴィ」、5曲目のピアソラ作曲の「Oblivion」と、バンドネオンが活躍するタンゴ調の曲が続き、その音色がホールの隅々にまで浸みとおってゆくとともに、何かが起きそうだという予兆がふくらんでゆきました。

 そして、ライブも中盤に入り、あがたさんがピアノの弾き語りで「冬のサナトリウム」を歌い、続いて「いとしの第六惑星」を歌い始めたときに、“それ”が起きました。ゆったりとしたスラックスに上半身は下着のようなシャツだけの姿に変わっていた田中泯さんは、ステージの上に置かれていた大きな石をかつぎ、それを首の後ろに載せたままゆっくりと歩いていたのですが、この曲が始まったところで、静かにかがみ込んだかと思うと、突然、「ダーン!」という音とともにその石を床に落としたのです。石は、かなりの重さだったのでしょう。その音はまさに衝撃といってよいほどで、ステージの上はもちろん、ホール全体をふるわせ、あがたさんの歌も深みと切れ味を増し、耳に飛び込む音までが一気に加速して密度が高まったかのように聴こえ始めたのは驚きでした。
 これに続くステージは、圧巻だったというしかありません。あがたさんは、続く「小さな喫茶店」からはマイクをワイヤレスのATW-T98Cに持ち替えましたが、このタンゴとシャンソンがミックスされたような曲でも、言葉がまるで語るかのように無雑作に投げ出されたかと思うと、たちまち熱と速度を増して疾走し、ホールを満たしてゆきます。そんなあがたさんの“歌”のダイナミズム(=振幅の大きさ)は形容しがたいほどで、単なる“技”や“うまさ”のレベルを越えて、言葉にこれほどのニュアンスを与えることのできる「歌い手」が他にいるだろうか?という気にさせられました。
 そして田中泯さんは、あまり広くもないステージの上を旅するかのように、ゆるやかな動きと素晴らしい速さや軽やかさをないまぜにして、限りもなく多彩なイメージを身体で描き出してゆきます。それは、どこか遠くに置き去りにされた時間のカタマリを引き寄せるようでもあれば、幾重にも折り重なった時間の層をくぐり抜けようとする姿のようにも見えて、その自在さや言葉にしがたい大きな力には、ただ驚嘆するしかありませんでした。
 ただし、このお二人によって生み出されたものがある種“途方もないもの”だったことはたしかですが、それは決して難解なだけのものではありませんでした。あがたさんと田中泯さんが歌い・踊ることを楽しんでらっしゃることは客席にも十分に伝わってきて、ステージも後半に入った頃に客席のあちこちから起こり始めた手拍子に込められた賞賛の思いは、最後まで途切れることがありませんでした。

 ライブも終りに近づいたところで、お二人の出会いの機縁にもなったという「水晶になりたい」が演奏されましたが、これは、あがたさんの歌も、田中泯さんの舞踏も、そしてバンドの演奏も絶品とでもいうしかないもので、きらめきながら飛び交う音の粒子や、その一つひとつを自分の身体に溶け込ますようにして踊る田中泯さんの姿によって、日頃の私たちをつなぎ止めているちっぽけな自我=エゴは粉砕され、宇宙の彼方に吹き飛ばされるかのような感じがしました。ライブはアンコールに「港のロキシー」が演奏されて幕を閉じましたが、開始から終わるまでの約1時間半をうまく形容できる言葉は見つかりそうもなく、ただ、そこには濃縮された美しい時間が流れていたという思いだけが残りました。

 このライブで、マイクはすべてオーディオテクニカがサポートしましたが、あがたさんのボーカルにAE5400、アコースティックギターとピアノにAE5100、2台のバンドネオン用にAE3000を各4本ずつ、2つのギターアンプにはAE2500、パーカッション用にAE5100、バックボーカル用にはAE4100と、ワイヤードのマイクはすべてARTIST ELITEシリーズで揃え、あがたさんのボーカル用にお使いいただいたワイヤレスはコンデンサー型のユニットを搭載しているATW-T98Cでした。草月ホールは比較的小さく、ステージの位置や形状もSRにとってあまり条件がよいとはいえませんが、ARTIST ELITEシリーズとATW-T98Cの伸びがよくて質感豊かな音は、ステージと客席の一体感を生み出す上でも大きく貢献できたといってよさそうです。
 とくに、身体を丸ごと使ってモチベーションを高めてゆくようなあがたさんの歌い方にはワイヤレスが不可欠といってもよさそうで、ATW-T98Cを手にして歌い踊るあがたさんの満足そうなや姿や表情はとても印象的でしたし、若手のアーティストには真似ができそうもない独特の魅力にあふれていたことを付記しておきたいと思います。

   

AE3000

AE2500

 

AE5100


PROFILE

あがた森魚(もりお)
1948年北海道生まれ。小樽、青森、函館で育つ。1970年に鈴木慶一らと出会い、音楽活動を開始。'72年のメジャーデビューシングル「赤色エレジー」の大ヒット後、多くのLP/CDをリリースするとともに、映画製作、映画・CM・TV番組の音楽制作、エッセー執筆等、ジャンルを越えた活躍を続けている。映画では「僕は天使ぢゃないよ」('74)、「オートバイ少女」('94)、「港のロキシー」('99)の3本を監督・製作し、林海象監督のデビュー作「夢見るように眠りたい」('87)をプロデュース。主なCDに「日本少年」、「永遠の遠国(二十世紀完結篇)」、「20世紀漂流記」(ベスト盤)、「佐藤敬子先生はザンコクな人ですけど」等がある。


田中 泯(たなか・みん)
1945年東京生まれ。舞踏家。学生時代からクラシック・バレエとモダン・ダンスを学び、モダン・ダンサーとして活動した後、'73年から一人だけの活動に入る。'78年に「身体気象研究所」を設立し、以後、内外の舞踊祭・演劇祭への招待参加、独舞、グループ作品の公演を始める。'80年代前半には土方巽に師事。
世界各地のオペラ座や舞踊団の委嘱により新作振付・演出・主演をおこなう一方、'85年に山梨県白州町で農業と舞踊を合わせた実践を開始。'95年には「舞踊資源研究所」を設立し、現在、農事組合法人・舞踊団「桃花村」を主宰。ギタリストのデレク・ベイリーやジャズピアニストのセシル・テイラーなど即興演奏の世界的巨匠たちとの共演も多く、2002年には初出演した映画「たそがれ清兵衛」(山田洋次監督)での鬼気迫る演技で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞し、話題を集めた。

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