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マイク・シノダ
 

— ところで、ミュージックビジネスを始めたきっかけは何だったのですか?

M:  子供のころクラシックピアノを習いながら、ギターとその他の楽器を独学で身につけた。もしそれを“プロデュース”と呼べるのなら、オレはそれをとても若い年齢で始めたと言えるね。
16歳か17歳のときに、友人たちの歌を自宅で4トラックのマルチカセットレコーダーで録音し始めた。リンキン・パークの最初のデモテープを、あるレコード会社のA&Rディレクターに送ったのを覚えてるよ。
その当時はXero(ゼロ)と名乗っていた。そのディレクターはオレらに「デモテープの音を気に入った。どこで録音したのか?」と聞いてきた。カセットの4トラックレコーダーで録音したことを教えると、信じられないといった表情をして「まるでスタジオで録音したようだった」と言ってくれたんだ。
彼は、オレらが地元でライブをやっているのかどうかを聞いてきたが、そのときはまだバンドのメンバーがそろっていないと答えた。そこで彼が、メンバーを集めてライブ演奏を始めるように言ってくれたので、そうしたんだ。
その Xeroの古いデモテープは今でもインターネットでやり取りされているよ。リンキン・パークやフォート・マイナーのWebサイトでファンに聞けば入手方法を教えてくれるだろう。

 

— どのようなミュージシャンに影響を受け、そしてインスパイアされましたか?

M:  RUN- DMC、ビースティ・ボーイズ、LLクールJ、ラキム、NWA、ブギ・ダウン・プロダクションなどのヒップホップを聴いて育った。その後、オレの大好きなラップグループたちがサンプリングしていた、レッド・ツェッペリン、ジミ・ヘンドリックス、パーラメント/ファンカデリックなどにのめり込んでいったんだ。

— SUMMER SONICでは2つのバンドで演奏を次々と行っていましたが、この経験は楽しめましたか? スケジュールはキツくなかったですか?

M:  とんでもないスケジュールだったよ!
 こんなことは2度とできるか分からないくらいだ。しかし、声の調子を損わずに何とかやりとげることができて良かった。1日に2ステージ、それを連続2日間やらなければならなかったんだからね。約30時間で4ステージだよ。声が出なくなるだろうと思っていたので、ステージの間はなるべくしゃべらないようにしていたのが良かったらしい。
結果はすべてうまくいき、本当に素晴らしいステージとなったからね。

マイク・シノダ
 

— 最後に、これから始めようとしているミュージシャンへのアドバイスはありますか?

M:  オレは、いつも人に「自分のことは自分でできるようになれ」と言っている。もし自分で自分の曲をプロデュースできれば、インターネットや手渡しでファンたちに届けることができるだろ?
 ぜひそうすべき。良い音楽はその実力によってファンを引き付けるものだと思う。大げさなマーケティングのプランや大金はいらないんだよ。時間がかかるかもしれないし、あいまいな部分を突き抜けなければならないかもしれないが、首尾一貫した態度をとり続けていれば、ファンはきっと見つけてくれるはず。オレらはみんな良い音楽を探していて、見つけたときには友達に教えるだろ?
 ミュージシャンならば、人が友達に教えたくなるような音楽を作ることだね。

—ありがとうございました。

【Artist Profile】

LINKIN PARK

Chester Bennington (Vo)
Mike Shinoda (Vo)
Brad Delson (Gr)
Joseph Hahn (DJ)
Rob Bourdon (Dr)
Pheonix (Ba)

高校の友人だったブラッドとマイクは、アンスラックスとパブリック・エナミーのジョイント・コンサートに衝撃を受け、バンド結成を決意。同じ学校のドラマーのロブと、パサデナ・アート・センターで絵画を学んでいたDJのジョゼフを誘い、バンドはスタートした。96年から"ハイブリッド・セオリー"というバンド名で活動を続け、2年前にアリゾナ出身のシンガー、チェスターが最後にバンドに加入し、ロサンゼルス周辺から集まった5人組は本格的な活動をスタートさせる。

彼らと同じバンド名のバンドがすでに存在していたために、彼らは改名を決意。"LINCOLNPARK"という名前がクールだというチェスターの意見が取り入れられるが、インターネットのURLにすでに登録があったため、同じ発音を持つ "LINKIN PARK"にバンド名は落ち着く。

ヘヴィ・ロックの中によりヒップホップやエレクトロニックの要素を取り込んだストリート色の強いサウンド、その聴くものを捕らえて離さないメロディ、そしてメッセージ性。デビュー・アルバム『ハイブリッド・セオリー』一枚で、全世界制覇をリンキン・パークは成し遂げてしまった。そして今ロック界のニュー・ヒーローとして、リンキン・パークは君臨している。

デビュー・アルバム『ハイブリッド・セオリー』は全世界ですでに1、500万枚を超えるメガ・ヒットとなり、2002年のグラミー賞でも3部門にノミネートされ見事ベスト・ハード・ロック・パフォーマンス賞を受賞。しかも2001年にアメリカで最も売れたアルバムとして、『ハイブリッド・セオリー』は認定され、最新シングル「イン・ジ・エンド」は全米ナンバー1を記録した。

その後、彼らは全編がリミックスのニュー・アルバム『リアニメーション』をリリース。プロモーション・ビデオ「ポインツ・オブ・オーソリティ」の見事なCG映像も手伝って、こちらも全世界で記録的なヒットとなった。

2003年にはセカンド・アルバム『メテオラ』を発表。メロディックさを強調するためのストリングスとテクノロジーの限りを尽くしたサンプリング他のサウンド・エフェクトで、ロックの方法論に新たな指標を提示した。「サムホエア・アイ・ビロング」、「フェイント」、「ナム」、「ブレイキング・ザ・ハビット」などヒットを連発。こちらも全世界で1,000万枚を記録するヒットとなっている。

 

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