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Live Report top 2010.8.7 sat 2010.8.8 sun
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— プロオーディオ業界でのキャリアをどのようにスタートされたのでしょうか? あなたはミュージシャンですか?

ナイジャル・ポール氏(以下NP):イギリスの大学を卒業する間近に、アメリカで行なわれる夏季の野外キャンプのカウンセラーの仕事を申し込みました。私はそれまでアメリカへ行ったことがなく、他の学生たちと同じ金欠の状態でした。ワーキングホリデーなので、決まった飛行機の便を使って帰国しなければなりません。2週間後にはニューヨーク州アップステートでのキャンプで、知的障害のある子供達の世話をしながら、何かを見出そうとしていました。音楽ビジネスで働こうと考えるならそれほど悪い準備期間ではなかったと思います。キャンプの仕事が終わると残りの自由時間を使い車でアメリカ横断し、すっかり気に入ってしまったサンフランシスコにたどり着きました。その後数日で、私は本能に従って帰国のフライトをすっぽかし、新しい環境を探検することにしたのです。

私はかろうじて食いつないでいましたが、当時サンフランシスコのベイエリアでそこそこ有名だった、小さなインディー・レーベルと契約していた“The Hoovers(フーヴァーズ)”というローカルバンドの二人のイギリス人を紹介されたのです。クルーがいなかった彼らは、ライブがあるときに機材の運搬を手伝う、という私のオファーを受け入れてくれました。音楽ビジネスの経験は全くなかったのですが、何かが私の興味をそそり、そして何よりもお金が稼げるようになりました。

バンドは、平日の夜にはサンフランシスコのS.I.R.(訳註:Studio Instrumental Rental リハーサルスタジオ)でリハーサルを行ない、私もそこにいました。仕事に対する強い興味が加速度をつけて行った頃ですね。私はいつでも、彼らが来る前にバックラインのセットアップを終え、その部屋のモニター・システムで実験を行ない、実際にどのようにコンソールを操作すればモニターの音が変化するかを物理的に研究していました。数回後のリハーサルで、私はバンドメンバーが他のメンバーに話しているのを聞きました。「今日のモニターはいつもより音が良くないか?」これこそ私に満足感が満たされた瞬間でした。彼らがギグを行なうとき、私はFOHエンジニアにまとわりつき、何をしているのか観察し質問もしましたね。私は、完全に理解できるまで満足できない性分で、それは今でも変わりません。

バンドが可能性を持っていると判っていましたが、リハーサルでは本当にいい音を出せるのに、本番でのミックスは聞くに耐えないものだったのです。もし私にチャンスをくれるなら、少なくとももっとマシな音を出せるのではないか、と思いました。この時期、私は音響機器のメーカーにカタログや写真など取り寄せしたおかげで、いろいろなことがわかるようになっていたのです。S.I.R.に通いながら、数ヶ月間集中して勉強をした後、遂にバンドのメンバーたちを口説き、使っていないリハーサルの部屋の機材を使って実験を行なうことができました。私はバンドに質問を投げかけてみました。私がライブのミックスをやることについてどう思うか。最初に気まずい沈黙があり私抜きで協議を始めました。結果、彼らは私に“やらせてみる”ことにしたのです。次の週末には人生で最初のライブのミックスをすることになりました。モニターはフロントからミックスされ、無我夢中で仕事をこなしていきました。緊張しましたが真剣に取り組みましたね。ギグが終わり皆喜んでくれました。“成功した(または失敗しなかった)”2回目の仕事の一週間後には、私は彼らのオフィシャルな【音声さん】として任命されたのです。しかし、その時の私はまったくのかけ出しに過ぎなかったのです。

当時のベイエリアの音楽シーンはとても強力で、“The Hoovers”での私の仕事ぶりを聞きつけた他のローカルバンドからも定期的なオファーがありました。やがてベイエリアのライブハウスで毎晩働くようになり、そこの一般的なライブハウスの機材を使い必死に独学で学びました。辛いながらも卓越した勉強法だったと思います。違うタイプのコンソール、アンプ、スピーカー、マイクロホンなどを比較でき、いつもの機材との、質の違いが何であるかということを学びました。また、ハイクオリティな機材の可能性を自分の手で触れることによって判断することもできました。私が仕事をしていた二つのバンドは、故Bill Graham(訳注:ビル・グレアムはサンフランシスコの伝説的なロックのプロモーター)の個人的なお気に入りで、サンフランシスコにツアーに来たアーチストに前座がいない時は、いつも仕事をもらえましたね。カブキ・シアター、グリーク・シアター、ウォーフィールド、フィルモアといった会場でのライブの仕事では、馴染みがなかったハイレベルな技術に、初めは圧倒されましたが、同じ方法で接しながら学んでいきました。メーカーに手紙を書いて、もらえる情報は何でも入手しましたね。会場には早く到着し(その日のヘッドライナーの機材搬入からその場で勉強していたのです!)、エンジニアに気に入ってもらえるように最大限の努力をしました。一挙手一投足を見守り、質問を礼儀正しく聞き、その夜自分が使う前に持ち込み機材に装備されている、自分にとって未知の存在であるVCA(訳注:Voltage-Controlled Amplifier = 電圧制御増幅器)というものが、どういう働きをして、どうやって使うのかを把握しようとしたのです。エンジニアの中にはとても親切に力になってくれる人もいました。私もFOHエンジニアに会いに来て沢山の質問を浴びせるような、有望な若者たちには気を配っていますよ。たまにそういう若者にかつての自分を重ね合わせるときがありますしね。質問が何であれ、いつでもベストな回答をするようにしています。全ては接しかたです。「なあ、あんた」では、それ以上先へは進めません。

あなたの二つ目の質問への答えですが、家でギターとキーボードをちょっといじっていた程度なので、自分のことはミュージシャンとは呼べません。ミキシングが私の表現方法であり、フロントの機材が私の楽器です。自分がステージに上がって何かするよりも、フロントで本物のミュージシャンたちのために何かやっていることが、自分にとって大変快適なことなのです。

— ドリーム・シアターとはどのようにして仕事をするようになったのですか?他に誰と仕事をして来ましたか?

NP:彼らは、スティーヴ・ヴァイ(Steve Vai)から私のことを勧められたのだと思います。私は2002年にドリーム・シアターのマネージャーである、フランク・ソロモン(Frank Solomon)から電話をもらいました。彼はこの業界での本物の紳士と呼べる人物で、私にFOHのポジションをオファーしてくれたのです。そのオファーを受け、8年間何百回ものショーをともに過ごすことになります。

私が手がけた現在、および過去のクライアントたちは、アヴェンジド・セヴンフォールド(Avenged Sevenfold)、メガデス(Megadeth)、ジョー・サトリアニ(Joe Striani)、スティーヴ・ヴァイ、チープ・トリック(Cheap Trick)、ミスター・ビッグ(Mr. Big)、クリス・アイザック(Chris Isaak)、クリストファー・クロス(Christopher Cross)、喜多郎、ヒロシマ、トイ・マチネー(Toy Matinee)、そしてイエロージャケッツ(Yellowjackets)などです。

— ツアーでの典型的な一日について教えていただけますか?

NP:早起きして会場に向かい、その日のその会場に着いて、セットアップを開始する前に打ち合わせをする必要があるような問題などがないかどうかを、ほかの音響関係者たちと確認します。自分自身をその場所に慣れさせるために、数分間かけて適応させます。軽い朝食をとり、シャワーを浴び、それからフロントに向かいます。

私はいつも自分のFOH用機材のセットアップを行ないます。それが仕事の次の順序です。仕事熱心なローディーたちから少し距離を置くことで、全ての機材やケーブルがきっちり私の設置したい場所にセットアップされるのです。私は整理整頓された作業場が好きです。また、全てのものにラベルを貼ってしまう几帳面な性格で、私と一度でも仕事をしたことがある人間ならおそらくそのことを知っていると思います。それは、ライブでの照明条件とプレッシャーがかかっている状態でのトラブルを、素早く解決するための単純な配線ミスに対する必要充分なチェックとして有効である、という理由から今では広く知れ渡っている方法です。

次はチューニングを行ないます。私の仕事のやりかたは、システムのテクニシャンに時間的調整を取り、必要なイコライジングの件を伝え、それから自分の声を含めて熟知している音源を聞きながら、自分の好みに合わせて微調整するというものです。実際にはシステムテクニシャンの手配は私の考えに非常に近いのですが、ミキサーの個人的な必要性や好みに適応させるため、意図的に少し余裕を持たせたセットアップを行ないます。最後に、自分で選んだ音源をPAで鳴らして聞きながら会場全体を歩き、フロントにいるテクニシャンに無線でその場での考えや気付いた点、提案などを伝えます。

余談ですが、この仕事は本当にチームワークが必要です。私の経験上、最良の仕事関係とその結果は通常、全てのメンバーがその提案を必要と感じ、意見が尊重され、安心して自分の考えを言える場合に達成されます。各人のアドバイスを評価し、貢献させることが良い最終結果につながります。知識のあるセカンドオピニオンは偉大な財産で、しかもミックスの作業をしている時に信頼できるもう一対の耳があることは非常に助かります。何かに対応している自分が、ただチラっと聞いたものと、信頼できる人に聞いたものがあれば充分な検討材料になる時があるからです。ミキサーとしてライブが行なわれている間はフロントから離れる危険を冒せないので、会場を歩ける誰かがいて、どの部分を正せば良いのか提案をしてくれることは助けになります。

その後、ステージに上がってマイクロホンの位置を微調整したり、デジタル入力のスイッチの状態を確認したりした後で、全てのライン入力のチェックをバックラインのクルーと行ない、全ての音がちゃんと出ているかをフロントとモニターで確認します。バンドが来るのを待ち、そしてサウンドチェックを行ないます。通常は、ミュージシャンごとに大まかなランスルーを行ない、それから数曲バンド全体でリハーサルを行ないます。たまに、バンドがリハを行なう機会が新しいアイデアにつながることもあったりします。そういう場合はずっと録音をしながらリハを行ない、後でバンドがその音を聞きたい時に音を出せるようにしています。

今頃の時間だと、ケータリングで夕食をとり、その後少しリラックスします。ヘッドライナー本番まで時間がある場合は、その間に本を読んだり、散歩をしたりします。私はカメラ好きなので、どこに行くときもカメラを持ち歩いています。ツアーでは世界のいろいろな場所に行けるので、その機会を写真撮影に最大限活用していますね。

本番が近くなると、前座のバンドがいる場合は最後の曲が終わる数分前にフロントに行き、サッと音を聞きます。ドリーム・シアターの単独ライブの場合は、通常本番が始まる45分前にフロントに入ります。客入れの音楽が流れている間に、自分の本番前の順序立てたランスルーを行ない、見落としがないかを確認します。規定時間内での確認を終えてから、無線で最後のカウントダウンを行ない本番のスタートとなります。
本番が終わると、私は全てのフロントの機材の電源を落とし、必要であれば機材を会場の搬出口まで運搬してトラックに乗せる準備をします。その時点で私の一日の仕事は終わりです。ツアーバスに乗り込んで眠り、次の都市に到着するとまた最初から全てのプロセスが始まります。

— あなたはどのようにしてご自分の耳の健康を維持しているのでしょうか?

NP:概して、高い音圧レベルに自分をさらすことを制限していて、ミックスする時には全体のレベルに細心の注意を払っています。
ロックコンサートを見に来る観客は、確実にロックコンサートを聴くことを期待しているわけですが、自分が何をしているかを分かっていれば、音が割れるようなミックスではなく、“大きく”ミックスすることが可能です。ダイナミクスが皆無の、過剰に音量が大きなミックスには音楽的な魅力はありません。私は音楽のジャンルに関わらず、可能な限りクリーンでクリア、そしてスムーズにミックスすることを心がけています。また観客の聴力を、私の聴力と同様に配慮していますので、リスナーが音量やひずみに疲れを感じることは何としても避けるようにしています。音量が大きなミックスはいろいろな点において逆効果で、少しも芸術的なことではありません。
先ほど言ったこととは別に、健康的な食事とゆっくり休養することが人にとって唯一の健康管理かと思いますが、ツアーに出てしまうとそのどちらとも高い頻度で欠乏してしまいます。

— 家でくつろぐ時は、どういった音楽をお聞きになりますか?

NP:ピーター・ガブリエル(Peter Gabriel)、スティング(Sting)、アニー・レノックス(Annie Lennox)、K.D.ラング(K.D.Lang)、デヴィッド・ギルモア(David Gilmour)、ジェフ・ベック(Jeff Beck)、モーツァルト、あとは多くのワールドミュージックなどです。

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