Chapter.2
イオンマイクロホンの原理
イオンマイクロホンの原理は?

文献の調査から始めた秋野はつづいて実験にとりかかり、さまざまな研究をおこないます。そうしてこれまで、10年近くの研究を重ねてきたイオンマイクロホン。まだ完成形ではなく、このまま商品になるわけではありませんが、ユニークなその原理をご紹介しましょう。
気体にエネルギーを加えることで、気体分子が陽イオンと電子に分かれている状態をプラズマと呼びます。自然界では、燃える炎や雷などが身近な大気圧プラズマです。秋野のイオンマイクロホンが振動板の代わりに使用しているのも、空気にエネルギーを加えてできる大気圧プラズマです。高電圧の発振回路を使って空気中で高周波放電を起こさせると、淡い紫色の光とともに大気圧プラズマが発生します。そこに音波を当てます。すると、音波の粒子変位の振幅に応じて発振周波数が変化します。この変化を検出すれば、音波が音声信号に変換されることになります。FM放送と同様な原理で、発振周波数の偏移を検波して音声信号を取り出します。
秋野:「既存のマイクロホン設計では、振動板の問題にさんざん悩まされてきました。振動板さえなければ、マイクロホンづくりはどんなに楽だろうかと(笑)。ですから、イオンマイクロホンの出力が音波の粒子変位の振幅にほぼ比例している、という兆候が初めて得られたときは本当に嬉しかったですね。製品化するには解決すべき問題点がまだまだ数多く残っていますが。」
静かで安定な大気圧プラズマを求めて

振動板をもたないイオンマイクロホンのキーポイントは、安定した大気圧プラズマを発生させることにあります。小さなロウソクの炎のように光って見える部分が振動板の代わりになるので、放電によって発生させたプラズマ自身が不要な音波をわずかでも発生したのではマイクロホンになりません。不要な音波を発生しなくても、炎が揺れ動いたり消えかかったり大きくなったりすると、目的の音波に正しく応答することができず、不安定なマイクロホンになってしまいます。
音波を発生しないプラズマを発生させる放電には、無声放電があります。無声放電はオゾン発生装置やプラズマディスプレイなどに用いられる放電で、イオンマイクロホンに活用したのも、この無声放電です。けれど試作実験をかさねるうち、これだけではマイクロホンとしてじゅうぶんな低雑音に到達できないことが分かってきました。放電雑音のレベルは一定でなく、放電炎の状態しだいで不規則に変動します。安定した放電を保つことが、とても大切な課題だったのです。
大気圧プラズマの安定化には、放電電極ばかりでなくさまざまな要素が関係します。考えられる要素をひとつひとつ改善する作業をつづけると、イオンマイクロホンはすこしずつ実用領域へ近づいていきました。音波に反応する感度がもっとも高いのは、放電炎の先端付近であることも判明しました。
ここでひとつ、実験装置の大きな変更がおこなわれます。それまで水平に向けていた放電炎を、垂直に立てたのです。プラズマの対向電極は放電炎を取り囲む円筒形なので、そのほうが炎は重力に逆らわずに安定します。試しに高周波発振回路の出力を強くしてみても、ランダムな雑音の原因になる異常放電が発生しにくくなりました。発振出力を高くすることができれば、そのぶんマイクロホンの感度は上がります。事実、垂直にすることで4倍以上も高感度になることが確認されました。炎の先端付近で音波を感知するしくみなら、マイクロホンはかならずしも音源へ向けて水平に開口している必要はありません。プラズマを水平方向に形成しなくても問題はないのです。コロンブスの卵のように。