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開発者インタビュー 沖田潮人 技術部三課マネージャー

――他社の高級コンデンサーマイクロホンではDCバイアス方式が採用されていますが、AT5040はエレクトレット方式を採用しています。その理由はどういうものですか?

一番の理由は48Vのファントム電源で最大の数値性能を出したかったからです。その中で、ダイナミックレンジを最大限拡大するためにエレクトレット方式を採用しました。ファントム電源を最大限に活かす回路では、電流は極力流さないようにしないといけません。DCバイアス方式では、高い電圧を作り出すためDC/DCコンバーターが必要になるんですが、4枚のダイアフラムとなると48Vでは厳しい。
ファントム電源をあきらめて別電源を作るという方向もあると思うんですが、弊社にはバラつきも少なく性能の高いエレクトレット型のユニットを作る技術があります。エレクトレット方式で高い性能を得るには、バックプレートの平坦度が重要で、ゆがんでいると特性や感度が変わってしまいます。DCバイアス方式の場合は、切削した金属を研磨することで平坦度を高められるのですが、エレクトレット方式では、材料をプレスするだけですから、その加工精度がそのまま平坦度に効いてきます。弊社ではDCバイアスに近い平坦度を得られますので、性能的にDCバイアスと差はほとんどありません。オーディオテクニカだからできたと言えるところかもしれませんね。

――回路的に新しいことを導入していますか。

弊社のマイクロホンに組み込む回路は、基本的にダイナミックレンジを最大限に活かしたものとなっています。AT5040でも、それがベストだと思っていますので基本通りに作りましたが、ひとつひとつの素子はユニットの性能が発揮できるように適切なものを選定しました。そのため、チップパーツではなくてリードタイプのディスクリートパーツで回路を組み上げました。
また、通常、携帯電話や電波障害を除去するためにRF対策としてフィルター回路を組むのですが、音質に少なからず影響します。このAT5040は、内部をショックマウントで外側のボディと完全にフローティングされた構造になっていますのでシールド効果も持っています。フィルター回路なしでもRF性能に問題がないレベルになりました。
マイクロホンは理想的にはシンプルがいいんです。ユニットは周りに障害物がないのがいちばんいいですし、回路でもローカットやパッドを入れるとそこに電流が取られたり、ノイズが乗ったりします。

――ローカット、パッドも入れていないのは音質面からの理由ですか。

そうです。余計な素子は1つたりとも入れたくなかったんですよ。

――振動板が長方形なので、長辺と短辺で指向性が変わるんじゃないかという話があるんですが。

1kHzではほとんどないんですが、厳密に言うと高い周波数になると違ってきます。長方形の場合は、中心から見て、短辺方向と長辺方向、そして対角線と距離が違うので、その差が当然生まれます。ただ、それが音に悪いかと言うと、そうではありません。音質の好みになってくると思います。

――実際に使ってみないとわからないと。

そうですね。基本的に円形のダイアフラムと動作原理で何が違うかと言ったら今の点だけです。それ以外は、丸いダイアフラムと原理的にはまったく変わらないですからね。

――他に特徴はありますか。

ヘッドケースです。AT5040のプロジェクトは、デザインありきでスタートしたので、かなり加工の難易度が高いのです。結局、シャーシに関しては、ヘッドケースに一番苦労して、とても時間がかかりました。アミ部分のこんな形の絞りは、普通できませんよ。まずアミ目の大きさが異なる2枚を溶着して、8工程をかけて徐々に曲げていくんです。最初にデザインを見たとき、これは無理だと思いました。途中でコストは深く考えなくていいという話になったので、時間をかけて折り曲げるというアイディアが出たんです。けっこうコストがかかりましたが、剛性がものすごく高くて、握っても絶対に歪まないほど丈夫になっています。

――配線材も良いものを使っているんですよね。

はい、今回は基板とユニット間は銀メッキ線にフッ素ポリマーの被覆を用いたもの、基板からコネクターまではOFC線を初めて使いました。

――他にもこのマイクロホンで申請した特許はありますか?

ショックマウントのAT8480でも出願中です。マイクロホンを押さえるホルダーの機構部分で申請しました。このマイクロホンを固定するところに磁石が付いているんです。マイクロホンがはまってロックしたときに、磁石が吸い寄せられてパチッと音が出るようになっています。このホルダー、縦方向の摩擦には強いので抜けないのに、横方向にマイクロホンの向きを変えるのは簡単になっているところも工夫しています。

――ホルダー開発で苦労したところは?

マイクロホンの完成後に、ホルダー設計を始めたんですが、ホルダーの方が結果的に試作した数も多くなったほど苦労しました。マイクロホンのデザイン上、掴むところが無かったからです。円筒を保持するしかないので、押さえる方法にものすごく苦労しました。

――ホルダーもご自身で設計されたということですね。デザイン会社がデザインを作った時、一緒にショックマウントのデザインもなかったんですか?

ありましたが、最初の案はあまり実現性のないデザインだったんです。なので、インスパイアされたというか参考にしました。マイクロホン本体も最初はヘッドカバーの上に茶筒みたいなケースもあったんですが、コストもかかるのでそれは止めました。

――メカニカルで、無駄がないし、機能性も高い。マグネットという新しい発想も入っているし、かなりカッコいいショックマウントになりましたね。

最終的には満足できるものになりました。フラッグシップだから、コストをそんなに考えなくてもいいからとにかく良いものを作ってくれと言われたのが大きいですね。その言葉で一気にやりやすくなったというのはあります(笑)。でも、なんだかんだ言っても僕ら設計はコスト管理が染みついているので、2つアイディアがあってどちらを選ぶとなったらコストパフォーマンスの高い方を選んでいます。無駄にお金はかけていないですよ。

――昨年の発表から、すでにたくさんのレコーディングエンジニアの間で評判になっていますね。

そうですね。METAのメンバーからのフィードバックでもたいへんに良い評価をいただきました。METAの方に高く評価してもらったことで、もっと開発を進めていこうとなりましたから。やはり、ユーザーからの評価は設計においてとても重要です。じつは自分で試作品の音を聴いたときは、それほどいいと思わなかったんです。ところがエンジニアの方からの評価がとても良かった。音質への感覚は我々設計者と違いがあるみたいですね。今回はダイアフラムから今までにないものだし、新規設計の部分が本当に多いんです。それが最初からこんなに高く評価していただけるとは思いませんでした。結果的に良い方に動いていった方が多いですね。
マイクロホンって、音波がダイアフラムに当たって機械振動に変換され、またそこから電気信号に変換され、それを回路で増幅したりインピーダンス変換して送り出すというものですから、1人が全体を俯瞰しながら設計しないといいマイクロホンは作れません。弊社も電気と機構で分けて、それをまとめる人がいるという分業を行なったことがあるんですが、なかなか良いものは作れませんでした。すべての要素が相互作用で絡み合っているので、マイクロホンは全部やる必要があります。

――今後の50シリーズは、どのような展開を考えていらっしゃいますか。

弊社にはなかった、そして、今まで他社にもなかったようなマイクロホンを何種類か試作しています。あと一歩と言うところまで来ているのもあれば、まだまだ時間のかかりそうなものもあります。フラッグシップに相応しいマイクロホンを50シリーズでは展開していきますので、ぜひ楽しみにしていてください。

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