良い音楽と良い本は、身体が憶えている

GOOD BOOKS AND GOOD MUSIC

幅允孝

ブックディレクター

 アメリカの『ニューヨーカー』誌で音楽評を担当している、アレックス・ロス。少年時代からクラシック音楽に親しみ、ハーバード大学では作曲を専攻という、個性的な背景を持つ音楽評論家だ。そんなロスの名著のひとつが、『これを聴け(LISTEN TO THIS)』(みすず書房)。この「音楽について語られた本」のことを、ブックディレクター幅允孝は次のように紹介する。

モーツァルトを語っていたかと思えば、レディオヘッドのツアーに同行し、ヴェルディのオペラを通じて大衆芸術に触れたかと思えば、ジョン・ケージを通じて沈黙について考える。まさに縦横無尽。(中略)レディオヘッドの「クリープ」や「エアバッグ」で使われる「ピボット音」や「ペダル音」は、ロマン派の作曲家たちが繰り返してきた技法だと示唆するロス。ボブ・ディランが歌う「ブラインド・ウィリー・マクテル」とシューベルトの「冬の旅」の共通項を力説するロス
(BACHサイト、幅允孝Columnより抜粋引用)

 

数多の本を読む幅允孝は、ジャンルを超えて様々な音楽を聴く人でもある。そう、アレックス・ロスのように。幅は、音楽も大好きなのだ。
 路上の気温が39度に迫ろうかという8月の午後、東京・南青山にある幅の仕事場を訪ねた。青い屋根、黒い壁の一軒家。小さな庭には一本の柳の木。
 あらゆる部屋に書棚があり、階段の踊り場や廊下にも本棚が設置され本が並ぶ。階段のステップには本が積まれている。本の森のような一軒家の、こぢんまりとした、だが居心地の良い応接ルームで、幅と向かい合う。
 本に囲まれながら、「音楽について」話を聞く。幅の傍らには、弦楽器由来のフレイムメイプルが美しいヘッドホン、「ATH-WP900」がある。

本と同じで音楽も雑食。何でも聴きます。

「基本的に、仕事中や読書中には、音楽は聴かないんです。音楽が大好きなので、流れていると意識がそちらに引っ張られてしまうから。僕にとって音楽は、『聴くために聴く』というもの。車を運転しながら爆音で聴いたり、あるいは自宅で、夜にヘッドホンでじっくりと好きな音楽に耳を傾けます。

 音楽は、子供の頃には未知の存在でした。僕は、なぜだか勉強がそこそこできる子で、通知表には5が並んでいましたが、音楽だけは3。楽器は弾けないし楽譜もよくわからず、音楽に対して苦手意識がありました。でも、聴くのは大好きでした。週末のラジオ番組でトップ50を聴きながら、好きな曲だけカセットテープに録音していました。お気に入りの曲だけ集めてMYテープを作り、手書きのプレイリストを添えて、好きな女の子に渡したり。相手は困ったと思いますけれど(笑)。
 本と同じで、音楽についても僕は雑食です。ジャンルや時代を超えて、いろいろな音楽を聴きます」

カザルスのチェロに抱かれる夜。

「高校生の頃、ブリットポップが流行し始めて、ブレイク直前のOASISが日本に来たんです。彼らがシングル『Supersonic』を出した頃で、ファースト・アルバム『Definitely Maybe』のリリースより前です。僕はそのとき、友人に誘われて名古屋のクアトロに観に行ったんです。あの夜、それまでの自分の人生で、これほど汗をかいたことはない!というくらいの汗をかきました。バンドと観客がひとつになって、とにかくものすごく盛り上がった。『音楽の熱狂』というものがあることを、そのときに知ったように思います。
 大学1年生のとき、人生初の海外旅行でイギリスへ行きました。ロンドンでひたすらクラブ・ホッピングしたいと思って。『Time Out』誌でスケジュールをチェックすると、ナイトバスを乗り継ぎながらクラブ巡り。ちょうどドラムンベースの黎明期で、GoldieやRoni Sizeがレジデンスで回していたり、同じフロアで踊っていたり。そんな時代でした。
 大学を卒業すると、『幅的お祭りを巡るツアー』と名づけて、1年かけてバックパック旅行をしました。自分がどうしても行きたい場所を見て回る旅です。たとえば、アルヴァ・アアルトが手がけた書店とか、工事中のビルバオ・グッゲンハイム美術館、ツール・ド・フランスの自転車レース、ジェフ・ミルズがレジデンスで回しているデトロイトのクラブ……などなど。その旅の途中、カナダで、モントリオール国際ジャズフェスティバルが開催中だったんですが、これも素晴らしい音楽体験でした。ブラジルのカエターノ・ヴェローゾが出ていたんですが、彼がアルバム『リーヴロ(Livro)』(つまり『本』という題名)をリリースした頃で、そのほぼ全曲を演奏するというステージを観ました。それが僕にとってのカエターノ・ヴェローゾ初体験だったんですが、「なんだこれは!?」みたいな感じで、彼の音楽に完全にノックアウトされましたね。
 僕は、音楽については何でも吸収するタイプです。ロック、ソウル、ジャズ、何でも好き。ネイティブ・タンからケンドリック・ラマーまでラップも好きです。
 家で最近聴いているのは、クラシック音楽。昔からグレン・グールドが大好きだし、何かあって心がぎとぎとしているときにはパブロ・カザルスの無伴奏チェロに耳を澄ませます。カザルスのチェロに抱かれていると、落ち着くんです。昔、下北沢のCISCOかdisk unionの100円セールで買った『マタイ受難曲』に打ちのめされたこともありました。ピンク・フロイドが大好きだった時期でしたが、マタイを聴いたら、こっちにもっとすごいのがあったぞ!みたいな(笑)」

音楽とは、人間を駆動させるためのエンジン。

「僕は、『世の中に読まなければいけない本なんて、1冊もない』とあえて言うんです。それは、逆に言えば、『読む、という意味が確実にある』ということでもあるんですね。
 日々の生活が、システムで管理され、コンピューター上にログとして残され、つまり人間がマシンにどんどん近づいているように感じる昨今、大事なのは『鼓動する』ことや、『閃く』こと、『感じる』ことだと僕は思うわけです。たとえば、心に何かが閃いて、それで『今この人に会わなければ』と感じること。たとえば誰かの写真集を見て、『ここへ行きたい』という衝動が湧き起こること。そういう心と身体の相関性が、人間活動の興味深いところでもありますよね。
 本や音楽は、人間を駆動させるためのスイッチであり、ガソリンでもあると僕は思います。

 自分が感動した音楽のこと、汗をかいたライブのことは、絶対に忘れない。音楽は心に作用するだけでなく、自分の血や肉となって、身体的にも生き続ける。
 僕は、これからもずっと本を読み続け、音楽をずっと聴き続けるでしょう。新しい音楽との出会いがある一方で、古い音楽を何度でも聴き返し、その都度新たな発見や感動を体験していくだろうと思います。新しくても、懐かしくても、本も音楽も常に素晴らしいものだと僕は思います。
 好きな音楽を聴いて、読みたい本を読んで、美味しいごはんを食べてワインを楽しみ、健やかに生きて死んでいきたいそれが僕のささやかな願いです」 (敬称略)

Cast profile

幅允孝(はば・よしたか) 有限会社BACH(バッハ)代表。ブックディレクター。人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、動物園、学校、ホテル、オフィスなど様々な場所でライブラリーの制作をしている。最近の仕事として札幌市図書・情報館の立ちあげや、ロンドン、サンパウロ、ロサンゼルスのJAPAN HOUSEなど。2020年7月に開館した安藤忠雄建築の「こども本の森 中之島」ではクリエイティブ・ディレクションを担当。近年は本をリソースにした企画・編集の仕事も多く手がける。早稲田大学文化構想学部、愛知県立芸術大学デザイン学部非常勤講師。 Instagram: @yoshitaka_haba

Staff credit

Creative Direction by チダコウイチ
Photography by 若木信吾
Interview & Text by 今井栄一

「音楽は、私に
インスピレーションを与えてくれる」

ニコライ・バーグマン

フラワーアーティスト

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