二酸化炭素の排出量を減らすには、無論、まずは「どれだけ排出しているのか」を知ることからはじまる。 が、この “測る” が最初の一歩を阻むハードルだったりもする。 というのも、測定にはツールやサービス導入などの初期投資がかかること、またツールによってはある程度の運営規模でなければそもそも測定不可、ということも少なくない。 音楽業界でも同様にこの「そもそもの壁」にぶつかっていたのが、インディーレーベルだ。

インディーレコードレーベル、それぞれの事情

二酸化炭素排出量やその排出源、どこに最も密なエネルギー負荷がかかっているのかを特定して減らしていく。 やることは至極シンプルだが、それを音楽業界の大小さまざまなレーベルにとって可能にするのが、昨年4月にローンチされた『IMPALA Carbon Caliculator(インパラ二酸化炭素排出量計算機)』だ。 無料で使用でき、直感的・感覚的に使えるという点からも導入の易しさをアピールする。

ベルギーを拠点とするヨーロッパのインディー音楽企業団体のIMPALAと、英国のレコード気候変動チャリティー団体Julie’s Bicycleとの共同開発で誕生したこの計測器。 「この業界初、インディレコードレーベルのためのビスポーク・カーボンカルキュレーターです」とは、今回話を聞いたIMPALAのKarla Rogožar(カーラ・ロゴザール)氏。 同計測器の開発に携わっている。

IMPALAは二酸化炭素排出量の測定と排出源の特定だけではなく、目標設定と実際のアクションに落とし込んだ計画も、ガイダンスを設けアドバイスしながら伴走する。 ヨーロッパのインディペンデント音楽セクターがどのように環境対策に取り組んでいるかの情報収集が可能なことも大きな利点だ。
レーベルによってリソースや人員配置、企業文化が異なるなか、それぞれの状況やニーズを考慮し、チーム内の緑化活動の責任者を指名、環境方針と行動計画をしっかりと内部に設けるようサポートしていく。

近年、企業活動をグリーン化していく責任者ポジションは欧米の企業内では当たり前となっているなかで、取り組みや実績が内部に蓄積されていない企業や団体にとって、計画と実行をサポートしてもらえるのは心強いだろう。

実際にこの計算機を使用してカーボンフットプリントを調査し、二酸化炭素排出量を削減するための行動目標を定めたインディーレーベルの事例を見てみる。

事例1:Beggars(英国・ロンドン)

スコープ1-2

2030 年までに自社の事業活動からの排出量を50%削減(2018年比)。
∟行動変革の取り組みと、ビル管理によってガスと電力の消費を削減することで達成可能。
∟本社はすでに46枚のソーラーパネルを設置。 電力需要の大部分をこのパネルで賄う。
∟2021年末までに、すべての事業所を再生可能エネルギー供給会社に切り替える。

スコープ3

2030年までに、サプライチェーンからの間接排出量を2019年を基準として46%削減する。 この目標を達成するために、流通、ビジネスの3つに重点を置き、行動を起こす。
∟製品 サプライヤーと戦略的に協力し、より低インパクトなレコードとCDの生産技術を特定し、採用。
∟流通 海上輸送を最大限に活用するために物流業務を最適化し、デジタルプレーヤーと密接に協力することでデジタル流通のフットプリントを改善。
∟出張を減らす。

また「それぞれが自社の二酸化炭素排出を削減するだけでは、業界全体の改善に繋がらない」とし、各レーベルらが業界内のどこと提携できるか、またオーディエンスを巻き込んでどのようなキャンペーンが実施できるか、などもアクションに組み込み、業界全体の相互扶助の関係も促進している。

見据えるのは、業界ではなく“欧州”の変革

現在、IMPALAは11ヵ国で企業・団体によって使用されている。 個人的に利用するメンバーにおいては30ヵ国以上にのぼるという。 IMPALAの利用状況からもその国や都市、自治体における環境政策への力の入れ具合がわかるといい、そこには「目に見えて違いがあります」と話す。

IMPALAの今後目指すところについて尋ねると、Rogožar氏は、欧州が2030年までに温室効果ガス55%以上を削減するという目標(欧州気候法)に向かっていることに触れる。 IMPALAの活動として特筆すべきはもう一つ、インディーレーベルらがその二酸化炭素排出量削減の成果に応じて、補助金や税制の優遇などの追加支援を受けられるよう欧州委員会や欧州議会などの機関に働きかけもおこなっていることだ。 環境配慮だけでなく、事業体そのもの、業界そのもののサステナビリティにも繋がる。 さらにここで成功事例が多くでれば、その影響は音楽業界にとどまる話ではない。

インディレーベルを含めた音楽業界全体のシフトが、欧州全体のシフトを促進することを視野に入れるIMPALA。 そのリードは音楽業界だからこそ、と期待を込める。 その根拠には業界ならではの強みがある。
それは、個人のミュージシャン、団体、業界関係者が誓約書に署名している「Music Declares Emergency」が成立するように「そもそも気候危機への取り組みに意欲的な人が業界当事者には多いこと」とRogožar氏。

「音楽には、幅広い聴衆にリーチし、重要なメッセージを効率的かつパーソナルな方法で発信する力があります。 この力を利用して、環境問題に対する変化を促進していきたいと考えています。 私たちが次の重要なステップとして考えているのは、サステナビリティの道を歩む企業にとって公平な競争環境と信頼性を提供する、一連の標準が確立されること」。

欧州の音楽業界を、そして欧州全体の企業活動の変化を。 インディレーベルが二酸化炭素を測るというスタート地点からIMPALAが見据えているのは、大きく長い前進だ。

IMPALA

2000年に設立されたベルギーを拠点とするインディー音楽企業団体。 現在約6,000社のインディーレコードレーベルを代表している。 ミッションとして、インディペンデント音楽セクターの持続的な成長や、アーティストへより多くの対価を還元すること、多様性と起業家精神の促進、政治的アクセスの改善、変化の喚起、そして資金調達へのアクセス向上を掲げている。

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Julie’s Bicycle

2007年に、芸術と文化のアプローチから、気候変動と生態系の危機に対して行動を起こす先駆的な英非営利団体。 国内外の2,000以上の組織とパートナーシップを結んでいる。 文化と環境の専門性を融合させたJulie’s Bicycleは、気候変動に立ち向かうためのインパクトのあるプログラムや政策変更に焦点を当てている。

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Image via IMPALA
Words: Ayumi Sugiura(HEAPS)