『ATH-TWX9』や『ATH-SQ1TW2』をはじめとするオーディオテクニカの完全ワイヤレスイヤホンに欠かせない相棒、スマートフォン専用アプリ「Connect」。 イヤホンアプリは購入してから使うため、よくわからないという人も多いだろう。 一言で表すなら、イヤホンの動作状況や電池残量などをスマートフォン上で確認でき、管理・操作できるもの。 製品にもよるが、最新バージョンでは操作をカスタムできたり、気持ちを整えるための音が再生できたりするようになっている。

そのアプリ開発秘話についてインタビューする本記事は、開発担当者の歴史でもある。 何度も壁にぶつかりながら解決策を探し続け、今ではConnectアプリ自体がイヤホンの特長を担うほどに進化を遂げている。 新しい仕事に挑戦する開発秘話は、いつだってビジネスマンの心に響くはずだ。

当時を振り返りながら、今回も商品開発部の大島克征さんにインタビューしていく。 今の彼の仕事はConnectアプリのデザイン、開発や実装、リリースした後の状況解析などだ。 入社当時はPRO製品の「ユーザーインターフェイス(以下UI)」仕様検討や設計を担当していたが、民生品のイヤホンアプリの仕事を手伝ってほしいと依頼される。 それが今も続く仕事になろうとは知らずに・・・。
スマートフォンアプリ開発経験のない彼にとっては、すべてが未知なる挑戦。 第2話目は、初めてのアプリ開発から2018年のローンチ(アプリ公開)までのお話だ。

初めてのアプリ開発とローンチ

前回はデザインのお話を聞きました。 アプリ開発の方はどう進めていきましたか?

ソフトウェア開発のオフショア(海外委託)先はベトナムで、私たちで決めた仕様やデザインを委託先のソフトウェア会社から伝達してもらって進めていました。 ベトナムのエンジニアが経験豊富ということで、初動はいたって順調に見えました。

しかし、開発が進むにつれ、iOS や Androidそれぞれ異なるシステムのクセ、さらにBluetooth周りの挙動や制約が想像以上に手強く、開発の手は途端に進まなくなったのです。 特に、ファームウェアアップデート、つまりイヤホンやヘッドホンなどをBluetooth経由でアップデートするような通信機能はケアしなくてはいけないことが多くなり、期待通りの動作になっていないことも増えました。

私もアプリ画面のデザイン担当として、表面的なデザインの確認だけではなく、画面遷移などが正しくできているか、といった細かい動作についても確認する展開になっていきます……。

想定通りにいかないことが増えて、容赦なくハードルが上がってきますね。

不具合が増えるにつれて、ソフトウェア会社およびベトナムとの連携を取るための待ち時間などが無視できなくなり、プロジェクトの流れを変える必要がありましたね。 ソフトウェア会社での検査をより細かい単位で行ってもらい、部分的にでも弊社に提出していただくようにしました。 実現したい動作が的確に伝えきれていないことで起きる不具合は、できたものを確認することでカバーしていくことになったのです。

こうした流れから、私もデザインだけでなく、開発にも深く関わっていくことになります。 ただその頃は、製品開発チームも人員が回せず苦労していました。 色々と悩みが尽きない状況でしたが、このタイミングでAndroidアプリ開発経験者が中途入社する、という好機に恵まれ、技術者目線での動作テストを行えるようになりました。

動作テストを行っていく中、その経験者の指摘はとても鋭く「その知見があれば開発者に直接提案したほうが早くなるはず」ということで、アプリ開発の中心メンバーに加わってもらい、ソフトウェア会社との連携を始めていきます。 ただ、ベトナムの開発メンバーが急に増えることはありませんし、また弊社の工夫だけで遅れた開発を取り戻すこともできません。 私たちが要求していた各機能の開発スケジュールも崩れ、ギリギリ間に合わせるような状態が、数週間にわたり続くことになります。

公開日は待ってはくれません。 どのように乗り越えましたか?

もちろんです。 製品の発売日は決まっていますので、アプリも「絶対に同時公開したい」という想いがありました。 オーディオテクニカ初のConnect対応製品は、重低音再生が特長のワイヤレススピーカー『AT-SBS70BT』と『AT-SBS50BT』でした。

アプリ開発チームとしては、ワイヤレスイヤホン対応を想定した多くの機能も含めて、機能実装を間に合わせることを目標にしていました。 しかし及ばず、スピーカーに必要な機能に絞り込む判断をし、製品の発売日とともにローンチさせることを優先しました。

ワイヤレススピーカー『AT-SBS70BT』 2018年8月3日発売(生産完了)
ワイヤレススピーカー『AT-SBS70BT』 2018年8月3日発売(生産完了)
ワイヤレススピーカー『AT-SBS50BT』(写真はRD) 2018年8月3日発売(生産完了)
ワイヤレススピーカー『AT-SBS50BT』(写真はRD)
2018年8月3日発売(生産完了)

自社開発への挑戦

無事に公開して、次はどのようなことが起きたのでしょうか?

ローンチ後も落ち着く時間はなく、後回しにしたイヤホン・ヘッドホン連携の機能開発に追われていました。

11月には、イヤホン・ヘッドホンでもConnect対応の製品が発売されますからね。

はい。 自社製品の開発チームとの連携を強化したい目的もあり、ソフトウェア会社と交渉して、ソースコード(アプリ開発のために必要な情報)をすべて引き取り、自社開発に切り替えるという進め方に変えました。

AT-SBS70BTに実装されたアプリ画像
AT-SBS70BTに実装されたアプリ画像

私は技術部としてPRO製品担当の時も開発を行うことはありましたが、ほとんどUIデザインの担当でしたし…スマートフォンアプリの開発は完全に未経験でした。 テストから参加した経験者も、Androidアプリへの知見はあっても、iOSやBluetooth通信に詳しいわけではありません。 ですので、ローンチ済みの状態を引き継いでいるとはいえ、一から勉強することになったわけです。

今振り返ると、本当に大変だったなと思います。 しかし、アプリと製品の連動で実現したいアイデアはたくさんありました。 だから、是が非でも成就させたい!という気持ちの方が強かったですね。

ボリュームステップ数選択が高評価

イヤホン・ヘッドホンの対応が増えていくにつれて、アプリ機能も進化しましたが、中でも「ボリュームステップ数選択」は好評でしたね。

ええ、これは嬉しかったです。 ボリュームステップ数選択は、自社製品ならではのユニークな機能として企画から出たアイデアでした。 ボリュームを変えていくときに、欲しいところに決まらない、ちょうどいい大きさにしたい。 特に、オーディオファンは昔からこだわるポイントでもあります。 一般的なスマートフォンの音量調整は16段階ですが、オーディオ向けのDAP(デジタルオーディオプレーヤー)は100段階以上の調整ができたりします。 その調整をアプリでも再現しようということになりました。

デジタルスマートミキサー「ATDMシリーズ」のフェーダー
デジタルスマートミキサー「ATDMシリーズ」のフェーダー

その細かいチューニングができる仕様をスマートフォンのスクリーン上でどう表現するかで悩みました。 PRO製品のデジタルスマートミキサー「ATDMシリーズ」のようなフェーダーにする案もありましたね。 ただ、フェーダーの目盛りや数字を切り替えるだけでは変化が小さく、もっと全体的にユーザーに分かるようにしたい。 何度かデザイン案をいただきましたが、16段階から32段階に変えた瞬間、細かく調整できるようになったことを視覚的に伝えたいわけです。 企画からの熱意もあり、最終的にグラデーションで表現することにしました。

開発中のグラデーション案。 細かくなったことが目で見てわかる
開発中のグラデーション案。 細かくなったことが目で見てわかる

ボリュームステップ数選択はどの製品から実装されましたか。

ワイヤレスイヤホンの『ATH-CKR70TW』ですね。 切り替え幅は最大64段階としました。 ちなみに、2022年発売の60周年記念限定ヘッドホン『ATH-WB2022』では、100段階まで調整可能になっていますよ。 ほかにも、スライダーを動かした時に波紋のアニメーションや、スマートフォンが「ぶるっ」と震える触覚フィードバックも実装しました。 こうした細かい調整を行えたのも、内製化によるデザインと開発だからできたと考えています。

なお、特許庁で「画像での意匠登録」ができるタイミングということもあり、このデザインは意匠登録を行ない、特許庁の事例集(引用元:特許庁のHP)にも掲載させていただいています。

ワイヤレスヘッドホン『ATH-CKR70TW』(写真左からBG、BK) 2020年11月13日発売(生産完了)
ワイヤレスヘッドホン『ATH-CKR70TW』(写真左からBG、BK)
2020年11月13日発売(生産完了)

お客様の声を聞く

この『ATH-CKR70TW』あたりから、ユーザーによるアプリや機能の利用頻度についても実績も取るようになったと聞きました。

そうですね。 このタイミングから、Google サービスのひとつ「Firebase」でアプリのイベントログを取得できる仕組みを活用しています。 数値的な結果からも、イコライザー機能がほかの機能よりも使われていることがわかり、自信にもなりましたね。

製品仕様を考えるときに「果たして誰がこの機能を使うのか?」という意見が必ず出ます。 そうした意見を客観的にまとめるための手段として、取得したイベントログが役立ちます。 逆に、使われない機能も明確になりましたので、機能改善したり統合したりする整理も行うことができました。

実装当時の日本国内の対応製品UU数の推移をつけたレポート
実装当時の日本国内の対応製品UU数の推移をつけたレポート

Firebaseを用いて、ユーザーがどのように画面を行き来したかなども取得できます。 アプリ開発に直接関わらないメンバーもこのデータに興味を示してくれたので、視覚的にわかりやすい形でまとめ、社内で展開するようにしています。

この後、アプリの目玉機能といえる開発着手に入りますが、そのお話はまたの機会に。

終わりのない新たな挑戦の連続。 だから開発秘話は面白い

ひとつの製品ができるまでに、さまざまな人やモノ、お金が動いている。 そして、製品が発売された後も課題が生まれる。 1962年に創業したオーディオテクニカは、その長い歴史とともに時代の開発者が試行錯誤を繰り返し、60年以上にわたり音とモノづくりにこだわり続けている。

気になった方は、下記の専用アプリConnect対応モデルを是非チェックしてほしい。

専用アプリConnectはこちら

Photos:Katsuyuki Oshima
Words:Yagi The Senior