良い音を求める人々が集う南青山のBAROOM(バルーム)。 最新のサウンドシステムとベルベッドのシートを備えた円形ホール、日本コロムビアが所有する約1万枚のレコードコレクションとヴィンテージオーディオを味わうミュージックバーによって、異なる音響価値を追求している。

観客が演奏に没入できるハイエンドな音環境の円形ホールに対して、温もりのあるヴィンテージサウンドのミュージックバーは、食と会話と音楽をバランスよく愉しめる空間。 それぞれのベニューのサウンドをコントロールするのが音響エンジニアの須藤健志だ。 西麻布にあったSpace Lab YELLOWの音響も担当していたベテランエンジニアが語る、BAROOMの音づくりの裏側とは。

クラブも円形ホールも、音づくりの狙いは同じ

BAROOMの円形ホール特有のサウンドづくりについて教えてください。

BAROOMのオープンにあたって最初に決まったのが、ホール自体の設計を円形にするということだったんです。 会場の特性上、ステージも客席の外壁も円形なので、アーティストが出した音がすべて反射音としてステージに戻ってきてしまう。 それをうまくコントロールしなければいけないという課題があったんですね。 自然な響きは残せないという見立てがあり、なるべく壁と天井で吸音処理するという設計にして、空間の響きは電気的に補っていこうというアプローチでスタートしました。

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円形ならではの設備としては、どんなことが挙げられますか?

円形はLとRのスピーカーで聴くことができない構造なので、客席に向かって満遍なくスピーカーを向けて均一に聴ける環境をつくりました。 スピーカーと客席の距離がすごく近いので、通常のツーウェイ、スリーウェイのスピーカーは不向きなんです。 観客との距離が近すぎると高域と低域が混ざる前に客席に到達し、位置によってまったく違う音が届いてしまうので、スピーカーは同軸のものにしようと決めました。

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いろいろなメーカーのスピーカーを試聴したなかで、一番精度が高かったのがd&b audiotechnikの8インチの同軸スピーカーでした。 採用の決定打として、指向性のあるカーディオイド・サブウーハーの存在も大きかったですね。 低周波数再生の精度を最大にするフロントの15インチドライバーに対して、リアは12インチドライバーという内部構造。 しかも、位相を混ぜて打ち消すというd&b audiotechnik の独自技術の組み合わせをアンプの1チャンネルだけで済ませられるんです。

一般的にはどんなアプローチを取るんですか?

他のメーカーでよく見るのは、3つあるサブウーハーのうち1つを後ろに向けて、ステージへの音の回り込みを打ち消す音を出すというアプローチなんですね。 ただ、それでは打ち消すためのチャンネルとスピーカーがそれぞれ必要になるので、単純にコストがかかってしまって。

開業前のサウンドテストはかなり大変だったんじゃないですか。

吸音された環境を用意してテストできなかったので、予想を立てながらシステム設計するのは大変でした。 ステージにアーティストを迎えられるイメージはできていたけど、実際の効果は音を鳴らしてみないとわからなくて。 最初の公演の音出しのとき、幸いにも違和感がなくて、ほっとしましたね。

サウンドチェックのリファレンスはどんな音楽を使っているんですか?

ピアノヴォーカルの曲やジャズのトリオ編成の曲ですね。 でも、私はSpace Lab YELLOWというクラブの出身だから、打ち込みのクラブサウンドも好んで試すこともあります。

クラブと円形ホールでの音づくりはまったく別ものという印象があります。

たしかにシステムの組み方と音のバランスは違います。 でも、狙っているものは一緒です。 お客さんとアーティストがいて、お互いに何か感じたいものがある。 そのためにひとつの場所に集っているわけなので、あまり違いがないというか。 お客さんがアーティストに意識をフォーカスできて、アーティストが表現したいものを最大限に引き出せる環境づくり。 それはクラブでもライブの会場でも同じなんですよ。

YELLOW時代に培ったチューニングへのこだわり

BAROOMはベルベットのシートが映画館やシアターを連想させますね。 サウンドとしては、デジタルで最先端というニュアンスを感じます。

今後10年、20年と続けていくなかで、技術の進化に対応できるような拡張性を意識してシステムを組んでいて。 円形のBAROOMの特徴として、お客さんは中心にあるステージに向かってあらゆる角度から観るので、客席に向かって満遍なくスピーカーを吊ったことによって、両端の席でもアーティストの演奏が違和感なくダイレクトに伝わってくる感覚があります。 これは空間オーディオ的な発想の起点なんですね。 ヨーロッパのオーケストラのコンサートなんかでは、こういった仕組みが使われ始めているんです。 バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスとかの奏者がいて、それぞれの方向からしっかりと楽器の音を聴かせるように、劇場やホールと同じ音環境を積極的に採用しています。

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音響エンジニアとして、オリジナリティが高い空間だからこそ意識すべきことや苦労することは何でしょうか。

たとえば、トリオ編成だとしたら、ピアノ、ベース、ドラムですよね。 スピーカーから出る音は同じなんだけど、ドラムに近いお客さんはドラムが一番大きく聴こえて、逆にピアノが一番遠く聴こえるじゃないですか。 場所によって音の差が出るということを意識しながら、どこで聴いていても違いはあっても違和感がないミックスを意識しています。

PAシステムもBAROOMのサウンドシステムに合わせたものを導入しているんですか?

円形に合わせているわけではないけど、ある程度の高解像度を保てるシステムを組んでいます。 いわゆるローファイな音だと、意識が音に引っ張られすぎてしまう。 BAROOMでのアーティストの演奏に集中できる空間づくりという意味では、高解像度で自然さを出せる仕組みとシステムが必要だと考えていて。 コンソールはDiGiCoのS21を採用しているんですけど、DiGiCoの音のヘッドアンプはPA機器の中ではすごく上質なんです。 とても高価だけど、S21はDIGICOの中でもコスパが良くて、BAROOMのようなキャパの限られた空間に最適だと思います。

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この空間が経年変化していくと、それに伴って音の響きも変わっていきますよね。

僕自身の感覚も変わっていくと思うんですよ。 温湿度も違えば体調も違うから、物理的に同じ現場は二度とない。 一般的なお店の場合、デフォルトのパラメータが保存してあって、それを基にチューニングするんですけど、僕が働いていたYELLOWでは、公演後に一度すべてフラットの状態に戻していたんです。 週末、平日を問わず、貸切イベントの場合であっても、営業前に、音響スタッフがその日のベストなチューニングに必ず整える。 当時は小屋付きの音響スタッフがいるクラブは限られていたけど、その日に合わせたセッティングを徹底するというのは、いま思うと貴重な経験でしたね。 BAROOMでも、公演の内容に合わせて毎回フラットにチューニングしています。 ちょっと時間がかかって大変ですけど、進化していくためには続けていったほうがいいですから。

BAROOMのサウンドの一体感と没入感の理由がわかった気がします。 円形という空間デザイン、スピーカーやサブウーハーの組み合わせ、PAのテクニックとシステムの絶妙なバランスなんだなと。

環境的にすごくウェットで静かなホールなので、音楽に浸るには持ってこいの空間ですよ。

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ALTEC 718Aの持ち味を引き出す、自作のホーンスピーカー

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円形ホールと打って変わって、ミュージックバーはヴィンテージサウンドの温もりを感じられる、どちらかというと落ち着ける音づくりの空間ですね。

この象徴的なALTECの718Aは、実は弊社グループ代表のご実家から持ってきたんですよ。 ご実家にスタジオがあって、そこで使われていたものをトラックをチャーターして運んできました。

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須藤さんは718Aのサウンドの特徴をどう捉えていますか?

最初にレコードをかけたときに感じたのは、スタジオモニター的な印象ですね。 すごく聴きやすいんですけど、ふくよかさはあまり求めていないというイメージを受けました。 718Aはかなり癖のあるヴィンテージ機材なんだろうなと思っていたけど、実際はその逆でしたね。 お客様同士やバースタッフとの会話を楽しみながら、音楽も聴きとりやすいスピーカーだと思います。

ブルーのホーンスピーカーもALTECですか?

これは、オリジナルのホーンスピーカーなんです。 これが素晴らしくて、通常のホーンより低域を任せて鳴らすことができるんですね。 ALTEC 718Aは筐体としてあまり低域が出ないんですけど、このホーンスピーカーのおかげでウーハーからのローがかなり出るようになりました。

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アンプはAccuphaseのヴィンテージ機材なんですね。

これも代表の実家にあったもので、PRO-15とPRO-30というモデルを使い分けています。 PRO-15はホーン、PRO-30はウーハーのほうに繋いでいて。 ALTECとAccuphaseを組み合わせると、昔ならではの温かい音が出るんです。 この力強さと腰のある感じは、いまのデジタルアンプにはない質感がありますね。

“セレクター”が一曲を丁寧に聴かせる雰囲気づくり

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レコードプレイヤーはDENONのDP-1300MKIIですが、DENONは日本コロムビアと同じグループだった関係にありますよね。

このミュージックバーは日本コロンビアの豊富なアーカイブを並べてかける場所なので、その系譜とストーリー性を持たせています。 DP-1300MKIIはBAROOMが完成する半年前くらいにディスコン(廃番)になってしまったんですね。 新品が手に入らなくなってしまったけど、どうしても置きたかったので、パーツごとに在庫を探してなんとか揃えることができました。

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カートリッジもDENONの103というリファレンスとして有名なモデルを使っていて。 この組み合わせによって、きめ細かい音が再生されるんですね。 この空間はいわゆるDJバーと違うコンセプトなので、DJがミックスしてどう聴かせるかというよりは、一曲を丁寧に聴かせる雰囲気づくりを大切にしています。 その意味では、音をかける人はDJというよりもセレクターと表現したほうが正しい気がします。

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ミキサーはロータリーですが、このモデルは?

E&SのDJR-400ですね。 たしかYELLOWで働いていた頃に、外国から来日したDJが持ち込んだものを最初に見たのかな。 セットアップして音を流したときの印象がすごく良かったんですよ。 バーのアンプとスピーカーとターンテーブルは決まっていたので、いろいろなミキサーの音の記憶を辿りながら、それぞれのキャラクターに合う無骨で使いやすいものを選びました。

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円形ホールはハイエンド、バーはヴィンテージと対局的な音づくりですが、それぞれの世界観を突き詰めているんですね。

バーの機材は使用勝手的には限定的なので、一般的なDJにはちょっと物足りないかもしれません。 でも、ピッチコントロールの付いていないターンテーブルやロータリーミキサーを選んでいるのは、まさにヴィンテージの空気感でより音楽と向き合う環境をつくりたいからであって。 ホールは将来的な拡張性をふんだんに持たせているので、状況の変化とオーディオの進化に合わせて、システムをアップデートさせていきます。 どちらの空間でも鳴っている音を思いのままに楽しんでいただきたいですね。

BAROOM

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最新のハイファイシステムを備えた円形ホールでのライブ、日本最古のレコード会社が有する約1万枚のレコードコレクションとアナログの価値を追求するヴィンテージオーディオのミュージックバー。 贅沢な音響を一度に体験できる空間、それがBAROOMです。

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Photos:Yukitaka Amemiya
Words & Edit:Shota Kato