癒しとウェルネスをテーマに、Face Recordsからのおすすめレコードを毎月お届け。 7月のテーマは「Music For Cool Evening 〜夕涼みに聴きたい音楽〜」。 夕涼みでリラックスしたい時に聴きたい音楽をFace Recordsの佐野哲平さんがご紹介します。

「涼しさ」とは非常に豊かな言葉だと感じる

夏になると暑くなって「涼しさ」を求めるようになる。

「室温を下げたり、気温の低い場所に移動したりして暑さをしのぐ」という物理的な体感もあるが、「感性で涼しさを感じる」という面も大きい。

かき氷の旗や青い色の衣服などを目にすると涼しさを感じるし、海や川の音や風鈴などの聴覚から得られる涼しさもある。 おかしな言葉だが、私は「涼」という漢字の形自体になんだか涼しさを感じる。

これは多くの人が経験するであろう感性であると同時に、感じ方は人によって違うというところが、豊かな言葉だと感じる理由である。

また、この「涼しさ」と「夕暮れ」をかけ合わせた「夕涼み」という言葉は、古来より俳句や短歌の季語などに使われている言葉であり、個人的には家の縁側でスイカを食べたり、冷たい飲み物を飲む姿を想像できる。

「夕涼み」もまた「涼しさ」から派生して実に多面的な感じ方ができる、豊かさのある表現なのである。

今回のコラムではそんな「夕涼み」をイメージ(今回も至極個人的なイメージ)しながら選曲させて頂いた。

例年7月になると本格的な暑さが始まるので、夕涼みのお供に今回紹介する音楽が少しでも役立てば幸いである。

夕涼みに聴きたい音楽たち

KATH BLOOM & LOREN CONNORS / MOONLIGHT

KATH BLOOM & LOREN CONNORS / MOONLIGHT

現行のエクスペリメンタルシーンでも一際異彩を放ち、Thurston Moore(サーストン・ムーア)、灰野 敬二、Jim O’Rourke(ジム・オルーク)などの共演でも知られる、個人的にも大好きなギタリストLoren Connors(ローレン・コナーズ)が、1984年にフォークシンガーKath Bloom (ケイス・ブルーム)と共に制作・発表した作品。

まさにLoren Connorsとも言える哀愁漂うギターのビブラートと、アメリカのフォークレジェンドであるJoni Mitchell(ジョニ・ミッチェル)とも共振するようなKath Bloomの温かく牧歌的なアプローチが非常に心地良く、聴いているだけで丁度良い涼しさを感じられるような気がする。

この作品は決して前衛的な取り組みをした訳ではないと推測するが、民衆の音楽であるフォークミュージックをふたりの等身大で表現したことが伺い知れ、その表現自体は抽象的でありながらも明確に聴き手に語りかけている。

ULLA / TUMBLING TOWARDS A WALL

ULLA / TUMBLING TOWARDS A WALL

近年のダブ・アンビエントシーンを象徴する存在であり、West Mineral(ウエストミネラル)、Motion Ward(モーションワード)‎、3XL(スリー・エックス・エル)などのUSアンビエントシーンを牽引するレーベルからリリースを重ねている、アメリカ出身のアーティストULLA(ウラ)が2020年に発表した作品。

大手音楽メディアでも取り上げられ、既にオリジナル盤のレコードはレアな代物となっているが、その内容も実に素晴らしい。

擦り切れるような鉄琴の音色や、程良くフェイズするエフェクターのかけ方はどこか液体のような質感が感じられ、時折見え隠れするピアノや自身の声などは無機的な楽曲の中で絶妙な表情を見せる。

作曲家のヘンデルは「水上の音楽」という管弦楽曲集を作曲したが、言葉の意味だけ借用させてもらえばULLAのこの作品は「現代版:水上の音楽」とも呼べそうだ。

Cluster / Sowiesoso

Cluster / Sowiesoso

日本はもちろん、世界中からも絶大な支持を集めるドイツの伝説的ユニットCluster(クラスター)の4枚目のアルバム。

当時の最新鋭シンセサイザーを使用した民族的なメロディーラインや良く分からない拍子などは、世代が異なる自分にとっては非常に掴みどころのない不思議な作品であった。

何となく良いのは分るし、何度でも聴いてしまうのだけど、個人的にどこが良いのかはっきりとは分からない。

しかし、それでも良いのかもしれない。

現代はSNSの普及やAIの台頭、資本主義の加速により、どの価値観も二者択一的な基準でしか物事を捉えられなくなっている状態が続いているが、「どちらでもない」または「良く分からない」状態こそ、人間としての意義性であり豊かな状態なのではないだろうか。

それはクーラーが効いた部屋で時々感じる人工的な「冷たさ」ではなく、夕方に窓を開けて風にあたるような自然の「涼しさ」が何となく良いと感じる感性にどことなく似ている気もする。

KOTA The Friend / FOTO

KOTA The Friend / FOTO

アメリカ・ブルックリンを拠点に活動を行うKOTA The Friend(コタ・ザ・フレンド)。

彼のラップスタイルは、日常にあった小さな幸福や反省、家族に対しての愛情、恋の悩みや最近訪れた旅行先の思い出まで、まさに「友達」から休み時間に聴くような調子で語られるようなスタイルだ。 それでいて繊細さを感じられるリリックには、いかに注意深く周囲を慮(おもんばか)っているかという部分も伺い知れる。

音楽性も非常に親しみやすく、艶やか(あでやか)で落ち着きのあるローズピアノの音色やリラックスしたリズムは、夕涼みだけでなく様々なリラックスする場面で相性が良い。

また、このアルバムにも収録されていて個人的にも大好きな「Sedona」という楽曲がある。

そのPVは実際にアリゾナ州のセドナを訪れて撮影した作品になっているが、広大な自然の中で肩の力を抜いてラップしている姿は非常に涼しげでクールな印象を受ける。

Fennesz / Endless Summer

Fennesz / Endless Summer

夏と言えばこの作品をおすすめしたい。

Endless Summer(エンドレス・サマー)というタイトルなので、Fennesz(フェネス)自身は夏の終わりを表現したのかもしれないが、初夏の時期にもピッタリなギター・エレクトロニクスの名盤である。

オーガニックなギターの音とグリッチ、ノイズ、ドローンが混ざり合うことでかなり特殊な音響となっているが、それはどこかノスタルジックを感じさせ「夕涼み」と共通する心地良さをもたらしてくれる。

いつかのFenneszのインタビューで「音を重ねていく事で立ち上がるメロディが好きなんだ」と本人が言っていたような記憶があるが、この作品を聴いてみて初めてその意味が理解できた気がする。

また、夕涼みの時に限らず、ギターや電子音楽が好きな方には是非とも一聴していただきたい作品でもある。

夕涼みに音楽を

以上、今月は夕涼みでリラックスしたい時に聴きたい音楽を5つほど紹介させていただいた。

繰り返しになるが「夕涼み」は「涼しさ」から派生した表現であり、そこから豊かなイメージが感じ取れるのも、もともと私たちに豊かな感性が備わっているからこそである。

音楽もまた同様で、私たちの感性に多くの影響を与えている。

私たちの周りには感性を豊かにしてくれるものがたくさん溢れており、それはスマートフォンやAIなどの利便性の豊かさだけでは得られにくいものである。

真夏に向けてどんどん暑くなっていき、体力的にも精神的にもしんどくなってくる時期ではあるが、逆に言えば「涼しさ」を一番心地よいと感じられるのはこの時期である。

そんな時には是非とも「音楽のある夕涼み」を日常に取り入れていただければ幸いである。

Face Records

Face Records

1994年に横浜でメールオーダーのお店として始まり、1996年に渋谷区宇田川町に第1号店を開店した。 中古盤中心のアナログレコード専門店。 ヨーロッパやアメリカで買い付けたレコードと日本国内で集めたレコードを中心にセレクトしている。 現在は東京都内に3店舗、札幌、名古屋に各1店舗、ニューヨークに1店舗を展開。 廃棄レコードゼロを目指した買取サービスも行っている。

HP

Words: Teppei Sano