森に出かける時。Bernie Krauseの手には必ず、テープレコーダーとマイクロフォンがある。自然を“描く”でもなく、自然を“撮る”わけでもなく、自然を“録る”。自然に棲息する動物や生物の音を録音するのが仕事だ。作業場は、スタジオでもステージでもなく、大自然の中。「小さな生き物は柔らかな声で鳴くって、想像するでしょう。でも、とてつもなく大きな声で鳴くこともあるんですよ」半世紀以上にわたって、生態系が織りなすサウンドを録音してきた彼の耳は、人より多く、未知なる生の音や自然の変容を聴いてきた。

2,000の生息地、1万5,000種の音、5,000時間のテープ

録音収集家、録音技師、ミュージシャン、フィールドレコーディング職人、環境保護活動家、サウンドスケープ生態学者。Bernie Krause(以下、Krause)の肩書きはさまざまだが、究極のところ“自然の音を録る人”に行き着く。

サウンドスケープという聞き慣れない言葉が、この話のキーワードになるので少し説明したい。1960年代末、カナダの作曲家・音楽教育家Raymond Murray Schaferが提唱した概念で、サウンド(音)とランドスケープ(風景)を組み合わせた造語だ。音の風景、つまり木々や水などの自然の音から人工的な機械音、人間の活動音、スピーカーから出力される音まで、人間が生活上で耳にするあらゆる音環境を指す。また、地域や時代、季節、時間によって同じ音が変化し、異なる意味を持つなど、音を“環境によって変容するもの”と捉えることも特徴だ。

Soundscape artist Bernie Krause lost his Glen Ellen home and almost all of his life’s work in the Nuns fire.
(Christopher Chung/ The Press Democrat)

Photo: Chris Chung

アラスカのクジラやカナダのオオカミ、アフリカのサル、アマゾンの熱帯雨林のクロコダイル。サンゴ礁、極地の氷河。ゾウの足音、昆虫の幼虫の微音、イソギンチャクの独り言。Krauseは1960年代後半から50年のあいだ、7大陸にわたる2,000以上の生息地にて1万5,000種以上の音を、5,000時間にもおよぶテープに吹き込んできた。

電子音楽家からの180度転向

「子どもの頃から、あまり目がよくなかったんです。だから、周りの世界を“聞いたもの”で理解していました」Krauseにとって、音は「本能的なサバイバルスキルだった」という。

聴覚に敏感だった彼が初めて仕事相手に選んだ音は、しかし“自然”ではなかった。キャリアのスタートは、スタジオギタリスト。またフォークミュージシャンとして、相棒の故Paul Beaverとバンド活動を続けつつ、映画『地獄の黙示録』や『ローズマリーの赤ちゃん』などの音響を手掛けてもいた。さらに、自然の音とは真逆にある“電子音楽”を学び、元祖アナログシンセサイザー『Moog』をいち早くポップミュージックに取り入れ、ドアーズやヴァン・モリソン、バーズなどのアーティストの曲作りにも参加するようになった。余談だが、『Moog』の米国エリア担当セールスマンとして、The BeatlesのGeorge Harrisonや、ビートルズの名プロデューサージョージ・マーティンに『Moog』を紹介するという偉業も果たしている。

スタジオで何千時間も過ごし、プロフェッショナルな作曲・録音をマスターしたKrauseがスタジオを飛び出したのは、1968年。Warner Recordsの契約レコーディングアーティスト時代。生態学と自然のサウンドスケープがテーマのアルバム『In a Wild Sanctuary』の制作に、自然界のサンプル音が必要だったために自然での録音を“せざるを得なかった”。意外にもそれは、“気の進まない”仕事だったという。

「それまでずっとスタジオミュージシャンとしてインドアで仕事をしていましたし、動物が怖いと感じるような質だったので、嫌々でしたよ。でも、まあこれで野生への恐怖が克服できるかな、とも思いまして」それから50年かけて全大陸の自然の音を録ることになった男らしからぬ発言。

50年以上前の10月の昼下がり。ポータブル・ステレオテープレコーダーと高品質のスタジオ用マイクロフォンを携え、サンフランシスコ北の自然公園にて。

「レコーダーのスイッチを入れた瞬間、イヤホン越しに幻想的な音響空間が広がりました。小川のせせらぎ、頭上を飛んでいく2、3羽のワタリガラスが残すサウンドのテクスチャー。音の魔法の世界を見つけてしまった、と1人喜んだのを覚えています」

Photo: Tim Chapman

生息地のライフリズムで変わるジオフォニー、バイオフォニー

サウンドスケープを形成するには、3つの基礎的な音源があるという。いずれもKrauseが命名したものだ。
1つ目は“geophony(ジオフォニー)”。地形や気候などが関係する、草木や雨、風、波などの非生物学的な音。「“大地の息”と考えてみてください」
2つ目は“biophony(バイオフォニー)”。生き物全般に由来する音だ。
そして3つ目は“anthropophony(アンソロポフォニー)”。機械音や交通に関する音など、人間や人間活動が発する音。

自然のなかでジオフォニーとバイオフォニーが織りなす“オーケストラ”を録音するため、録音場所は入念にリサーチして決めるという。「いつも人里離れた場所を探します。人間の介入を受けていないようなところです。今となっては、人間の影響を受けていない土地なんて存在しないでしょうから、かなり難しくなってきましたが。行き慣れていない場所の場合、現地に着いたら地元の環境愛好家や生態学者にリーチして、最良のバイオフォニーが聞ける場所へガイドしてもらいます」

特に好きな場所は、アラスカだ。「1週間どの方角へ歩いても、道にも塀にも看板にもぶち当たらないくらい、“手つかずの野生の”場所。グリズリーベアやオオカミの生態系についてべらべら説明してくるレンジャーもいない、動植物の集合体があります」

1つの特定の場所でも、季節の変化、天候、生き物の行動パターン、植生などの多くの要因によって、それぞれの生き物の生息地には異なる音の表現があるという。「それによって録音する方法や時を調整します。通常、その生息地のライフリズムを掴むため、2週間から1ヶ月滞在することにしています」

機材は、レコーダーとマイク。海の中でも録音をする時は水中聴音器も必須だ。「年々、機材を少なくしていきました。今は、寒暖、乾湿、土地の高低などすべての環境に耐性があるデジタルレコーダーだけです」
留意しなければいけないことは、“十分なバッテリーを持っていく”ことと“森林地帯では、マイクケーブルをネズミたちから遠ざける”こと。「彼らはケーブルやワイヤーをかじってすぐにダメにしてしまいますから」

テッポウエビの爆音、キリンの低周波サウンド、ビーバーの悲嘆

「これまで録音した中で一番大きな生物は、シロナガスクジラ。一番小さな生物は、病原菌。一番声が大きいのは「意外にも小さな生き物だったりします」

例えば「タイヘイヨウアマガエルは、小指の先くらいの小ささなのですが、15m先でも鮮明に聞こえるくらい大きな音を出します。耳から数センチほどのところでジリジリ大きな音で鳴るアラームのよう。アリだって歌います。全長3cmのテッポウエビは、近くでピストルを鳴らされるくらいの耳をつんざく音を出すため、地球上でもっともうるさい生き物の1つだと考えられています」そのデシベル(音圧レベル)、爆音ライブで有名なグレイトフル・デッド以上だそう。

小さな生き物が、その体の大きさからは考えられないくらいの音を出す一方で、大きな動物の出す音は穏やかなことが多い。「たとえばキリンは、人間が聞くことのできないくらいの、柔らかい音信号や低周波のサウンドを出します」

生き物たちが発する音に、彼らの感情を見つけることもある。ある日、アラスカの海岸沿いにある潮だまりにいたイソギンチャクの音を録音するため、イソギンチャクの“口”にあたる部分に水中聴音器を落としてみた。聴音器の存在を認めたイソギンチャクは、それが食べ物ではないと判断すると聴音器をぺっと吐き出し、まるで「ちぇ、食いもんじゃないのか」とブーイングするようにうなり声を発したのだ。「それは、今までで聞いたことのない音でしたよ」

イソギンチャクの“愚痴”の他にも、生き物たちは、怒り、警戒、優しさ、悲しみなど様々な感情表現を音にする。「猟区管理人が仕掛けたダイナマイトによって母子ビーバーを失った父ビーバーは、これまで聞いた中で一番悲しい声をしていました。死産してしまった子を1週間以上頭に乗せ泳ぐシャチ、死んでしまった子どもを抱えるマウンテンゴリラなどの嘆き声は、人間と変わりはありません」

自然の音源

1.Alaskan humpbacks Icy Str

2.Giant forest pig – Kenya

3.Amazon

4.Y-stone w wolves

5.Pacific chorus frogs

6.Anemone

7.Beaver crying

8.Algonquin Park w wolves

Recordist: Bernie Krause, © 2020 Wild Sanctuary, All Rights Reserved.
https://wildstore.wildsanctuary.com

Krauseの、一番好きな自然界の音は何だろう。「個人的に、それぞれの個体の音よりも、様々な音が組み合わさったバイオフォニーにさらなる興味があります。だって森林というバイオフォニーから鳥のさえずりを引き出すことは、ベートーヴェンの『交響曲第5番』からバイオリンの音を抜き出すことと同じですから」

生き物の密度が高い場所は当然のことながら分厚いバイオフォニーができあがる。熱帯雨林の夜明けのバイオフォニーが「詩的で絶妙に指揮されていて、心惹かれます」

自然のなかで録音、禅モード

50年を経て、自然を取り巻く環境は変わった。Krauseは、サウンドスケープを録音することによってその変化を聞いている。その昔、自然音のサンプルを録るのに、10時間も録音すれば十分な音の素材ができた。しかし自然破壊が進む今、1,000時間は録音しないと満足できる音の素材を得ることはできない。さらに、Krauseのアーカイブ音源の半数以上は、現在の環境状態だと二度と聞くことのできない音となってしまった。それに「同じ場所で20、30年前に録音したバイオフォニーと現在のものを聞くと、昆虫やカエル、鳥、哺乳類など個体数の密度と、生き物の種が少なくなっているのが顕著にわかります」

Photo: Michael Nichols

50年を経て、自身の自然の中でのふるまいも変わっていった。「録音し始めた頃は、じっとできて1、2分でした。それを過ぎると緊張してきて何か音を立ててしまい、編集の際に無駄な音を削除しなければならなかった。その後、少しずつコツを掴み、5分じっとできるようになりました。そうして10分、20分と」自然の中で息を潜ませることがこの仕事に必要な技術だ。「80年代後半に、録音プロセスがアナログからデジタルへと変換したとき、1時間以上、じっとできるようになりました」

50年を経て、テクノロジーも変わった。「2000年代初期にHDレコーダーが出現すると、一度に何日も録音することが可能になって、もうじっとする必要はなくなりましたね」さらにインスタレーション技術によって、数年前、録音アーカイブをフィーチャーしたサウンドスケープの展覧会も開催。「サウンドというツールを使って、自分の人生で出会った場所や出来事、時間のストーリーを伝えたい」という自らの思いを果たしている。

50年を経て、しかし変わっていないこともある。Krauseにとって、自然の中で時間を過ごすことが、常に“セラピー”であるということ。「注意欠如・多動症を患っていますが、自然に接することがこれまで唯一効き目のあった治療法でした。自然のなかで録音をしていると“禅モード”になるんです。時間の感覚も忘れてしまう。音が目の前で広がっていく感覚になれる。私にとって自然のサウンドスケープは、神さまの原始的でアナログな声です」

Bernie Krause/バーニー・クラウス

デトロイト出身、カリフォルニア拠点のミュージシャン、サウンドスケープ・エコロジスト。1960年代から音楽業界に身を置き、その後、サウンドスケープアーティスト、環境保護家として、世界中の15000種に及ぶ、4500時間もの自然や生物の音を録音・収集してきた。著書に『野生のオーケストラが聴こえる』。
HP

Words: HEAPS