今、世界的な再注目の最中にあるアナログ・レコード。デジタルで得られない音質や大きなジャケットなどその魅力は様々あるが、裏面にプロデューサーやバックミュージシャン、レーベル名を記した「クレジット」もその1つと言えるだろう。

「クレジット」――それは、レコードショップに並ぶ無数のレコードから自分が求める一枚を選ぶための重要な道標。「Credit5」と題した本連載では、蓄積した知識が偶然の出会いを必然へと変える「クレジット買い」体験について、アーティストやDJ、文化人たちが語っていく。

今回登場するのは、メロウなサイケデリックサウンドに定評がある4人組バンド、OGRE YOU ASSHOLEのフロントマンを務める出戸学。紹介された5枚のレコードを道標に、新しい音楽の旅を始めてみよう。

出戸学が考える「アナログ・レコードの魅力」

レコードには、音だけでなく “物としての存在感” という魅力がある。たとえば、30センチ四方のジャケットはサイズが大きく、手に取ったときの感触や視覚的な印象が強い。音を聴く前から、そうした物理的な要素が体験を豊かにしてくれる。アナログレコードの音は、針が盤の溝をなぞることで生まれ、わずかな揺らぎや倍音を含んでいる。そのため、デジタル音源にはない独特の質感が感じられる。再生中に混じるノイズやチリ音には、再生機器や盤の経年変化が反映されており、時間の経過を思わせる要素でもある。盤面の傷や針の動きといった物理的な側面も含めて、音楽が “もの” としてそこにあるという感覚が得られる。不完全さを含んだ体験そのものが、レコードという媒体の好きな所。

出戸学が「クレジット買い」した5枚のアナログ・レコード

PORTSMOUTH SINFONIA『Hallelujah at Royal Albert Hall』

PORTSMOUTH SINFONIA『Hallelujah at Royal Albert Hall』

ポーツマス・シンフォニア(PORTSMOUTH SINFONIA)は、「未経験者によるオーケストラ」という逆説的なコンセプトで70年代につくられた集団。このアルバムは、素人たちがロイヤルアルバートホールで全力でクラシックを演奏した記録です。きっかけは、ふとレコード店主が流したポーツマス・シンフォニアのレコード。そのクレジットに、ブライアン・イーノ(Brian Eno)やギャヴィン・ブライアーズ(Gavin Bryars)の名が並んでいると聞いたときだった。その後、聴くほどに「うまさ」ではなく「真剣さ」がもたらす感動に惹かれる。クラシックの権威性を揺さぶるこの演奏は、音楽とは何かを逆照射してくる。笑えるのに、どこか神聖。クレジットが導いた、音楽の本質を問い直す一枚です。

V.A.『Negro Prison Songs from the Mississippi State Penitentiary Recorded by Alan Lomax』

V.A.『Negro Prison Songs from the Mississippi State Penitentiary Recorded by Alan Lomax』

このレコードを手に取ったのは、「クワやツルハシ、オノを打つ音がリズムになっている」とクレジットに書かれていたのを見たから。実際に聴いてみると、1947年のミシシッピ州刑務所で録音された囚人たちの歌と労働音が、生々しく響いてくる。楽器の代わりに使われる打撃音、反復する作業、そこに重なる声。もちろん僕たちとは境遇が違うけれど、社会の中でどこか息苦しさを抱えながら生きる感覚に、どこか通じるものがある気がする。

THE HONEYCOMBS『ALL SYSTEMS GO!』

THE HONEYCOMBS『ALL SYSTEMS GO!』

裏ジャケットの右下にジョー・ミーク(Joe Meek)の写真が載っていて、彼がプロデューサーとして参加していることを知った。それだけで手に取る理由になった。彼の手がけるサウンドには、どこか幻のような質感があって惹かれる。特にB2のトレモロ・ギターの揺れには、まさに “あの” 手触りがある。一聴すると単なる60年代のビート・ポップに聞こえるが、微妙に歪んだ音像や空間処理が潜んでいて、単なる60年代ポップでは片づけられない不穏さが漂っている。

David Sylvian『BRILLIANT TREES』

David Sylvian『BRILLIANT TREES』

カン(Can)のホルガー・シューカイ(Holger Czukay)が参加していると知って購入。クレジットを見ると、フレンチホルンやギター、声に加え、 “dictaphone” という古い録音機器も使っている。サンプラー的にノイズや断片を取り込んでいたのかもしれない。彼のホルンの響きは控えめながら、空間の湿度や体温すら変えてしまうような存在感がある。アートロック、アンビエント、ジャズの境界を漂う本作の中で、シューカイの音は確かに異質で、でも不可欠だった。

Cosmic Jokers『Gilles Zeitschiff』

Cosmic Jokers『Gilles Zeitschiff』

クレジットにクラウス・シュルツェ(Klaus Schulze)とマニュエル・ゲッチング(Manuel Göttsching)の名前があるのを見て、迷わずレコードを購入。でも調べてみると、実は本人たちの同意なしに出された作品で、のちに訴訟沙汰になったらしい。音源は即興セッションの断片で、そこに語りや音響処理が重ねられていて、何とも混沌とした仕上がり。だけどその無秩序さが逆にクセになる。整った作品ではないけれど、70年代クラウトロック周辺の熱気と実験精神がパッケージされた、ある意味で貴重な記録だと思う。

出戸学

OGRE YOU ASSHOLEのフロントマンとしてヴォーカル&ギターを務める。

OGRE YOU ASSHOLE

ミニマル&メロウなサイケデリアでレフトフィールドを突き進むライブバンド、OGRE YOU ASSHOLE。
2005年に1stアルバムをリリースし、’00年代のUSインディーシーンとシンクロしたギターサウンドを経て、石原洋のプロデュースのもと、サイケデリックロックやクラウトロックの要素を取り入れた『homely』『100年後』『ペーパークラフト』のコンセプチュアルな三部作で評価を確立する。

その後はセルフプロデュースで『ハンドルを放す前に』『新しい人』『自然とコンピューター』のアルバム3作をリリースし、バンド独自の表現を広げることに成功。最新作『自然とコンピューター』では、アナログシンセサイザーを大胆に導入し、新たなサウンドの境地を切り開いた。

ライブパフォーマンスにおいては、録音作品とは異なる大胆なアレンジによるダイナミックなサイケデリックサウンドで定評を得ている。2010年以降は活動の幅を海外にも広げ、ツアーやフェスティバル出演など、国内外で精力的に活動を続けている。また、2024年からは主催イベント””DELAY””を地元長野と大阪で開催している。
今年8月には中国ツアー、9月から活動20周年ツアーを控える。

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Edit:Takahiro Fujikawa

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