蚊は電子音楽を聴くと吸血や繁殖をサボり、サメはハードロックを聴くと穏やかになり、ゾウはクラシック音楽を聴くと踊るという。さて「犬」はどうだろう。あの音楽が流れてくると、犬は「チルする」そうだ。

犬はレゲエを聴くと癒しを感じるらしい

あの音楽とはずばり、レゲエ。2017年、スコットランド動物虐待防止協会とグラスゴー大学の合同研究により報告されている。こんな実験をした。アニマルシェルターにいる犬38頭を2つのグループに分け、一方にはクラシック・ソフトロック・ポップ・モータウン・レゲエの5つのジャンルを聴かせ、もう一方にはなにも聴かせずに5日間観察。すると音楽を聴かせたグループの犬は、ジャンル関係なく、立っている時間より身体を横たえている時間が著しく長くなった。リラックスしているということだろう。クラシック音楽は犬をリラックスさせる効果がある、等音楽に動物を癒す効果があることはすでに発表されていたから、そこまでは驚かない。ここからが新しい発見だ。5つの音楽ジャンルのなかでも、特に「レゲエ」と「ソフトロック」を聴かせたときに、犬の心拍数は顕著に下がり、ストレスレベルが減少した。そして、音楽を止めた後は吠えることが増えた。このような反応は、実験期間中の5日間、変わらなかったという。

レゲエといったら、ジャマイカ発祥のポピュラーミュージックだ。数年前には、ユネスコによって無形文化遺産にも登録されたほどの色濃い歴史と文化でできた音楽。「スカ」や「ロックステディ」の要素を融合したゆるくて陽気なそのリズムは夏との相性が良く、心地良さを感じずにはいられないチルな音楽の代名詞だといってもいい。そうか、その心地よさを分かるのは、人間だけではないのか。

「うちの子、レゲエを聴いたときだけぐっすり眠ってくれるんです」

ここで犬を飼ったことがない筆者の頭に素朴な疑問が浮かんだ。「ところで、犬ってそんなにストレスや不安を抱えているの?」。答えはイエス。264種1万3,715匹の飼い犬を対象にしたある調査で、こんな結果が出ている。犬の行動を分析したところ「72.5パーセントの犬が不安行動を示していた」。不安の種として挙げられるのは、引越しによる周辺環境の変化や、飼い主の結婚・出産等による家族構成の変化など。犬種や年齢、性別や体の大きさによって感じる不安の程度に違いはあれど、犬も人間同様にストレスを感じて生きているのだ。

先述の研究が報告されてから3年の間に「犬はレゲエを聴くとチルする説」はあれよあれよと世界中に拡散した。犬がリラックスするための音楽や動画を配信する「Relax My Dog(リラックス・マイ・ドッグ)」は10時間にも及ぶレゲエメドレーを(再生回数はおよそ48万回)、犬や猫のために音や音楽を制作する「アイカームドッグ」は生物音響学(音と生物との関係を研究する学問)にのっとって作られたレゲエミックスを発表。他にもYouTubeやSpotifyでは、「犬用レゲエプレイリスト」がちらほら。

そもそも犬に“音楽を聴く”という概念はあるのか?人間の4倍以上も耳が良いといわれている彼ら、どうやら少なくともある程度は音楽を認識しているという研究結果もある。では実際に彼らはどのようにレゲエをたのしんでいるのだろうか。グーグル先生に尋ねたところ、残念ながら犬たちからではないが、飼い主たちのこんな声が聞こえてきた。

ーストレスと分離不安障害を抱えるうちの子犬には、レゲエが効果的でした。

ーうちのヨークシャー・テリアの子犬は、レゲエを聴いたときだけぐっすり眠ってくれるんです。レゲエ以外でこの子が眠りにつく音楽はありません。レゲエというすばらしい音楽にリスペクト!

ー無駄吠えの多かったうちの老犬にレゲエを聴かせると、リラックスした様子でした。

ースマホでレゲエを流している間、嬉しそうにしていたうちの犬。プレイリストを止めると、スマホに駆け寄り吠えはじめたんです。もう一度流すとまたうれしそうに。これからは24時間流しておかなきゃ。

ー雷の音に震え、よだれを垂らし、明らかに動揺していたうちの子。レゲエを聴かせるとこれらすべての不安行動が止み、枕元でくつろぎはじめました。レゲエを聴いている最中は、雷が鳴り響こうともリラックスしたままでした。

ふむ。どうやらこの説、かなり有力とみなしてよいのか。できることなら、実際に見てみたい。ちなみに、人間にもレゲエのリラックス効果が現れるのだろうかと思って調べても、残念ながらそれを裏付ける研究結果は見つからなかった。しかし米国最大級の掲示板サイト「レディット」には「レゲエに救われた俺の人生」と題して「自殺観念に駆られるほど酒に溺れていたところ、レゲエを聴きだしてからは中毒症状がなくなりリラックスできるようになった」と熱弁する書き込みがあった。またQ&Aサイト「クオーラ」では「レゲエを聴くとどんな気持ちになる?」との質問に「リラックスして陽気な気持ちになる」「魂から元気にしてくれる」等の回答が。科学的には実証されてはいないものの、レゲエからリラックス効果を感じている人間はいる。

なんでレゲエなの?どんなレゲエがいいの?

しかし。なぜ、レゲエなのか。ジャズやヒップホップじゃダメなのか。研究では「レゲエはテンポが遅いため、犬が聴くのに最適なジャンルである」と結論づけている。いわれてみれば、ジャズやヒップホップと比べるとテンポはゆっくりではある。また先述の実験の研究者は「レゲエには犬の心拍数に似たリズムがある。子犬はストレスを感じるとリラックスしようと母親に寄り添い心臓の音を聞く傾向があることから、レゲエがその代わりになる」とも推測している。確かに、ん、チャッ、ん、チャッと2拍目と4拍目にアクセントを置く裏打ちのリズムは超シンプルで反復的だし、予測可能なループ感は安心感に繋がるのかもしれない。

まだまだ気になるのだが、果たしてレゲエとひとくちに言えど、犬に効果的なのは「どのジャンルのレゲエか」。楽器の生音を中心にゆるくて陽気なリズムを刻む「スカ」から、打ち込みによるデジタル音が騒がしいテンポ早めの「ダンスホール・レゲエ」まで、そのサブジャンルは幅広い。まあ遅く緩やかのものがいいのだろうなとは想像するが、男性シンガーがいいのか、それとも女性シンガーがいいのか、どれくらいの時間聴かせたらいいのか…などなど。だが、そこまでは明らかにされていない。

これは研究者の見解や世に出回るプレイリストからの勝手な想像だが、ボブ・マーリーに代表される「ルーツロックレゲエ」が効果的なのではと絞ってみた。ということで、レゲエ好きの筆者の完全なる独断と偏見で、犬がリラックスできそうな3曲を選出してみた。

1.Bob Marley & The Wailers“Jammin’(ジャミング)”

混沌としていた70年代後半のジャマイカ。ボブ・マーリーが、抗争する二大政党の両党首をステージに上げ握手で和解させたのは有名な話。そのとき演奏していたのが『ジャミング』。社会・政治色の濃い歌詞はさて置き、レゲエ特有のリズムと楽器の音色が、犬のストレスを軽減するかも?

2.Marcia Griffiths“Feel Like Jumping(フィール・ライク・ジャンピング)”

ボブ・マーリーのバックコーラスグループの一員としても活躍していた、唯一無二の女性シンガー。その卓越した歌唱力は、ジャマイカ政府から国民栄誉賞を受賞したほど。シンプルで反復的なリズムと力強くソウルフルな歌声がリラックス効果を高めそう。

3.Beres Hammond“Sweetness(スイートネス)”

ジャマイカのR&Bの先駆者としてその名を馳せる大御所シンガー。これは甘〜いサウンドに乗せ色恋について歌った「ラヴァーズ・ロック」だが、ベレスの味と温かみのあるしゃがれ声は、犬をほのぼの心地良くさせること間違いなし。

あくまで個人的な感覚でチョイスしたため、「うちの子ちっともリラックスしないじゃん!」は受け付けないので悪しからず。ちなみに耳を覆ったり、クンクン泣いたり、部屋を出ていったりすると、それは犬は音楽をたのしんでいないという兆候なので、その際は一時停止ボタンを押してくださいね。

結論。人間同様、犬によって音楽の好みは違う

犬はレゲエでチルする実験に携わった研究者の一人、エヴァンス教授はこうも話していた。「実験結果をまとめますと、犬のそれぞれの音楽ジャンルへの反応はまちまちでした」。エー、オホン(咳払い)、ここまで話しておいてなんだが、すべての犬がレゲエで癒しを感じるわけではなく、犬にもそれぞれ好みがあるのだと。電子音楽に癒される犬もいれば、ヘビメタに癒される犬もいる。人間と同じだ。

腑に落ちないオチになってしまったが。兎にも角にも、犬は人間のように言葉で感情や要求を訴えることができないため、飼い主がストレスを察知して対処することが大切だ。ストレス解消グッズとして出回っている犬用のガムやおもちゃ等をあたえるのも一つの手だが、まずは手元のスマホやパソコンで、ん、チャ、とレゲエを流してみて損はないだろう。

余談だが、その昔、レゲエ発祥の地ジャマイカに幾度か訪れたことがある。ジャマイカの街は、道端に積み上げられた巨大スピーカーから一日中レゲエが流れてくるほど、レゲエが常に耳に入る環境。さぞこの街の犬たちはレゲエを四六時中耳にし、十二分にチルしていたであろう…はずなのに。その野良犬たちに、タクシーでの移動中、追いかけまわされた挙句に車体に体当たりされたのは、ここだけの話。

Words: Yu Takamichi(HEAPS)