異文化の地を訪れた際に思わず遭遇した、忘れられないあの瞬間。一瞬にして恋に落ちてしまった……というような経験をしたことのある人たちは、多いんじゃないだろうか。スーパースターDJとして世界中を駆け巡る、DJ/ミュージシャンのリッチー・ホウティンも、数々の宝のような経験をしてきた1人。90年代初頭に日本で出会い衝撃を受けて以来、音楽と同様に深い愛情を注いできたのが、日本酒の存在だ。その日本酒への探究心が高じ、現在は「ENTER.Sake」というプロダクションの元、日本酒ソムリエとして日本酒を世界に広めるために活動を行なっている「酒サムライ」こと、リッチー・ホウティンに、日本酒と音楽との関わり合いについて話を聞いてみた。

「音楽を作り始めた10代の頃から、Rolandのシンセサイザーやドラムマシーンを使って音楽を制作していたから、日本文化には興味を持っていたんだ。テクノミュージックを作っていた僕にとって、写真から知る日本はハイテクでフューチャリスティックで、未来を感じさせてくれるところだった。そんなとき、1994年にDJで呼ばれて日本へ行くことができて、その滞在中に強烈な体験をしたんだ。僕を日本に呼んでくれたプロモーターが、日本食レストランへ連れていってくれたんだけど、いろんなスタイルで呑んだ日本酒がすごく美味しくて、1人で最後まで日本酒を飲んでいたくらい好きになってしまったんだ。それまで日本酒は熱燗で飲むことしか知らなかったんだけど、そこから日本酒に興味を持つようになって、日本各地の酒蔵を訪ねるようになったんだ。初めて一升瓶を見たときは、とても興奮したよ(笑)」。

音楽と日本酒のハーモニーを世界に届ける。リッチー・ホウティンによるENTER.Sake

初めて訪れた日本の旅で、居酒屋に集まった客人たちが「クイッ! 」と日本酒を呑む人々の姿を観て、「なんて社交的で、エレガントなんだ! 」と、感動をしたというリッチー氏。「酒は人を集めて、そこに温かい空気が流れる。中でも日本酒を呑む空間は独特なフィーリングがあるんだ」と、深い愛を日本に感じてしまったそうだ。それ以来、DJで日本を訪れる度に、時間を作って日本酒を探求。「パーティが始まる前に、日本料理や居酒屋に行って、地元の酒をトライする。パーティ会場でも酒を飲んで、DJを楽しむ。その流れが素晴らしく自分には合ってしまったんだよね。海外へ行ったときに心を開いて街を探求してみると、その旅に美しさが出てくるんだ。それまで通常だった日々が、特別なものになる。日本へ行ったときに「どこへ食べに行きたい? 」と聞かれると、その度に「アンダーグラウンドなお好み焼き屋」とか、「魚市場でマグロの刺身」とか、「大阪のストリートキッズはどんな酒を呑んでいるのか」とか答えるんだけど、日本文化に興味があるんだ。その探究心から得る興奮は、音楽に通じるものがあるんだよ。音楽は常にライブで、刺激を与えてくれるからね。それと同じく酒もディープだから、音楽と同じくらい日本酒の世界にのめり込んでしまったんだ」。

酒に出会った90年代から、「ENTER.Sake」を始める2012年までの間、日本酒に関してさまざまな経験を積んできたリッチー氏だが、日本酒について学ぶにあたり数人のメンターがいたそうだ。
「2000年前後に、DJで僕を日本へ呼んでくれたプロモーターのYUUKiは、僕を日本各地の酒蔵へ連れていってくれた。YUUKiは僕の日本酒探検のパートナーで、彼のお陰で日本酒にクレイジーになったと言ってもいい。それと2007年に東京で、ジョン・ゴントナーに出会うことができたんだ。彼は日本に住んでいるアメリカ人で、日本酒を深く知る酒マスターとしても有名だけど、僕の日本酒の先生なんだ。さらにその翌年に日本酒のディストリビューターである『はせがわ酒店』の長谷川浩一さんを紹介されて、彼が2日間に渡り酒蔵を尋ねる旅に連れていってくれたんだ。そのときに行ったのが『上喜元』と『十四代』だったんだけど、欲しくてもなかなか手に入らないことで有名な酒蔵で、そこで過ごした時間が素晴らしすぎて、それで日本酒のプロモーションをやることに決めたんだ。僕のファンや、世界中にいる僕の友達に日本酒の素晴らしさを知ってもらいたいなと思ってね」。

音楽と日本酒のハーモニーを世界に届ける。リッチー・ホウティンによるENTER.Sake

ダンスミュージックが好きな人にとって、リッチー・ホウティンと言えば間違いなくテクノ界の重鎮。Plastikman、F.U.S.E名義でのトラック制作や、自身が手がけるレコードレーベル「PLUS 8」、「MINUS」からは数々の名曲をリリースしてきているだけでなく、世界トップクラスのDJとして世界を舞台に活動し続けているスーパースターである。その彼が、音楽と同じくらい情熱を捧げるようになった日本酒。テクノミュージシャンであるリッチー氏が、日本酒を紹介するためとった最初の行動は、イビサで始めた自身のパーティとの連動だった。

「2012年に『ENTER.Sake』を設立して、それからイビザで日本酒を紹介するパーティを始めたんだ。日本酒を知る入り口として、みんなにその美味しさを知ってもらえるよう、ディストリビューターである長谷川さんと、京都にある酒蔵『藤岡酒造』の藤岡正章さんに協力をしてもらい、日本酒をイビサへ仕入れたんだよ。藤岡酒造のことは、ジョン・ゴンドナーから日本酒を学んでいたときに知り、酒蔵へいったことがあるんだよ。イビサには日本酒がそれまでなかったことから、僕たちは大成功を収めることができた。それとイビサには夏になると世界中から人々がやってくるんだけど、イビサで日本酒を知った人たちが、各々の国へ帰ってから日本酒のことを話をしてくれて口コミでどんどん広がっていったんだよ」。

「日本酒は、エレクトロニック・サウンドと合うんだ。中でもテクノ・ミュージックの周波数と、日本酒の周波数は同じだと感じていて、だから僕は音楽をプラットフォームに、日本酒をプロモーションできるんだ。テクノと日本酒はいい関係。音楽は僕をいい気分にさせてくれて、日本酒も僕をいい気分にさせてくれる。だから僕は両方を紹介する。DJをしていると、ダンスフロアというものが実に社交的な場であることを感じるんだけど、僕が日本酒を通じて体験をした酒を飲みながら築き上げるソーシャルフィーリング……それはダンスフロアに通じるものがあって、ダンスミュージックと日本酒、各々が放つ周波数が重なり合うと、それはダンスフロアで素敵なハーモニーを生み出すんだ」。

音楽と日本酒のハーモニーを世界に届ける。リッチー・ホウティンによるENTER.Sake

音楽も酒も奥深く探求するリッチー氏が辿り着いた、テクノと日本酒の調和。それは「ENTER.Sake」を拠点に、異国の地で革新的な流れを持ち広まり始めていて、リッチーはこれまでに自身がホストとなり、ロンドン、ベルリン、ミラノ、アムステルダムなどのヨーロッパ各地、ニューヨーク、マイアミなどのアメリカ各地、そして日本でも、日本酒を紹介する「ENTER.Sake」主催のイベントを開催。イベントではリッチー氏が自らの足を運んで見つけた日本酒と、それに合った料理が振舞われ、またリッチー氏と親交のあるDJたちがエレクトロニックミュージックをプレイ。料理に関しては、「イタリアのミラノで開催したときは地元のイタリアン・ピザ、レバノンのベイルートではタパスを提供したり、日本食だけに日本酒が合うとは限らないことも証明していきたいと思っているんだ。というのも、僕自身が日本酒で楽しめるのが西洋料理だからね」と、リッチー氏ならではの視点でメニューをセレクト。パーティに参加した人々の多くが日本酒のファンになっただけでなく、「日本へ行ってみたい」と願う人々が多くなっているそうだ。

音楽と日本酒のハーモニーを世界に届ける。リッチー・ホウティンによるENTER.Sake

そんな中、昨年末「ENTER.Sake」より日本へ感謝の気持ちを込めスペシャルボックスセットがリリースされた。「愛知県にある『関谷醸造所』との付き合いは、かれこれ6~7年になるんだ。僕がぜひ呑んでもらいたいと願う、Black (純米)、Silver(純米吟醸)、Gold(純米大吟醸)の3本をスペシャルボックスにして発売した。それともうひとつ『藤岡酒造』とコラボレーションをした『蒼空特別純米美山錦』は、日本に向けては初めてのリリースになる。『ENTER.Sake』での活動を通じて、世界に少しずつ日本酒が知られるようになっているから、その成功を祝いたいと思い、日本へ感謝の気持ちを込めて販売することに決めたんだ」。スペシャルボックスには特典で、リッチー・ホウティンのグリーティングカードや、オンライン・ファンミーティング参加権が付いており、また「蒼空」をイメージして制作したDJミックスもあり、ディープでミニマルなエレクトロサウンドのそのミックスは、日本酒の深い味わいとリンクしているから素晴らしい。

新型コロナウイルス下でロックダウンが続く中、活動の拠点となるベルリンでインタビューに応じてくれたリッチー氏。昨年は、このご時世の中でベルリンに日本酒販売店「SAKE 36」をオープン。自宅で時間を過ごす人々の間で人気を呼び、多くの人たちが日本酒を買いにやってきているそうだ。クラブやパーティでDJをすることはまだできないが、音楽制作と、日本酒に関しての動きはすこぶる順調。常に前へ進むリッチー氏に、この先やろうと思っていることを尋ねてみた。「『SAKE 36』には、毎日たくさん人がやってきて、酒を持ち帰って家で楽しんでくれているんだ。これも自分にとって日本酒アドベンチャーの1つなんだけど、新しく酒と音楽のプロジェクトを考えている。まだ内容は言えないんだけど、この先を楽しみにしていて欲しい」。
 
音楽と酒、いつの時代も人間である我々が欲する楽しみと、生き甲斐。「ENTER.Sake」から、この先も音楽と日本酒の新しいあり方を教えてもらいたいなと思う。

Richie Hawtin

1970年生まれ。イギリス、オックスフォード出身。90年代初頭より、DJ、サウンドプロデューサーとして活躍。レコードレーベル「PLUS 8 Records」「MINUS」を運営しながら、ミニマルテクノを中心に数々の名曲をリリース。またDJとして、常にトップクラスのテクノDJとしてワールドワイドに活躍。酒に関しては、2012年に日本酒を海外で紹介する「ENTER.Sake」をスタート。同時にスペイン/イビサ島にて始めたレジデントパーティ「ENTER」にて、「ENTER.Sake」と称した日本酒バーをクラブ内に設置し、日本酒のプロモーションに力を注ぐ。以後、世界各地で日本酒を軸に音楽と酒が融合したパーティを開催。日本酒造青年協議会公認の「酒サムライ」として、さまざまなスタイルで日本酒啓蒙活動に積極的に取り組んでいる。
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ENTER.Sake

世界的な人気を誇るDJ、サウンドプロデューサーであり、日本酒ソムリエであるリッチー・ホウティンにより2012年に設立された日本酒を中心としたセレクトブランド。90年代初頭より日本中の酒蔵を巡り、そこで得た日本酒とその文化を世界のマーケットに広めていく活動を行なっている。その活動はスペインのイビザ島からはじまり、北米全土、ヨーロッパ全土に流通網を拡大させ、現在は多くのレストラン、バー、ホテル、ナイトクラブなどで「ENTER.Sake」を味わうことができる。2020年にはベルリンに日本酒専門店「SAKE 36」をオープン。

音楽と日本酒のハーモニーを世界に届ける。リッチー・ホウティンによるENTER.Sake
ENTER.Sake
SAKE 36
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Words:吉岡加奈