果たして、グラミー賞は今後も「世界最高峰の音楽の祭典」であり続けるのか――。

ノミネートや選考に関してアーティストから批判が集まるなど、様々な波紋を巻き起こした今年のグラミー賞。その一方、毎年の授賞式では記憶に残る数々のパフォーマンスも繰り広げられてきた。特に近年では、華やかな歌や演奏だけでなく、音楽を通して社会にメッセージを届けるようなステージも話題を呼んできた。単なる賞レースの結果だけでなく、授賞式自体がライブショーとして大きく注目を集めてきた。

岐路に立つグラミー賞は、この先、どこに向かうのか。今年の授賞式の模様や、この数年の歩みを振り返りつつ、読み解きたい。

第63回グラミー賞授賞式

2021年3月14日(現地時間)、第63回グラミー賞授賞式が開催された。

今年のグラミーを巡る最初のポイントは、コロナ禍で大きく変容を迫られた授賞式自体のあり方だ。当初の1月末より延期され、史上初となる無観客開催の形で開催。4月25日(現地時間)に開催されたアカデミー賞とは対照的に、出演者やセレブたちがきらびやかなファッションでレッドカーペットを歩くという場面は用意されなかった。授賞式の参加人数も最小限に抑えられ、授賞の発表は屋外エリアで行われた。また、アメリカ各地のライブハウスのオーナーがプレゼンターをつとめるなど、コロナ禍に打撃を受けたライブエンタテインメント産業の現状を伝える場ともなっていた。

女性アーティストの躍進

2つ目のポイントは、女性アーティストの躍進だ。最優秀アルバム賞はテイラー・スウィフトの『folklore』、最優秀楽曲賞はH.E.R.の“I Can’t Breathe”、最優秀レコード賞はビリー・アイリッシュの“everything I wanted”、最優秀新人賞はミーガン・ザ・スタリオンと、主要4部門を女性アーティストが独占した。

また、最優秀R&Bパフォーマンス賞など4部門で受賞したビヨンセは累計28回目の受賞となりシンガーとしての歴代最多記録を更新。パフォーマンスにおいても、ミーガン・ザ・スタリオンとカーディ・Bが披露した大ヒット曲“WAP”と新曲“UP”の圧巻のパフォーマンスがハイライトの一つとなった。

まさに女性が主役となった今年のグラミー賞授賞式だが、その背景にはジェンダー平等が大きなテーマになってきたここ数年のグラミーの動きがある。たとえば、2018年のグラミー賞では、セクシャル・ハラスメントへの抗議を示す「#MeToo」や「#TimesUp」運動が大々的にフィーチャーされ、出席したほとんどのミュージシャンは運動への支援を示す白いバラを身に着けて授賞式に参加。プロデューサーから性的虐待を受けてきたケシャが真っ白の衣装に身を包んだ女性アーティストたちと熱唱した“Praying”も絶賛を集めた。

しかしその一方、同じ2018年にはグラミーを主催するレコーディング・アカデミーのニール・ポートナウ会長(当時)が授賞者に男性アーティストが多かったことについて「女性がもっとステップアップしなければ」とスピーチし批判を集めた。男性が権威を握ってきた業界のあり方が問い直されてきたここ数年の動きが今につながっているわけである。

ブラック・ライヴズ・マター運動の反映

3つ目のポイントは、ブラック・ライヴズ・マター運動の反映だ。最優秀楽曲賞を受賞したH.E.R.の“I Can’t Breathe”は、白人警官によって首を押さえつけられ死亡した黒人男性ジョージ・フロイドの生前最後の言葉である「息ができない」というフレーズをタイトルにした楽曲。また、パフォーマンスではリル・ベイビーがBLM運動を受けて作った楽曲“The Bigger Picture”を披露。職務質問を受けた黒人男性が警察官に背後から撃たれるという衝撃的なシーンから始まるステージで鮮烈な印象を残した。

こうしたBLM運動とのリンクもここ数年の流れを反映している。特に記憶に残るのが2016年のグラミーでのケンドリック・ラマーのステージだ。鎖につながれた状態でパフォーマンスを始め、BLM運動の大きなきっかけになった2013年のトレイボン・マーティン射殺事件についてフリースタイルでラップし、燃え上がる炎とアフリカンダンスを背景に“Alright”を披露。歴史的なパフォーマンスとして絶賛を集めた。

ただ、その一方で、やはりグラミーを主催するレコーディング・アカデミーは白人を優遇し非白人アーティストを軽視しているとして、たびたび批判を集めてきた。2017年には主要部門の授賞が確実視されていたビヨンセが受賞せず、主要3部門を独占したアデルが受賞スピーチで「私はビヨンセが勝つべきだったと思っている」と語ったこともあった。同じ2017年にはフランク・オーシャンが選出基準に意義を唱えアルバム『blonde』を提出せず、グラミー賞をボイコットしたこともあった。2019年にはドレイクが受賞後のスピーチでグラミー賞の在り方自体に疑問を呈する主張を行い、そのスピーチの途中でCMが挟まれカットされるということもあった。

ノミネートの不透明性

人種差別的な傾向だけでなく、ノミネートの不透明性もたびたび批判を集めてきた。

こうした問題が大きく噴出したのが、今年のグラミー賞でもあった。最も波乱を呼んだのが、“Blinding Lights”が2020年に世界で最も売れた楽曲となり、アルバム『After Hours』も絶賛を集めるなど、大きな活躍を見せたザ・ウィークエンドが、1部門にもノミネートされなかったこと。このことを受けて、ザ・ウィークエンドは今後グラミー賞に作品を提出しない“永久ボイコット”を表明。他にも、ドレイク、ゼイン・マリク、ホールジーなど数々のアーティストからノミネートへの批判が集まった。BTSが大ヒット曲“Dynamite”を披露したパフォーマンスが授賞式の目玉の一つになりつつも授賞を逃したこともファンの落胆を集めた。

そして、グラミー賞が抱える最大の“危機”が、視聴者数の落ち込みだ。ニールセンが発表した時間帯別の全米視聴率によると、CBSが放送した授賞式の視聴者数は923万人。昨年のおよそ半分という、史上最低の数字だ。もちろんその背景にはコロナ禍におけるエンタメやテレビ視聴スタイルの変化もあるだろう。2021年は、グラミー賞だけでなく、ゴールデン・グローブ賞やアカデミー賞なども視聴者数が急落している。

ただ、変化の理由はそれだけではない。ここ数年のグラミー賞の視聴者数を振り返ると、2017年の2610万人から、2018年は1980万人、2019年は1990万人、2020年は1870万人と減少傾向が続いている。ひょっとしたら、この変化は、グラミー賞のようなアワードの“権威”自体に価値を感じない人達が増えているということの象徴なのかもしれない。

現在、アメリカではワクチンの接種の広まりと共にかつての日常が徐々に戻りつつある。しかし、進んでしまった針は元には戻らない。顕在化した問題に対処すること、特にノミネートの透明性を示すことは、この先もグラミーが信頼されるための、大きな条件と言えるだろう。

ただし、もう一つ言えるのは、レコーディングアカデミーはただグラミー賞を主催するだけの団体、単なる音楽業界の“お偉方”の団体ではない、ということ。レコーディングアカデミーは、音楽教育や音楽遺産の保護、MusiCaresと題した音楽コミュニティ支援のための基金など、社会貢献活動も地道に行ってきた。こうした取り組みの積み重ねは地味ながら着実な評価を集めている。

おそらく来年のグラミー賞授賞式は従来のような形で開催されるだろう。その時に、音楽の素晴らしさを称えその功績を祝う「世界最高峰の音楽の祭典」としてのグラミー賞の意義や枠組み自体が、改めて問われることになるのではないだろうか。

Words: 柴 那典
Photo(H.E.R.&ティアラ・トーマス):Getty Images