「ファァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッックッ」

ドラマーが文字通り目と鼻の先にいるボーカルに向かって叫ぶ。ドアをバシンと強く閉める音、ため息やいらだち、あきらめがたちこめる重い空気。こんな日々が幾度となく続いていたのは、バンドMetallicaだ。

名声も富も膨大なアルバム売上数もほしいままにしたウルトラ勝ち組バンドは、2000年代初頭、解散危機にあった。この時期を乗り越えられた理由には、一人の心理カウンセラーがいる。毎日バンドと過ごし、対話し、バンドのウェルネス・ウェルビーイングを取り戻すのに貢献した。いま、当時の話をこの心理カウンセラーに聴きながら、音楽のもとに個々が結束する共同体・バンドの良い関係性を考えてみたい。

バンドの心を回復するために

バンドが解散に向かうタイミングには、いくつかのパターンがあるだろう。音楽の方向性の違い、人生の別のステージへの突入、メンバー同士の修復できない関係、金銭問題における仲違い、主要メンバーの脱退(もしくは死去)、メンバーが抱える病気や中毒、そのほかの個人的な問題。1981年にカリフォルニアで生まれたモンスターバンドMetallicaも、20年の成功の時を経て2001年、オリジナルアルバム制作時に、バンドの関係性における転換期へとさしかかっていた。

まずは、15年以上プレイしていたベーシストのJason Newstedがメンバーとの不和で脱退。オリジナルメンバーでボーカルのJames Hetfieldは、アルコール依存症を抱えていた。同じくオリジナルメンバーでボーカルと並びリーダー的な存在のドラムのLars Ulrichは、音楽制作でJamesとぶつかることしばしば。そんななかで、ギターのKirk Hammettは一人、中立的に見守る。

音楽的な才能があるがゆえのエゴとプライド、自身が抱える個人的な問題、長い付き合いだからこそ生まれてくる複雑化したわだかまりや膨らんだ不満で爆発寸前の(たびたび爆発もしていた)バンド。これを見かねたマネジメントが、最後の一手を打つ。月400万円で「ある一人」をバンドに投入したのだ。心理カウンセラー、Phil Towle。彼はのちにバンドメンバーに「守護神のようだった」「彼のおかげでこれまででベストな関係性を築くことができた」「レノンとマッカートニーに彼が付いていたら、ビートルズは解散しなかったのに」とまでいわしめる。

もともと、スポーツ選手やチーム、起業家、ビジョナリーなどにセラピーを施してきたPhilは、Metallicaの最悪な時期に、メンバーと1年間の毎日を過ごし、グループカウンセリングをおこない、制作ミーティングにも参加し、息子ほどの年齢のメンバーたちの関係性を見つめ見守っていた。

今回Always Listeningは、バンドのウェルビーイングを強めたPhilに、20年も前の話になるが回想してもらい、話を聞いた(ちなみに、取材では自身のことをセラピストではなく“パフォーマンス・コーチ”と捉えているとのことだったので、そのままの表記にした。演奏などのパフォーマンスの指導者ではなく、バンドに対する精神的、心理的なコーチングということだ)。

Phil投入から、アルバム制作をおこない新しいベーシストRobert Trujilloを迎え、再びツアーに出るまでの復活のMetallicaを描いた様子はドキュメンタリー映画『メタリカ:真実の瞬間(METALLICA: SOME KIND OF MONSTER)』におさめられている(Philの出没率高し)。

NetlflixやApple TVで視聴可能なので、ぜひ。メタルやロックが好きでなくても、むしろ音楽にそこまで興味がなくても、あるバンドの心理的な成長過程のドキュメントとして、楽しめるはず。

Metallicaのポスターの前で“メタルポーズ”をきめる、Phil Towle。
Metallicaのポスターの前で“メタルポーズ”をきめる、Phil Towle。

これまでのPhilの顧客リストには、Rage Against The MachineのTom Morelloもいるんですね。ロックバンド、御用達。

Rage Against The Machineの後身バンドAudio Slaveとも仕事をしました。あとは、アメリカでとても有名なカントリーバンドRascal Flattsとも。

それ以外にも強豪アメフトチームのコーチから、キャリアマネジメントカウンセラー、ニュースキャスターまで、ありとあらゆる業種に就くプロフェッショナルにカウンセリング*を施してきましたが、音楽バンドというとクライアントのなかでも特有なのでしょうか。

*Phil自身は、これをPerformance Enhancement Coachingと呼ぶ。

バンドは、ファミリーユニットです。特定の目的のもとに個人的にも専門的にも関係性を築き保つ。個々人の性格とスキルを持ちより、もっとパワフルな一団へと統合していく関係性です。それゆえ、バンドのもつダイナミクスはとても複雑で、Metallicaの場合は、4人の別々の音楽パフォーマーが一緒になった状態といえる。バンドに特化した話ですが、バンドメンバーの性格が同調すると音楽演奏もうまくいきます。

カウンセリング施術や向き合い方において、他の職種のクライアントと比べて音楽バンドだと難しいところなどがあったり…?

良い質問です。しかし、良い答えがあるかわかりません…。が、ヘビーメタルバンドというのは、これまた違う特性を持っていると言えますね。他の団体と比べて、特異なエモーションをもっている。Metallicaのようなバンドには、個々のパーソナリティに対して逆らうほどのエネルギーがみなぎっていました。エネルギー消耗が激しいんです。

どのようなきっかけでMetallicaと働くことに?

すでにクライアントだったRage Against The MachineとMetallicaのマネジメント会社が同じだったんですよ。Rage Against The Machineへの仕事ぶりで、私に興味をもってくれたみたいです。

クライアントがMetallicaとなったとき、まずなにをしましたか。

まず、セラピーではなく、パフォーマンスコーチングというアプローチに切り替えました。セラピーは、危機を緩和、または解消することで元の状態に戻させる傾向があります。パフォーマンスコーチングは危機やいさかいを「バンドの成長」へと転換する。つまりいままで以上のレベルまで引き上げるんです。Metallicaの場合、私はメンバーが示すような症状(問題)を拾えるだけ拾いました。ただ彼らの場合は、危機に陥っていることが容易にわかりました。雑誌のインタビューでもお互いのことを攻撃しあっていたり、アルバムセールスも過去に比べて落ちていたりしていましたから。

コーチングの初日を覚えていますか。

もちろん。クリスマス休暇明けの1月。バンドメンバーが集まったその日、すぐに喧嘩が勃発しました。ベーシストのJasonがまさに辞めると表明した時期です。

いきなり危機からはじまった。

彼らとはホテルの部屋で面会しました。Jasonが「メンバーだけと話をさせてくれ」というので部屋を去ると、Jasonが「もう辞めてやる!」と部屋から喧嘩の声が聞こえてきた。10分ほど経ったあと、私は「入れてください。君たちが対立をしているから私は雇われたんです」と部屋をノックしました。バンドが内部崩壊をしていて、喧嘩をしている。そこに私が足を踏み入れ、「さあ、問題を話してみよう」と呼びかける。こんな始まりでした。

現メンバーでのライブの様子。
現メンバーでのライブの様子。 Maj.l / Shutterstock.com

ドキュメンタリーでは、バンドの主要メンバーかプロデューサーかと思うくらい、つねにバンドの輪に入っていましたが、毎日一緒に過ごしたのでしょうか。

バンドのことを知りはじめるようになった最初の数ヶ月は、数ヶ月に1回、その当時住んでいたカンザスシティ(米国中西部の都市)からバンドのいたカリフォルニアまで飛び、数日間過ごしていました。しかし、とうとうJamesがリハビリに行くために、10ヶ月ほどバンドを去ったあと、残りのバンドメンバーとは長い時間を過ごした。Jamesがリハビリを通して成長をするなら、彼が戻ってくるときまでに他のメンバーも成長し、彼を受け入れ一緒に制作する心の準備をしていなければいけなかったからです。そして、Jamesが戻ってきてから1年間、毎日バンドと一緒に過ごしました。朝から、時には深夜まで。

家族よりも長い時間を過ごしていますね。カウンセリングセッションも毎日?

朝の10時、11時に集まって、2時間ほどコーチングを。その後、併設のスタジオへ行くのに、私もついていく。「彼らが協力しあいながら制作しているのか」「アルバム制作をしながら、各々のメンバーのパーソナリティを融合しているのか」を観察したかったからです。

ドキュメンタリーでは、グループカウンセリングをしている様子が多々映しだされていました。Metallicaというバンドの場合、どのようなアプローチでおこなったのですか。

基本的に私の理念は「人々が話していることに耳を傾け、彼らの考えや感情をさらけ出させ、クリーンなパーソナリティにし、彼らの目的を追求する助けとなってあげること」。まずは彼らの言葉を聞き、その後にたくさんの質問をする。そして、彼らがお互いにどんなやりとりをしているのかを観察する。

押すより引く。

バンドのメンバー同士が喧嘩をしているときも、私は座って喧嘩を観察していました。お互いの怒りを言葉にし、お互いに浴びせ聞かせるのは必要なことだったのだと思います。

そんななかでも「これは特別な施術が必要だな」と感じるほど、メンバーのウェルビーイングが損なわれていたときはあったのですか。

これまでの経験とタイミングによって、助けが必要だと“本能”で直感したら介入します。それが正しい時もあれば、間違っている時もある。ただ、私がいつも干渉してばかりいたら、短期的には状況を和らげ、助けになるかもしれませんが、長期的にはバンドのスキルを築く助けにはならない。どうやったらフェアに言い合いをし、建設的に解決することができるかを学ぶ必要がある。

セッションでは、バンドメンバーの一人が考えたバンドのミッションステートメントをあなたが読みあげるシーンもありました。バンドがバンドとしてなにを目指しているのかをいま一度メンバーで共有することは良いことですね。

どんな団体でも、ミッションがあり、達成したいことがある。信念を固く持てば持つほど、お互いの歩調が合います。

グループカウンセリングでは、話す議題をあたえるのですか?

たまにそういう時もありますが、「はい、今日はこれについて話しましょう」というようなことはありません。話し合うなかで、自発的に議題が出てきます。彼ら自身が、なにを話すべきなのかを導いてくれるんです。例えば、ツアーをおこなうことに決めたときは、快適なツアー生活にするためにはなにをすべきだろうか、など。またメンバー個々が、自分自身についての気づきがあったり、変化が必要なことを理解したりと、各々、そしてバンドとして成長しました。

グループカウンセリング以外には、なにかしたのですか。

月曜の夜に、メンバーが家族を連れてきて一緒にご飯などを食べるファミリーナイトをおこなっていました。そうすると、個人的な問題なども浮上してきます。その際は話し合いをするんです。


解散危機から、Philによるカウンセリング、アルバム制作とツアーまでを描いたドキュメンタリー
『メタリカ:真実の瞬間(METALLICA: SOME KIND OF MONSTER)』の予告編。

メンバーの個性や相性という特徴以外にも、「どんな過去をたどってきたか」にも違いがあると思います。Metallicaの場合、主要メンバーの二人が10代後半という少年期から青年期へと成長するティーンからずっと続けてきているバンドです。

そこまで長いこと一緒にいると、自身の成長を経験しながらお互いがぶつかり合っている。ビッグになろうと大きな目標でスタートし、どんどんとエゴも生まれてくる。お互いの存在が近ければ近いほど、いざこざも生まれやすいですからね。

また、“解決されていない過去の問題”がありました。メンバーがまだ20代前半だった80年代、オリジナルメンバーで初代ベーシストだったCliff Burtonがツアー中のバス事故で死亡し、バンドにとってはその傷が癒えていない。Jamesはアルコール依存症に苦しみ、Larsは旧友で後に不仲や中毒が原因でMetallicaを解雇されたDave Mustaine(現Megadethのボーカル)ともまだわだかまりがある。バンドという複数人の集まりの心のウェルネスを回復するために、メンバーが個々に抱える問題を、どのように探り、アプローチするのでしょうか。

どんな場合でも、その人の話に耳を傾けていると、パターンが出てきます。複数人との会話ではもっとわかりやすく現れるものです。観察すれば、彼らがどうしたら良いのか導いてくれます。

Phil立会いのもと、Larsが実の父親やDaveに会いにも行きました。現在の問題を解決するために、個々の解決されていない過去の問題に立ち返ることは大事なのでしょうか。

Daveに会いに行くというのは、Larsのアイデアでした。Larsはとてもセンシティブな性格で、過去のわだかまりのある関係性を修復したかった。私はそれについて行きました。お互いに、痛みを吐きだすことができた。良い会話ができていたと思います。Larsは忍耐強く、Daveの話に耳を傾け理解しようとした。

心理コーチとして、バンドとの距離の近さはどのようにバランスをとっていましたか。

長期間、毎日一緒にいたため、通常の「オフィスでの週2・1時間のセッション」とはわけが違いました。自然な距離感はありましたが、私はバンドにとても近く、バンドも私にとても近かった。よくセラピストは(患者に)感情的に入れ込んではいけないと教えられますが、それは必ずしも正解ではない。患者のことを気にかけていたら、彼らを近い存在に感じないことなんて想像できません。

Metallicaの場合、どのように成長していきましたか。

メンバー自身が変わっていきました。自分のパーソナリティについてもっと多くを知ると、他のメンバーとの繋がりも良くなっていきます。

成長が見られた瞬間は?

アルバム制作の際のお互いのやり取りでわかりました。どう協力しあっているか、どうお互いの意見に耳を傾けているか、どのような音楽にしたいかどうか、どのように異なる意見を持っているか、それでも前にするもうとしているかどうかなど。

バンドには、新しい転機や節目があると思います。たとえばMetallicaの場合は、新しいメンバーRobertが加入した。このような変化もバンドのウェルビーングには必要でしょうか。

彼はとてもエネルギッシュでポジティブで謙虚な人。二人でディスカッションをしたこともありました。彼は、メンバーが築いてきたバンドのカルチャーに自然な流れでフィットすることができた。

音にも現れるものなのでしょうか。

その昔、息子が自宅でMetallicaを大音量で聴いていてその音に憤慨していたことから、Metallicaのこともあまり好きじゃなかったので、彼らの昔の音と比べられません。が、彼らのことを知っていくうちに、彼らの音や歌詞がどこからやってくるのかを理解することができたんです。自分たちの抱える戸惑いなどを精神的にアルバムに注ぎこんだ。ちなみに、このときに制作されたアルバム『St. Anger』は、Metallicaのファンのあいだではあまり人気はないのですが、転換期のアルバムとなっています。アルバム制作が、バンドにとって、とても自然なセラピーとなりました。

バンドが元気になったなと感じたときは?

ツアー再開後の話です。ステージに上がる前に、円陣を組み、ハグをしていました。スポーツ選手が試合前にロッカールームでするように、お互いを奮いたたせていた。

バンドという共同体の心の健康を保とうとするには、なにが必要でしょうか。

バンドメンバーがどれほど成長することを真剣に考えているかが重要になってくると思います。メンバー同士の繋がりをもっと良いものにし、自分たちの抱える問題を解決し、もっと団結をしたいかどうか。そのようなバンドの思いの大きさです。

それぞれの強い個性や過去をもつ各々のミュージシャンたちがバンドメンバーとして、どのようにバンドの良い関係作りに貢献できるのでしょうか。

哲学的に聞こえてしまうかと思いますが、お互いの「愛」です。バンドというグループで協働しておこなっていることを愛していなければならない。メンバー同士がお互いのことを気にかけなければならない。意見の違いや喧嘩でさえもできる関係性だということを知る必要だってあります。

愛とは、これまた人間の永遠のテーマ。

Metallicaも曲のなかで、孤独や否定、愛の痛みなどを表現してきましたが、音楽は、愛を伝える道具です。信頼、敬意、感謝などをひっくるめた愛が、とても重要になるのです。Metallicaの場合、LarsとJamesは、バンドメンバーを探すフリーペーパーで知り合い、そこからトップアルバムセールスを生みだし、世界からもっとも愛されるバンドの一つとなった。ここに行き着くまでに、感謝の念が必ずあります。なので毎日、感謝の念をもつこと。

それは、どんなバンドであっても同じですね。

バンドにおいて、自分と他者のあいだで愛が“伝染”するのは、コンサート中だと思います。観客の前で演奏し、それに観客は応えてくれる。そこには愛の繋がりに基づく交流がある。愛とは、よく誤解されるものだし、安っぽく取り扱われるものでもありますが、やはり地球上でもっともパワフルな勢いだと思うのです。

Phil Towle(フィル・トゥール)

米カリフォルニアを拠点にするパフォーマンス・エンハンスメント・コーチングの専門家。アスリートから起業家、ミュージシャンなどのエンターテイメント業界人まで、さまざまな業界のプロフェッショナルへの心理的なセラピーやコーチングをおこなう。

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Eyecatch Illustration: Kana Motojima
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