2019年発表の国際レコード産業連盟(IFPI)によるレポート「Music Listening 2019」の第2位にランクインしたインド。以前、Always Listeningではインド国内で人気の楽曲を集めたプレイリストを紹介した。

世界で一番音楽を聴いている国の人気プレイリストをチェック:インド編

今回は、Spotifyのインド国内向けヒットチャートを参照しながら、2021年最新のヒット曲や注目曲をリサーチ! 面白さを増すばかりのインドの音楽シーンのトレンドにも迫る。

インドの音楽サブスクリプション・サービス事情―映画音楽一色だったインドの音楽シーンで、インディペンデント系のアーティストが伸長

インドでは、「ポピュラー音楽といえばボリウッドなどの映画音楽」という時代が長く続いていた。そのためか、ドメスティックな音楽に特化した国内向けの安価なサブスクリプション・サービスのシェアが高く、SpotifyやGoogle Play Musicなどの利用者は3割程度にすぎない。そのかわり、海外の流行をリアルタイムでチェックできる外資系サブスクの利用者には、都市部の感度の高いリスナーが多く、Spotifyのヒットチャートからは、彼らのセンスを反映したユニークな音楽を知ることができる。

インドの音楽シーンでは、ここに来て、映画音楽以外のジャンルがようやく勢いづいてきている。近年の経済成長とインターネットの普及にともなって、外国の音楽に刺激を受けた若者たちによるインディー音楽のシーンが、爆発的に発展しているのだ。議論することや踊ることが大好きな国民性を反映しているのか、若者の声を代弁するヒップホップや、EDMをベースにしたダンスミュージックの人気がとくに高いようだ。

2019年には、スラム出身のラッパーを描いたボリウッド映画『ガリーボーイ』が公開され、それまでアンダーグラウンドな存在だったストリート・ヒップホップは一躍人気ジャンルの仲間入りを果たした。

また、2007年にゴアで始まった<Sunburn Festival>は、アジアで最大の、そして世界で3番目の規模(つまりベルギーの<Tommorowland>とマイアミの<Ultra Music Festival>に次ぐ規模ということ)のEDMフェスティバルとしても知られている。

14億人に迫る人口、22もの公用語、そしてヒンドゥー教、イスラム教、シク教などの多くの宗教や、地域ごとに多彩な文化を持つインドの多様性は、音楽シーンにも現れている。

今回は、映画音楽以外のより作家性の強いジャンルに限定して、まだ見ぬインドのポピュラー音楽を紹介してみたい。

インドのメジャーシーンとインディーズシーンの注目アーティストたち

まずは、Spotifyの「トップ50 インド」のなかから、インドで話題のアーティストたちの楽曲をピックアップ!

(※2021年6月1日付ランキングより)

Sidhu Moose Wala, Raja Kumari “US(feat. Raja Kumari)”

このチャートの中で注目したいのは、“US”をはじめ複数の曲をランクインさせているSidhu Moose Wala。ターバン姿が特徴的なシク教徒の彼は、インド北西部パンジャーブ州出身のラッパー/シンガーで、伝統音楽の「バングラー」をルーツに持つ。もともとパンジャーブ地方の民謡だったバングラーは、海外に移住したパンジャーブ人たちによって、早い段階からヒップホップやクラブミュージックと結びつき、独自の発展を遂げてきた。2000年代に“Mundian To Bach Ke”を世界的にヒットさせたPanjabi MCも、こうしたインド系移民の1人。欧米のダンスミュージックと融合した新しいタイプのバングラーは、インドに逆輸入され、大人気のジャンルとなっている。

Panjabi MC “Mundian To Bach Ke”

Sidhu Moose Walaは、伝統的なバングラーの歌い回しと現代的なサウンドを融合したスタイルを特徴としており、この“US”では、カリフォルニア出身のインド系フィーメイル・ラッパー/シンガーのRaja Kumariと共演している。彼女は、アメリカでソングライターとしてグラミー賞にノミネートされたこともある実力派で、最近では母国のシーンの伸長にともなって、活動拠点をインドに移しているようだ。

“US”を収録したアルバム『Moosetape』はバングラーとヒップホップを繋ぐ意欲作。このアルバムに収録されている“Moosedrilla”では、バングラーにヒップホップ的なドリル・ビートを導入して、ますます独自色を強めたサウンドを披露している。

King “Tu Aake Dekhle”

インドでのヒップホップの人気は凄まじく、9位にランクインしたKingもデリー出身のラッパー/シンガーだ。2019年にMTV Indiaのラッパー発掘番組に出演したことをきっかけにデビューすると、一気に人気アーティストの仲間入りをした。ボリウッド的なヒンディー・ポップの雰囲気を残す歌い回しと洋楽的なメロディーの融合は、まさに現代インドのヒット曲にふさわしい。

インド全土のインディー音楽に注目

ヒットチャート上位の曲を紹介するとなると、どうしても話者数やリスナー数の多いインド北部のヒンディー語、パンジャービー語のポップスやラップばかりになってしまうので、今度は少し視点を変えて、インド全土のインディー音楽に注目してみたい。

SpotifyのIndie IndiaやWoman of Indie Indiaといったチャートを覗けば、様々な地域を拠点に活躍するアーティストたちの、一味違う音楽を見つけることができる。

Ritviz “Thandi Hawa”

ここで注目したいのは、Indie Indiaの5位にランクインしているRitviz。(※2021年6月1日付ランキングより)彼はインド西部マハーラーシュトラ州の古都プネーを拠点に活動しているエレクトロニック・ミュージシャンだ。インド人は新しい音楽に伝統的な要素を入れるのが得意で、ロックやダンスミュージックに古典や伝統音楽を取り入れたジャンルは「フュージョン」と呼ばれて親しまれている。Ritvizは、電子音楽のビートにインドらしい歌い回しを融合したユニークなフュージョン・サウンドで人気を集めているアーティストで、彼のバックグラウンドには、幼い頃から学んでいた古典声楽がある。彼の音楽は、決して付け焼き刃ではないのだ。

かつては欧米のミュージシャンがサイケデリックを表現するためにシタールなどのインドの楽器を取り入れていたが、今ではインドのミュージシャンが、欧米のサウンドと自分たちの伝統を、自由な発想で融合する時代になったのである。

When Chai Met Toast “Ocean Tide”

Indie Indiaの8位にランクインしているWhen Chai Met Toastは、南部ケーララ州出身のロックバンド。英国フォークを思わせるキャッチーで優しい英語ヴォーカルのメロディーは、90年代のUKバンドTravisを思わせる。ケーララ州はクリスチャンの割合が多いためか、早い段階から欧米の音楽が親しまれていた土地で、フォークポップからスラッシュメタルまで、英語で歌うロックバンドを多く輩出している。When Chai Met Toastは、そのなかでもとくに洗練されたサウンドを奏でるバンドの一つだ。

人気アーティストDittyをはじめ、注目が集まるシンガーソングライターたち

昨今のインドの音楽シーンの特徴のひとつとして、才能あるシンガーソングライターが多く登場していることが挙げられる。

Ditty “Deathcab”

Woman of Indie Indiaチャートの5位にランクインしているゴア出身のDittyもそのなかの1人だ。曲名の“Deathcab”とは、アメリカのロックバンド“Deathcab for Cutie”のことで、この曲は「Deathcab for Cutieはプレイしないで。昔を思い出してしまうから」という歌詞をせつないメロディーに乗せて歌うラブソング。

彼女が生まれたゴアは、1961年までポルトガル領だった美しい海辺の街で、独立後はヒッピーの聖地として多くの欧米人バックパッカーに愛された。音楽カルチャーとの繋がりも深く、90年代にはゴアトランスという独特のサイケデリックなダンスミュージックを生んだ場所でもある。こうした背景から、ゴアは海外の文化がインドに流入する窓口の役割を果たしてきた。Dittyの洗練されたサウンドや欧米のバンド名が出てくる歌詞は、いかにもゴアらしいものだと言える。

Nida “Butterflies”

Woman of Indie Indiaの6位に“Butterflies”をランクインさせているNidaは、Ritvizと同じプネーの出身。古都プネーは学園都市でもあり、ヒップホップやロックなどの若者文化が盛んな街でもある。落ち着いた雰囲気と軽やかなヴォーカルは、プネーならではのサウンドと言えるだろう。彼女は同郷のドリームポップバンドEasy WanderlingsやムンバイのシンガーソングライターTejasなど、国内のインディーミュージシャンの影響を受けた新世代シンガー。我々の知らないところで、インドのインディーズ・シーンは確実に成長し、引き継がれているのだ。

インドのパンデミックを逞しく生き抜くミュージシャンたち

インドといえば、パンデミックで多くの人たちが亡くなったニュースが記憶に新しい。コロナ禍によって、インドでも多くのミュージシャンが活動の機会を奪われ、コンサートやフェスティバルも中止に追い込まれてしまったが、それでも彼らは逞しかった。2020年3月にインド全土がロックダウンされると、彼らは“stay home, stay safe”を呼びかける楽曲をリリースしたり、楽曲の売り上げをエッセンシャル・ワーカーや貧しい人々に寄付したり、また街に出られないことを逆手にとって、海外など遠く離れた場所のミュージシャンとコラボレーションした楽曲をリリースしたりと、あの手この手で活動を続けた。

Indie Indiaチャートの4位にランクインしているPrateek Kuhadの“Kasoor”も、逆境を逆手にとったミュージックビデオが胸に迫る1曲だ。

Kasoor “Prateek Kuha”

誰もが経験する恋愛の一コマを思いうかべたときの表情を、PCのカメラで撮影しただけのシンプルな構成ながら、とてもエモーショナルな映像作品に仕上がっている。このアイデアと逞しさは、転んでもただでは起きないインドの人々、そして音楽シーンのバイタリティーを象徴しているかのようである。Prateekは先頃、アメリカのElektraレーベルとの契約を発表したばかり。インドのアーティストの素晴らしさに世界が気付く時代は、もうすぐそこまで迫っているのかもしれない。

インド独自のサウンドから、キャッチーなインディーポップまで、多彩な音楽を生み出すインドの音楽シーンから、今後もますます目が離せない。

Main Photo via Sidhu Moose Wala

Words: 軽刈田 凡平(Calcutta Bombay)

インディーズ・シーンを中心とした、クールで面白いインドの音楽カルチャーについて、『アッチャー・インディア 読んだり聴いたり考えたり』で随時紹介中。