ワイヤレスイヤホンが当たり前になったこの数年、音楽を聴くスタイルは大きく変わりました。ケースから取り出して耳に入れるだけ。ケーブルを気にしなくていい手軽さは、やはり大きな魅力です。

その一方で、スマートフォンやプレーヤーとケーブルで直接つないで使う、昔ながらのワイヤード(有線)ヘッドホン/イヤホンも、あらためて注目を集めています。充電の必要がなく、機器とダイレクトにつながるこのスタイルは、便利さではワイヤレスに一歩譲りながらも、いまなお根強い支持を得ています。

これほどワイヤレスが普及した時代に、なぜあえてケーブルのあるヘッドホンやイヤホンが選ばれるのか。その理由をオーディオライターの炭山アキラさんに伺いました。

ワイヤレス全盛の時代に、ワイヤードが消えない理由

皆さんは、どんなヘッドホン/イヤホンをお使いになっていますか。特にこの数年、本当にワイヤレスの製品が増えたし、かなり上級のワイヤレス製品も珍しくなくなってきた感がありますね。皆さんも、通勤・通学に、レジャーのお供に、ワイヤレスイヤホンをお使いになっている人が多いのではないですか。

その一方で、利便性という意味では明らかに一歩を譲るワイヤードヘッドホン/イヤホンにも、根強いファンがいます。ワイヤレス商品が年々増加しているのは間違いありませんが、それでは近い将来にワイヤードの製品群は滅び去ってしまうかというと、決してそんなことはないだろうという、確信めいた予測が立てられます。

なぜ、これほど便利なワイヤレスが全盛となりつつあるこの世の中で、今なおワイヤードにこだわる人が少なくないのか。それには、大きな理由があります。

完結したワイヤレス、拡張できるワイヤード

ワイヤレスイヤホンって、いってみればシステムとして完結した製品ですよね。充電とイニシャライズさえ終わっていれば、ケースから出して耳へ装着するだけで、スマホなどの音楽を聴くことができますし。

一方ワイヤードイヤホンは、もちろん “素” のままでスマホやDAP(デジタルオーディオプレーヤー)のイヤホンジャックへプラグを挿せば音楽を聴くことができますが、例えばその間にポータブルヘッドホンアンプ(ポタアン)を投入することで、音質を大幅アップさせることができますし、さらに上級のワイヤードイヤホンは接続ケーブルが着脱式になっており、自分好みの音質へ向けて、単売の高級ケーブルへ交換することも可能なのです。交換用のケーブル、あるいはそれに装着し直すことを、総称して「リケーブル」と呼びます。

ミニコンポとコンポーネントに見る、2つの音楽の楽しみ方

20世紀の後半、音楽再生の主役だった製品に「ミニコンポ」があります。高級品はCDプレーヤーやカセットデッキ、FMチューナーなどが独立していますが、基本的にセットで使うことを想定して作られていました。さらに、普及クラスはそれらが1台の筐体へ収められていたものです。

それに対して、いわゆるオーディオマニアが愛好するコンポーネントオーディオという世界は、自分の好きなプレーヤーやアンプ、スピーカーなどを組み合わせ、自分の手で完成させるものです。ほら、ワイヤードヘッドホンのありかたと似ていませんか。

ワイヤード派のヘッドホンマニアには、屋外ではDAPとポタアンを使い、帰宅すると同じヘッドホンを据え置き型のヘッドホンアンプにつないで、じっくり音楽を楽しまれている人が少なくありません。さらに、据え置きのヘッドホンアンプとポタアンで、別のリケーブルを使っている人もおいでです。ワイヤードヘッドホン/イヤホンは、どこまでもこだわることができる世界なのですね。

つまり、DAPとポタアン、据え置きヘッドホンアンプ、リケーブルを駆使して、愛用のヘッドホン/イヤホンをより自分好みの音へ仕立てるべく努力するワイヤードイヤホンの愛用者は、20世紀から続くオーディオマニアの方法論とよく似た道筋を歩む「コンポーネント派」、ワイヤレスヘッドホンをお使いになっている人は、往年のミニコンポユーザーの流れをくむ「オールインワン派」といっていいのではないでしょうか。

ワイヤレスの弱点、「遅延」が気にならない

「でも、ワイヤレスだといろいろ選べないから、いい音にできないの?」と思った人は、ご安心下さい。現代はワイヤレス製品の方がたくさんの新製品が登場する時代ですし、店頭で何百本も聴き比べできるショップもあります。ご予算の範囲内で、きっとあなたの好みに合うヘッドホン/イヤホンが見つかることでしょう。

また、ワイヤレス接続のBluetooth伝送方式には、年を追うごとに高品位なデジタルデータが伝送できるコーデックが追加されてきており、一部のハイレゾ音源をほぼそのまま伝送できる高品位コーデックも存在します。さらに、最も普及したSBCコーデックでも、それと意識して聴かなければ気付かないくらい、ごく自然な音楽再生が得られるものです。”枯れた技術” というのはそういうもので、安心して使って間違いないでしょう。

ただし、ワイヤレス接続にはどうしても避けられない「遅延」という問題があります。音楽のデジタル信号を伝送可能な信号へ変換して送り出すまでに、僅かな時間のズレが発生してしまうのですね。特に映像ソフトを試聴する際、ジャンルにより、またタイトルによって、気になることがあるようです。

0.1秒以下の反射神経が勝敗を決するゲーミングなどでは、おそらくワイヤレスは不適でしょう。しかし、一般的な映像視聴や、まして画面のない音楽の聴取では、遅延の影響はそう気にするほどのこともないのではないでしょうか。

初めてワイヤード製品、どう選ぶ?

ところで、ワイヤレスをお使いの人が初めてワイヤードのヘッドホン/イヤホンを導入なさるなら、どういうものがいいでしょう。いろいろな考え方がありますから、断定的な言い方はできませんが、例えば屋外用のワイヤレスにカナル型のイヤホンをお使いの人なら、ワイヤードは屋内用に大ぶりなオーバーヘッド型を導入してみる、というのはどうでしょうか。音の鳴り方、耳への届き方が全然違い、新しい世界が開けるんじゃないかと思います。

また、オーバーヘッド型には密閉型と開放型があり、それぞれに全く音楽の響き方、風合いが違います。さらに、プロフェッショナルが現場で使うためのモニターヘッドホンもあって、それらはまた一般リスニング用とは全然違う音楽の構築感を聴かせます。ワイヤードのオーバーヘッド型は、最もバラエティに富んだ方式であろうと、私は確信しています。

気軽に良い音が楽しめるワイヤレスと、自分でより良い音を探しに行くことができるワイヤード。どちらも大変魅力的な世界ですから、できればTPOに応じて使い分けたいものですね。

Words:Akira Sumiyama

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