茨城県那珂市にある、築120年の蔵の屋根裏で繰り広げられている白土敏二さんのオーディオルームは、誰しも一度は憧れる秘密基地のような印象だ。話を伺ってみると白土さんは「低音好きにもほどがある」と思わせるような低音マニア。写真の背後にある76cmの巨大ウーファーが鳴らずとも、それを物語っている。いまのオーディオルームができた経緯、心境などについて白土さんに聞いた。

紆余曲折、試行錯誤の暁

白土さんのオーディオルームは変わっている。ご自宅敷地内の木造の蔵に入ると、急な傾斜の梯子のような階段がある。階段にはチェーンブロックと荒縄が梁から吊り下がっていた。チェーンブロックは大きく重いものを一人で持ち上げるときに使うそうで、荒縄をつかんでよじ登る。天井の一角に開いた穴に身体をこじ入れるようにして屋根裏に上がった。16畳ほどの三角形の空間が白土さんのオーディオ部屋だ。

合掌造りの蔵なので非常に頑丈である。機材だけでも相当な重さがあるはずだが、びくともしない安心感がある。この空間には断熱材が追加されていて、居心地はさほど悪くはない。手を叩いてみると残響はほとんどない。かなりデッドな空間ではないだろうか。実際、音漏れはあるようだ。白土さん曰く「大雨の日は音漏れが気にならないので、大音量のチャンスなんです」。

16畳の部屋の片側に置かれたスピーカーは一般ユーザーのお宅ではお目にかかったことのない76cmウーファーを中心に、マルチセルラホーンを積み重ねたシステムが置かれている。その対面側がリスニングポジションになっていて、センターテーブルやイスが並べられている……などと書くと整然としているようだが、むき出しの梁や木材がそのままの壁、裸電球の照明と相まって、選ばれた人しか入れない、まさに隠れ家のような場所になっている。

スピーカーシステムの裏側にはレコード棚が備わっている。人ひとりしか入れないような空間に、コレクションがぎっしり。大学生の頃にジャズに傾倒していた白土さんだが、その後は歌謡曲まで手を広げたようで音楽の趣味は幅広い。

1953年生まれの白土さんは、高校生の頃までは周りの友人と同じように流行りのポップスやロックを楽しむ若者だった。大学に入ってから友人に手ほどきされてジャズに魅了され、当時はジャズ喫茶に入り浸っていた。やがて大学を卒業し、白土さんは世界史の教師となった。1980年頃にLUXの管球式アンプ、SQ38FDを手に入れる。学生時代に憧れた機械を買う。いわゆる大人買いである。結婚したころはSONYのスピーカー、SS-G7を組み合わせていたそうだ。

普通の音楽好きだった白土さんが “オーディオの沼” にはまったのは、1983年にALTEC A7のエンクロージャーを入手したことがきっかけだった。

もちろん白土さんのオーディオは非常に本格的だが、それ以外にも趣味は幅広い。なかでもクルマは相当のめり込んだようで、昔の愛車の写真なども飾られている。インターネットが普及する前に男子がハマるとされた趣味は一通り体験されたのではないだろうか。

ALTEC A7は「手の届かない高嶺の花」。一歩でも近づきたくて、箱を手に入れてみた。しかしユニットが買えず、箱は空のまま埃をかぶったまま放置され、知り合いに「いつになったら音が出るんだ?」と揶揄された。10年後に雑誌の売買欄でA7のユニットを見つけてようやく入手した。

「実際にA7をここで鳴らして気づいたことがあります。比喩的に言うと、エリザベス・テイラー(Elizabeth Taylor)のような美女は遠くで見ているからいいのであって、もし隣にいたら印象は違うだろうということです。絶世の美女と結婚すると、それまで気づかなかったところも見えてくるんです」

白土さんはA7の音像定位の良さは認めたものの低音が気になった。知り合いに「これは(SONYの)G7より低音が出てないね」と言われ、それが低音にこだわるきっかけとなった。A7は1950年代の低音だと感じたそうだ。

そこで低音を出すためにいろいろなことを試した。当時評判だったTADの40cmウーファーを導入し、3台の真空管アンプで1500Wも使ってガンガン鳴らしたという。

「G7を超える低音が出て悦に入っていたのですが、ある時、家のブレーカーが落ちまして。母が乾燥機のスイッチを入れた途端に容量オーバーしてしまったのです……音楽を聴くために1500Wも使うのは不合理かと反省しました」。

それで省エネのためトランジスタアンプに交換した。その時に選んだのがChriskit。Chriskitはいわば無印良品。それまでは「雰囲気で、いや、ハッキリ言えば、マニア気取りで真空管アンプを使っていた」と話すが、アンプを替えても音は大して変わらず、むしろスピーカーの方が音の変わり様は大きいと感じ、それ以後、白土さんはスピーカーをいじって音質改善を楽しむようになった。

白土さんはお子様が生まれたのをきっかけに、システムを蔵に移した。「いたずらされないように、子供から避難したのです。そのころはまだLUXの38FDとSONYのG7でした」。

現在のシステムは、TADの40cmウーファーTL-1601Aをフロントロードホーン、ALTEC 816Aに入れて2本使用、PioneerのマルチセルラホーンツイーターPT-100と、中域はPioneerの木製マルチセルラホーンMH-300に何と拡声器用のドライバーを組み合わせており、これらをデジタルアンプとPA用のネットワークで駆動している。

中央のELECTRO VOICE 30Wはパトリシアンにも使われている76cmウーファーで、強烈な存在感だが、現在は鳴らしていない。「これはELECTRO VOICEのスーパーミッドを使っていたときに低音不足を補ったんです」。

アナログオーディオを追及した白土さんは、現在ではPCを駆使し、リッピングした音源を活用することが多いそうだ。閑話休題、白土さん着用のTシャツは特注したものだ。「GO MEN NURSE EYE」ってどういう意味ですか? と尋ねると「そのまま声に出して読んでみて下さい」。うーん、なるほど。

各チャンネル、高さ1.5m以上ある仮想同軸システムだ。ALTEC 816Aを上下にして、センターのミッドレンジを挟むことで “巨大なフルレンジ” として立体的な音像定位を実現している。目指したのは音が出ているか分からないような、言い換えるとスピーカーの向こうに演奏者がいるような鳴り方だ。

「A7は限界が分かったので売りました。人気があってある程度まとまった金額になりましたよ。それでコンパクトなシステムをつくったのですが、これもずいぶん試行錯誤がありまして、このような形に落ち着きました」

そう言われてもインタビュアーの物差しでは、全然コンパクトではないのだが……。

白土さん曰く、「オーディオの楽しみは音質改善だと思います。何か新しいことをして音が良くなると、その度に幸せになります。しかし、数ヶ月経つとその音に慣れてしまって、浮気したくなる」。だからいつも「もっとこうしたら良くなるのでは」と試行錯誤を続けてしまうのだそう。

「オーディオにはゴールがあるようで、実はないですね。ゴールインしたつもりだったのに、新しいゴールが見えてくるのです。だから本人が『これでいい』と満足したら、そこがその人のゴールなんでしょう。私にとっては、この屋根裏のオーディオがゴールなんです」

オーディオは女性に似ている

蔵を後にして、別棟の1階にある小さな部屋に案内された。

白土さんは定年まで世界史を教えていたが、両親は兼業農家だった。広い敷地内には住居以外に、先に紹介した蔵や四阿(あずまや)のある庭や、いま案内された別棟もある。この別棟では近年まで、近所の子どもに無償で英語と数学を教えていたそうだ。そこにもオーディオのシステムがあって、ノートPC経由でOlasonicのUSBスピーカーで鳴らして、これがお気に入りだと話してくれた。

まだ授業のなごりがホワイトボードに残る、ついこの間まで塾の教室だった部屋。OlasonicのUSBスピーカーのスタンドになっているのは、普通紙を折ってつくられたお手製のスタンド。PCに挿しこまれたUSBメモリに収められたデータを再生して楽しむというミニマムなシステム。「一周回るとこんな小さなシステムでもけっこう満足できます。これでも60Hzから再生します」とのこと。

「オーディオもある程度やりたいことをやったら吹っ切れました。OlasonicのUSBスピーカーでも結構満足できますよ」

続けて、白土さんは有名なジャズ喫茶や著名なオーディオ評論家のシステムを引き合いに出しつつ、「ああいうところのシステムはほとんど変化しません。それはゴールに達したから進化を停止したんでしょう。私も蔵でゴールに達して悟りを開きました。一周回ったら、このUSBスピーカーでも満足できるようになりました」。

地元、茨城が生んだオーディオブランド、日立製作所のLo-Dには、やはり少なからず思い入れがあるようだ。名機HS-400やHS-500に使われたギャザード・エッジのウーファーなどを世代ごとに集め、いろいろな箱に入れて楽しまれている。「L-200は名機です」。

20年ほど前、白土さんはハイエンド・オーディオショーに参加した。そこで数千万円もするシステムを聴いて「家が建つほど金をかけても、この程度の音か」と感じたそうだ。「僭越かもしれませんが、自宅の音と格段の差がないと感じました。それまで『高級品は絶対的に音がいい』と思い込んでいたんです。ちょうどそのころ安価なデジタルアンプが出てきて、1万円くらいでもいい音が出ることに気がついたのです。一周回ったな、とその時に感じました」。

もちろん一周回ったからといって白土氏がオーディオ趣味を辞めることはない。ただやみくもに頂点(ゴール)を目指す必要がなくなった、というだけだ。

「つくづくオーディオは女性に似ていると思います。絶世の美女ではなくても、魅力的な女性は身近にいるんです。ひょっとして絶世の美女も見かけ倒しかもしれませんよ」。

元教室の一角に置かれたDIATONE。床に直置きされた上向きに傾斜したスピーカーは放送局用のモニタースピーカー、三菱のT205だ。これにはLo-DのL-203が入っている。その後ろの三菱R205について曰く、「5年ほど前に熊本から出品されたものを格安で落札しましたが『本人引き取り限定』だったんです。それでクルマで下道を四日かけて往復しました。高速道路で行ったら割高になりますから。旅行だと思えば楽しいですよ。持ち帰ってウーファーをL-200に交換したら素晴らしい音になりました」。

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Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words:Makoto Sawamura(ステレオ時代)
Edit:Yusuke Osumi(WATARIGARASU)

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