今でこそ音楽史に名を刻むビートルズ(The Beatles)ですが、彼らが活動していた期間はわずか10年。そのほとんどは、将来に迷い、仲間との関係に悩みながら過ごした20代の時間でした。解散へと向かう混沌のなかで揺れ動いていた4人は、何を思い、何を歌っていたのでしょうか。
『ビートルズは何を歌っているのか?』の著者であり、1969年1月に行われた “ゲット・バック・セッション” の音源からビートルズの生の声を聴き、一部始終を書き起こした音楽ライター・朝日順子さんが、未編集音源をもとに、その真相に迫ります。
永遠の素材をわずか10年で生み出したビートルズ
リミックス音源のボックスセットが毎年発売されるなど、解散から半世紀以上経つにもかかわらずビートルズの新作は絶えない。10年という短い活動期間に、その5倍以上の年月にわたって再発されるに値する素材を彼らが作ったということだ。
素材が完成するまでには、プロジェクトの提案をし、メンバーの尻を叩いて任務遂行させる存在が必要だ。実質的な解散に向かう最後の3年間、その役目を担ったのはポール・マッカートニー(Paul McCartney)であり、それは茨の道だった。そんな彼の正直な想いが垣間見えるのが、世紀の名曲「Let It Be(レット・イット・ビー)」である。
「Let It Be」をポールが書き始めたのは、1968年春にインドのリシケシュに滞在中のことだった。親代わりでもあったマネージャーのブライアン・エプスタイン(Brian Epstein)が亡くなり、ポール主導で制作されたテレビ映画『マジカル・ミステリー・ツアー』がビートルズ初の「失敗作」と酷評される―そんな中、人生の答えを求めて、4人はインドに修行に向かったのだ。
「レット・イット・ビー」に至る道
答えが見つからないまま帰国した4人は、インドで書きためた曲を用いて『The Beatles』(通称『ホワイト・アルバム』)を制作。ジョン・レノン(John Lennon)はオノ・ヨーコ(Yoko Ono)との活動に関心が向き、ジョージ・ハリスン(George Harrison)は自作曲が無視されることに不満を募らせ、リンゴ・スター(Ringo Starr)は疎外感から一時脱退と、暗雲が立ちこめる中でレコーディングは進んだ。
「Let It Be」の最も古い録音は、この時のリハーサル音源だ。歌詞は未完だが、完成版に登場する「When I find myself in times of trouble(自分が困難に巻き込まれていると気づいた時)」と「Whisperin’ words of wisdom Let it be(賢明な教え なるがままにしなさい をささやく)」の言葉は歌われる。
“Let It Be” を直訳すれば、「そのままにしておきなさい」や「成り行きに任せなさい」になる。賢者がささやくその言葉を、ポールはまるで「心配するな。ジタバタするな」と自分に言い聞かせるように繰り返す。
原点回帰のセッション
それでもポールはなんとか現状打破しようとバンドに招集をかけ、“Get Back”(原点回帰)の名の下に1ヶ月弱スタジオに籠もってセッションを続け、作業の様子を記録して作品にしようと提案。記録の一部は1970年に映画、及びアルバム『Let It Be』を生むが、ゲット・バック・セッションの通称で呼ばれる60時間の映像と150時間の音声の大部分は、50年以上にわたり未公開のままになる。
私は藤本国彦著『ゲット・バック・ネイキッド―1969年、ビートルズが揺れた22日間』(2020年刊行)のために、150時間のうちの100時間近い未編集のゲット・バック・セッションの音声を書き起こし、ビートルズの会話の選定と翻訳をした。
リヴァプール訛りが強すぎて文字起こしソフトは役に立たず、1日10時間の聴き取り作業を数ヶ月やっていた間、セッション音源から「Let It Be」が流れてくると、目が開かれるような体験をした。不確かな未来に対する焦りと、それを静めようとするポールの複雑な感情が、この曲には込められているのだと、つくづく感じたのだ。現場をこの目で確かめたくなり、後にロンドンに出向いてスタジオ巡りまでしてしまった。
オジー・オズボーンも心待ちにした『Get Back』
そうこうするうち、私が聴き取りに苦労した楽器をかき鳴らしながらの会話を、AIで音声分離する技術が開発され、『ロード・オブ・ザ・リング』でお馴染みのピーター・ジャクソン(Peter Jackson)監督により、ゲット・バック・セッションの映像が8時間弱に編集されたドキュメンタリー『ザ・ビートルズ:Get Back』(以下、『Get Back』)の公開が決まった。
2025年に生前最後のライヴを見事にやり遂げたオジー・オズボーン(Ozzy Osbourne)。その4年前、ツアーの連続キャンセルに追い込まれていた辛い時期に、病床のオジーが世界中のビートルズ・ファンと一緒に心待ちにしていたものがあった──『Get Back』の配信だ。意外に思われるかもしれないが、ブラック・サバス(Black Sabbath)の一員としてヘヴィメタルを生み出した彼は無類のビートルズ・フリークで、ビートルズ風の曲を何曲も出している。
殴り合いのシーンが出てこないのはおかしい!
『Get Back』を観た感想を、オジーは自伝『ラスト・ライツ』にこう記している。「60時間も記録映像が残されているというのに、監督が提示したのは全員ハッピーで仲良しなドキュメンタリーだ。勘弁してくれ。ブラック・サバスの誰かが今日からずっとガールフレンドをここに連れてくるなんて言ってみな、スタジオの床が血で染まるよ」。
恋人を連れてくるというのは、ジョンがヨーコをレコーディング中ずっと側に置いたことを指している。男の世界だった製作現場にヨーコが加わったことが、ビートルズを解散させた一因ではないかと考える人もいた。
ビートルズとブラック・サバスは、どちらも地元で自然発生的に結成されたバンドで、メンバーは子供の頃からの知り合いだ。労働者階級のタフなエリアに育ち、ロックバンドに入らなければ職業の選択肢が限られていた点でも共通している。メンバー間が兄弟以上に密接であれば、バンドの一大事にスタジオで殴り合いの喧嘩に発展しないのはおかしい、とオジーは思ったのだろう。
解散間際にマネージャーを務めたアラン・クライン(Allen Klein)は、ゲット・バック・セッションに顔を出した時に受けたビートルズの印象を、ピーター・ブラウン(Peter Brown)、スティーヴン・ゲインズ(Steven Gaines)著『愛こそすべて 彼ら自身が語るビートルズ』にこう語っている。
「喧嘩のやり方を、分かってないみたいだったな。それぞれ腹に溜めていることはあっただろうが、芝居がかった感じで表に出すのは、苦手だったみたいで」
感情が入り乱れるゲット・バック・セッション
ゲット・バック・セッションを書き起こした時に私が感じたのは、4人は表裏が無く、普段の態度はメディアから受けるイメージと変わらないということ。それと、思ったよりもメンバー間で気を遣い、口論はしても理性を忘れて怒鳴り合うようなケースが少ないということ。
撮影用のカメラやマイクを意識してのこともあるだろうが、監督による隠し撮りの音声でも、重たい空気の中で議論が進むだけだった。そしてそれぞれが、ビートルズを解散させたくない想いと、諦めの境地に達した想いの両方を抱えている印象を受けた。
ジョージは「ミスター・エプスタインが亡くなってから、何もかも変わってしまった」と言い、ジョンは「以前のようには喜びが得られない。一緒にいるためにたくさんの妥協をしなければいけないから」と言う。その一方でジョージは、ビートルズを長続きさせるためには、それぞれが並行してソロアルバムを作るのも一案だと前向きな発言もしている。
ブライアン亡き後、不本意ながらリーダー役をやらされており、新しい提案をしても誰も興味を持ってくれない、とポールは切実に訴えていた。民主的なバンドであることを何よりも大切にしたビートルズの中で主導権を握るということは、悪役になることを意味するのだ。
そんなポールと他の3人の、ビートルズの活動、とりわけポール発案のものに対する熱意の差が出る瞬間は多かった。ジョージは「これをやりたい、あれをやりたいとみんな言って、結局は誰もやりたくないことをみんなでやることになる。今回は君のやりたいことをやることになる」と言い、ジョンも「このプロジェクト全体がポールの曲だとしたら、1人の曲がみんなの曲になった。お前(ポールのこと)はそれが気に入らないんだろ? 違う曲になっちまったから」と核心に迫る。
もし当事者だったら耐えられないと私が思ったのは、ポールが延々と正論を述べる時だ。そんな会話は何度かあったが、例えば映画『Let It Be』にも出てくる有名なジョージとの言い合いシーンに至る前も、演奏方法について自分の正しさを主張している。他にも、撮影手法で長々と持論を述べる時もあった。言っていることはまともで言葉使いも丁寧だが、一呼吸置く隙を相手に与えず、聴いていて息が詰まるようだった。兄弟以上に親しい間柄では、このアプローチで理解してもらうのは難しいだろうと思った。
いつか分かってくれるはず
完成版の「Let It Be」に含まれる歌詞には、次のような言葉が出てくる──「Though they may be parted There is still a chance that they will see(今はバラバラの状態でも いつか彼らが分かってくれる可能性もある)」。バンドが崩壊しかかる中でもがきながら「いつか分かってくれるはず」と、淡い期待を「Let It Be」に込めたように思えてならない。
隠しマイクで録音されているとは知らずに行われた話し合いでは、「Let It Be」に込められた想いに通じるポールの発言が出てくる。
「本当に自分の歌い方を見つけるまでは、魂の片割れを失ったまま歌うしかない。たぶん僕らすごく年を取ったら、本当の意味で一緒に歌えるよ。その時には本当に歌おう。そしたらそこで死ぬかもな。そういう感傷的で甘いことなんだよ。そういうシンプルでちょっとしたことなんだ。」「僕は僕、君(ジョンのこと)は君、ジョージはジョージの行きたいほうに行く。でもいつか、みんなで好きなように歌えたら」
分かってもらえる時がポールには訪れたのだろうか?リンゴは去年、こう発言している。「今でもみんなポールに感謝している。バンドで一番の仕事人間だったポールのおかげで、多くのアルバムを作ることができたから」。
朝日順子
翻訳家、編集者、音楽ライター。著書に『ビートルズは何を歌っているのか?』『クイーンは何を歌っているのか?』『ルート66を聴く-アメリカン・ロード・ソングは何を歌っているのか-』がある。洋楽歌詞解説者としてNHK-FM「ディスカバー・クイーン」等に出演。フジテレビ系「関ジャニ∞クロニクル」の製作・英語監修、関ジャニ∞「All You Need Is Laugh」の歌詞監修と特典映像の制作・出演もしている。上智大学文学部英文学科卒。米国10年、中国4年滞在。
Words, Photo: Junko Asahi