食が便利を極める現代。 慌ただしい日々の隙間でついつい簡易的に済ませてしまうことも多い「食事」という行為に、私たちはどれほどの時間を費やすことができているだろう。 瞬間的に美味しいと感じることはあっても、美味しさを記憶に留めるような体験を最後にしたのはいつだったか……。
そんな記憶を辿って筆者が思い起こしたAC HOUSE(エーシーハウス)は、2022年に西麻布の裏路地にひっそりとオープンしたレストラン。 新北欧料理に魅せられ、自身の経験から再解釈された食材のレイヤーが織りなすイノベーティブなコース料理は、約10席というミニマル且つライブ感溢れる空間で音楽とともに提供され、総合的な食体験として体現されている。
今回は、イタリアやノルウェーで数々の星つきレストランを渡り歩き、オスロのMaaemo(マエモ)ではスーシェフ、日本橋のcaveman(ケイブマン)ではオーナーシェフとして腕を振るってきたAC HOUSEのオーナーシェフ、黒田敦喜さんの「音と食が重なる空間」とあらゆるジャンルを越境するコスモポリタンな一面を、旬の一皿とともに覗かせていただいた。
音と食事をともに味わうサパークラブ
黒田さんが料理を志したのはいつからでしたか?
黒田:元々スケーターになりたくて、中学生の時にスケートボードを買って練習していたんです。 でも、なかなか上達しなかったんで、次はギターをピックアップ。 バンドを結成してライブもしていたんですけど、上には上がいるんですよね。 結局、どちらも諦めてしまって。 それで自然と興味が向いたのが料理。 以前からご飯をつくるのは好きだったんですが、おばあちゃんの料理がとにかく美味しくて、昔からよく一緒につくっていたんです。
おばあちゃんの料理が料理を志す原体験だったんですね。
黒田:高校を卒業してから18歳のときに大阪の調理師専門学校に入り、一年間みっちり料理を勉強しました。 そのあとは、大阪にある国内随一のイタリアンレストラン、Ponte Vecchio(ポンテベッキオ)で働き、24歳の時にイタリアに渡りました。
どうしてイタリアへ行こうと思ったのでしょうか?
黒田:イタリアンを志すからには、本場を知らないといけないと思ったんです。 専門学校時代は日本料理からフレンチまで様々な分野を学びましたが、当時イタリアンが流行っていて単純にモテそうでしたし(笑)、自分の中でもしっくりきて。 北はアルバから南はローマまで、ミラノやフィレンツェにも行き、ミシュランの星付きレストランを渡り歩きながら働いていました。 終盤は古典的な料理に興味が移っていって。 よく、 “マンマの味” って言ったりするんですけど、そういう郷土料理にアンテナを張っていました。
黒田さんの料理におけるイノベーティブの源泉となった「新北欧料理」とは、いつ頃出会うのでしょうか?
黒田:イタリアでの暮らしに慣れてきた頃、ラーメン屋を立ち上げるという日本人と偶然出会い、一緒にナチュラルな味を追求するラーメン屋をはじめたことがあって。 豚骨を炊いたり、鶏白湯のつくり方をイタリア人に教えていたんですが、それが大当たりして。 3ヶ月間ラーメン屋で働いて資金を貯め、サマーバケーションを利用してデンマークのコペンハーゲンに遊びに行ったんです。
黒田:当時は新北欧料理が隆盛していた時期で、Noma(ノーマ)のようなレストランが世界中からもてはやされていました。 ある時、バルト海に浮かぶボーンホルム島に滞在する機会があったのですが、そこでは、ヨーロッパの他にはない北欧の自然に魅せられました。 朝は森の中でハーブを摘み、ソースに酸味を効かせるためにアリを採取したり。 イタリアンにはない新たな体験や料理のアプローチに衝撃を受け、僕もまた新北欧料理に魅せられてしまいました。 それで、イタリアからノルウェーへと拠点を移すことにしました。
ノルウェーのレストランでは、どのように働いていましたか?
黒田:僕が働かせてもらっていたMaaemoという三つ星レストランには、世界中からここで働きたいと集まってきたシェフたちが、スタージュという研修生として日々ポジション争いをするんです。 研修だから給料は出ないしタダ働きなのですが、誰もやりたくないような仕事を率先して続けているうちに、みんな一ヶ月ぐらいで心折れて国へ帰っていくんです。 僕はそれを4ヶ月ぐらいしぶとく続けていました。 でも、次第に資金が尽きてきて、「日本へ帰ります」と伝えたら、正規で雇ってくれることになって。 急にいなくなったら困ると思ったんでしょうね。 最終的にはヘッドシェフに次ぐスーシェフのポジションで3年ほど働いていました。
すごい根性。 帰国後は、すぐにレストランで働いたのでしょうか?
黒田:帰国直後にお話をいただき、ステップアップのためにcavemanというレストランでオーナーシェフとして働くことにしました。 そこにコロナがやってきて……。 緊急事態宣言中は、昔の自分を思い出して、スケートボードのデッキを組んでみたり、ギターを買って音楽制作してみたり。 過去にやりたかったことに再挑戦したりもしました。
すごいタイミングでしたよね……。 AC HOUSEをオープンさせたのは、割とその直後だと記憶していますが、どのような心境の変化があったのでしょうか?
黒田:東京に来てからは、ミニマルなレストランをやりたいと思っていたのですが、コロナ禍でその考えがより鮮明になりました。 cavemanは、30席ほどある大きなレストランなので、30人全員に愛情を注ぐことはできないなと思ったんです。 孤食が社会的な問題になっていたこともあり、共食を打ち出しながら「サパークラブ」をコンセプトに、大人の社交場としてAC HOUSEをオープンすることにしたんです。 10人ほどが囲えるカウンター席で一斉にコース料理を味わってもらう。 西麻布という場所も、音楽、ファッション、建築、様々な業界の大人たちが集うにはピッタリだと思っていました。
お店の名前になっている “AC” というのは、黒田さんのあだ名である「あっちゃん」に由来しているそうですね。
黒田:そうなんです。 料理はもちろん大事ですけど、お皿、照明、インテリア。 空間全部に気を遣いたいし、自分の趣味嗜好を集めた家に招き入れるようにトータルで空間をコーディネートしたい。 その中でも音楽ってすごく重要な要素で、気分をコントロールできるというか。 空間の印象を丸ごと変えてしまう力があるので、料理を出すときもコースの流れと音楽を合わせるようにしています。
コース料理では、どのような音楽を流していますか?
黒田:西麻布を歩いて扉を開けたら真っ白な異空間が広がっているので、最初はアンビエントをかけることが多いです。 そのあとはハウスを流しながら、メインではヒップホップを。 デザートでまたアンビエントをかけて、少し落ち着いたら最後にピアノの楽曲と一緒にコーヒーを出す。
キッチンがカウンターテーブルの中央にあるので、料理をしている姿が見えるのもアットホームな演出につながっていますね。 何だかDJブースのようにも見えます(笑)。
黒田:お客さんとの会話、服装や身振りでどんな音楽が好きか何となくわかったりするので、その都度、曲を変えて様子をみたり、寄せてみたりもします。 「お、反応してる!」みたいに(笑)。
料理にこだわるからこそ、インテリアや音楽など、空間の細部にまで目を凝らす。 そういうアティテュードがお店のカラーになるし、何より、 “おもてなし” という店主のホスピタリティを感じます。
黒田:最近、その場の環境に合った音楽がいいなと思っているんです。 例えば、テクノってクラブやレイヴで聴くような音楽ですけど、この間、満員電車の中で聴いてみたら意外とハマったんです。 ふとした瞬間に満員電車がクラブに見えてくる。 日常という環境でも音楽がハマる瞬間みたいなものがあって、そういう発見をこの空間でも活かせるんじゃないかと思うようになりました。
“Less is more”な空間に残した微かな違和感
このお店では、新北欧料理を軸に無国籍なイノベーティブ料理を提供されていると思いますが、最近はどのような料理に興味がありますか?
黒田:北欧から帰ってきたときは、新北欧料理をメインで出していました。 でも、最近はそれにも飽きてしまって。 北欧料理と聞くと発酵をイメージされると思うんですけど、発酵料理は、北欧の自然と生態系があってこそ活きると思うし、日本にも独自の発酵料理は存在するので、あえてそこに執着することはなくなりました。 数ある技術のうちの一つだと思うんです。 焼く、煮る、揚げる、蒸す、醸す(=発酵)。
黒田:最近は、それよりも脳に刺激を与える料理を志すようになりました。 美味しいのはもちろんですけど、そこに少しだけ違和感を与えるんです。 少しズラすような感覚ですね。 DJが少しだけ音楽を止めて無音を差し込むような違和感。 「無」をどう差し込むか、そんな仕掛けを考えたりしています。
モダニズム建築で知られるドイツ出身の建築家、ミース・ファン・デル・ローエの “Less is more” 的なミニマリズムの美学を感じます。 ちなみに、店舗デザインはどのようなイメージでつくられたのでしょうか?
黒田:内装は、マイルストーンの長田篤さんにお願いしました。 僕から伝えたのは、2点だけ。 サパークラブがテーマなので、10人が囲えるテーブル。 そして、客席は減ってしまうけど、日本は天井が低いこともあり、開放感を演出するための吹き抜けをつくりたいということ。 吹き抜けのカーブもそうですが、店舗全体のRが効いた角のないデザインは、長田さんが僕の性格からイメージしたそうです。
どこかスケートパークのような印象も受けます。
黒田:言われてみれば(笑)。
壁に掛かっているテキスタイルも独特でこの店の雰囲気をつくっていますね。
黒田:このテキスタイルは、ベルリンを拠点に活動している写真家の白石真一郎さんに撮ってもらった写真を基に編み上げたものです。 僕、映画が大好きで、ソファでピザを食べながらブランケットを被って映画を観たいというのがあって(笑)。 それで、サウナとか水風呂、お風呂に浸かっていると落ち着くというのをヒントに、水をテーマに白石さんにお願いしたら、魚の写真を取り出してきたんです。 その魚の写真のネガティブとポジティブを反転させて、それをジャガード織に仕上げています。
黒田:ちなみに、店舗のロゴデザインは、Gathering Inc.の田中啓さんにお願いしています。 象徴的なデザインが気に入っています。
様々な分野のクリエーターと幅広い交友関係があるようですが、そういった異業種の方々との交流はどのようなタイミングで?
黒田:cavemanをやりはじめてからいろんな方に会うようになりました。 一緒に飲んだり、お客さんとホストの垣根を取り払った僕らみたいなスタイルでレストランをやっていると、いろんな業種にアンテナを張ったクリエイティブ業界の方々とクロスオーバーすることが多いです。
先日のFESTIVAL de FRUE 2023では、AC HOUSEも出店されていたようですね。 最近の音楽フェスは、食などのフェスにとって二次的なコンテンツでも、音を追求する上でともに底上げされてきた印象を受けます。
黒田:少し肌寒い時期だったので、スープパスタを出しながら参加させていただいたんですが、僕らも全員音楽が大好きで、途中どうしても踊りたくなってしまい、 “一時間だけ閉めます” って張り紙をして踊りに行ったんです。 運営からは “前代未聞” と睨まれたんですけど(笑)、サム・ゲンデル(Sam Gendel)とかパウダー(Powder)が食べにきてくれて、めっちゃ嬉しかったです。
運営サイドからしたら見過ごせないかもしれませんが(笑)、出店者も出演者も観客も、みんな同じように音楽を楽しみたいし、食も楽しみたい。 垣根を越えてその空間をセレブレイトしたいというのは、すごくわかります。
ところで、最近は海外へ行かれていますか?
黒田:最近は、タイ、ノルウェー、ポルトガルに仕事で行きました。 年始にも旅行でスリランカへ行ってきたところです。 毎日カレーだったのでさすがに飽きてしまいましたが、音楽は結構掘ってきました。 ジャングルが多かったですけど、アフリカンビート、アフリカンポップとか。 あと、フィールドレコーディングじゃないですけど、iPhoneで森や町の音をサンプリングしてきたんです。 リズムマシンがあるので、今度サンプリングしてきた素材で音楽をつくってみようと思っていて。
海外のレストランで印象に残っている空間はありますか?
黒田:少し前ですが、ニューヨークにBlanca(ブランカ)というレストランがあって、一見、Roberta’s(ロベルタス)というピザ屋なんですけど、店内から奥の中庭を抜けると、禁酒法時代の “Speakeasy” ではないですけど、二つ星の隠れ家レストランが現れるんです。 料理はどれも美味しいし、音楽は全部アナログレコードでかけていて。 コロナ禍で閉まっていたんですけど、つい最近リオープンしたみたいです。 すごくカッコいいなと印象に残っていて。 料理と音楽というアイデアは、案外ブランカからヒントをもらったような気がします。
アナログレコードも置いているみたいですが、どんな音楽を聴いていますか?
黒田:いま、とりあえずアナログレコードを集めている感じなんですが、結構ライブで観てよかったアーティストの作品を買うことが多いです。 去年のライブで印象に残っているのは、FESTIVAL de FRUE 2023で観たサム・ゲンデル(Sam Gendel)とルイス・コール(Louis Cole)の二人がピエロのお面を被ってサックスとドラムのデュオで演奏する、クラウン・コア(Clown Core)。
もう一つは、ローレル・ヘイロー(Laurel Halo)という、元々、ピアノやギターなどのクラシカルな音楽教育を受けていたんですけど、ニューヨークで活動してからベルリンに渡り、最近はLAに拠点を移して、よりエレクトロニックで実験的な作風に変化したアーティスト。 先日もMODE(モード)という新宿の淀橋教会のライブイベントを観てきたんですけど、彼女のライブがめちゃくちゃよくて。 それで買いました。
あとは、イタリアのテクノで、ドナート・ドジー(DONATO DOZZY)もカッコよかったです。
印象に残ったアーティストの音楽はアナログレコードを買って、作品として手元に残している。 ジャンルはバラバラですが、どんな音楽にもバイアスをかけず、自らライブに赴いてニュートラルに聴いているんですね。
黒田:お店にはまだレコードプレーヤーは置いていないんですが、アナログレコードは、インテリアとしてさりげなく飾っているだけでもかっこいいから置いています。 クラウン・コアは、まだアナログでリリースされてないんですけどね。 ローレル・ヘイローのアートワークが、会田誠さんの『切腹女子高生』ってところも面白いセンスですよね。
黒田:あとは、エリック・シェノー(Eric Chenaux)というカナダの即興演奏家のレコードとか、Wata Igarashiさんの作品も聴いています。
お店のスピーカーは何を使用していますか?
黒田:PIEGA(ピエガ)というスイスのメーカーのスピーカーを使っています。 音もいいし、ソリッドなデザインがお店の雰囲気にも合うと思って。 よく仕事終わりにこのブランケットの前にみんなで座って試聴会をしてます。 この場所がスイートスポットになっていて。
何か料理のテクニックを教えていただけないでしょうか?
黒田:テクニックと聞かれると、どう解釈すればいいか難しいですね(笑)。 ただ、料理は結構レイヤーでつくるのが好きです。 旨みの中の違和感を意識するというか。 口の中を考えると、まずパウダー、次に液体、油分、固体。 そんな感じでレイヤーをつくるのを心がけています。 あまりレイヤーをつくりすぎてしまうと、飽きてしまうし、わからなくなってしまうので、あまりエゴにならないようにしています。
二枚重なったようなお皿のデザインが素敵ですね。
黒田:このお皿は、佐賀県唐津市を拠点にアメリカのメイン州にも拠点を置いて活動している日本人作家、中里花子さんのダブルリップという作品です。 ニューヨークでも個展を開いたりしている方です。
「音と食が重なる空間」ということで、旬の一皿をご紹介いただけますか?
黒田:今回の一皿は、桜のチップスで燻製したブリのハラミのタルタルです。 発酵させたカブとラディッシュにポエムという菜の花に似た野菜、その上に柚子とマリネしたイクラをのせ、アサリの出汁のジュレとイチヂクの葉、ポエムの黄色い花も散りばめています。
今後、AC HOUSEでどのような表現をしていきたいですか?
黒田:実は、年始はトルコへ行こうと思っていたんです。 今回は安全面を鑑みてスリランカにしたのですが、ヨーロッパとアジアが入り混ざった文化の坩堝(るつぼ)のような場所を見てみたくて。 料理もそうですし、そこで暮らしている人々を観察しながら音もサンプリングして曲も作っていきたい。 AC HOUSEでは、引き続きコース料理と音楽を軸に、この空間で入り混じる業種の坩堝のような状況をライブ感をもって楽しんでもらえたらと思っています。 料理も音楽も旅するように吸収して、それを如何にミニマルにまとめ上げるか。 国籍や業種に捉われずに自分の体験を通して表現の幅をもっと広げていけたらと思っています。 まずは、自分自身が楽しめないと続けられないですから。
黒田敦喜
1990年、大阪府生まれ。 国内屈指のイタリアンレストラン「ポンテヴェッキオ」で経験を積んだのち、渡伊。 本場イタリアでの経験を経て新北欧料理と出会い、北欧へと拠点を移す。 ノルウェー・オスロでは、当時の三つ星レストラン「Maaemo」でスーシェフとして腕を振るう。 帰国後、「caveman」のオーナーシェフを務めたのち、自身の目が行き届く規模でと、2022年5月、西麻布に「AC HOUSE」をオープン。 コース料理と音楽で大人の社交場としてのレストランを提案している。
AC HOUSE
〒106-0031 東京都港区西麻布2丁目7−7
03-6419-7566
reservation.achouse@gmail.com
OPEN:19:00〜23:00(火〜土、定休日:日月)、12:00〜(土のみ)
Photos:Hinano Kimoto
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)