「REAL」(日常)、「UN REAL」(非日常)、「AGE」(時代)を組み合わせた造語をブランド名とするアンリアレイジ(ANREALAGE)。 代名詞であるパッチワークにテクノロジーを掛け合わせたクリエイションは日本にとどまらず海外からの評価を得て、パリコレクションにも歴史あるメゾンブランドたちと名前を連ねている。 最近では、Beyoncé(ビヨンセ)のワールドツアーのために衣装をデザインし、紫外線で色が変化する特殊な素材、フォトクロミックを使った演出が大きな話題を巻き起こした。 唯一無二の表現の核にあるのは、対立する物事から新しい見識を見い出す弁証法の論理。 デザイナーの森永邦彦との対話から最新のコレクションを引き合いに、ブランドに通底する哲学を紐解く。

眼で見る世界はすべてだが、見える色は正解ではない。

眼で見る世界はすべてだが、見える色は正解ではない。

アンリアレイジが哲学用語である弁証法*を取り入れてものづくりに取り組んでいるのはなぜですか?

ファッションはアンリアレイジを構成する「REAL」(日常)、「UN REAL」(非日常)、「AGE」(時代)という側面を持っているんですね。 自分の日常をファッションによって変えていくための要素、ブランドのシーズンコレクションに象徴される完全なファンタジーの非日常の要素、もしそれを仮に着れないとしても、ただファッションとして感じたときに心がときめいたり、自分が着ている衣服について考える機会を与えたり。 ファッションはその真ん中にあるような気がするんです。 アート的な側面があれば、消費としての産業的な側面にも捉えられる。 ぼくはそれを行き来するようなことをやりたいんです。 どちらかひとつを選ぶのではなく、それを弁証させることで新しいものづくりができないかということをブランド名を決めた頃から考えてきました。

*ある命題(テーゼ)と対立関係にある命題(アンチテーゼ)を統合し、より高い次元の命題(ジンテーゼ)を導き出す思考法。

A/W 2023-24 COLLECTIONでは「=」をテーマに置いていますが、どうやってコンセプトメイキングしているんですか?

イコールを表現するためにはまさに弁証法が必要なんです。 まず、アンリアレイジが本来表現したいのはイコールではないんですね。 人がそれぞれ知覚しているものはノットイコールであるということを表現するために、敢えてイコールというテーマを設けています。

コレクションとしては、パリコレクションでもショーの観客が驚きの声を漏らした、「フォトクロミック」という紫外線で色が変わるマテリアルが演出のキーになっていましたね。

人間の眼には白い洋服に見えるものが紫外線を浴びると紫、ピンク、イエロー、ブルーなどに変わっていきます。 ミツバチやモンシロチョウなどはぼくらの眼では捉えられない紫外線の光を見ることができて、パープルやピンクに映っている可能性があると言われているんですね。 その生物による知覚の違いをJakob von Uexküll(ヤーコプ・フォン・ユクスキュル)という哲学者・生物学者が「環世界」という概念で定義していて。 ファッションは着る人によってフォルムが変わりますし、その人がいる場所によって色も変わります。 その相対的な関係を象徴的に表すために、同じ洋服を着た二人のモデルが観客の目の前に現れて、ひとつは赤、もうひとつは青に変わるとか、実は違う色だったということを表現しました。 根底にあるのは、眼で見る世界がすべてであるということであって。 眼で見える色が正解ではない。 それを示すことが第一歩だと捉えて、このコレクションを形にしました。

23/24AWコレクション

「環世界」の概念はどうやってインプットしたんですか?

ダイアログ・イン・ザ・ダークとライゾマティクスと、暗闇の中で空間を知覚する「echo」という服をつくったときですね。 盲目の方々と世界の捉え方の違いを話したときに、ファッションの世界にいるぼくらは視覚で世界を判断しているけど、盲目の方々は音によって世界を知覚しているということを聞いて、自分も視覚を捨てて同じように空間を感じられるのか興味が湧きました。 たとえば、山手線はホームに電車が入ってきたり、発車時のアナウンスが、外回りでは男性、内回りでは女性だということも気付いていなくて。

当たり前のように過ごしていて、声の違いは知りませんでした。

ぼくらは目で外回りと内回りを知覚しているけど、彼らは声色でどちらに進んでいるのかを知覚しているんですね。 それは日常の中にある同じ世界なのに、いかに視覚情報に頼って生きているのかということを実感しました。

逆に気付いた瞬間には自分にも違う世界が広がる感覚があります。

それはすごく大事な要素だと思うんです。 自分がいかなるパーセプションを持って世界を見ているかということが、Uexküllの『生物から見た世界』という本にはよく詰まっていて。 環世界は重要なキーワードになるんじゃないかなと思っています。

「ボレロ」が物語る、極端なアヴァンギャルドがクラシックになる事実

YouTube越しにショーの映像を観ていても、色の変化にちょっと脳の中が付いていかない感覚になって、思わず声を上げてしまいました。

色が変わることはデジタルやテクノロジーの世界では当たり前に存在していますよね。 スマートフォン越しに撮った写真の色を変換できますし、メタバース上にある洋服の色も変えられる。 目の前で話している人の声色を突然変えることもテクノロジーを通せばもちろんできるけど、実際にそれが起こると人は何か違う世界をそこに感じるはずなんですね。 それほど非日常なことが日常に起こったショーなのかなと思っています。

23/24AWコレクション

クラシックなホールに「ボレロ」が流れるなか、テクノロジーを取り入れたショーを行うという演出もアンリアレイジらしいと思います。

会場はあえてクラシックな空間を選びました。 古典的な場所でクラシックなフォルムの洋服を提示して、「ボレロ」を流す。 最初はM.Ravel(ラヴェル)の「ボレロ」が流れるけど、洋服の色が変わってからはフューチャリスティックな演出に合わせて、冨田勲さんがシンセサイザーでつくった「ボレロ」に切り替えています。 フィナーレでまたRavelのオリジナルに戻るという構成ですね。 音楽も含めて、2つの事象をぶつけ合いながら「=」というコレクションをつくっているんです。

クラシックと言うと、それがオーソドックス、オーセンティックなもののように感じますけど、終始、同じリズムと旋律が繰り返されるボレロが発表された当時はアバンギャルドだったのかもしれませんね。

当時のクラシックの主流から考えると、アヴァンギャルドだったでしょうね。 まったく異なる2つのリズムを小さいところから大きくしていき、永遠と繰り返すミニマルな表現だと思います。 おもしろいのは、やがてクラシックとしていまの時代に受け継がれているということであって。 それは時代によって当時の非日常が日常に変わっていくこととリンクしていると思うんです。 極端なアヴァンギャルドは後にクラシックになると、ぼくはなんとなく信じています。 極端なアヴァンギャルドは後にクラシックになると、ぼくは信じています。


Beyoncé史上、エポックメイキングなツアー衣装。

Beyoncéのワールドツアー衣装

アンリアレイジの直近のトピックとして、あのBeyoncéのワールドツアー衣装のデザインに参加しています。 どういった経緯で決まったんですか?

パリコレクションでのショーの映像を観たBeyoncéのチームスタッフからオファーのメールが届いて、最初はウソだろと疑いました(笑)。 アンリアレイジ以外のブランドも参加しているんですけど、今回のツアー衣装は3月に発表した秋冬コレクションからアップデートしたものが多かったので、みなさんタイトな期間でつくったんだろうなと。

たしかに。 ショーが終わった3月からツアー初日の5月10日まで約2ヶ月ですもんね。

衣装に関してはBeyoncéのディレクションを担当しているスタイリストがいて、その人と密に進めていったという感じです。 オリジナリティのある衣装をつくりたいということで、「CHURCH GIRL」という曲の教会から連想するものとして、ステンドグラスを落とし込んだローブをデザインしました。 舞台で色を変えるという意味では、ビヨンセ史上前例のない衣装だと思います。

今回のBeyoncéのツアー衣装制作が物語っているように、アンリアレイジは日本よりも海外からのオファーが多いですよね。 森永さんは海外にフィットしていることをどう受け止めていますか?

日本のいまのイメージはアニメーション、和服といった海外に持ち込まれたものがありますけど、最近はテクノロジーのイメージがすごく印象付いていて。 その中でアンリアレイジがやっていることが日本らしく見えると思うんですね。 日本から見たアンリアレイジは日本らしさを感じる要素はあまりない。 むしろ、そこから飛び出ていこうとしているように見えるので、そういうギャップはあると感じています。 今回のBeyoncéのフォトクロミックの衣装は、ぼくらは約10年前にサカナクションのライブで近しいことをやっているんですよ。 それが10年経って世界で評価されているという見方もあるんですよね。 なので、やっていることは大きく変わっていないというか。 それでも、ショーも衣装デザインもコラボレーションも、圧倒的に海外からの依頼のほうが多いです。



Ravelの「ボレロ」の例えがありましたが、森永さん、アンリアレイジとしては、やはりアヴァンギャルドをクラシックにしていける存在を目指しているんでしょうか。

パリコレクションの中でも、コムデギャルソン、ヨウジヤマモト、イッセイミヤケといった日本の御三家はすごく特殊なポジションにいると思います。 いまのパリコレはLVMHかケリングのグループに属しているブランドが多いけど、それと同じくらいのグローバルなビジネスを何かに属さずにやって、かつ世界のデザイナーがリスペクトしてコラボレーションを要望する。 その意味で、ファッション界の中心に向かっていくというよりも、ある一定の距離を置いて続けていけるブランドでありたいですね。

時代の日常と非日常は、かならず入れ替わる。

最新のパリコレクションで「ボレロ」をショーの音楽に選んでいるように、アンリアレイジにとって音楽はファッションを表現する上で重要な要素ですか?

音によって洋服の見え方は変わりますし、ショーが音楽に左右される場合もあります。 音楽に導かれて洋服をつくるときもあれば、洋服がリードして音楽を付随させることもアンリアレイジの場合はありますね。 ぼくがファッションに目覚めるのは高校生の後半なんですけど、それまではファッションと音楽は別物だと思っていたんですね。 ファッションには言葉もリズムもないですし、ライブで湧き上がる感情を得て、明日から頑張ろうという気持ちになることもありえないと考えていて。 ただ服づくりを始めた頃に出会った先輩デザイナーのショーを見たときに、ライブを観て心を揺さぶられるような感覚があったんです。 もしかしたら、ファッションでも同じような体験ができるかもしれない。 そんな思いがずっとあって、どこかで音楽と繋がっていてほしいという願いがあります。


ファッションは音楽と違って、数万人のライブのように一度で何万人に届けるということは難しい媒体だと思いますが、森永さんはどう捉えていますか?

ファッションはどうしても服という形があって、形があるものはどうしても人と一対一の関係にならざるを得なくて。 音楽のようにひとつのライブで何万人に伝えるということは性質として難しいですね。 でも極論を言えば、一着の洋服が伝わればいいんです。 目の前で音楽が流れてきた瞬間に、自分がいる空間や時間を超えて、非日常を感じる瞬間がある。 それと同様にその一着に袖を通す、あるいは見ることで、まったく違う世界の扉を開くことができれば。 それはファッションが果たすべきことですし、自分もやりたいと思っていることです。 日常と非日常は10年、20年おきに入れ替わると思うんですね。 いまはデジタル優位な世界になっているけど、きっとまたアナログ優位な世界が訪れると思いますし、両方を見ていることが大事なんだろうなと。

もう一度、ファッションブランドと音楽が密接な時代を。

森永さんのお話を聞いていて、改めてアンリアレイジと一般的なファッションブランドとのものづくりのアプローチの違いを実感しました。 複雑な弁証法やテクノロジーを昇華していく上で、ブランドの軸になっているものは何なのでしょうか?

自分がつくりたいものがあって、それを誰かに伝えたい。 そこからブランドをつくったわけですけど、そのときの自分はいまもずっといるんです。 当時20代前半のぼくがアンリアレイジを見たときにどう思うのか。 それをすごく意識しています。 まさか、あのときにやっていたパッチワークを20年もやっているとは思わないだろうし(笑)、逆に言えば、そこに自負みたいなものがあります。



特にパンクロックやヒップホップは連想できるブランドもありますね。

でも、いまはそれを連想できる層はなかなかいなくて。 ヴィヴィアン・ウェストウッドとパンクロック、Sex Pistols(セックスピストルズ)とかのように重なる瞬間がまたあるといいなって。 Beyoncéのライブでさえもファッションと結びついていない部分はありますし、ライブの客層が今回使われているブランドの洋服を纏うことが本来は理想的なカルチャーの融合だと思うんです。

森永邦彦

森永邦彦

デザイナー。 1980年、東京都国立市生まれ。 早稲田大学社会科学部卒業。 大学在学中にバンタンデザイン研究所に通い服づくりをはじめる。 2003年「アンリアレイジ」として活動を開始。 2005年東京タワーを会場に東京コレクションデビュー。 東京コレクションで10年活動を続け、2014年よりパリコレクションへ進出。 2019年フランスの「LVMH PRIZE」のファイナリストに選出、同年第37回毎日ファッション大賞受賞。 2020年伊・FENDIとの協業をミラノコレクションにて発表。 2021年ドバイ万博日本館の公式ユニフォームを担当、2023年ビヨンセのワールドツアー衣装をデザイン。

ANREALAGE 20TH EXHIBITION “A=Z”

アンリアレイジ20周年記念展覧会

会場:スパイラルガーデン
東京都港区南青山5-6-23
スパイラル1F

期間:2023年6月16日(金)~7月2日(日)
11:00~20:00

入場:無料

主催:株式会社アンリアレイジ

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Photos:Keisuke Tanigawa
Words & Edit:Shota Kato(OVER THE MOUNTAIN)