エリック・クラプトン(Eric Clapton)からカート・ヴァイル(Kurt Vile)に至るまで、名だたるギタリストたちが手にしてきた3トーン・サンバーストのギターは、個性的なプレースタイルとともに時を重ね、経年変化によって生まれる独特の風合いを纏いながら数々の歴史的名シーンを彩ってきた。この度、そんな伝統的な配色をラッカーフィニッシュで再現した限定モデルのヘッドホン『ATH-WP900SE』が、オーディオテクニカよりリリースされる。

ヘッドホンの企画開発に携わったオーディオテクニカの中村圭吾と岩永和之のふたりが訪れたのは、長野県。理想的なヘッドホン製造を叶えるための紆余曲折を乗り越えたフジゲンの中村氏、輿氏、宮澤氏のお三方とのインタビューのなかで、工場における製造工程の一部始終を追った。

前編記事ではフジゲンの歴史をおさらいしつつ、目指した音の方向性、企画から製造までのやりとり、木工の研磨工程について触れた。

後編では大町工場から本社工場へと場所を移し、ロゴ入れから塗装、製品完成までの工程を対談の続きとともにお届けする。

「音に効く木工」のリアル。

岩永(オーディオテクニカ 以下、AT):フジゲンさんに製作いただいた3トーン・サンバーストのハウジングは、最初の試作品の時点で、手に収まるサイズのなかにしっかりギターのイメージが宿ったものになっていたのを、いまでも憶えています。

宮澤(フジゲン):エアブラシとかを使いたくなるような細さで3トーンを仕上げなければならなかったので、そこはかなり難易度の高いポイントだったのですが、徐々に感覚を掴んでいきました。

宮澤(フジゲン):研磨の話になってしまいますが、アルダーと比較すると導管の深いアッシュ、それも無垢材となれば、塗りと研磨の工程数も増えるでしょうし、ギターでもアッシュ材は下地づくりが大変なんです。それを小さなハウジングでやるなんて無茶なんじゃないかなと当初は半信半疑だったのですが、今回はきれいな木目を出したいということでしたのでね。

輿(フジゲン):木目を縦に使用した今回はアッシュ材が欠けてしまうことがあり、当初は木材を貼り合わせたりもしたんです。ですが、やはり一枚板の無垢材から形にしたいということでしたので、何度も試行錯誤を重ねるなかでNC加工機の回転する刃の向きと木目の向きをしっかりと見定めていきました。また左右のハウジング部分を回転させて横並びにした際に美しく見えるよう、R側は左に膨らんだ木目の流れ、L側は右に膨らんだ木目の流れにするなど、調整を重ねていったんですよね。

最終的に無垢材のままハウジングを加工することが叶い、オーディオテクニカさんの要望を妥協せずに無事実現できたのは我々にとっても良かった点でしたし、私自身も楽しませていただきました。

NC加工機によるアッシュ材の削り出し。
NC加工機によるアッシュ材の削り出し。

岩永(AT):いろいろと難しいお願いをしてしまいましたが、フジゲンの皆さんの技術で実現していただいて、本当に感謝しています。

今回の工場見学で中村さんが印象に残った工程はありますか?

中村(AT):どの工程も興味深く印象に残っているのですが、オーディオテクニカのロゴが入った瞬間はやっぱり忘れられないですね。職人さんたちが繋いできたハウジングに、命が宿った瞬間と言いますか。この場所からこうして世界へと自分たちの製品が飛び立っていくと思うと、何だか感慨深くもあって。

シルクスクリーン印刷でひとつずつ丁寧にロゴを入れていく。
シルクスクリーン印刷でひとつずつ丁寧にロゴを入れていく。

輿(フジゲン):3トーン・サンバースト塗装を完了し、ロゴ入れを終えてからも最後のトップコート仕上げなど、まだまだ作業は続きます。

ラッカー塗装でできた凹凸をベルトサンダーで研磨して滑らかにしていき、手研磨で手の感覚をもとに仕上げを行い、最後にバフ磨きと言って、磨き用の布を縦に回転させた機械を通して全体を磨き上げながら光沢を出していきます。こうして目視で最終検査を通過したハウジングがヘッドホンになるわけです。

バフ磨きで仕上げの調整をしてハウジングを磨き上げる。
バフ磨きで仕上げの調整をしてハウジングを磨き上げる。

傷すら許せる、“愛着の湧く”ヘッドホン。

今回、ラッカーフィニッシュを採用した理由は?

3トーン・サンバーストを施したハウジングにトップコートを吹きつけていく。
3トーン・サンバーストを施したハウジングにトップコートを吹きつけていく。

岩永(AT):3トーン・サンバーストというトラディショナルなカラーリングであれば、やはりトラディショナルなラッカーフィニッシュを採用するのがこの製品にとって正しい選択だろう、と考えラッカーを使用しています。ラッカーフィニッシュだからこそ喜んでいただけるギター好きの方がいらっしゃると思っていますし、製品のコンセプト、キャラクターといったものを具現化するための大きな要素になったと考えています。

実際にポリ塗装と比較してよく見てみると、ラッカー特有の柔らかなツヤ感があります。ここは現物をぜひ手にとって見ていただきたいところですね。時間が経つにつれて光沢の様子が変化していく部分もあるので、自分にしかない一台として愛着をもっていただけたら嬉しいです。

手にとっているのが、一枚板のアッシュ材。
手にとっているのが、一枚板のアッシュ材。

輿(フジゲン):ハウジングは球体のようにカーブしているので木材の新たな表情を見ることもでき、作る側としても面白かったですし、またひとつ勉強になりました。

中村(フジゲン):ユーザーの使い方によっても差異が出るでしょうし、そういった変化を味として、時間をかけて楽しんでいただけるのではないかと思っています。

経年変化を楽しめる点が、どれも同じ表情をしている従来のヘッドホンのイメージとは異なり、このヘッドホンの「一点モノとしての個性」という魅力になっているんですね。

中村(フジゲン):生産性だけで見ると素直に首を縦に振れないシーンもたくさんありましたし、効率面を考えると “人の手を介さずに” という選択肢がとられてしまいがちですが、自分たちの技術を駆使しながら人の手で作り上げることができたことが、今回すごく印象に残っている点です。

中村(AT):一般的な工業製品のようにミリ単位でかっちり工程が組まれているのではなく、文字による手順書では表現できない、職人の手によるフリーハンドな感覚というのは、まさにフジゲンさんの経験値があってこそのモノづくりだな、と。塗装工程を拝見して特にそう思いましたね。均一化に抗いたいわけではないですけど、人の手の良さが感じられましたし、まさに “日本のモノづくり” の力を発揮することができたのではないでしょうか。

音と木工のクラフトマンシップが生んだ一台。

ATH-WP900SEを使用してほしいシーンはありますか?

中村(AT):音楽を聴く道具として使っていただくことはもちろん、最近は「自分自身が楽器をやっているわけではなくても、推しのアーティストが使用しているギターなどの楽器と同じものをファッションアイテムとして身に着けたい」といったように、推し活としての側面もあったりしますよね。なので、音を聴く以外のシーンでも日常の気分を上げてくれるものとして身につけていただきたいですし、それによって音楽好きだと周知させることもできるはず。

そういった意味では、家のなかでも外でも、いつでも持ち歩ける相棒のような存在として使用いただけたら嬉しいですね。もちろん、無理を言って無垢のアッシュ材やラッカーフィニッシュを実現してもらったので、従来の音楽好きの方にはそこが刺さってほしいなとは思っているのですが(笑)。

ATH-WP900SEはワイヤレスではなく有線を採用していますよね?

中村(AT):そうですね。有線モデルならではの良さというものは特に音質にこだわりをもつ方々のなかで今でも根強く支持されています。バッテリーを気にせずに聴けたり、接続する機材によって音が変わったり、ケーブルを交換できるというのがあります。やっぱり音質にこだわるのであれば、ケーブルによる音の変化やそのバリエーションを楽しめるところも重要ですよね。ギターだってシールドによって音が変化するじゃないですか。今回はそこに、エイジングによる木の風合いを愛でることも加わったわけです。

中村(AT):木の温もりと楽器の文脈をもったATH-WP900SEは、ギタリストにはもちろん、音楽を愛する人々にとっても常に生活の傍らに置いておきたくなるようなヘッドホンになったと思います。やっぱりMade in Japanのギターは世界的にも定評がありますし、今回フジゲンさんと一緒に日本のモノづくりとしての “クラフト” を詰め込んだ製品を発信できることがすごく楽しみです。

岩永(AT):フジゲンさんには、ギターの製造技術をそのままハウジングに詰め込んでいただいたので、ただカラーリングが似ているだけではない、ギターと同じつくり方のものに仕上がりました。 “ギター好きの方のためのヘッドホン” として目指してきたものがかたちになったかなと思っています。製品を見て、そのバックグラウンドを感じていただけたら嬉しいですね。

中村(フジゲン):「ギターはピックアップが音を司るようなイメージが強いものの、ボディの作り方次第で音が大きく変化することにも注目してもらいたい」と弊社技術部長の小野も言っています。ATH-WP900SEの音を体感してもらうことで、ゆくゆくはフジゲンにも関心をもってもらいたい。なので、こうしたコラボレーションは今後も続けていけたらいいですね。

中村(AT):ぜひぜひ! 今後もタッグを組んでいきたいですね。

そうそう、ATH-WP900SEには一台ずつシリアルナンバーカードがついてくるんですよ。ギター向けのものと同じ素材を使ったクロスがついてくる点も楽器のニュアンスを汲んでいますし、そういった部分も含めてATH-WP900SEを手にとっていただけたら嬉しいです。

岩永(AT):3.5mmのミニプラグケーブルに加えて、4.4mmのバランス接続ケーブルも付属しています。プレーヤーやアンプの違いによる音の変化も楽しんでいただいて、自分好みの組み合わせを見つけていただきたいですね。

工場内を案内いただいたフジゲン取締役部長の小野和孝氏(写真左)。
工場内を案内いただいたフジゲン取締役部長の小野和孝氏(写真左)。
ATH-WP900SE

ATH-WP900SE

ポータブルヘッドホン

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フジゲン株式会社

長野県松本市に本社を構える日本の楽器製造メーカー。1960年の創業以来、バイオリンやクラシックギターの製作にはじまり、エレキギターやアコースティックギター、エレキベースへと領域を広げながら日本の楽器産業を支えてきた。また、ディスクオルゴールや和太鼓などの製造も手がけ、音にまつわるモノづくりを幅広く担う一方で、車やキッチンなどに使用される木製内装材など、手馴染みのいい木工パーツ製造も行う。現在は自社ブランド「FUJIGEN」「FGN」を中心に、オンラインショップを通じて仕様を細かく指定できるカスタムオーダーにも対応。日本のモノづくりの精神と職人技を受け継ぎながら、一本一本をクラフトマンシップのもとで生み出すギターづくりを今日も続けている。東京では池袋にフジゲンカスタムハウスを構える。

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本社工場

〒399-0014 長野県松本市平田東3-3-1
Tel: 0263-58-2448

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〒398-0004 長野県大町市常盤3680-1
Tel: 0261-23-4708

Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)

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