ニルヴァーナ(Nirvana)のカート・コバーン(Kurt Cobain)、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(Red Hot Chili Peppers)のジョン・フルシアンテ(John Frusciante)、レディオヘッド(Radiohead)のジョニー・グリーンウッド(Jonny Greenwood)、ロックの歴史を遡れば脳裏をかすめる数々の名シーン……。彼らが抱え、幾度となく登場してきた3トーン・サンバーストのギターは、これまでに多くのギタリストの目を奪ってきただろう。

この度、そんな憧れの配色をラッカーフィニッシュで纏った限定品ヘッドホン『ATH-WP900SE』が、オーディオテクニカよりリリースされる。そのハウジングの木工加工から塗装工程までの製造を担当するのは、かつてのフェンダージャパンをはじめ、日本のギター製造の一翼を担うフジゲン。

今回は工場を訪れるため長野県へと赴き、ATH-WP900SEのハウジングにおける製造工程を見学させていただきながら、フジゲンの技術者たちとオーディオテクニカの企画・開発担当者との対談を行った。

前編ではフジゲンの歴史を皮切りに、大町工場での木工によるハウジングの製造工程から、目指した音の方向性についてまでをお届けする。

日本を代表するギターメーカー、フジゲン。

フジゲンが誕生したのは1960年。当時、富士弦楽器製造株式会社としてバイオリンやクラシックギターの製造からスタートしたものの、ほどなくしてクラシックギターへと切り替え、その後に到来したエレキギターブームとともにエレキギター中心の製造ラインへとシフトしていった。

いまではギターやベースをメインに製造する傍ら、オルゴールや車の内装意匠パーツ、キッチンパネルに至るまで、楽器以外でも人が触れる場所には欠かせない、手馴染みのいい木工パーツ製造を行っている。ただし、やはりフジゲンと聞いてまず最初に思い浮かぶのは、やはりフェンダージャパンだろう。

いまでは “フェンジャパ” “フェンジャー” の愛称で親しまれ、日本国内に留まらず海外でも多くのギタリストの手に渡ったMade in Japanのフェンダーギターが現在のフジゲンにおけるステータスを作り上げたと言っても過言ではないはずだ。

ローズウッドのフィンガーボード材は木目や色味に癖の少ない、汎用性の高い材を使用。写真で指している材などは、その独特の模様から希少性が高く、エキゾチックローズウッドとして上位クラスやカスタムモデルなどのギターに使用される。
ローズウッドのフィンガーボード材は木目や色味に癖の少ない、汎用性の高い材を使用。写真で指している材などは、その独特の模様から希少性が高く、エキゾチックローズウッドとして上位クラスやカスタムモデルなどのギターに使用される。

当時、日本で製造されていた本家のコピーモデルのクオリティがあまりにも高かったことから、本国のフェンダーの目に留まり、フェンダーとともにフジゲンとグレコなどで知られる神田商会、山野楽器とで共同出資、本国フェンダーの日本法人として株式会社フェンダージャパンを設立した。

そんな背景をもち、且つ本国のフェンダーよりも安価で改造しやすかったこともあり、カート・コバーンがフェンダージャパンを好んで使用していた話はあまりにも有名だが、それらのギターは年式によって製造工場が異なるがゆえ、仕様もまたさまざま。製造番号を見て、ほしい年代の個体を探すプレイヤーも多いはずだ。

壁にかけられた長いサンドペーパーは機械に通して回転させ、木材を研磨していくためのもの。
壁にかけられた長いサンドペーパーは機械に通して回転させ、木材を研磨していくためのもの。

フジゲンが自社工場でギター製造を担っていたのは、1982年のフェンダージャパン設立からバブル崩壊後の煽りを受ける1997年まで(1997年から2007年までは外注で製造を続けたが、97年の時点で本国にフェンダージャパンとフェンダーメキシコの株式を売却している)。

この時代のフェンダージャパンにファンが多いのは、本国のラインに忠実だったこともあるだろうが、やはりその卓越したラッカーフィニッシュや研磨の技術ゆえだろう。塗膜の薄いラッカーによる塗装は1950〜60年代ごろまでに製造された本国のエレキギターに採用されており、倍音の美しさ、ボディの鳴りの良さに加え、音の立ち上がりも早いと評価されている。フェンダージャパンのなかでも特に初期年式の個体はいまでも高値で取り引きされるほど。

ネックやボディなど、研磨工程は実に細部にまで及ぶ。担当するのは熟練のスタッフたち。
ネックやボディなど、研磨工程は実に細部にまで及ぶ。担当するのは熟練のスタッフたち。

余談だが、カートのシグネイチャーとしてリリースされたジャガーとムスタングを融合させた「ジャグスタング」は、カートが亡くなった翌年の1995年ごろより(2001年まで)製造されていたはずだから、ギリギリこの工場でも製造されており、希少な個体が少なからず存在しているようだ。

こうしたフェンダージャパンの黄金期とも言うべき時代を支えたフジゲンの技術が余すことなく今回のヘッドホンのハウジング製造に活かされていることを前提に、ATH-WP900SEの製造関係者たちのインタビューへと移っていく。

音楽と木工の融合。

今回インタビューさせていただいたのは、フジゲン営業部の中村圭一氏、技術部の輿貴史氏、そして塗装を担当した宮澤樹聖氏のお三方。

フジゲン工場を訪れたのは、ATH-WP900SEの企画開発に携わるオーディオテクニカの中村圭吾と岩永和之のふたり。早速、ヘッドホンの開発秘話を聞かせていただこう。

ATH-WP900SE企画担当の中村圭吾(写真右)、開発担当の岩永和之(写真左)。
ATH-WP900SE企画担当の中村圭吾(写真右)、開発担当の岩永和之(写真左)。

そもそも、今回のATH-WP900SE開発のきっかけは何だったのでしょうか?

中村(オーディオテクニカ 以下、AT):以前弊社でリリースしたヘッドホン『ATH-WP900』はフジゲンさんとの最初のコラボレーションだったわけですが、そのヘッドホンを使用いただいたユーザーの方から、「楽器を想起するようなユニークなヘッドホンがこれまであまりなかった」というお声をいただいたんですね。

それと、弊社内にはオーディオメーカーということもあり音楽や楽器好きの社員がたくさんいまして、「自分のもっているギターと同じようなヘッドホンがあったら面白いよね」なんて話も挙がっていたんです。それでギター好き、音楽好きの方に対するひとつのアンサーとして、今回は3トーン・サンバースト(一般に、イエロー、レッド、ブラックの3色が外周に向かって変化する塗装)のギターをベースに、限定モデルだからこそできるギミックを散りばめながら製品開発に踏み切ることにしたんです。

3トーン・サンバーストのギターは、遠目で見ても艶やかで美しいことがよくわかる。
3トーン・サンバーストのギターは、遠目で見ても艶やかで美しいことがよくわかる。

弊社は、マイクなどの楽器向けの製品も手掛けているのですが、楽器の文脈で我々を知ってくださっている方々へ、オーディオテクニカはエントリーモデルから高価なモデルまで、さまざまなヘッドホンを扱っているということを周知したいというのもありました。そこで、フジゲンさんの匠の技と私たちオーディオテクニカの音へのこだわりを、ともに日本のメーカーであるクラフトマンシップを前面に押し出しながら楽器の文脈ももったヘッドホンを世界へと発信していこうと製造に至ったわけです。

3トーン・サンバーストをラッカーフィニッシュで、というのが今回のヘッドホンの旨味のような気がしていますが、どうしてまたこの色を選択されたのでしょうか?

中村(AT):実は当初、さまざまな色で試作していたんですよ。ただ、やはり伝統的に愛され続けてきた色のひとつでもあり、より多くの方の手に渡ってほしいという想いも強かったことから、3トーン・サンバーストを選ばせていただきました。

単にハウジングなどの意匠を変更するだけではなく、3トーン・サンバーストをラッカーフィニッシュで仕上げるというのが、今回の製品開発における大きな挑戦のポイントでしたね。ですが、もちろんギター好き、音楽好きの人たちなら「ラッカーフィニッシュ」というワードにフックしていただけると思っていますし、それが限定モデルの目玉になったとも感じています。

岩永(AT):中村も言っていたように、当初はホワイトブロンドなどのカラーも検討していたのですが、試作品の仕上がりを見たときに、3トーン・サンバーストのサンプルが、最も “ギターライクな外観” を表現できていたんです。

木目がはっきりと見えることで個性が際立ちますし、何よりフジゲンさんのギター造りの技術が目に見えるかたちで現れるカラーなので、ギター好きの方に喜んでいただけるだろうと思えたのが決め手のひとつでした。

「弦楽器」をフィーチャーしたサウンドバランスと、アッシュ材の個性を引き出す3トーン・サンバースト。

ATH-WP900SEを開発する上で目指したのは、どのようなサウンドでしたか?

中村(AT):開発的なポイントとして外観の美しさを追求したことはそうなのですが、岩永とも話していたのは、 “弦楽器の音を忠実に再現したい” というポイントでした。アーティストが意図したバランスのバンドアンサンブルを忠実に響かせながらも、ギターやベースの音が光るといった点に今回のヘッドホン開発の技術的なポイントを置いています。

岩永(AT):今回の開発中に “エレキギターとベースの魅力を引き立たせるサウンド” という言葉をずっと頭のなかに置いていました。同時に、そのサウンドを全体のバランスを損なうことなく実現する必要があったので、そこが難しい点でしたね。完成品の音になるまで何度も試作を繰り返していたので正直、紆余曲折はありました。

サウンドバランスについて聞かせていただきましたが、今度はハウジングの制作についても聞かせてください。

フジゲン営業部の中村圭一氏。
フジゲン営業部の中村圭一氏。

中村(フジゲン):ハウジング製作に関しては岩永さんと開発を進める上でやりとりさせていただき、デザインを7つまで絞っていたんですが、実は当初、その塗装パターンにラッカーフィニッシュは含まれていなかったんですよ。その後、開発の途中段階でラッカーフィニッシュに意向が切り替わり、ギター製造技術が本当に役に立ちました。

言うまでもないかもしれませんが、ギターとは異なり、ヘッドホンのハウジングという小さな面積で3トーン・サンバーストを表現しなければならなかったので、苦労を要しましたね。今回はよくエレキギターに使用されているアルダーではなく、ハウジングのサイズを鑑みて、木目がしっかりと出るアッシュという木材を使用していたのですが、ギターを立てて置いたときのイメージに近くなるようにハウジングの木目を縦にしていただいていたんです。ですがハウジングの内部形状には細い部分があり、硬い材がゆえに欠けやすい部分が出てしまうなど、新たな壁にぶつかってしまって。

中村(AT):工場の製造工程を見れば一目瞭然ですけど、製品を手にとっただけでは職人の仕事が伝わりきらない。もしかしたら機械で塗装して、ロゴを貼って終わりと思われてしまうかもしれない。だからこそ、こういった障壁や技術的背景をもっと多くの方に届ける必要があるんだと思っています。

塗装を担当した宮澤樹聖氏。
塗装を担当した宮澤樹聖氏。

宮澤(フジゲン):完成した製品を手にとるのは今日がはじめてなんですが、なかなかカッコいいですね(笑)。

今回は塗装を担当させていただいて、いまお話しいただいたように、ハウジングの小さな面積に2トーンにはない3トーンのバランスを表現する難しさがありました。ただ、ラッカー塗装はポリ塗装と比較すると薄いもの。研磨しすぎれば塗膜がなくなってしまうリスクもある鏡面仕上げの難易度を鑑みると、研磨工程のほうが大変だったんじゃないかなと個人的には思いますね。

フジゲン技術部の輿貴史氏。
フジゲン技術部の輿貴史氏。

輿(フジゲン):作業工程としては大まかに11工程に分かれるんです。最初に木材をヘッドホンのハウジングの形に削り出す機械に通すのですが、そのNC加工と呼ばれる工程以外はすべて職人の手を離れることなく、手作業によって進められます。

先ほどの中村の話でも出ましたが、そのまま機械に通すとアッシュ材が欠けてしまう恐れがあるので、そうならない工夫を施しています。木材を削り出したあとは表面をペーパーで研磨し、不純物などを取り除きながら塗装の密着性を高める生地調整、塗装を塗り重ねるシーラー塗装、薄いラッカー塗装に厚みを出すための中塗り塗装、それからようやくサンバースト塗装の工程に入ります。こうして研磨と塗装を繰り返しながらハウジングを仕上げていくんです。

【後編へ続く】

ATH-WP900SE

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フジゲン株式会社

長野県松本市に本社を構える日本の楽器製造メーカー。1960年の創業以来、バイオリンやクラシックギターの製作にはじまり、エレキギターやアコースティックギター、エレキベースへと領域を広げながら日本の楽器産業を支えてきた。また、ディスクオルゴールや和太鼓などの製造も手がけ、音にまつわるモノづくりを幅広く担う一方で、車やキッチンなどに使用される木製内装材など、手馴染みのいい木工パーツ製造も行う。現在は自社ブランド「FUJIGEN」「FGN」を中心に、オンラインショップを通じて仕様を細かく指定できるカスタムオーダーにも対応。日本のモノづくりの精神と職人技を受け継ぎながら、一本一本をクラフトマンシップのもとで生み出すギターづくりを今日も続けている。東京では池袋にフジゲンカスタムハウスを構える。

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〒399-0014 長野県松本市平田東3-3-1
Tel: 0263-58-2448

大町工場

〒398-0004 長野県大町市常盤3680-1
Tel: 0261-23-4708

Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)

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