エレクトロニックミュージックと環境音楽を横断しながら、まばゆいばかりの音の世界を繰り広げるaus isodaの『Interwoven』。世代も音楽的背景も異なる2人の音楽家によるコラボレーション作である本作は、スイスの名門レーベル、WRWTFWW Recordsからリリースされたこともあって世界的な注目を集めている。
2000年代のエレクトロニカの流れから登場し、近年はポスト・クラシカルにも接近しながら精力的な活動を展開する作曲家/プロデューサー、ausことフクゾノヤスヒコ。1980年代に活動を開始し、90年代に発表したヒーリング~ニューエイジ系の作品群が近年再評価されている作曲家/音楽家、磯田健一郎。
都内在住のausと八丈島在住の磯田による初コラボレーション作『Interwoven』は、他者と音を重ね合わせる喜びと発見に満ち溢れている。ausと磯田の2人に話を聞いた。
環境音楽とエレクトロニカ、異なる時代から交わされた目線
まず、お2人の出会いについて話をお聞きしたいんですが、ausさんは磯田さんのOSCILATION CIRCUIT名義のアルバム『SERIE REFLEXION 1』(1984年) のファン、磯田さんはausさんの『Lang』(2006年)のファンだったそうです。まず、ausさんはOSCILATION CIRCUIT名義のあの作品をどのように聴いていたのでしょうか。
aus:2023年に『SERIE REFLEXION 1』が再発されたときに聴かせていただいたのですが、いわゆる環境音楽やアンビエントと言われている音楽の中でも現代音楽寄りというか、整理されていて綺麗な印象がありましたね。何より旋律が美しくて、そこに破綻がない。自分には真似できない洗練された音楽の魅力があると思いました。
それはどういう意味で?
aus:自分の音楽は破綻だらけなんです。ノイズが乗っていたり、音楽的に未整理なところがある。好きでやっている面もあれば、技術的にそうなってしまう部分もあって、直し方も分からない。同時に綺麗なものも好きなので、磯田さんの音楽の洗練に惹かれるところがありました。
磯田さんはこれまで映画音楽(『ナビィの恋』『転がれ!たま子』など)や沖縄音楽のプロデュースなども手がけてきたわけですが、OSCILATION CIRCUITとして作られた『SERIE REFLEXION 1』は磯田さんのディスコグラフィーのなかでどのような位置を占める作品なのでしょうか。
磯田:あのアルバムは22歳になる直前の時期に作ったんですけど、当時一緒にやっていたプレイヤーはみんな若くてアマチュア、ほぼ学生だったんですね。キーボードをやっている人間はミニマリストだったので、彼の部屋に行くと、スティーブ・ライヒ(Steve Reich)の「Clapping Music」の譜面が置いてあった。サックスの須川展也さんは後に藝大の先生になる人ですけど、当時から同時代の現代音楽について詳しくて、情報交換をしていました。OSCILATION CIRCUITはそうした日々の延長線上で作った作品でしたね。
そのころの僕は編集プロダクションでアルバイトをしていたんですけど、そのプロダクションの人がヨガ教室をやっていたんですよ。「ヨガのメディテーションに使えるようなレコードを作れない?」と言ってきたので、じゃあやりましょうかと。
当時、東京でもヨガ教室は増えていたのでしょうか。
磯田:増えてましたね。ヨガに限らず、メディテーション的なものに対する関心は高かったと思います。ヒーリングとかメディテーションのコーナーはレコード店の店頭でも拡大してましたし、そういう意味では広がりがあったのかな。80年代頭なので、バブルの少し前の時期じゃないですか。都市生活者は生活に多少余裕ができつつあったし、より違ったものを求める空気感はあったと思います。
磯田さんはausさんの『Lang』のどのような部分に惹かれていたのでしょうか。
磯田:『Lang』が出たころ、タワーレコードなんかでもエレクトロニカを結構展開してたんですよね。あのアルバムも面出しで展開されていて、「この人誰だろうな」と思いながら買いました。抒情的でセンチメンタルなところがあって、他のエレクトロニカやクラブミュージックにはない魅力を感じました。音楽自体もグリッドに吸着するような作り方ではないし、構成力が並外れていると思いましたね。彼のアルバムは人間の体温がどこかにあって、他のものと違っていたんですよ。
aus:ありがたすぎるお言葉です。当時周りで流行っていたエレクトロニカはピュアでストイックな音が多くて。そういうものも素敵なんですけど、やりたい表現とはちょっと違ってたんですよね。自分はエレクトロニカの流れで紹介されてきたんですけど、もともと聞いていたのはトリップホップとかブレイクビーツ。学生のころは図書館でよくCDを借りて聞いてたんですが、その中に磯田さんがプロデュースしていた現代音楽の作品があって、そういう調性のある音楽も聞いていまし、さまざまな音楽的背景を全て内包したような作品を作りたいと思っていたんです。
グリッドのなかでは生まれない「揺れ」を作り出すための作業
磯田さんは90年代に制作したヒーリング系の楽曲を再録音したアルバム『マジエルのまどろみ』を2024年7月に発表されました。『マジエルのまどろみ』に関するインタビューのなかで、「全編グリッドに沿った音楽ではなく、ある種のズレも内包したものを作る」という意識について話されていましたよね。そこはausさんと共通する視点だと思うのですが、いかがでしょうか。
磯田:僕自身、音楽ってグリッドに沿うわけがないと思ってるところがあるんですよ。正直に言っちゃうと、テンポも何もかも揺れてないとおかしい。揺れるとか直線的っていうのは相対的なものでしかないから、その相対性の中で表現できていればいいのかなというところはあります。リズムやグルーヴの揺れっていうのは音楽の本質的なところなので、そこは大事にしたいですね。
磯田さんの場合、ズレや揺れというのも決して感覚的なものではなく、かなり意識的かつ楽理的に取り組んでいる印象があります。
磯田:そういうアプローチもありますが、「こうなると揺れるよね」ということを技術的にやってみて、しつこくリピートしながら「これなら大丈夫か」と作っていく形が多いですね。たとえば大体の譜面ソフトって清書するとMIDI化できるんですけど、その段階で部分的にぐらぐら揺らしてみたり、リズムが変なふうに狂ってしまったMIDIデータを作ってみたりして、それを再生してみる。そういうことをしてるんです。
今回のコラボレーションが具体的に動き始めたのはいつごろになるのでしょうか。
磯田:一番最初は僕がausさんの作品についてインスタグラムで「いつもテープに入れて聴いてます」みたいなことを書いたのかな。相互フォローでもなかったんだけど、「ありがとうございます」ってコメントしてくれたんですよ。
aus:そのときは磯田さんがどんな方かわかっていなくて。そのあとにOSCILATION CIRCUITのことを検索していて、「あれ? この人は!」っていう感じでした。
それが3年ほど前だそうですね。
aus:そうですね。OSCILATION CIRCUITの作品を聴いたとき、メロディーの美しさに驚いたし、僭越ながらご一緒させていただいたらすごくいいものができそうだという直感があったんですよ。それでご挨拶してすぐに「一緒に何かできませんか?」と連絡しました。
そうした打診があって、磯田さんはどう思われましたか。
磯田:こちらはausさんのファンだから嬉しいんですけど、僕は打ち込みの人ではないので、そんなことができるのかな?というのが本音でしたね。2000年代からこういうことをやっている方に追いつけるのかなって。でも、迷惑かけるかもしれないけど、やってみようかなと。
aus:最初は何を作るか見えていない状態で、制作途中のループやメモ的な音源をふわっと投げかけた感じでしたね。
磯田:それを受けとってから少し悩んだんですよ。こういう形のコラボレーションをしたことがなかったので、どうすればいいんだろう?って。
aus:1曲目に入っている「Valleria」はシンセサイザーのループから始まるんですけど、そのフレーズは僕が最初に送ったものでした。それを磯田さんが気に入ってくださって、そこから始めていきましたね。
「Valleria」が形になったことで手応えがあった?
磯田:いや、まだこの段階では恐る恐るやってましたね。タイム感とかスケジューリングが全然わかってなくて。要するに僕は頭が硬いから、データをもらったらそれを完成させてから返さなきゃいけないんじゃないかと思ってたんですよ。
aus:去年はほぼ一年間毎日連絡を取り合っていました。そもそもお互いのことを知らなかったので、お互いの近況報告とかそういうことをずっとしてましたね。そういえば曲、上がってこないな……と思いつつ(笑)。
磯田:これはアルバムができるかもしれないと思えたのは3曲目の「Veiled」ができてからですね。
aus:「Veiled」ができる前に一度お会いしたんですよ。磯田さんがちょっとご遠慮されている感じもあったんで、好き勝手やってくださいということをお伝えして。それでできたのが「Veiled」。メインになってるハープの音を入れてくださって、そこで「これはきたかも!」という感覚がありました。
断絶してしまったレコーディングスタジオの知見をDTM世代に継承したい
今回、スコアは書いたのでしょうか。
磯田:楽譜は全部あります。僕らの場合は譜面があればその通りに仕上げるわけで、生楽器を一度レコーディングしたものから何かを再構成するということは、基本的にはほとんどないんです。
ausさんは普段の制作時、スコアは書かれるんですか。
aus:僕はまったく書かないです。そういう作り方も今回初めてだったんですよ。自分が最初に(データを)送って、磯田さんのターンで完成している曲もあれば、そこからやりとりを繰り返したものもあるし、奏者の方も交えてスタジオでレコーディングしたものもある。その意味では、今回は3つのプロセスがあります。
ausさんの『Fluctor』にもストリングスなど生楽器が入っていましたが、今回のスタジオでのレコーディングは『Fluctor』の制作と地続きのような感覚だったのでしょうか。
aus:いや、だいぶ違いました。自分の場合、基本的には宅録が多いので、スタジオでも宅録の延長上でやってるんですね。だから、スタジオに入るまでの制作プロセスもまったくわからなくて。今回コラボレーションするにあたって、その辺も含めてやり方を学びたいということは磯田さんにもお伝えしてあったんです。
制作スタイルが違うおふたりだったからこそ、今回のコラボレーションの意義もあるわけですね。
aus:そうですね。
磯田:自分史的にいうと、最初は宅録なわけですよ。僕らの世代の場合、そこから始めて最終目的地としてアビーロード(Abbey Road Studios)でやってみたい、頂点のスタジオで録りたい、そういう夢があったわけです。でも、下の世代はずっと宅録です。現在、有名なスタジオがバッタバッタと閉鎖しつつあるわけですけど、スタジオのノウハウが受け継がれていないんですね。
aus:それはそうですね。
磯田:僕らがやってきたレコーディングの技術や価値観って良いことばかりではないけど、ものすごい蓄積があるわけですよね。一般論として、若いミュージシャンの中にはスタジオ経験がない人もいる。今回のレコーディングにはフルートの木ノ脇道元さんとサックスの大城正司さんに参加してもらいましたが、若い音楽関係者何人かに見学してもらったんです。
なるほど。それは貴重な体験になりますね。
磯田:「僕の世代が死んじゃったらスタジオ技術が受け継がれないな」という危機意識は正直ありました。もちろん宅録をずっと続けてこられて、技術を磨いてきた方もいらっしゃるし、それはそれでありだと思うんだけど、スタジオで受け継がれてきた価値観や技術をそこに混ぜたら、もっとすごいものが生まれると思うんですよね。
なんでもコントロールできてしまう時代だからこそ、衝突の起こる制作プロセスに価値がある
Kankyo RecordsのZINE「hojo」に掲載された磯田さんのインタビューを読むと、アンビエントを取り巻く現状に対して強い危機感を持っていることがわかります。現代音楽としての「作曲」という観点が軽視されていると。
磯田:はっきり言ってしまうと、同じような構造のものが多いと思うんです。メジャー9thのドローンにフェイザーやコーラスがかかっていて、ディープリバーブがかかったアンビエント、みたいなものが。そこに作家性を見出すのは難しい。プラグインを外したら全部同じになってしまうのではないか?と。
aus:あいたた……耳が痛いです(笑)。
磯田:ただ、今ではそういうアンビエントの中にも優れた作家がいることがわかるようになったし、聴き分けられるようになりましたけどね。それでも最初は危機感を持ちました。
ausさんは耳が痛い感じですか(笑)。
aus:自分の場合、プラグインを外したら素っ裸でいるような気分ですよね(笑)。僕も最初から自己流でやってきてしまったので、今回本当に良い勉強になりました。
ausさんはここ数年、さまざまなミュージシャンとコラボレーションしていますよね。長岡亮介さんだったり、琴の奥野楽さんだったり、イギリスのハンブル・ビー(The Humble Bee)だったり。コラボレーションという制作スタイルに可能性を見い出しているということなのでしょうか。
aus:それはすごくあります。宅録の場合、全部自分がやりたいようにできるけど、外部のものを入れると自分ひとりではコントロールできなくなるわけですよね。たとえば「こう弾いてください」と指定しても、完全にその通りにはならない。でも、制御できない部分が逆に自分の音楽をもっと広げてくれるということに気づけたんです。
楽器の扱いや編集における自分の能力を超えた発想は、一人ではどうしても浮かびにくい。もちろん琴は弾けないですし、ギターも弾けないので。
磯田:これまでの作品で結構ギター弾いてるじゃないですか。知ってるぞ(笑)。
磯田さんはこれまでコラボレーションに対してはどのような意識で臨んできたのでしょうか。
磯田:僕はこれまでクラシックや沖縄のミュージシャンと一緒にアルバムを作ったことがあるんですが、まったくコントロールできないんですね。たとえば嘉手苅林昌*さんとアルバムを作ったことがあるんですけど、90年代当時、沖縄にひとつだけデジタルレコーディングスタジオがあって、そこで録ることになったんです。でも、段取りがぐちゃぐちゃで。林昌さんにはお酒を飲ませちゃダメだよとスタッフに伝え、ホテルにも同宿させたんだけど、朝目が覚めたら冷蔵庫の中のものが空っぽになっていた(笑)。
まったくコントロールできないわけですね。
磯田:そうです、不可能なんです。でも、コントロールできないところから何を作り出せるのか、むしろそこが大事なんですよ。もちろん自分が納得するところまで持っていくんだけども、完全な予定調和に落とし込むことは誰にもできない。だからこそおもしろいんです。
なるほど。
磯田:他者を完全にコントロールしたり、支配することは誰にもできないと思います。他者の感性をこちらに向けるというのは不可能なことです。軋轢とかいろんなことがありながらも、最終的な目的地は大枠ではみんな同じなわけで、その大枠のところでどんな音が出てくるのか。そこを聞くのが一番楽しいと思うんですよ。
風呂敷を広げすぎかもしれないですけど、「コントロールできない他者とどう音を紡いでいくか」という視点は、「他者と関わりながら、どのように理想の社会を作っていくか」という問いとも通じる気がしますね。
磯田:そう思います。今回のコラボレーションだって僕が迷惑をかけて彼を困惑させたこともあるし、やり方がわからなくて僕が鬱になったり、いろんなことがあったんですよ。今の優しい世代はそういう葛藤自体を敬遠しているところもあるけど、ぶつかったりしながらやりとりするなかで、最終的にどんなものが生まれてくるのか見るのはとても大事なことだと思います。
aus:とはいえ、音楽を作るプロセス自体はすごくスムーズでしたよね。今回は両者の名義で出してるので、自分ひとりに100パーセントの責任がないとも言えるんです。だから自由にやりたい放題やれた面もあって。
共同名義だからこそ、普段以上に自由にできるわけですね。
aus:そうですね。普段の自分の作品だったらやらないような表現にもトライできました。
磯田:それはお互いにそうだよね。よき無責任ではあったと思います。
それでも作品が成立したというのは、根本的な音楽観と世界観のズレがなかったということですよね。音楽に対する意識は違うけども、根本的な美的感覚は共有されていたという。
aus:OSCILATION CIRCUITの作品が好きだったのは、そこが一緒だったからかもしれないですね。磯田さんが制作のなかで出されたもので違和感を持ったものがまったくなかったんです。
*嘉手苅林昌(かでかる りんしょう):戦後の沖縄民謡界を代表する唄者。磯田は嘉手苅林昌と普久原恒勇の共演作『The Last Session』(1996年)をプロデュースしている。なお、沖縄の大作曲家・プロデューサーである普久原と磯田の縁は深く、普久原の公演『民族音楽 史曲・尚円』の音楽監督を務めたほか(のちにCD化)、普久原の自叙伝『芭蕉布 普久原恒勇が語る沖縄・島の音と光』の執筆も手がけている。
異なるイメージの交差点に浮かぶサウンド
今回のアルバムは音数が少なくてシンプルに作られていますよね。言い方を変えると、音の狭間や無音部分も大事にされている。そのあたりについておふたりが意識していたことはあったのでしょうか。
磯田:それは多分ね、彼が僕に送ってくれた最初のモチーフに内包されていたと思います。間がないってことは音楽として非常にヤバいことだと思うんですよ。それって生理として大丈夫なんだろうかと。僕自身、そこはかなり意識しています。
今回のアルバムに入っている「Palinode」という曲は、彼がピアノを弾いて伴奏を送ってくれたんですね。そのままやったらフランス現代音楽の作曲家の作品になっちゃうような良い曲で。音を書き足してみたりはしたんだけど、結局不要だった。
「Palinode」はausさんのピアノと大城正司さんのソプラノ・サクソフォンだけで構成されていますね。
磯田:そうですね。この曲に何が必要だったかと言えば、それはもう演奏家の感性。この曲で大城さんはすごい演奏をしてると思うんですよ。クラシックの曲として出たとしても大絶賛されるようなレベルの演奏をしている。ここに何かを入れるとしても余分でしかないんです。
今回のジャケットは磯田さんが撮影された写真が使われていますが、どちらで撮影されたものなのでしょうか。
磯田:沖縄の慶留間島という島の橋の上から撮影してますね。
1曲目の「Valleria」には波の音も入っていますね。
磯田:水や海のイメージは彼から出てきたものなんですよ。
aus:僕は都心に住んでいるので、島と聞くとリゾート的なイメージを持つんですけど、磯田さんは八丈島で生活されているので、島に対してそうしたイメージを持っていないと思うんですね。自分が島や海に求める理想化されたものと、実際にそこで生活されている方から出てくるものの違いを表現できたらと考えていました。
磯田:僕の仕事部屋からは太平洋がどーんと見えてるんですよ。今の時期はクジラが泳いでいるのが見えるし、カミさんとも「今日は風が強いから海鳴りが大きいね」なんて話をする。八丈島にいるとそうした環境が当たり前になってくるんです。
そういう環境だからこそ生まれてくるメロディーや感覚もあるのでしょうか。
磯田:それは自分ではちょっとわからない。何曲かはそうだろうなっていうモチーフもあるんだけど、そこはあえて意識しないようにしています。島に住んでるんだから、それは何か出てくるよっていう考え方です。
aus:たぶん聞こえないと思いますけど、2曲目の「Autumn Has Broken」には海の音も入っているんですよ。他にもフィールドレコーディングの音は入ってるんですけど、かなり加工されているので何の音かわからなくなっていると思います。
磯田:そこは彼の才能ですよね。技術と感性のバランスがすごくいいんです。僕はシンセサイザーを使ってトラックを仕上げるノウハウが何もないので、教えてもらった部分も多いんです。
今後、このコラボレーションはどのように発展していくのでしょうか。
磯田:実はアウトテイクが何曲もあるんですよ。どうなるかわかんないけどね。
aus:今回は自分が発信したモチーフから作った曲が多いんですけど、磯田さんからしっかり作っていただいたものもあるんです。今回のアルバムの流れには入らなくて外れたけど、そういう曲を今後発展させていく可能性はまだまだあると思います。
磯田:今回のアルバムに対してどういう反応がくるのかわからないけど、全然心配してないんですよ。いいアルバムだなと思っているので、そこは珍しく不安がない。
磯田:最後にひとつだけバラしていい? 僕が全曲のメロディーを書いていると思われる方もいるかもしれないけど、最後の「All Bound Up Together」は彼がフルートの旋律を書いたんです。あのメロディーはシンプルで素晴らしいので、そのままフルートの三重奏にさせてもらいました。世の中ちょっときな臭いんで、最後は幸せなサウンドで終わりたかったんです。
磯田健一郎
1962年生まれ。84年『オシレーション・サーキット』をリリース。以後音楽プロデューサーとして芸術祭賞作品『黛敏郎作品集』など現代音楽のほか嘉手苅林昌ら沖縄の音楽家のアルバムを制作。アポロン/バンダイからはニューエイジアルバム計八枚をリリース。アコースティック・ユニット「といぼっくす」として細野晴臣をゲストに『アコースティックYMO』を完成させた。映画では『ナビィの恋』『ホテル・ハイビスカス』で毎日映画コンクール音楽賞を二度受賞。主な著書に『近代・現代フランス音楽入門』、『芭蕉布』『沖縄、シマで音楽映画』など。
aus
10代の頃から実験映像作品の音楽を手がけ、NYのインディーズ・レーベルよりデビュー。長らく自身の音楽活動を休止していたが、2023年に15年ぶりのニューアルバム「Everis」を発表後はコンスタントにリリースを重ねる。Ulla、Hinako Omoriとの「Ceremony」(東京国立博物館茶室・庭園)、Li Yileiとの「音形物像 – 詩聲茶會」、群馬・伊香保温泉での「いかほサラウンディング」などのインスタレーションや、Matthew Herbert、Craig Armstrong、Seahawksへのリミックス提供など、復帰後は精力的に活動。最新作はEM RECORDSよりリリースした「Eau」。
aus isoda『INTERWOVEN』
Photos:Tomohiro Takeshita
Words:Hajime Oishi
Edit:Kunihiro Miki