今から100年ほど前に発明されたいわゆる”電蓄”こと電気蓄音機は、その後の音楽再生を一変させてしまいました。 それはBluetoothでスマホからイヤホンへ音楽を飛ばして楽しんでいる、現代の音楽ファンへと直接つながった1本の道といってよいでしょう。

電気蓄音機が登場するレコードの歴史はこちらから:レコードの歴史 #2 〜真空管の力で進歩する録音〜

ならば、電気が導入される前のアコースティックな蓄音機は、もはや顧みる必要がないものなのでしょうか?いえいえ、そんなことはありません。 今も多くの人が取り組んでいる素晴らしき趣味、アコースティック蓄音機(以下・蓄音機)の世界について、オーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきました。

それは、針先とレコードの寿命の問題でした。

蓄音機といっても、取っ手のついた小さな箱型で持ち運びできるものから、やや小ぶりな戸棚くらいある据え置き型、果ては差し渡し1m近くありそうなラッパを備えた巨大な製品まで、大変な種類のものが現代に残されています。 発音体は多くがラッパ型ですが、それらが箱の中へ収められていて見た目には分からないものもありますし、また360度広げた扇子のような、ギザギザの振動板を震わせるタイプの個体も存在します。

円盤好子とさぶろう先生のプロフィール
扇子のような振動板が特徴的な蓄音機、ルミエ。
扇子のような振動板が特徴的な蓄音機、ルミエ。

蓄音機はSP盤に鉄製の針を落とし、溝を引っかいて針先を振動させます。 それがサウンドボックスと呼ばれているところへ伝わり、そこのダイヤフラム(これも振動板)を震わせて、その振動がホーンへ向かって伝えられていきます。 そしてホーンで音量が上げられ、私たちの耳へ届くという再生原理になっています。

蓄音機で再生するSPの音楽は、かけるレコードにもよりますが、今聴いても力強く生々しいと感じさせるものが結構あります。 それではなぜ、電蓄の登場に伴ってあっけなく蓄音機は滅びてしまったのでしょうか。

それは、針先とレコードの寿命の問題でした。 蓄音機は鉄針をSP盤へ落として再生するわけですが、針先には100gを超える針圧がかけられています。 現代のカートリッジでは1.5~4g程度ですから、もうまるで比較になりません。 それで、鉄針はレコード片面を再生したら取り換えねばならず、レコードもそんな目方がかかってはたまったものではありません。 そう何回もかけないうちに音溝がすり減って、音質が大きく劣化してしまっていたのです。

鉄針の先端、使用前。
鉄針の先端、使用前。
使用後。 溝の形に削れてしまっている。
使用後。 溝の形に削れてしまっている。

鉄針はそれでもまだいくつかの社から供給されていますが、現代の蓄音機道楽で困るのはSPレコードです。 探して探してやっと見つけた宝石のようなレコードが、ほんの何回かかけたら音が悪くなってしまった…これでは泣くに泣けません。

私がまだ雑誌の編集者として勤めていた頃、親しくお付き合いさせていただいていたオーディオ評論家の故・篠田寛一(しのだ・ひろかず)さんは、SP時代からCD時代へ至る膨大な歌謡曲コレクションを所有されており、私は打ち合わせと称しては篠田さんのご自宅へ押しかけ、電気再生とアコースティックでよくSPを聴かせてもらったものでした。

篠田さんは、同じSP盤を何枚も所有されていることが多く、その中で鉄針を落とす盤は別に分けておられました。 おそらく、新品同様の盤は針圧の軽い電気再生で聴き、盤質の保全を図られていたのでしょう。 それでも、篠田さんが愛用されていた蓄音機「ビクトローラ・クレデンザ」からは、半世紀以上の時を経て、歌手が現場で歌っている熱気を感じさせる歌を聴かせてくれたものです。

円盤好子とさぶろう先生のプロフィール
オーディオテクニカ所蔵蓄音機 : ビクター・ビクトローラ・クレデンザ(米国)
オーディオテクニカ所蔵蓄音機 : ビクター・ビクトローラ・クレデンザ(米国)

余談ですが、このクレデンザという蓄音機は、電気再生が既に普及を始めていた時代に開発された製品です。 電蓄の開発を進めていたエンジニアがどうやっても満足する音の製品を仕上げることができず、改めてアコースティックへ取り組んだ「最後の蓄音機」というべき存在で、「蓄音機の王様」とも呼ばれます。 昭和初期の日本では、「豪邸が建つ」くらいのお値段だったとか。

蓄音機の世界を体験できる場所

こんな世界ですから、「あなたも気軽に蓄音機の世界へどうぞ」ということはちょっと難しいものですが、それでも今なお多くの人の胸を打つ蓄音機の世界を体験できる場所はいろいろあります。

福井県の県立こども歴史文化館は、小〜中学生が対象ですが、月に1回「これき蓄音機コンサート」を開催しています。 SPレコードの音に触れることができるのはもちろん、レコードの歴史や蓄音機の構造・仕組みなども学べる、素晴らしいイベントです。

これき蓄音機コンサートの様子
これき蓄音機コンサートの様子。

同館に所蔵されている蓄音機は、エジソン型も含めて約130台、その大半はしっかりと整備されて、音楽を再生することができるコンディションだそうです。 実はこれらの蓄音機は、オーディオテクニカの創業者・松下秀雄さんのコレクションが寄贈されたものなんですよ。

ほかにも、有名なところでは北海道新冠町にあるレ・コード館が、蓄音機時代からのレコードと再生機器の展示や実演などを行っています。 他にも公と民間を併せ、いろいろなところで蓄音機を聴くことができるようです。 皆さんの地元でも、探してみてはいかがですか。

Words:Akira Sumiyama