人間交差点であるバー。一杯のお酒から始まるその日の物語は、たいてい人間くさくていい。そしてそこにいい音楽が流れていれば、尚更その日が特別になる。そんなお酒好きと音楽好きな客人たちが繰り広げる光景を、バーテンダーの人たちはいくつも観てきている。レコードとお酒、そこにまつわる思い出に残る話。今回は、東京・青山にあるレコードバー『INC COCKTAILS』のバーテンダーであり、店長を務める森岡賢二さんに話を聞いてみました。

音楽を心底から楽しむには、曲そのもの良さはもちろんだけど、それを聴く環境によっても大きく関わってくる。中でもアナログレコードを聴くときに、その音を美しく鳴らしてくれる音響システムが備わっていたら、こんなに嬉しいことはない。1950年~1970年代の、アナログレコードを取り揃えるバー『INC COCKTAILS』…。ここには、1968年製の『ALTEC 612A』のスピーカーが置いてあり、レコード盤を固定させる『Audio-Technica』のディスクスタビライザーが乗った『Garrard401』のターンテーブルと、ロータリーミキサーの『UREI』のミキサーを通じて、レコードの音は『ALTEC』のスピーカーを通じて極上の音となって空間に鳴り響く。

「若い頃からレコードばかり触ってきているので、お酒を作りながらレコードをかけているというスタイルは、必然的ですね」と、森岡さんは生粋のアナログレコード好きである。

レコードとお酒 & バーテンダーのいい話:Vol.1 森岡賢二_INC COCKTAILS

アナログレコードを鳴らすALTECのスピーカー

「高校生の頃にヒップホップを好きになって、レコードを買いに渋谷や原宿へ行くようになったんです。初めて買ったレコード は、NASの『STREET DREAMS』。2枚買って、家でDJの練習をしたりしていました。そして2004年に六本木にあったヒップホップのクラブNUTSで働きはじめたんです」

渋谷・宇田川町がレコードの聖地と呼ばれるようになった90年代後半、音楽好きであったことから、森岡さんは『NUTS』、『ROOTS N』といったクラブでバーテンダーとして働き、さらに音楽へのめり込んでいった。そして気づきはじめたことが、レコードとお酒の関係。

「いろいろな人たちから音楽を教わるようになって、ヒップホップの曲のサンプリングネタなどを掘るようになっていったら、そちらの音楽の方がお酒に合うということに気づきはじめたんです」

その後、現在の会社のオーナーとともに、神戸にてバー『SHEEP79』をオープン。しかし高架下にあったその店は、隣の店が出した火災の煽りを受け、やむ得なくクローズ。場所を変えて、2013年に『INC COCKTAILS』の前身となる『BAR Inc』を神戸・三宮にオープンし再スタートさせた。そのときに購入したのが、2人が憧れていた『ALTEC』のスピーカー。購入する際に相談をしたのは、『ALTEC』をすでに所有していたクロージングブランド『WACKO MARIA』デザイナーの森敦彦氏だった。

「僕は、森さんがやっていたROCK STEADYというバーに遊びに行っていたんですけど、ある日森さんがALTECのスピーカーで、大音量でブルースをかけたことがありまして。僕が20歳くらいの頃だったと思うんですけど、それが衝撃的で、そのときに“いつか必ずALTECのセットを買おう”と心に決めたんです。それで買えるようになったタイミングで、森さんが購入している方をご紹介いただきました」

レコードとお酒 & バーテンダーのいい話:Vol.1 森岡賢二_INC COCKTAILS

身体で感じる美味しいお酒といい音楽

購入した『ALTEC』のスピーカーは、『BAR Inc』で使用された後に、『INC COCKTAILS』がオープンすることが決まったと同時に、東京・青山の店へやってきた。平日は店による選曲で、週末は独自の視点でアナログレコードを掘り続けるDJたちが選曲し、いい音で曲を聴かせてくれている。
「オルガンの音とか、綺麗になるんですよ。店ができる前にDJ KENSEIさんと(現在、月1レギュラーでDJ)話をしていたときに、“ここはジミー・スミスだね”とおっしゃったんですが、まさにそうですね。KENSEIさんは、お酒を作っているバーカウンターから聴こえる水の音や、氷の音さえも、音楽と一緒に綺麗に操作できたらと言ってくれています」
レコードバーのもうひとつの魅力が、お酒。季節ごとのメニュー提供している『INC COCKTAILS』で、森岡さんは常に新しい視点で、オリジナルのカクテルを思案している。
「カクテルを作っていると、美味しいお酒というものが身体に体感してくるんです。この音楽に合う酒はこれだろうとか、暖かい国で作られたお酒は、ゆっくり身体を横に揺らしてくれるからいいなとか、ウィスキーだとアメリカ東海岸の地下の煙たい中でジャズプレイヤーが思い切り吹いているイメージだなとか。バーボンなんかは本当ブルースですね。そんな感覚を元に、音楽を聴きながら新しいカクテルのメニューを考えることもあります」

レコードとお酒 & バーテンダーのいい話:Vol.1 森岡賢二_INC COCKTAILS

マイルス・デイビスと“マフィア”

音楽が好きで、お酒を作ることが好きで、バーテンダー歴17年を迎えた森岡さん。アナログレコードとお酒の印象深い思い出を教えてもらった。

「WACKO MARIAに、武田将吾さんという方がいらっしゃったんですけど、僕が若いときから弟のように可愛がってもらっていたんです。僕が関西のバーにいた頃は、武田さんが出張で関西に来られたときにバーに飲みにきてくれることもありまして。武田さんはカンパリが好きだったんですけど、毎回僕のところにやってくると、“何かカンパリでお酒作れ! ”と言って、それで僕はカンパリでお酒を作っていたんです。そんなある日、“オマエが作るカンパリのカクテルは“マフィア”って名前にしてやる”と言われまして(笑)。それからは僕やマネージャーに注文するときは“マフィアをくれ! ”と言われるんですけど、僕たちは“マフィア”と言われたら、カンパリで何かを作らないといけなく、僕はネグローニを作っていたんです」

「武田さんが亡くなる1週間前も、神戸に出張で来た際に店にいらしていただきました。僕はそのときに神戸と大阪でお店を両方行き来していたんですけど、その日、神戸にスタッフがいないからと、たまたま僕が神戸のシフトに入ったんです。そうしたら、いきなり武田さんが現れて“マフィアをくれ! ”と。だけどそのときは、身体の具合が悪いとのことだったのでアルコールを抜きにして、カンパリは赤いので、赤いグレナデンを入れて出したんです。そのときに“このマフィア、美味いな! ”と言って、何故かわからないんですけど、“このレコード、オマエが持ってろ”とレコードを渡されまして」

レコードとお酒 & バーテンダーのいい話:Vol.1 森岡賢二_INC COCKTAILS

「それがマイルス・デイビス・クインテット『Steamin’ with the Miles Davis Quintet』のレコードでした。僕が前からマイルス・デイビスの話をしていたからか、“買ったぞ! ”と写真が送られてきてきたことがあって、そのレコードを持ってきて“オマエにやるわ”と。その日は、僕が店でかけていたレコードも気に入ったようで、“このレコード買って帰る”と言って店を出ていかれたんですけど、それが、僕が武田さんの姿を観た最後でした」

森岡賢二_Kenji Morioka

レコードとお酒 & バーテンダーのいい話:Vol.1 森岡賢二_INC COCKTAILS

1979年生まれ。埼玉県出身。ヒップホップが好きで、2004年よりクラブ六本木NUTSにてバーテンダーとして働きはじめる。NUTSクローズ後は、その後にできたROOTS Nにて引き続き勤務。2008年に神戸へ移住し、アナログレコード・バーSHEEP79を経て、BAR Incを運営。2016年に大阪にてINC&SONSをスタートし、 2018年には東京・青山にてINC COCKTAILSをスタート。現在はINC COCKTAILSの店長及び、バーテンダーとして活躍中。

Miles Davis Quintet

『Steamin’ with the Miles Davis Quintet』(1961年)

レコードとお酒 & バーテンダーのいい話:Vol.1 森岡賢二_INC COCKTAILS

1956年に録音され、1961年にリリースされたマイルス・デイヴィス・クインテットのスタジオアルバム。バンドにジョン・コルトレーン、レッド・ガーランド、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズが参加。繊細さと強さ、そしてグルーヴ感のある立体的なサウンドが魅力。

ネグローニ

レコードとお酒 & バーテンダーのいい話:Vol.1 森岡賢二_INC COCKTAILS
カンパリ、ベルモット、ドライジンを合わせた、全体的にまろやかな甘みの中に、ぐっと苦味を感じるイタリアの定番カクテル。ショートグラスに四角い氷をひとつ、カンパリの赤い色がバーの明かりに映える見栄えよしのお酒だ。

INC COCKTAILS

住所:東京都渋谷区渋谷1-5-6 ラ・コリーナ渋谷 B1F

レコードとお酒 & バーテンダーのいい話:Vol.1 森岡賢二_INC COCKTAILS

TEL:03-6805-1774

営業時間:19:00~3:00(2:30ラストオーダー)/緊急事態宣言中は、16:00~20:00

休日:なし

HP

Words:吉岡加奈
Photos:四十物義輝