カバー曲とは、過去にリリースされたオリジナルの楽曲を、同じ歌詞、同じ曲の構成のまま別のアーティストが演奏、歌唱、編曲をして録音された楽曲のこと。歌い手や演奏が変わることでオリジナルとは違った解釈が生まれ、聴き手にその曲の新たな一面を届けてくれます。ここではジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、曲の背景やミュージシャン間のリスペクトの様子など、カバー曲の魅力を解説していただきます。

マーヴィン・ゲイの「What’s Going on」

1971年に発表されたマーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)の「What’s Going on」は、まず最初にシングル盤が1月にリリースされ、同年5月発売の同名アルバムに収録された。このR&B/ソウルの名曲は、全米チャート(Billboard Hot 100)で3週に渡り2位、R&Bシングルチャートで5週に渡り1位を獲得し、大ヒットを記録した。米ローリング・ストーン誌が選ぶ2020年版オールタイム・ベストアルバム500(The 500 Greatest Albums of All Time)では、ビートルズ(The Beatles)やボブ・ディラン(Bob Dylan)等の名立たるアーティストやアルバムを抑えて1位に選ばれている。作詞・作曲はマーヴィンの他、Motown Records社員のアル・クリーヴランド(Al Cleveland)、フォー・トップス(Four Tops)メンバーのレナルド・ベンソン(Renaldo Benson)の2人の共作者が名を連ねる。

マーヴィン・ゲイの「What's Going on」

曲の誕生の背景には、当時の社会情勢が影を落としている。黒人に対する人種差別(公民権運動)と、泥沼化していたベトナム戦争である。そうした「プロテストソング」の一面を内包していたため、Motown Recordsの社長ベリー・ゴーディ(Berry Gordy)は当初シングルカットを渋ったとされるが、結果的に初回プレスは瞬く間に売り切れたという。

「What’s Going on」は、知人に会った際に、「ヘイ、元気かい?」という挨拶代わりに使われるフレーズだが、この曲中では「何が起こっているのか?」とリスナーに問い掛ける。さらにはプロテスト的な意味合い(戦争は答えではない、抗議の列、抗議の看板、etc…)も込められている。ジェームス・ジェマーソン(James Jamerson)のベースとコンガによるしなやかなリズム、ゴージャスなストリングス、さらにマーヴィンの柔らかなコーラスなども相まって、甘美なバラードに聴こえるが、実は強烈な反戦歌、社会運動のメッセージが刷り込まれているのだ。

シンディ・ローパーの「What’s Going on」

発売からしばらくは社会的メッセージから多くのアーティストにカバーされた「What’s Going on」。オリジナルの発売直後には、ダニー・ハサウェイ(Donny Hathaway)やクインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)がアルバム内で早速とり上げた。一方日本では、オフコースや弘田三枝子がカバーしている。同曲は後にエイズ撲滅のためのチャリティーソングとして歌い継がれ、現在に至る。

そうした中で出色なのが、シンディ・ローパー(Cyndi Lauper)が1987年にシングルリリースしたカバー演奏だ。同年の全米チャートで最高12位を記録。同曲が収録された前年発表アルバム『True Colors』も大ヒットした。

シンディ・ローパーの「What's Going on」

原曲の普遍的なメロディーを継承しながら、シンフォニックなシンセサイザーのイントロや、シンドラムによる力強いリズムなど、この時代ならではのアレンジがユニーク。編曲は当時キング・クリムゾン(King Crimson)に在籍していたエイドリアン・ブリュー(Adrian Belew)が担った(同楽曲内でギターもプレイしている)。機関銃の乱射から始まる冒頭のエフェクトの演出は、原曲に込められた反戦歌の意図に敬意を表したものなのだろうか。

Words:Yoshio Obara

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