少年ジャンプ+で連載中の『ふつうの軽音部』は、ナンバーガールや銀杏BOYZといった少し渋めの邦ロックを愛する女子高生・鳩野ちひろを主人公にした音楽漫画。リアルな選曲とバンド描写が共感を呼び、ファンを公言するミュージシャンも多い、音楽好き必読の話題作となっている。
原作を手がけるクワハリ氏自身もまた、生粋の音楽好き。中学時代にロックに目覚め、大学ではバンドを結成し、さらには高校の軽音部顧問を務めた経験も持つ。人生のどの場面にもいつも音楽があったという彼の軌跡。創作の源にもなっているロック愛に迫った。
椎名林檎を聴き、初めて邦ロックに衝撃を受けた
これまでどんな音楽に触れてきたのか、音楽遍歴から教えてください。
初めて音楽に興味を持ったのは、J-POP好きの兄の影響でした。その後、中学の頃にはラルク(L’Arc〜en〜Ciel)とかイエモン(THE YELLOW MONKEY)とか、1990年代末〜2000年代前半にヒットしていた音楽や、兄も聴かないようなBLANKEY JET CITYなんかにもハマっていきました。
1986年生まれのもうすぐ40歳とのことですが、当時はCDを買って聴くことが多かったですか?
すべて買うと高いので、レンタルCDショップで借りてMDに録音して聴いたりもしていました。学校にはあまり音楽の趣味が合う人がいなかったので、ひとりで楽しむことが多かったです。
そんな中で、初めてご自分で買ったCDは?
椎名林檎の「本能」です。中学時代、椎名林檎に関してはかなりハマっていて。結構ヤバいファンだったと思います。当時通っていた中学では、先生に1日の生活の記録を書いて提出しなければならなかったんです。そこにまったく学校生活と関係のない椎名林檎のことを書いたりしていました。
先生も戸惑われたでしょうね(笑)。そこまで夢中になった理由は?
やっぱり声がすごく独特に聞こえて、「お、なんだこれは!」っていう感じでした。人生で初めて邦ロックに衝撃を受けたのも椎名林檎だと思います。
そこから「ROCKIN’ON JAPAN」を読んでみたり、椎名林檎が影響を受けたというBLANKEY JET CITYや、レディオヘッド(Radiohead)を聴いてみたりもしました。特に好きな曲は「正しい街」です。
先ほど挙げていただいたバンドの、特に好きな曲も知りたいです。
ラルクだったら「winter fall」がめちゃくちゃ好きです。甘美な世界観でメロディーが綺麗。まあラルクは全部綺麗なんですけども。歌詞も含めてとにかく美しいと思います。
イエモンも好きな曲がたくさんあるんですけど、特に好きなのは「バラ色の日々」。イエモンは甘美な世界観が魅力ですが、後期になるにつれて、日常でみんなが考えているようなことが割といい感じにミックスされていった気がして。歌詞を含めて好きですね。
ブランキーに関しては「ディズニーランドへ」っていう曲が好きです。初期のアルバムに入ってる曲で、ノイローゼになった友達からディズニーランドに誘われたけど、彼と一緒にいるのが恥ずかしいから行きたくないと歌っている歌詞で。とにかく「こんな曲聴いたことない!」と衝撃を受けました。
モテない男性の等身大の感情に刺激を受けた
ちなみに『ふつうの軽音部』の要所に銀杏BOYZが登場しますが、クワハリ先生が初めて銀杏BOYZを聴いたのは?
高校のときです。それまでバンドといえばラルクとかイエモンとかブランキーとか、割とかっこいい、自分とはかけ離れた世界観を持っているバンドばっかり聴いていたんです。
ところが高校のときにインディーズのパンクやメロコアブームがきたんです。それまでインディーズのパンクってちょっと怖いイメージがあったんですけど、銀杏BOYZの前身のバンドであるゴイステ(GOING STEADY)を聴き始めたら、メロディーがめちゃくちゃ綺麗で聴きやすくて。そこで一気にハマりました。
今まで僕が聴いてたバンドとは違って、モテない男性の等身大の感情みたいなのが歌詞になっていて。そこで影響を受けたっていうのはありますね。自分の音楽の引き出しに、等身大の青春パンクが加わりました。「BABY BABY」は、今でもずっと好きで聴いています。
『ふつうの軽音部』では、取り上げる楽曲の歌詞とキャラクターの心情がリンクする場面が多く登場します。クワハリ先生自身も、音楽を聴くときにメロディーより歌詞に惹かれる方なのかと勝手に想像していました。
実はそういうわけでもないです。結構メロディーから好きになるタイプで、ずっと聴いている曲でも、何十回目ぐらいで、「あ、こういうこと歌ってたんだ」と気づくこともありますね。
漫画には過去の名曲だけでなく、現在の人気アーティストの楽曲まで本当に幅広く登場します。これは意図されていることなのでしょうか?
はい。なるべく幅広い年代の楽曲を漫画で使わせてもらいたいと思っていて。僕が好きなものばかりなので狭くはあるんですけど、その中でもジャンルが偏らないようにはしています。
僕自身ナンバーガールも好きだし、Mrs. GREEN APPLEも好きです。若いバンドだとPEOPLE 1とかreGretGirl、作中で使わせていただいたサバシスターとか、ポップしなないでとかも好きです。ロック全体を推したいという気持ちがあるので、幅広いバンドを登場させています。
主人公の鳩野は、父親の影響で過去のロックが好きな設定です。
そのインパクトが強いので、「往年のロックファンが描いた古いロックが登場する漫画」っていう風に思われる可能性もあるんですよね。でも僕の好みとしては別にそういうわけではない。
「昔のロックのみが至高」みたいな考えはあまりなくて、世代で分けなくてもいいんじゃないかなと。90年代に発表された曲でも、最近発表された曲でも、同じように聴けばいいじゃないかと思っています。
椎名林檎の影響でレディオヘッドを聴いていた時期もあるそうですが、洋楽に関しては?
実は大学生のとき、洋楽に結構ハマっていたこともあるんです。2000年代前半だったんですけど、ロックンロール・リバイバルが起きてUK ロックが流行ったんです。その頃にレディオヘッドとかフランツ・フェルディナンド(Franz Ferdinand)とか、UKじゃないけどストロークス(The Strokes)、グリーン・デイ(Green Day)、レッチリ(Red Hot Chilli Peppers)とかをめちゃめちゃ聴いてましたね。今も昔の洋楽はたまに聴きますが、若いロックバンドはあまり追えていません。
高校時代にはエミネム(Eminem)を聴いていたこともあったとか?
あ、そうですね。ヒップホップをまったく聴かないわけじゃないんです。エミネムを聴いていた時期もあるし、日本だとKICK THE CAN CREWとかも好きでした。ヒップホップは歌詞がやっぱりおもしろいんで。ただ、ジャンルとして全然詳しくはありません。
大学時代、「プロになれるかも」と一瞬思った
大学時代にバンドを組んでいたお話も詳しく教えてください。
大学1年生のときに、たまたま同じクラスにいた奴が自分で曲を作っていて。「バンドを組むつもりでいる」と聞いたので入れてもらいました。
編成は4人だったり3人だったりしましたが、最終的にはボーカル、ベース、ギターのスリーピースに。僕はベースを初心者からはじめました。
当時はどんな楽曲を演奏されていたんですか?
曲を作っているボーカルの友達がUKロック好きだったので、全部英語の歌詞のオリジナル。UKのガレージロックっぽい曲を演奏していましたね。
バンド名はLook Backs。ボーカルの奴がつけたんですけど、多分、オアシス(Oasis)の「Don`t Look Back In Anger」から取ったんだと思います。
初めて人前で演奏したときのことを覚えてますか?
あーもうめっちゃ緊張しましたね。結成して 1年も経たないうちにライブハウスで演奏したんですけど、めっちゃくちゃミスって。「なんか厳しいな…」って感じでした(笑)。
そのバンドは2〜3年続けました。ボーカルの奴はプロになりたいと言っていたんですけど、僕は「ちょっと無理」っていうことになって、それで辞めました。実は「こいつについていけば、プロになれるかも」って一瞬思ったこともあったんです。どう考えてもベースが下手すぎたのに(笑)。
大人になってからの音楽との距離感は?
大学を卒業した後も働きながら、違う友達とバンドを組んでいました。全部で4つくらい経験したかな。アジカンとかフジファブリックとか、ほとんど既存の邦ロックのカバーを演奏していました。ベースをやったり、ドラムを担当したことも。ただ僕は本当に楽器の才能がなくて。身体の使い方がすごく下手なので、無駄な力が入ってすごく疲れるんです。いくら練習してもうまくならないのでやめました。
というか、コロナ禍はバンドの練習だけして帰ることが多かったのですが、全然楽しくないんですよ。僕は練習後の打ち上げが楽しみだっただけで、バンドをやりたいわけじゃないんだなと気づいたんです。
とはいえ、約20年バンド活動を経験していたとは!
大学のときは結構みっちりやっていましたが、それ以降は1〜2回しかライブを経験していないし、後半の3〜4年に関しては、月1集まってスタジオで合わせて、その後遊ぶっていうことをやってただけですけどね(笑)。
その経験があるからこそ、『ふつうの軽音部』が生まれたということですよね。
それはあると思いますね。バンドの練習をするときの質感みたいなものは、実際に経験があるからこそ描けること。
軽音部に入部して鳩野が組んだラチッタデッラが、ジャーンと音を出した後に無言になる感じや、ちょっと気まずそうに「じゃあもう一回」みたいな感じはバンドあるあるだと思います。
『ふつうの軽音部』は自分だからこそ描けている
制作中はずっと音楽を聴いているんですか?
聴いていることが多いですね。パソコンやスマホから、7,000円ぐらいのイヤホンで。CDやレコードで聴くほうが豊かだと思いますし、いい音響で聴きたい気持ちもあるんですけど、今はサブスクで聴いています。いろんなアーティストを聴けるのが便利ですね。
漫画を描く際、ストーリーが先なのか、使いたい曲を選曲するのが先なのかも気になります。
ストーリーが先の方が多いです。完全に楽曲から決まることはないかもしれません。
ハロウィンライブのときに鳩野が東京事変の「閃光少女」を歌うんですけど、今を生きるという歌詞なので、自分の青春が終わったと寂しい気持ちになっている先輩のたまきが、曲を聴いて人生の一歩を踏み出す展開にしました。楽曲のおかげでキャラクターの細部が決まることはありますね。
同じくハロウィンライブの最後の曲をどうしようかずっと悩んでいて。いろんなハプニングがありつつも、最後は盛り上がって終わりたいなと思い、GLAYの「誘惑」を選びました。
軽音部を嫌っている吹奏楽部の指川先生がステージで歌うことになる、青春のカタルシスを感じる最高のシーンです。
あれはまさに「誘惑」の楽曲のパワーです。
実際に音を鳴らすことができない漫画表現の中で、音楽を描くこだわりはあるのでしょうか?
僕自身が登場する楽曲を聴きながらネームを描いているので、リズム的にコマの流れと曲がなるべく合うようにしたいなと思っています。全然うまくできないところもあるんですけどね。まだまだ使いたい楽曲のストックはありますし、今後、洋楽も登場する可能性はあると思います。
楽しみです! ちなみに『ふつうの軽音部』の「ふつう」とは?
深い意味もなくつけたんですけど、元々僕は高校の教員の仕事をしていて、軽音部の顧問をしていた時期があったんです。どこの学校の軽音部も大人数だったし、いろんなバンドが結成されたり解散したりしていました。
有象無象があふれていて、大して才能のある奴がいないということが「ふつう」でした。そういうありふれた軽音部の物語を描きたいと思ったんです。
当時の教え子のみなさんから反響は?
がっつり顧問をやっていた高校の生徒たちはもう大人なんですけど、漫画を読んで「めっちゃ昔を思い出した」って言ってくれる子もいます。
ご自身の音楽遍歴を振り返り、改めて感じることはありますか?
我ながら、本当にコアな音楽ファンじゃないなと感じましたね。広く浅く聴いてる人だなって。そこに結構コンプレックスはあったんです。音楽通の人の話に出てくるアーティストの名前を知らないことも多かったですし。若いときから今に至るまで、「有名なバンドしか聴いていないな」という気持ちはずーっとありました。
でも改めて振り返ったときに、ずっとロックを聴き続けてる人っていうのは、実は周りにあんまりいなかったんですよね。
確かに、年齢を重ねると音楽の趣味が変わることもありますし、音楽自体への興味が薄れる人もいると思います。
そう考えると、『ふつうの軽音部』は広く浅く、ずっとロックが好きで聴き続けてきた自分だからこそ描けているのかなとも思うんです。これからも僕が音楽を聴かなくなることはないし、ずっとロックを好きでい続けると思います。
ふつうの軽音部
原作:クワハリ 漫画:出内テツオ
ちょっと渋めの邦ロックを愛する高校1年生・鳩野ちひろが所属する軽音部での日常が繰り広げられる超等身大のむきだし青春&音楽奮闘ドラマ!次にくるマンガ大賞2024 Webマンガ部門 第1位&「このマンガがすごい!2025」オトコ編 第2位&マンガ大賞2025 第3位受賞!
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Words & Edit:Kozue Matsuyama
Photos:Soichi Isida