1969年、野外フェスの原点とも言えるWoodstock Music and Art Festival(ウッドストック・フェスティバル)に端を発し、今や富裕層の遊び場と化したレイブに至るまで。 棲み分けが野外フェス会場でも進んでいる昨今だが、この四半世紀で日本におけるフェス(=フェスティバル)という言葉もいつしか記号化され、黎明期のコア層は大衆化の一途をたどり、どこもかしこも飽和状態。
一方、近年ではたびたびAlways Listeningで触れているFESTIVAL de FRUE(フェスティバル・デ・フルー)のように、音楽ジャンルやアーティストのラインナップに勝るとも劣らず「食」の感度は高まっており、会場でサーブされる食のクオリティがフェスそのものを特色づけているようにも見て取れる。 しかし、音楽とともに食を存分に愉しめる空間が求められるいま、足を運ぶべきは本当にフェス会場だけだろうか。 気心知れた仲間とともに音と食(そして時々、酒)を愉しむ空間さえあればいい。
今回訪れたのは、そう言わんばかりに、90年代後半から日本におけるパーティーシーンを牽引し、いち早く「食」の価値と音楽との相性を見定め、私たちに次の遊び場を提案するかのように山梨県北杜市でクラフトビールを醸造しながらイベントを仕掛けるMANGOSTEEN HOKUTO(マンゴスチン・ホクト)。
ブルワリー、タップルーム、ライブスペースが渾然一体となった複合空間で、それらがもつ可能性を日々追求する齋藤大典さんとヘッドブルワーの栗原稔さんに、音、食、酒が一直線に重なる空間で表現する「一体感」についてお話しを伺った。

MANGOSTEEN HOKUTO

食が広げる音の魅力と一体感。

北杜で飲食店を運営されている齋藤さんのバックグラウンドについて教えてください。

MANGOSTEEN HOKUTOを仕切っている齋藤大典さん(写真右)と栗原稔さん(写真左)。
MANGOSTEEN HOKUTOを仕切っている齋藤大典さん(写真右)と栗原稔さん(写真左)。

齋藤:1996年に西麻布にVITAMIN-Q(バイタミン キュー)というクラブがあって、僕はそこのクルーとして働いていました。 Boredoms(ボアダムス)と仲が良かったりするんで、いろんなオーガナイザーと一緒にパーティーをやったりしていました。 徐々にクラブでのイベントが落ち着いてくると、今度は野外でのパーティーをやりはじめたりと、常に音楽のそばで活動をしていましたね。

キャリアのスタートは音楽だったということですが、いつごろから食に興味をもちはじめたのでしょうか?

齋藤:食に興味をもちはじめたのは、立ち上げメンバーに子どもができたりして、まわりのライフスタイルが変わりはじめたころでした。 いつまでも遊んではいられないぞ、と。 音楽を求めて旅行しながら遊んでいた僕らだったので、いろんな場所でいろんなものを食べていたし、当時はエスニックが流行りはじめていた時期だったので、食が武器になるだろうと、食べることをビジネスに考えはじめ、「MANGOSTEEN CAFE」を仲間と立ち上げました。 音楽だけではなく、そこに食の業態を交差させたのがきっかけで飲食の世界に飛び込むことに。

やっぱり「食」なんだ、と見定めるきっかけになった原体験はありますか?

齋藤:カフェやケータリングなど、業態を変えながら徐々に大きな案件が入ってきたりするようになって、パーティーのコンテンツとしては音楽並みになるんじゃないかと考えるようになったこともありますが、原体験としては、2009年の皆既日食があります。 鹿児島県のトカラ列島にある諏訪之瀬島(すわのせじま)という島で、鹿児島市内からだとフェリーで十時間はかかるような僻地なんですけど、日本で最長の6分間も皆既日食を見ることができる場所で。 70、80年代にヒッピーが移住したりしていて、僕らも似たような生き方をしていたこともあり、そこで皆既日食パーティをやろうということになりました。 ただ、人口40人の島なので、島民と仲良くならないことには実施はないということで、まず、食の文化祭のようなイベントを島民と仲良くなることを目的に何度か実施したんです。 BoredomsのEYE(アイ)さんをDJに招いて音楽をかけながら東京で出しているようなご飯を中心に出したり、逆に島の人たちが山羊汁を振舞ってくれたりなんかして。 食が島民と僕らをつないでくれて、すごく貴重な体験をさせていただきました。

音楽だけでは表現できなかった領域を食がつなぎ、広げてくれたんですね。 音楽と食を中心に据えたイベントはこのころから頻繁にやられていたのでしょうか?

施設に併設されたビール食堂「万珍包」
施設に併設されたビール食堂「万珍包」

齋藤:結局、諏訪之瀬島で皆既日食パーティーは叶わなかったのですが、食があったことで島民との距離感が近くなったし、幸せな雰囲気のなかで一体感が生まれたのは確かだと思います。 音楽もダンスフロアで一体感が生まれるところが真骨頂みたいなところがあるじゃないですか。 食も同じなんですよね。 頭で考えるのではなくて、美味しいとか、楽しいとか、気持ちがいいとか。 そういった直感的な感情を呼び起こすものとして、音楽も食も大事だと気づいたんです。 それで、食と音楽をミックスアップしたMUSICO(ムシコ)というパーティーを、食も音楽も同じぐらいの比重で楽しめるような内容で毎回場所を変えてやっていました。 ところが、そうこうしているうちにコロナがやってきて、その影響でケータリングの企業案件がなくなって、創業以来はじめて暇な状態に。 その時に、国が補助金を出しているのを見つけて、お酒の事業を再構築しようということで、旧友である稔(栗原さん)にヘッドブルワーをお願いして、ビールの醸造をはじめたというのがこの場所をはじめた経緯です。

北杜という場所を選んだのはどうしてですか?

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齋藤:北杜には15年ほど前に妻のお母さんが別荘を建てていたので、ずっと家族で通っていた場所だったんです。 当初はビール工場だけやろうと考えていたのですが、たまたまこの場所を見つけて。 スペースは広いし、ビール工場も作れて、これまでやっていた食も音楽も表現できる。 全然狙ったわけではなかったのですが、偶然条件が重なり、食と音楽のミックスアップパーティーに今度はお酒も加わって。 昨日もちょうどイベントだったんです。 ひたすら無条件に楽しい音、食、酒を追求していたら、ちょうどいい箱が見つかって表現できた。 この場所に巡り会えたのはラッキーでした。

2Fにお隣のGasbon Metabolismさんのスペースも入っていますが、それも偶然ですか?

齋藤:偶然なんです。 彼らが大家さんになるのですが、食と音楽に今度はアートまで入ってきて。

いろんなエネルギーが北杜に集まりつつありますね。

齋藤:もともとGallery Trax(ギャラリートラックス)があったり、二十年以上前から移住している先輩たちがいたりもするのですが、Jim O’rouke(ジム・オルーク)やTerry Riley(テリー・ライリー)、アート関係でも彫刻をやってる方が住んでいたりして。 どうして引き寄せられるのかはわからないですけど、山梨の中でも北杜という場所は特殊なのかもしれません。

施設外に広がる北杜市の田園風景
施設外に広がる北杜市の田園風景

東京と北杜の二拠点生活はいかがですか?

齋藤:二拠点生活を目標にしていたわけではありませんでしたが、結果そうなって美味しいとこ取りみたいな感じです(笑)。 こっちにいるとスペースが広いので、近いものがあまり目に入らないですし、逆に東京にいると、ものとの距離が近すぎてノイズに埋もれてしまう。 ちょうどいいバランスです。 なので、東京に行くときは観光客気分。 住んでいたときとは見方が180度変わりました。

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音楽 × クラフトビール。 「やわらかさ」が持つ拡張性。

この醸造所では、どれくらいの量のクラフトビールを造っていますか?

齋藤:週に1,000ℓぐらい仕込んでいます。 この場所や東京の代沢店で販売しながら、卸しもしています。 これまでに15〜20種類ほど造っていて、定番から限定のフレーバーまで幅広く扱っています。 この間も近所にロサンゼルスから移住してきたアーティストがいて、彼の庭に山のように生えていたミントを使ってみたり、すもも農家さんからすももを買ってみたり。 他にも桃や赤紫蘇など、ヘッドブルワーの稔が日々、実験的に試しています。

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栗原さんは、MANGOSTEEN HOKUTOのヘッドブルワーを務められていますが、齋藤さんとは以前からお知り合いだったそうですね。 そもそも、どうしてクラフトビールの道へ?

栗原:ビール造りの過程を目の当たりにして驚愕したことがあって。 水に魔法をかけるとお酒ができる。 そんな感覚が面白くて醸造の世界に入りました。 そこからはどんどん醸造の魅力にのめり込んでいきました。 以前は、東京の狛江市にある和泉ブルワリーでクラフトビールの醸造をしていたのですが、齋藤さんとは昔から音楽でつながっていて。 「北杜にクラフトビール工場を作る」と声をかけてもらい、ここに来たというわけです。

醸造過程で苦労することも多いのではないでしょうか?

栗原:醸造家たちとの交流から、日々、いろいろな情報を得ながら学ばせてもらっているのですが、音楽のJAMセッションじゃないですけど、穴の埋め合いというか。 お互い知らないことを埋め合ったりして、それで何とか形になっています。 試行錯誤の毎日ではありますけど。

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齋藤:発酵というのは自然なものなので、管理しようと思えばある程度はできるんでしょうけど、待つことの方が多いですし、なかなか思い通りにはいかないこともあって。

ビールの醸造期間はワインや日本酒と比較しても短いですし、表現の自由度も高そうですね。

栗原:そうですね。 だからチャレンジングなこともできるんです。 イベントに向けて限定ビールを仕込むこともできますし、値段も買いやすかったりするので、お客さんも冒険できる。 スタイルもフレーバーも多いので、レンジの広さがビールの魅力でもあります。

昨日はイベントだったそうですが、どのようなパーティーでしたか?

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齋藤:HOKUTO MUSICO(ホクト ムシコ)というイベントで、昨日はOOIOO(オー・オー・アイ・オー・オー)のライブを中心に、OOIOOに合うDJをアサインしたパーティーをしていました。 東京と山梨、半々ぐらいの割合でお客さんが来てくれていました。

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栗原:みんな楽しんでくれていたし、集まってくれた人たちにビールを飲ませてあげれてよかったなと心底思いましたね。 こういう場所でこういう人たちのために造ってあげたかったんだよなって。 イベントって飲んでいる人の顔が見えるから、リアクションが直接返ってくるんですよ。 一人で造っていても考え方って一つしかなかったりするけど、お客さんがアップデートしてくれたりするのが面白くて。 味覚って進化したりするじゃないですか。

味も音楽と同じように答えがないというか、個人によって印象は異なりますし、レンジが広いものですよね。 そういうものを扱っていて一番やりがいを感じるのはどんな場面ですか?

栗原:醸造家って裏方というか、なかなか表には出ない立場だったりするんです。 でも、ここにいればイベント時だけではなく、タップルームで飲んでくれているお客さんの笑顔が見れる。 それが日々のやりがいになっています。

瓶や缶に詰めて送るだけでは、醸造家としての一番の楽しみを味わい尽くせないわけですね。 ところで、最近は何か新しい発見はありましたか?

齋藤:オープニングパーティの前日に仕込んでいたビールがあったのですが、どういうわけか発酵しなくて。 でも、KOM_I(コムアイ)さんたちがライブをしたら、それが数時間後に発酵してくれたんです。 タンクに乗ったりしながらライブしてくれたのですが(笑)、食と音楽、発酵との関わりって思ったより密接なのかもしれない。 音楽が微生物に与える影響って間違いなくあると思った瞬間でした。

MANGOSTEEN HOKUTO
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栗原:あれは本当に不思議でしたよね。 今だに謎です(笑)。 仕込んで24時間後には発酵がはじまるはずなのに、発酵のサインである二酸化炭素の泡が全く出なくて。 すごく気をつけているのでなかなか起きることではないんですが、菌の数が足りなかったのかもしれないから、もう少し待ってみたんです。 でも、一向に発酵しないので諦めかけて廃棄かなというタイミングでたまたまKOM_Iさんのライブがあって。 そのあとで急に目覚めたみたいな感じでした。 むしろ発酵し過ぎて糖分を食べつくしてしまったぐらいで。

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まさに魔法ですね(笑)。 焙煎しているコーヒー豆にクラシック音楽を聴かせる、なんて話を聞いたこともありましたが、ここでも音楽からインスパイアされることは多そうですね。

齋藤:稔はディジュリドゥ奏者だし、バンドをやったりもするから音楽と密接に関わっているし、音の影響は色濃く出ていると思います。 過去にはEYEさんとコラボレーションしたビールを造ったりもしていて。

MANGOSTEEN HOKUTO

栗原:「DAY DREAMING(デイ・ドリーミング)」は、フジロックのDAY DREAMINGエリアに毎年出店するなかでオリジナルビールを造ろうということになり、ひたすら軽くてあっという間にグラスが空になるようなイメージで造った、爽快なミントがふんだんに使われているドイツスタイルのビール。 音楽ではないですが、完全にシチュエーションをイメージしきって造ったのは、「SCHWALTZ(シュワルツ)」。 夏の夜、花火大会のあとに飲むビールをイメージしました。 アイスコーヒーのようなスッキリ飲みやすいラガースタイルの黒ビールです。 「DISKOSICK(ディスコシック)」は、ラベルを見てもらえればわかるのですが、友達のモジュラーシンセの写真を使っていて、病的なほど音楽にのめり込んでしまった人に捧げるディスコでシックな液体ということで名付けました。 ベリー系のアロマが際立ったちょっとモダンなウェストコーストIPAに仕上がってます。

齋藤:実は今、タンクにスピーカーを巻いて、実際にビールに音を聴かせるなんてことをある音響メーカーさんと話しているところなんです。

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そのうち、栗原さんがビールに聴かせる音楽をコントロールする日が来るかもしれませんね(笑)。 ところで、ウェブサイトで “ビールは人と人をつなげる液体” という表現をされていますが、音とビールの共通点は「波及力」。 広がりがあることのような気がします。 人をつなぎとめる、何かやわらかいもの。 この「やわらかさ」がビールの美味しさを担う鍵になる気がしていて。 「あれ、美味しくなってる!」と美味しさをアップデートし続けるテレビCMではなくて、もっと人が纏う環境にこそ美味しさの可能性があるんじゃないかと思っていて。

齋藤:クラフトビールって自由なので、何を作ってもいいんです。 大手のビールは酵母も全部濾過してしまっているので、常温でも保管できるし、どこにでも積めるんですけど、クラフトビールは酵母が生きているので、温度管理が必要になる。 温度が上がれば微生物が活発に動き出すので、それが腐敗でなければ面白いんでしょうけど、生きているものを摂取していることが無意識的に酔いやメンタルに影響しているのかもしれない。 目に見えない作用がまだあるのではないかと思っています。

栗原:ビールっていう液体は、人をつなげる道具みたいなもので。 「何飲んでるの?」って話しかけるところからはじまって、どんどん違う話に発展していく。 音楽も一緒だと思うし、空気を伝ってどんどん遠くに広がるのが音楽で、ビールにもその拡張性がある。 音楽好きな人もビール好きなケースが多いし、親和性もあると思うんです。 一昔前って、ビール好きってギークなイメージがあったけど、今はラベルも含め、アートのような表現もあって。 もっとつながっていくべきですよね。 だから、ビールは飲むアートだし、食は食べるアートだと思っていて。

今後、この場所で表現していきたいことは何ですか?

齋藤:食と音楽と酒を軸とした立体的な表現をやりたいというのは変わりませんし、そのなかでオファーしたいアーティストさんもたくさんいます。 シークレット・パーティーなんかもやりたいですし、この箱の使い方はまだまだ可能性があると思うので。 音、食、酒を立体的に並べながら一体感のある空間を作る。 でも、それを意図的に作り上げるのではなくて、ビールや音楽がもつ「やわらかさ」を借りながら、無意識的に美味しいとか楽しいと思ってもらうことができる空間を目指していければと思っています。

齋藤大典(写真右) 栗原稔(写真左)

齋藤大典

写真右

西麻布のVITAMIN-Qでキャリアをスタート。 クラブカルチャーに端を発し、その後も音楽を軸に野外イベント、カフェの営業を経て、徐々に食へと比重を移す。 2020年には世田谷区代沢に「万珍酒店/MANGOSTEEN」、次いで2023年に山梨県北杜市に「MANGOSTEEN HOKUTO」をオープン。 醸造所「万珍醸造」をはじめ、イベントスペース、タップルーム、ビール食堂が一体となった複合空間を運営する株式会社MANGOSTEENの代表。

栗原稔

写真左

「MANGOSTEEN HOKUTO」に併設された醸造所「万珍醸造」でヘッドブルワーを務める醸造家。 東京の和泉ブルワリーで醸造家としての経験を積み、山梨県北杜市へ移住。 ディジュリドゥ奏者の一面もあり、音楽の影響も多分に受けながら、日々クラフトビールの醸造と研究に勤しんでいる。

MANGOSTEEN HOKUTO

MANGOSTEEN HOKUTO

〒408-0205 山梨県北杜市明野町浅尾新田31−1
0551-45-6773
info@mangosteen.vc
OPEN:11:00〜20:00(定休日:月〜木)

HP

Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)