ピアノやバイオリンなど、木材は楽器によく使われる素材です。 その材質や構造で音色は大きく変化します。 一方、オーディオ装置というとアルミや鉄の筐体を持つというイメージがありますが、特にスピーカーとレコードプレーヤーには、木材が多く使われているのです。 今回は木とオーディオ機器の音質の関係について、オーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきました。

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木材が選ばれる理由

楽器というのは共鳴現象を積極的に生かして音程や音色を作っているのに対し、オーディオは基本的に音源へ入っている音楽信号を可能な限り忠実に再生するのがその使命です。 つまり、物理的な理想をいえば、木材の響きを付加してはならない、ということになりますね。

ならば木材など使わずに、プレーヤーやスピーカーを作ればいいじゃないか。 実際にそういう設計思想の許、金属やカーボンなどで構築されたスピーカーシステムやレコードプレーヤーは存在します。

しかし、それらはなかなか主流になりません。 なぜかといえば、一つにはMDFなどを含む木材が比較的入手しやすく、また加工も容易なことが原因に挙げられます。 また、金属はキンキンと鳴きやすく、それを抑えるのに大きなコストがかかるということも、主流になりにくい要因の一つといってよいでしょう。 カーボンは昔に比べてコストは下がりましたが、それでもまだ高価で量産の難しい素材です。

そういう消極的な要素以外にも、木材には用いられる理由があります。 人類が文明を持ち始めた最初の頃から、木は住宅や家具、食器、カトラリーなどの素材として用いられてきました。 それだからでしょう、木材の手触りや響きは、ヒトにとって心地良く感じられるものとなっています。

レコードプレーヤーに関しては、それほど積極的に木の響きを再生音へ生かす方向性を打ち出した製品は、多くないようです。 一方、スピーカーのキャビネットには、多種多様の木材が用いられ、あるものは僅かに響きを整える程度に生かし、またあるものは積極的に楽器のような響かせ方をしています。

優れた材質を持つ銘木とは、どんな木か?

かつては家具や楽器、彫刻などに、エボニー(黒檀)やローズウッド(紫檀)、マホガニーをはじめとする「銘木」と呼ばれるものがよく使われてきました。 ところが、世界的な乱伐採のため絶滅に瀕する種が多くなってしまい、今ではワシントン条約によって伐採、移動と販売が大きく規制されました。

世界的な乱伐採のため絶滅に瀕する種が多くなってしまい、今ではワシントン条約によって伐採、移動と販売が大きく規制

今でも特にマホガニーは少数のスピーカーで用いられていますが、これはごく少数の植林された材と、条約が発効する前に伐採された在庫の材、または悲しむべきことですが、密伐採によって流通しているものと考えざるを得ません。 名の通ったメーカーの用いる材が密伐採でないことは、間違いないでしょうけれどね。

そんな中で、銘木に次ぐ手触りと響きの良さを持ちながら、しっかりと植林されて継続的な使用が可能となっている木材に、ウォルナット(クルミ)があります。 オーディオの世界では、英国の老舗スピーカー・メーカー、タンノイ社の製品に用いられているのが有名です。 タンノイのスピーカーは、楽器のようにキャビネットを美しく鳴らすタイプといってよく、それにはやはりウォルナットのような質の良い板材が必要になるのでしょう。

また、スピーカーの採用例はあまり多くありませんが、楽器にはよく使われるメープル(カエデ)も、しっかり植林されていることに加え、主にカナダで一大産業となっている、メープルシロップを産出するシュガーメープルの木は、老木になると収量が落ちるため定期的に植え替えなければならず、そこで伐採された木を製材、活用しています。

楽器にはよく使われるメープル(カエデ)も、しっかり植林されていることに加え、主にカナダで一大産業となっている、メープルシロップを産出するシュガーメープルの木

多岐にわたる合板の種類と特性

以上にあげた樹種は、主に単板か集成材、あるいは突き板として用いられるものですが、プレーヤーやスピーカーには古くからベニヤやチップボードなど、広い意味でいう「合板」も用いられてきました。

最も一般的な合板は、ラワン材のベニヤでしょう。 建材としてもよく使われていますし、1970年代くらいまではごく普通に、プレーヤーやスピーカーのキャビネットへも採用されていました。

最も一般的な合板は、ラワン材のベニヤ

それがなぜ徐々にオーディオ機器への採用例が少なくなってきたかというと、一つは材質の問題です。 ラワンというのは、東南アジアを中心とする低緯度地方で、日照量の多さと高温多湿によって、比較的早く育つ樹種の総称です。 半世紀前頃までは東南アジアにもいいラワンがたくさんあって、結果的に良質のベニヤが潤沢に供給されていたのですが、それが徐々に先細りとなり、一定のクオリティを保つことが難しく、また価格も高騰していきました。

それでラワンベニヤは徐々にオーディオでのシェアを落とし、代わって台頭してきたのはチップボードです。 特に1970年代からしばらく、結構な高級スピーカーにも用いられた「ホモゲンホルツ」という板材は、やや目の粗い木材チップを非常に硬質のバインダーで固めた材で、鳴きが少なく「木材のキャラクターを付加することの少ない」タイプのキャビネットが形成されていました。

ベニヤに代わって台頭してきたのはチップボード

そして1990年代になると、より均質で入手性の高いMDF材が主流となっていきます。 紙と同じくらい木材の繊維を細かくほぐし、それをバインダーで固めた板材だけに、紙と同じくらいの、つまり極めて高い均質性を持ち、工業製品として量産にとても適した素材といってよいでしょう。

1990年代になると、より均質で入手性の高いMDF材が主流

一方、ベニヤにもラワン以外にさまざまな材質があります。 アピトンという木材は、東南アジアで産出される極めて堅い樹種で、その堅さと耐久性から、重いものを運搬するトラックの荷台で床材へ採用されるほか、高級スピーカーに採用される例があります。 全体に赤味を帯びた、木目はあまり目立たない樹種です。 全体にガシッと締まった音を聴かせることが通例で、こちらも比較的キャラクターを付加することが少ないタイプでしょうね。

21世紀近くなって、オーディオ界でも幅広く利用されるようになった材質としては、バーチ(樺)合板があります。 やや赤味を帯びた白木という見た目の美しい板材で、音質的にはどことなく明るく、活気にあふれながら品が良く、たたずまいの美しい音という印象の板材です。

バーチ合板はロシアとフィンランドが主産地で、ごく少数、日本の北海道でも生産されています。 国産のバーチ合板はその品質の高さから、超高級オーディオに用いられていますよ。

また、アメリカでは半世紀以上前から、米松という材質がよく使われています。 黄色味が強く、あまり規則正しくはないけれど結構木目の目立つ素材です。 もともとはフォークリフトのパレットや、梱包用の木箱として用いられることの多い木材ですが、米松のベニヤで作ったスピーカーが思いのほか音がよく飛び、カラッと陽性で元気な音を聴かせたことから、スピーカーとしての採用例が増えました。

源流をたどれば第二次世界大戦中にまで遡ることができる、米アルテックの映画館用スピーカー「A7」のキャビネットがまさに米松合板製で、同モデルは今も愛用なさっている人が多いヴィンテージ・システムです。 もちろんユニット群の優秀さもあるのでしょうけれど、人気の一端に米松のキャラクターも含まれているのではないかな、と私は推測しています。

米アルテックの映画館用スピーカー「A7」のキャビネットがまさに米松合板製

ほか、ごく少数のメーカーで、楠とユーカリやシナとアピトンを交互に積層した合板や、ブナ材のベニヤ、またバーチやヒノキの集成材などを用いたキャビネットが生産されています。

異種木材を交互積層するのは、キャラクターの全然違う樹種を組み合わせることで共鳴を抑えたり、それぞれの持ち味を重畳したりすることが考えられているのでしょう。 また、単一樹種の集成材を用いるメーカーは、その木が持つキャラクターを存分に生かした音作りを行っているものと考えられます。

ずいぶん長く書いてきましたが、これでも木材の世界は全然深層へ到達できていません。 私自身、スピーカーのキャビネットを自分で作るものですから、木材については勉強しているつもりですが、まだまだ知るべきことは膨大です。 本当に奥の深い世界だと思います。

Words:Akira Sumiyama