2024年6月に惜しまれつつクローズした青山Zero。 優れた音響が作りだすディープな空間に定評があったこのヴェニューが、NUMMとして同年8月に再始動した。 Zeroから引き継いだNUMMの空間は、壁面に貼りめぐらされた木材や、正面奥に積み上げられたスピーカーが視覚的にもインパクトを残す。 高い解像度を誇るシステムでレコードを鳴らすと、空間の奥行きと情報量に包みこまれ、一気に没入させられてしまう。

Zero時代から数えて10年以上の歴史を持つこの空間で新たなスタートを切ったNUMMは、Zeroが培ってきた美学とそのレガシーをどのように活かし、未来にアプローチしようとしているのだろうか。 DJとしてZeroで幾度となくプレイし、現在はNUMMのオーナーをつとめるスズキと、Zero時代から店長をつとめるテラダに話を聞いた。

DJたちを魅了してきたサウンドシステム。 作り込まれたその心臓部

以前、Always Listeningで掲載したBar bonoboのSEIさんのインタビューでも、Zeroのサウンドシステムがフェイバリットに挙げられていました。 Zeroの音環境に魅了されてプレイを希望するDJも多い印象です。 そんなZeroのシステムを継承しているNUMMについて、まずは心臓部であるDJブースのシステムがどのように組まれているのか教えていただけますか。

テラダ:いまセッティングしてあるミキサーはBozakです。 UREIの元になったモデルで、より贅沢な作りになっています。 だいぶ改造してあって、電源やプリアンプなど不要な部分は取り払って外に用意して、フォノ入力だったチャンネルをすべてライン入力にしてあります。

マイク入力も不要なので、取り払って代わりにラインを増設してもらいました。 UREIのミキサーもあるのですが、それも同じように改造していますね。 機材周りの改造は、熊谷のSAL(Surprise Audio Lab)にZeroの立ち上げのときからお願いしています。


ミキサーはイベントによって使い分けています。 UREIのほうが圧があるのでダンサブルなものに使ったり。 Bozakのほうはものすごく細かい音が出せて、空間的でハイファイな鳴り方がするんです。 縦フェーダーが必要なときは、もうひとつあるALLEN & HEATHのミキサーを使っています。

アンプはスピーカーに合わせて5ウェイになっています。 マスターからの出力をチャンネルディバイダーでスーパーツイーター、ツイーター、ホーン、ミッドロー、ローに分けています。 チャンデバで分けられるのは4ウェイまでなので、スーパーツイーターだけ途中にローカットをするコンデンサーをかませています。 このシステムはZeroのときから変わっていません。 セッティングは超シビアなんですけど、いつもDJのCalmさんにやってもらっています。

ブース下に積まれたアンプとラック群
ブース下に積まれたアンプとラック群
フロア後方のメインスピーカー
フロア後方のメインスピーカー

サイドスピーカーはお客さんから「これ音出てるの?」って言われるくらい控えめな音量です。 後ろのホーンから出た音が、ちょうどサイドスピーカーが置かれたフロア中央あたりの位置に音が来たときくらいのボリュームに合わせてあるんです。

サイドスピーカー
サイドスピーカー

サイドスピーカーはステレオでパンが動く音をかけた場合に、後ろのメイン2台だけだと左右に動くんですけど、サイドにもあると空間自体が揺れるんです。 それに、メイン2台だけだと大きなボリュームを出して空間に届けないといけないものが、別の角度からのサブスピーカーがあると適度な音量で空間を埋めていくように音をつくれるんです。

アンプごとの出力をイベントに合わせて設定しなおすこともあるんでしょうか。

テラダ:ジャンルによってアンプのセッティングをいじるということはありません。 ただ、ドラムンベースとか、特殊な音の出し方が必要なジャンルを鳴らすときは、EQでいじったりします。 マルチだと、ボリュームを出すとハイが先にビヨンって出ちゃうんです。 ある程度のボリュームまでは綺麗なバランスなんですけど、その先に行くと、一番能率の高いホーンから音が出てしまう。 だから、高いところだけ切ってあげる。 一番ローのところをカットしたりもします。 100Hzとかのタイトに出てくる帯域を強調するんです。

音波を吸収するのではなく拡散させる

壁一面に木材を貼り付けられたディフューザー*は、見た目にもインパクトがありますね。

テラダ:細かく反射を計算して配置するやり方もあると思うんですが、僕はそういう専門知識があるわけではないので、なるべくランダムに配置するということだけ意識して木材を貼っています。 規則性のあるかたちで貼ってしまうと、どこかで音が膨らんでしまうので。


とにかくバラバラに貼っていって、それでまた鳴らしてみると「変わったな」と感じられることもあれば、「全然変わらないな」ということもあったり。 もともと腰くらいの高さから始まったんですが、上にどんどん貼っていくたびに、音が変わっていきましたね。 最初は全部生木だったのですが、いまはニスを塗っていっています。

*ディフューザー:凹凸や突起のある平面型/立体型のパネル状の装置で、音波を散乱・拡散させる効果がある。


吸音のかわりに音を拡散させるというアプローチはコンサートホールなどでは珍しくありませんが、クラブではあまり見かけないと思います。 どんなメリットがあるのでしょうか。

テラダ:音を吸収するのではなく拡散するということは、スピーカー以外の場所から耳に音が届くということです。 そうすることで、例えばヴォーカルの音が耳元で聞こえたり、クリアで繊細な音を届けることができる。 また、音の伸びが良くなるので、ボリュームを上げなくても十分な音場をつくれるようになる。 ディフューザーを貼るというアイデアも、もともとはCalmさんの発案です。 家具屋の端材が安く売っていて、サイズもランダムだから、これを貼り付けていこうという作業からスタートして、そこから少しずつ足していっています。


どんなジャンルを鳴らしてもフィットすると思っているんですが、例えばドナート・ドジー(Donato Dozzy)のようなミニマルで作り込まれた電子音のダンストラックも、アナログ盤を使ってここのシステムでプレイすると音がすごく伸びる。 スピーカーを5ウェイにしてルームアコースティックを整えていくと、シンプルなテクノでもとんでもなく立体的でサイケデリックな音になるんですよ。 ディスコであれば、カウベルの音が良くなったり、ドラムやパーカッション、ボーカルもすごくよく鳴る。 ダビーな曲だとエコーがすごく綺麗に出る。 スーパーツイーターを入れることで、超高音域の「サーッ」という音もクリアに出てくるので、ここでかけてみて初めて聴こえてくる音があるんですよ。

スーパーツイーターとツイーター(上部)とホーン(下部)
スーパーツイーターとツイーター(上部)とホーン(下部)

ベテランDJたちの助言をもとに繰り返してきたアップデート

過去のインタビューで、テラダさんがアナログレコードの音を良い音で鳴らすことへのこだわりを語っているのを拝読しました。 NUMMになった今も、基本的なコンセプトに変わりはありませんか?

テラダ:いまもアナログの音を重視しています。 最近はデジタルが主流になったので、アナログがうまく鳴らない場所が多いんです。 僕はアナログでしかDJをしないので、レコードを持っていったものの思う通りに鳴らなくて、試行錯誤しているうちに1時間終わっちゃう、という苦い経験をしたこともあって。 一概には言えないことは承知の上で、音質の面でもデジタルよりもアナログのほうが良いと思っているので、NUMMも引き続きアナログが良く鳴る箱としてやっていきたいと思っています。

スズキ:Zero時代の話ですが、もともとUSBでプレイしていた若いDJたちが、このサウンドシステムで鳴らしてみたことで「アナログの音はすごい!」と思ってくれて、アナログオンリーのDJに転向したということは何度もありますよ。

ルームアコースティックをふくめて、音響を突き詰めていくにあたってはDIYな作り方もされてきていますが、ノウハウはどんなふうに得ていったんでしょうか。

テラダ:最初、札幌のプレシャスホールに行って勉強してこいって言われて。 Calmさんと一緒に行ったんです。 そのときに「とんでもないことになっているな」と思って。 それから、Calmさんが訪れるたびにアイデアを持ち帰ってきてくれて、今回はこれをしよう、あれをしよう、っていうふうにアップデートしてきたんです。 1~2ヶ月に一度はなにかしら作業をしていましたね。 僕自身にはそこまでの知識はないので、Calmさんに言われた宿題に応えていきながら音を出して「変わった!」みたいな。

テラダ(左)、スズキ(右)
テラダ(左)、スズキ(右)

デジタル全盛だからこそ、アナログの良さ伝える現場を

スズキさんは元々、DJとしてZeroをホームとして活動していたわけですが、オーナーとしてNUMMを引き継ぐことを決心したのはなぜでしょうか。

スズキ:そもそも、僕が最初に渋谷界隈でDJをやらせてもらった場所がZeroだったんです。 定期イベントをやらせてもらっているなかで、他のクラブでやっている感覚とは違う、ここでしか出ないグルーヴがあるのを感じていました。 テラダさんの人柄、ここに集まる人の温かさもあって、ここは業界のためにも残すべき場所だと思ったんです。 もちろん、いちDJとして自分が困るから、という気持ちもありましたが、こういう場所が無くなることは音楽シーン全体にとって大きなマイナスだろうと。

ここでプレイするということは、ただ再生ボタンを押すだけじゃないし、ミックスするだけでもない。 どういう人がここにいるんだろう、どういう曲がハマるんだろう、どういう展開がいま新しいんだろうとか、全方面に気を使ってDJする。 DJがコンダクターとして、空間全体をマネジメントするというすごく貴重な体験ができる場なんですよ。

なるほど。 NUMMとしてオープンするにあたって、新しくチャレンジしていることはありますか。

スズキ:ZeroからNUMMに引き継いだイベントは、いまのところ全体の半分くらいで、それ以外は若手のDJたちを積極的に誘って、NUMMでプレイすることの楽しさを知ってもらえたらと思っています。 オープンなスタンスをしつつも緊張感がある感じというか、緊張感から生まれる楽しみも味わってもらいたいですね。 そのためには、音響がすごく良い場所であるということもキープし続けることが重要だと思っています。 若い世代が輝ける場所として、最高の音響でDJできる場所を提供したいです。

たとえば昨日も、20代後半のDJたちが中心のパーティーが行われたんですが、フロアで「音がヤバいね!」って話し合っている人たちがいたりして。 そういう感動を口にしてくれるDJやお客さんを見ると、お店を継承してよかったなと思います。

フロア全景
フロア全景

テラダ:いま、アナログ盤は高くて若い子はなかなか買えないじゃないですか。 DJをやる子ならなおさら、経済的な理由でデータでやろうと思ってしまうと思う。 でも、だからこそアナログならこんな音が出るんだということを体験できる場を残したいんです。 アッパーに盛り上げていくだけじゃなくて、あえて(曲調を)抑えたり落としたりすることでもじっくりと盛り上がりが作れるような箱。 例えば、僕が目標にしている箱の1つである八王子のSHeLTeRなんかも、すごく静かでディープな音を出しても間が持つんです。 下げてもテンションをキープするためには音が良くないといけないんです。

スズキ:そういうサプライズが、常に耳にとっても体にとってもある場所であってほしいなと思います。 ある意味、時代と逆行しているかもしれないですけど、効率的じゃないことで体験できる良さみたいなものがあるんだよ、と。

NUMM


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Photos:morookamanabu
Words:imdkm
Edit:Kunihiro Miki

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