彗星の如く現れ、ここ数年で瞬く間にその名が広まった『Ojas(オージャス)』。 その創業者であり、全てのデザインを手掛けるのが Devon Turnbull(デヴォン・ターンブル)だ

彼の経験とビジョンを介して今までにないアプローチで生み出されるカスタムメイドのサウンドシステムは見た目の美しさと素晴らしい音を兼ね揃えており、Supremeの各店舗やニューヨークのAce Hotel、Saturdays NYCなどでその音を聴く事ができる。

今注目のスポット、「Public Records(パブリックレコード)」もその場所のひとつ。 ブルックリンのゴワナス地区にある倉庫跡地に造られた複合施設で、その建物内に広がる高天井の空間にはヴィーガン料理を提供するレストランとカフェ、レアレコードを中心に集められたHi-Fiレコードバー、そしてライブアクトやDJによるレコードプレイをOjasのダイナミックなサウンドで楽しめるクラブスペースが揃っている。

2019年にスタートして以来、ニューヨークにいるオーディオマニアやアーティスト達の憩いの場となったPublic Recordsだが、今年1月にはコミュニティをさらに広げるべく、その2階にリスニングバー『Upstairs(アップステアーズ)』をオープンさせた。 Devonが設計したサウンドシステムを軸にしたその空間で、話を聞かせてもらった。

ニュージャージー州、ロングアイランド生まれ。 彼の音へのあくなき探究心の始まりは、幼少の頃にさかのぼる。 ピアノをはじめとした楽器、KorgのシンセサイザーやHaflerのパワーアンプ、Mackieのミキサー。 そして父から受け継いだ80年代のPioneerのスピーカーなど、様々なHi-Fiシステムに囲まれて育った。 さらにはニューエイジミュージックが好きな母親の影響で、ジャズからヒップホップまで幅広いジャンルの音楽にも触れてきた。 そして高校生になると、その興味はシンセサイザーからターンテーブルへ。 DJとしての活動を始め、パーティーを主催するまでになった。 年齢を重ねるごとにますます興味が増し、音楽と音そのものにのめり込んでいく。

高校卒業後は進学したシアトルの大学ではオーディオエンジニアリングを専攻。 レコーディングに関わるすべての事を学び、PA(音響)としてライブ会場での現場経験も積んだ。 この頃から、カーオーディオなどを趣味として自作するようになる。 また、Devonは大量のレコードコレクションを持った友人達にも恵まれ、みんなで集まっては自慢の一枚のレコードを聴かせあい、その音質やレコーディングについて語ったり、演奏しているバンドメンバーの話をしたりして過ごしていた。 当時の彼らにとっては、一枚のレコードやそこに録音されている一曲一曲には深堀りする価値と楽しみがあったのだという。

彼が大学を卒業したのは、2000年代初頭。 その頃はiPodやiTunesストアが台頭し、音楽を聴く環境がアナログからデジタルへと変化しはじめた時代だ。 誰でも気軽に膨大な量のミュージックライブラリーへ瞬時にアクセスできるようになった。 この頃を振り返り、「古き良き時代の音楽の楽しみ方はもちろん素晴らしいけど、時代の変化に対してネガティブな感情はないんだ。 むしろ、皆が気軽に良い音楽に出会う機会が増えた事の方が大切だから」と語っていた。

そして、日本には小規模生産のスピーカーやアンプメーカーが数多く存在することを知る。 さらには「ステレオサウンド」や「MJ」など、日本のオーディオ誌もチェックするようになり、最新のオーディオ機材についてはもちろんのこと、個人製作のHi-Fiシステムや小ロットのサウンドシステムまでもが紹介されていることに魅了されたという。

一方でファッションの仕事面では、デザイナーが過去のアイテムからサンプリングするその手法に感銘を受け、独学でファッションデザインを学んだ。 例えばシーズン毎のムードボードの作成など、服飾分野の仕事の工程はさまざまなクリエイティブな作業に応用が可能で、それはスピーカーを作る場合でも同じアプローチで反映できることを確信した。

そこからDevonは、自分の思う素晴らしい音を奏でるスピーカーの制作を本格的に始めるようになる。 当時、ニューヨークにもJBLのハーツフィールドやShindo Labsのアンプ、Altecのスピーカーなどを取り扱うオーディオ専門店があった。 そこでさまざまな既製オーディオシステムを試しつつ自分の求める音を追求していった結果、特にAltecが作っていたシアター用のホーンスピーカーに興味を惹かれるようになった。

Public Records

インターネットが広く発達した今でこそ、世界中の人々がビンテージアイテムの価値を調べて知ることができるが、2000年代初めの頃はネットショッピングの黎明期であり、市場での価格設定は世界中でまちまちだった。 例えばアメリカでは安く手に入れることができたLevisの501XXは、日本の古着屋で50万円もの値が付いていた。

これはHi-Fiオーディオの部品も例外ではなく、 秋葉原では高額で取引されているパーツが、ニューヨークのジャンクショップでは格安で見つけることができた。 AltecのホーンやWestern Electricのパーツも今よりもかなり手頃な値段で手に入ったので、お値打ちなものを見つけては購入して少しずつストックしていたそうだ。

そうしてスピーカーを制作していく中で、彼の噂は友人らを通じてファッション業界の人々を中心に知れ渡っていき、ついには大規模な会場のスピーカーの制作などを頼まれるようになる。 しかしこの頃は趣味の延長として全ての作業を一人で行ってたこともあり、およそ10年間はほとんど儲けがなかったという。

転機が訪れたのは、Ojasのサウンドシステムを高く評価していたSupremeの創業者James Jebbia(ジェームス・ジェビア)からの依頼が舞い込んだ時だった。 その内容はSupremeの新店舗がブルックリンにできるので、店舗用とストック用としてスピーカーを20個ほど作ってほしいというもの。 この大規模な発注に対して彼一人では作業が追いつかなくなり、これを機にJason Ojeda(ジェイソン・オヘダ)と活動を共にするようになった。 現在、彼はほぼすべての大きなプロジェクトを共に担うパートナーである。

Altecの元エンジニア、Bill Hanuschak(ビル・ハヌシャック)との出会いもまたひとつの転機であった。 Devonが制作を始めた当初は、Altecのオリジナルドライバーを使っていた。 しかしその値段はどんどん上がり、それ自体を見つけることも難しくなってきていた。 (Altecの2wayスピーカーのドライバーはビンテージ市場で一個70万円ほどだ。 ) そのような状況の中で二人は出会い、そしてBillがAltecで培った技術を基に、OjasのためのドライバーをOEMで制作してもらうこととなった。

その後、Ojasのスピーカーは友人でもあるファッションデザイナー、故Virgil Abloh(ヴァージル・アブロー)のオンラインストアでの販売が開始される。 さらには店舗やミュージアムのスピーカー制作を手掛けるなど、活躍の場を広げた。

Public Records

Upstairsのスピーカーは、今までにOjasが制作してきたスピーカーの中でも大きな4waysシステムになっている。 ホーンパーツには滅多に市場には出てこないAltecのホーン1803Bを使用。 Devonのお気に入りである1505Bよりも、さらに広い範囲をカバーできるホーンだ。 キャビネットはAltecの828、816と817を参考に制作し、合板にハンマーフィニッシュペイントが施されている。 ビンテージのJBLスーパーツイター、Altecの288タイプのOjasブランドドライバー、Altec416タイプのウーファー。 壁にはハンドメイドの日本製80cmのFostex FW800 スーパーウーファーが埋め込まれており、アンプにはパラレルシングルエンデッド283が、スピーカーの間のキャビネットに置かれていた。

Public Records
Public Records

アメリカ版のジャズ喫茶、リスニングバーを作りたい。そう思う中でネックになったのが、渋谷や恵比寿のリスニングバーにあるような、おしゃべり禁止のルールだった。 しかしそれは、おしゃべりが好きなアメリカ人に通用しないことは火を見るよりも明らかだ。 そこで、会話などのノイズをあらかじめ考慮してサウンドシステムを構築することにした。 結果、サウンドシステムのダイナミズムをいかに体感してもらえるかを考えて設計されたDevonの自信作が完成した。

Public Records
Public Records

Upstairsでは、金曜日と土曜日になるとDJがリスニングにフォーカスして選んだレコードでのプレイを聴きながらお酒を楽しめる。 ビールやワイン、ハードリカーから日本酒まで、メニューは幅広い。

週末に訪ねて、営業中の音響を体験してきた。 話に聞いた通り、耳が痛くなるような音量ではないにもかかわらず、充分な音がフロアに広がっていた。 特にスピーカーから少し離れたスイートスポットで聴くと、その音のクリアさと迫力に感動を覚える。 クラブシーンでありがちな音が割れ耳が痛くなるような大音量ではなく、本当に一曲一曲を聴き込ませてくれる素晴らしい環境になっている。 「今までHi-Fiオーディオのシステムで音楽を聴いた事がない若い世代にも、是非このシステムを体感しにきてほしい」と語っていた。

ほんの数年前までは一人で運営していたOjasも、今では従業員を雇うほどに成長した。 今でも自分の理想とする音の探求を続けているというDevonは、これからもオーディオ界で目の離せない人物だ。

デヴォン・ターンブル(Devon Turnbull)

Upstairs st Public Records

233 Butler St
Brooklyn, NY 11217
Tel 838-233-2332 営業時間 金曜 土曜 22:00 – 2:00
要予約、リザベーションはresy.comから。

HP

Ojas

Photos & Words by Masahiro Takai
Text Edit by May Mochizuki