ポップスター、Billie Eilishの約束。「バックステージ、ケータリング、ツアーバスでのリサイクルを徹底」。インディーバンド、Tame Impala(テーム・インパラ)の誓約。「バンドとクルーの水のボトルは使い捨て禁止」。

いまや、ツアーをおこなう多くのアーティストの“公約”には「ファンに最高の体験を届けること」「その体験がエコ、エシカル、サステナブルであること」が含まれる。

それらを実現すべく、アーティストと一緒にグリーンなツアーを計画している団体も出てきている。いま、アーティストはどんなエコロジーな選択肢を求めていて、どのような改善策があるのだろうか。

アーティストたちの環境への意識に応える。「ペットボトル1万本」の削減

音楽業界のなかでも「ツアー産業」は環境へ大きな負荷を残す。世界中の都市から都市へと移動し、何千人、何万人の来場客を動員し、彼らを前にライブをおこなう。アーティスとスタッフ一行だけでなく、何万人の移動に伴う発生する排気ガスや二酸化炭素、来場客に提供、販売される使い捨てのプラスチック製品。

ツアーとともに落としていく環境へのネガティブな足跡に目が向けられ、二酸化炭素の排出量を抑えた公演をするMassive Attackや、最新アルバムのツアーを控えることにしたColdplayなど、行動を起こすアーティストも増えてきている。

環境問題に意識的なアーティストが多くなるなかで、2004年からアーティストと二人三脚でサステナブルでグリーンなツアーを手がけてきた環境団体もある。米メイン州に拠点をおく「Reverb」だ。米ロックバンドGusterのギタリストであるAdam Gardnerが、環境保護活動家の妻とともに創立した団体。

これまでに、Jack JohnsonやDave Matthews Band、Maroon 5、John Mayerなどのナショナルアクトたちから、Billie EilishやThe 1975などの若い世代のアーティストまでとパートナーシップを結んできた。実際の業績もよく、John Mayerのツアーでは7,000以上のペットボトルの削減や、Maroon 5のツアーでは約30トンのゴミ(ペットボトル1万本分)の回避に成功してきた。

John Mayerのライブ会場

Reverbの特徴は、アーティストとともにサステナブルなツアーを一から計画していくところ。リサイクルから、エコなミールチョイス、地元の環境団体への支援まで、各アーティストが大事にしている“エシカル”をどのように話し合い実行に移しているのか。団体で勤務し10年になるという、パートナーシップ・ディレクターのTanner Watt氏に話を聞く。

ツアー業界、改善点はまだまだある

「サステナブルに取り組む環境団体はたくさんあります。でも私たちは、初めて〈音楽〉に特化した環境団体だと思います」。

いまから15年以上前に生まれたReverbは「リサイクルやコンポストのようなシンプルなことを、バンドのツアーでできないか」が元になっている。「当時、ツアーの現場では、発泡スチロールの容器などが大量に使われていたんです」。その時に比べれば、いまツアー業界はいい方向へ向かっていると思う、とWatt氏。

「ここ10年で、再生可能エネルギーやLED照明など、エネルギー消費の節減に努めるライブ会場も多くなりましたし、どこのフェスに行っても給水スポットがあり、繰り返し使えるボトルが販売や提供されています」。

米国では、東海岸や西海岸のほぼすべてのライブ会場がリサイクルプログラムに参加している。大手コンサート会社Live Nationが提携するコンサート会場では、植物由来の食事を提供するオプションを用意するなど、業界全体のサステナブルに対する責任感は増しているようだ。

ステージ裏のリサイクルボックス

それでも、まだまだ改善点は多い。「会場の“インフラ”が整っている必要があります。現場に食器洗いサービスはあるのか、再利用可能なプロダクトは装備されているのか」。会場によっては、安全面の理由からか、飲み物を瓶からプラスチックへと移して提供しなければいけないポリシーがある。「これらのポリシーも改善される必要があります。それから、二酸化炭素の排出量について。二酸化炭素というと、目に見えないし、サイエンスっぽくて退屈に聞こえますが、ツアーが排出するとてつもない量の二酸化炭素の影響にもっと目を向けるべきなのです」

アーティストの“ライダー”をグリーンに置き換える

現在のツアー業界にある改善点を克服するために、Reverbはどのようにアーティストたちとツアーにサステナブルなオプションを組み込んでいるのか。「私たちは、ツアーの計画段階から入り、アーティストと共に考えます」。

まず、アーティスト本人やマネジメント、あるいはアーティストとマネジメント両者とヒアリング・ミーティングし「彼らが達成したいことを聞き出します」。多くのディスカッションを重ねるが「最初に確認するのは、個々のアーティストが用意している“ライダー”です」。ライダーとは、ツアーに際しアーティストが挙げるさまざまなリクエストを記載したリストだ。「すでに用意されているライダーを、どうやってグリーンにするかを討論する。たとえば、『ペットボトルの水10ケース』とあったら、これを『給水スポットと再利用可能なコップ』に書き換えます」

プラスチックカップと生ごみ
再利用可能カップと給水スポット

Reverbは、アーティストたちに提供可能なさまざまエコプログラムを用意している。たとえば、こんなオプションだ。

・バックステージ、ケータリング、ツアーバスでのリサイクル
・バンドとクルーには、再利用可能な水のボトルやマグを提供
・給水スポットをバスやバックステージに設置すること
・ケータリングの食材には、地産のものを使用すること
・余った手つかずのケータリングの食事や未使用のホテルアメニティは地元のシェルターへ寄付

これらのオプションを、ツアーの予算や規模にあわせてできる限り多く含められるよう、アーティストやマネジメントと相談しながら決めていく。

給水スポット

Billie Eilishのビーガンツアー、Jack Johnsonの一早い“ストロー撤廃”

次に見極めるのは「そのアーティストにとって、環境問題に関する“なに”が大切なのか」。「アーティスト自身に『あなたにとってなにが重要ですか』と聞きます。これをした方がいい、とこちらで勧めることは一切ありません」。上記のベーシックなオプションにくわえて、そのアーティストの要望でカスタマイズのエコプランを考え、地元の団体や会社などと提携する。

たとえば、Billie Eilishの場合は、ビーガンツアーだった。「Billieも彼女の兄も、母でマネージャーのMaggieも全員ビーガンなので、彼らと話し合った際にビーガンツアーにしようとなりました。彼女のツアーのケータリングは、すべて植物由来の食事。それでいて(力仕事の)ローディーも満足できるコンフォートフードを提供しています」

サーフミュージックの第一人者で自身でも環境問題に積極的に取り組むJack Johnsonは、2014年のワールドツアーにて、プラスチックストローをすべて撤廃した。「世間でプラスチックストローがタブーになる前の話です」。さらに、2017、18年のツアーではペットボトルの使用をゼロにした。

英国のベテランロックバンドFleetwood Macのツアーでは、ケータリングに使用する食材をすべて地産のものにし、環境負荷をカット。Dave Matthews Bandからは「これまでのツアーで排出してきた二酸化炭素量を計算して、これからの取り組みでオフセット(相殺)したい」というアイデアも出てきた。

地産の野菜を持つ男性
地産の食材たち

カナダ人シンガーソングライターのShawn Mendesは、自身がツアーでオーストラリアのシドニーに滞在していたときに、同じくシドニーにておこなわれていたReverbが入ったJack Johnsonのコンサートに現れた。「Shawnはそのころ17歳で、私たちの取り組みを間近で見た後、彼のコンサートに招待してくれて、自分もReverbに参加したいと言ってくれた。『ファンたちは僕を観るために移動してくる。つまり、僕にも責任があるってことだよ。なにかアクションを起こしたい』と」。彼の2019年のツアーでは、ファンの移動に伴う二酸化炭素排出量もオフセットするようなプログラムを組み込んだ。

左がDave Matthews BandのDave Matthews。
左がDave Matthews BandのDave Matthews。
Grateful Deadの創立メンバーで現Dead & CompanyのBob Weir。
Grateful Deadの創立メンバーで現Dead & CompanyのBob Weir。

環境問題だけではなく、それぞれのアーティストが尽力している社会問題に関するキャンペーンも組み込む。ツアーやフェスでは、来場客が訪れるブース「エコビレッジ」を設け、そこでキャンペーンの啓蒙活動や募金活動をおこなう。Dave Matthews Bandは、野生動物保全団体への基金、ユニセフの親善大使も務めるP!nkは子どもたちの飢餓を救うキャンペーン、John Mayerの場合は、退役軍人の支援をおこなう団体へのサポートなど。

ツアーにはReverbのスタッフが1〜3人ほど同行し、アーティストやツアークルーに適宜、活動報告をおこなう。「みんなが見るホワイトボードに、これまでにあたえた環境へのポジティブな影響を最新データにして更新していきます。『ツアー3週間目:1万2000本のペットボトルの削減、ケータリングの余り1700食分の寄付を達成』と聞いたら、うれしいですよね」

乾電池のリサイクルボックス
「朝ごはんが配られる前にゴミ分別のサインもセットアップします。みんなが、どこにリサイクルをしたらいいのかわからな
いといけないですから」。バックステージでは、リサイクルされたゴミの量などのデータを集積。

次世代アーティストたちの「考えや行動を反映する」ツアー

当初は、Grateful DeadのBob Weir率いるバンドThe Dead Companyや、Jack Johnson、Phishなど「いわゆる“ヒッピーアーティスト”たちだったのですが、いまでは、Shawn Mendes、Billie Eilish、Harry Stylesなど、幅広いファン層を抱える若いポップアクトたち、Zac BrownやWillie Nelsonなどカントリー/フォークミュージシャンまで、様々になりました」

Jack Johnson(ジャック・ジョンソン)
写真中央奥が、Jack Johnson(ジャック・ジョンソン)本人。

ツアーのグリーン化に成功するたびに評判は広まり、いまではアーティストの方から問い合わせが来ることが多い。サステナブルに対して「アーティストが信じていること、体現したいことを、ツアーを通して達成できているかどうかをきちんと確認しながら活動しています。『ヒッピーマインドのグリーンなことをやっている団体』ではなく『アーティストたちの考えや行動が反映された、本物の取り組み』だとわかってもらいたいです」。

スタッフが17年のあいだ地道に数えてきた、これまでの二酸化炭素排出削減量は12万トン(25mプール、12万個分)にのぼる。

Reverb/リヴァーブ

2004年にミュージシャンと環境アクティビストの夫妻が、ニューヨーク・ブルックリンで創立した環境保護団体。現在の拠点はメイン州。サステナブルなツアーを希望するアーティストをクライアントとし、彼らの取り組みや活動に沿った、ツアーでのエコロジープランを考案し、実行する。

HP

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Photos : Reverb
Graphic : Yu Takamichi
Words : HEAPS