最高峰の音響環境を提供するコンサートホール。クラシック交響楽団やオペラなどの歌劇団、バレエやダンスなどのパフォーミングアーツカンパニーが世界から集まり、その一流の芸術を催す場所。鑑賞のために都市内外からの観客を集めるコンサートホールとは、都市のランドマークだ。

歴史的な価値を守りながらも現代の“都市の顔”としてあるために、サステナビリティに応えることが求められている。最高の音響環境を守りながら、世界各地の名コンサートホールはどんな施策をとっているのだろう。

雨水も無駄にしない。2020年代のコンサートホール

チェコ共和国の第三の都市オストラヴァに、2023年に完成予定のコンサートホールがある。The Ostrava Concert Hall。都市名を冠したその名前からしても、間違いなく同都市のランドマークになっていくこのホールのデザインと設計には、サステナビリティが詰まっている。

まず目につくのは、流線型のフューチャリスティックな建物の形。これは、館内での電力消費を最小限におさえられるようにデザインされている。ガラス張りの壁と天窓を設置することで、最大限に自然光を取り込み、電気の使用を削減。時間や季節によって変化する自然の光を楽しめる、という特典つき。窓は三重窓にすることで、熱をためない仕組みにもなっている。

Courtesy of Steven Holl Architects
Courtesy of Steven Holl Architects
Courtesy of Steven Holl Architects
Courtesy of Steven Holl Architects
Courtesy of Steven Holl
Courtesy of Steven Holl

太陽の光は、明かりだけでなくエネルギーとしても利用。シルバーに輝く宇宙船のような屋根にはソーラーパネルが設置され「館内で使用される電力をすべてまかなう予定」とのこと。

さらに、雨水も無駄にしないという。屋根で受け止められた雨水は、庭園の池や空調システム、クーリングシステムに再利用されるという徹底ぶり。

ニューヨークの建築デザイン事務所、Steven Holl Architectsと、日本の音響設計事務所、永田音響設計が共同で手がけるホールの音響も期待されている。その音響環境を生み出す建物の素材の一部には、100パーセントリサイクル可能な独ラインジンク社のprePATINAというチタン亜鉛合金を使用。空気中の汚染された粒子を引きつけ除去してくれるコーティングも施している。

チェコ国内での本格的なコンサートホール建設は19世紀末以来。130年以上経ったいま、新たに建てられる次世代のコンサートホールの最大の変化とはこの環境へのレスポンディングだろう。

Courtesy of Steven Holl Architects
Courtesy of Steven Holl Architects
Courtesy of Steven Holl Architects
Courtesy of Steven Holl Architects

米国老舗ホールの長い取り組み

既存のコンサートホールの取り組みも劣らず。老舗コンサートホールでは、ニューヨークの名所、Lincoln Centerがサステナビリティ活動に積極的だ。

アメリカ随一のオペラ・ハウスである Metropolitan Opera やニューヨーク・フィルハーモニックの本拠地であるDavid Geffen Hallなどを擁する同館では、数十年前から、電力や水、ゴミ処理に対しての効率化を目指し、さまざまな取り組みをしている。

2012年には、再生可能エネルギー会社から風力発電による電力を購入し、ニューヨークで初めてのパフォーミングアーツセンターとなった。いまに至るまで、館内の広間やレストラン、フィルムセンターなどの電力は、100パーセント再生可能エネルギーだ。

施設の屋根には、太陽光を跳ね返す素材を施し、クールオフした状態を保持。施設内には88の木々を植え、市のヒートアイランド現象の解消に努める。

2014年からは、屋根には36枚のソーラーパネルも設置。1年で発電するロビーの電力は十分カバーできているそう。リサイクルプログラムも徹底的に導入しており、地元のリサイクル団体と提携し埋立地に行くゴミをゼロにした。

Center正面にある名物、Revson Fountain
Lincoln Center正面にある名物、Revson Fountain
Photo by Jon Ortner
屋上にあるソーラーパネル
屋上にあるソーラーパネル
Courtesy of Lincoln Center
屋上にあるソーラーパネル
Photo by Iñaki Vinaixa

元祖はオーストラリアの近代建築物?

オーストラリアのシドニーに佇む20世紀を代表する近代建築物、Opera Houseは、“サステナブルなコンサートホールの元祖”と言えそうだ。
毎年1100万人の訪問客を寄せ付ける世界の観光名所の一つでもあるオペラハウスには、1973年のオープン当初から、建築家 Jorn Utzo による“サステナブルなデザイン”が組み込まれている。

例えば「海水冷却システム」。海を望む立地であることを有効活用して、海水を循環利用し建物をクールオフするシステムを、なんと50年前に開発していた。省エネ対策も抜群で約1億円の電力コストを削減し、プラスチックゴミに関しては施設内のレストランも含めて会場内からプラスチック容器を排除しきった。中でも最もユニークな取り組みは、2017年にスタートした「人工サンゴ」の設置だろう。オペラハウスに面した防波堤に、海中でも耐久性のある鉄やコンクリート素材で作った人工のサンゴを置くことで、小さな魚たちに棲家を提供している。

Sydney Opera House

英国ロンドンの由緒ただしきRoyal Albert Hall もサステナブルにはうるさい。ヴィクトリア女王の夫アルバート公に捧ぐ150年前の建築物で、8,000人を収容できる赤いレンガ造りの屋内円形劇場だ。ここもいま、できる限りのエコロジー活動に勤しむ。

省エネのため、館内の照明はすべてLED電球に変え、エアフィルターを設置し風の流れをよくすることで、消費電力をカット。バイオマス(動植物から生まれた再利用可能な有機性の資源)由来の再生可能エネルギーを促進する地元団体の一員となった。

館内で提供するコーヒーは生産者のサステナビリティを支援するブランドの豆を使用、ビーガン、ベジタリアンオプションを提供するケータリング会社との提携も進めている。また、鑑賞の一つの楽しみである公演パンフレットも工夫されている。100パーセント再生可能エネルギー稼働の工場で水を必要としない工程で生産された「100パーセントリサイクル紙」を使用している。

Royal Albert Hallの正面
Royal Albert Hallの正面
© J Collinridge
ホール内の照明にはLEDを使用
ホール内の照明にはLEDを使用
© Stephen Frak
ドーム型の天井にある音響効果を向上するためのガラス繊維製音響ディフューザー
ドーム型の天井にある音響効果を向上するためのガラス繊維製音響ディフューザー
(白いキノコのような装置)にもLED電球を使用
© Chris Christodoulou

未来のホールにサステナブルな音は響くのか

新旧のコンサートが取り組む活動に焦点を当てたが、最後にコンサートホールがもとより実践してきた「音響のサステナビリティ」について触れたいと思う。

昨今では環境保全の危機的状況からサステナビリティとはその環境面での意味に注力されるが、本来「持続可能な」「耐えうる」という意味を持っている。
まず、コンサートホールの空間を考えてみよう。そこには積みあげられたアンプもなければロボットライトとストロボも光らない。拡声装置を介さない楽器や声の生の音を、建築や音響の職人たちが反響や残響などを考えながら設計したベストクオリティで届ける最高のアコースティック環境だ。つまり、アナログ、オーガニックに限りなく近い。

ボストンのBoston Symphony Hall、ウィーンのWiener Musikverein、 アムステルダムのConcertgebouw、東京のOpera City、Suntory Hall、ハンブルクのElbphilharmonie Hamburg、パリのPhilharmonie de Parisなどのコンサートホールが世界有数の音響環境を備えていると評判だ。

最高の音響空間で発せられた生の音の質を、デジタルプロセスを介さずにその空間で持続させていく。音響という意味では、アナログにオーガニックに、そのサステナビリティを追求してきた。

これまで以上にサステナブルが求められるいま、これからの社会におけるコンサートホールの形はまだまだ変わっていくだろう。

「ロサンゼルスの建築ランドマーク」と呼ばれる前衛的なコンサートホール、Walt Disney Concert Hallを手がけた建築の巨匠、Frank Gehryは「サステナブルなコンサートホールが望ましい」としつつも「サステナブルなホールをつくるには莫大なコストがかかる」ことを指摘し、一部のデザインコミュニティが、LEED認証(米国グリーンビルディング協会による環境性能評価システム)を優先しデザインをすることに苦言を呈している。

建築デザインに重きをおくか、環境への配慮に重きをおくか。または、どちらにも重きをおいたコンサートホールづくりは、これからいかにして各都市の未来に新たなランドマークを建てるのだろうか。

Eyecatch Image: Courtesy of Steven Holl Architects
Words: HEAPS