11月2日・3日に築地本願寺で開催された『Analog Market(アナログマーケット)』。大盛況に終わったイベントの中でも好評だったのが、極上のサウンドシステム「Oswalds Mill Audio」で音楽を聴く『Deep Listening(ディープリスニング)』だ。
セレクターがテーマごとに吟味した音源を、座布団に座りながらゆったり聴くことができるイベントで、2日目のトリを飾ったのが真田広之主演・ハリウッド製作ドラマ『SHOGUN 将軍』でサウンドトラックの総合アレンジャーを務めた音楽家・音楽プロデューサーの石田多朗氏。
雅楽奏者の三浦元則氏(篳篥・ひちりき)、中村かほる氏(楽琵琶・がくびわ)、中村華子氏(笙・しょう)、伊﨑善之氏(龍笛・りゅうてき)、音響エンジニアの小俣佳久氏を迎え、古典的な雅楽と電子ピアノの融合、音響技術を用いたダブミックスを通して、雅楽の世界を現代的に表現した。
1300年以上大きく変わることなく受け継がれてきた、日本最古の宮廷音楽の魅力とは。『Deep Listening』での演奏を終えたばかりの石田氏に、深淵な世界の一端を聞いた。
雅楽を “新しい音楽” として聴いてくれた
演奏を終えられた感想からお聞かせください。
普段は神社やお寺での奉納演奏が多いのですが、今回は音楽として受け取ってくれている感じがして、すごく嬉しかったです。
目を瞑って耳を澄ましている人や、体でリズムを刻みながら聴いている人もいました。
多分、新しい音楽だと思ってくれたのかもしれません。感度の高いお客さんに聴いてもらえてよかったです。Oswalds Mill Audioを使った音響セッティングのためにPAの小俣佳久さんに入っていただき、本番はすごくいい演奏ができたと思います。本音を言うと、あと18倍くらい演奏の時間があればよかったのですが(笑)。
18時間ですか(笑)。今回は1時間という短い時間でしたが、普段あまり馴染みのない雅楽を、石田さんの解説を聞きながら生で体感できるのはとても新鮮でした。「人間はアナログ、アナログは未来」を掲げる『Analog Market』と、とても親和性が高い音楽ですね。
僕もそう思います。20年以上音楽をやってきましたが、雅楽はレコーディングをしたときに生音との違いが一番ある音楽だと感じていて。今日もリハーサルで龍笛の鳴り方をチェックしていたのですが、空間によって音の跳ね返り方が全然違うんです。僕にとってアナログの極致は雅楽。生で聴くべき音楽の代表だと思っています。
雅楽とクラシック、両方を包むものを作りたい
今回は雅楽とエレクトロニクスの融合によるライブパフォーマンスでしたが、石田さんは常々、「雅楽は人に向けて感情を伝えるものではなく、自然に訴えかける自然崇拝の音楽」とおっしゃっています。では今回、石田さんが演奏したピアノも自然に向けられたものなのでしょうか? それとも、聴いている私たちに向けて演奏している?
おっしゃる通り、雅楽は自然に向けて演奏しています。そしてピアノやストリングスなど、クラシック音楽で使うヨーロッパの楽器は人の気持ちなど感情を表現している。雅楽とクラシックは僕の頭の中では別物なので、「自然と感情をミックスさせたらどうなるだろう?」という実験をしているんです。
2曲目に笙と一緒に演奏した「盤渉調調子(ばんしきちょうのちょうし)」は、基本的に僕はピアノでF#を連打しているだけ。それだけなのに、いきなり現代的な感じになるんです。
先日、ブライアン・イーノ(Brian Eno)の『Eno』というドキュメンタリー映画を観に行ったんです。僕にとって彼は最も尊敬する作曲家ですが、映画の中で「音楽は感情である」と言っていました。でも僕は「感情は自然の一部」と捉えるべきだと思っています。
自然がまずあって、「その一部としてただ人間がいる」という音楽が作りたい。つまり、雅楽とクラシックの両方を包むものが作りたいんです。
今回演奏された中で印象的だったのが、最後に披露された「常世」。曲の中間で雅楽楽器とピアノが交わっていく展開がとても心地よく引き込まれました。
雅楽とクラシックって、そもそもピッチも違えば奏法も全然違って、一緒に演奏できないものなんです。みんなが諦めているゾーン。でもいつかやりたいなと思ったときに、「もしも3歳児の子供の前に雅楽楽器とクラシック楽器があったら、好き勝手演奏するんじゃないか?」と、ハッとイメージが湧きました。
大人が「俺ら気が合わないよね」とケンカしているけれど、子供同士だったら関係なく交われるのではないかと思い、プロの演奏家に集まってもらって、好き勝手に音を出す遊びをしたことがあるんです。そこで「意外といける」と生まれたのが曲の真ん中の部分。「ソ」を鳴らすことだけは決めていて、あとは自由。だから毎回、演奏が変わるんです。
石田さんを含めた男性3人の歌声も印象的でした。
あれは子供が3歳のときに、僕のキーボードをバシバシ叩いた音を文字列に当てはめたもの。例えば僕たちが使っている「水」や「木」という言葉にも、始まりがあったはずじゃないですか。結果を伝えるものとして言葉を捉えるのではなく、始まりの段階を表現したいと思ったんです。
だからあえて、まったく意味のない言葉を歌っています。歌い続けることによって、そこから意味が発生してきたら面白いじゃないですか。
雅楽を好きになれば絶対に得なのに!
雅楽は日本発祥の音楽ですが、あまり一般的に知られていません。石田さんが雅楽に魅了され、追求する理由は?
「芸術として作っていきたい」という自分自身のエゴがひとつ。もうひとつは、「雅楽を好きになれば絶対に得なのに!」と信じ込んでいるからです。最初は「雅楽を受け継いでいかなければ」という使命感だったのですが、知れば知るほど意識が変わっていきました。
僕は東京藝大出身なので、音楽の理解の仕方が基本分析だったんです。メロディなどを細かく分析するのが「理解」なのですが、雅楽は理解することを拒んでくるんです。
雅楽が生まれた平安時代の貴族は、政治をしながら和歌を詠んだり、亀の甲羅のひび割れを見て占いもしていました。色々なものが細分化されずミックスされた状態だったんです。その思想が雅楽にも反映されていて、そもそも分析ができないし、誰に聞いてもよくわからない。
例えば性別を男と女でパキッと分けたときに、そこに当てはまらず苦しい思いをする人がいる。何でもかんでも分析して細分化をしたことで、失われたことが山ほどあると思っています。様々なものをミックスして受け入れてきた平安時代の人たちの思想が、僕の中ではジャストミートというか。息苦しい今の時代に雅楽が一役買うと思っています。
雅楽奏者の方たちと10年近く活動するうちに、僕の人生観も変わりました。極論をいうと、死ぬのが怖くなくなったんです。人間中心で考えると、死への恐怖心ってすごくあるじゃないですか。でも森の中で鹿が死んでいたとしても、自然なことですよね? 自然と一体化している雅楽と向き合うことで、恐怖感が変容していきました。
今の時代はSNSでの評価など、音楽をするにも色々な要素が絡んできます。でも雅楽奏者たちは人ではなく自然、つまり神や太陽に向かって演奏しているので、人からの評価はマジで気にならない(笑)。「本当は拍手をもらわなくてもいい」という方もいました。
今では僕も音楽を発表するときに、人からの評価ではなく「やり切ったかどうか」しか気になりません。そうなると、より一層芸術の精度が上がっていくんです。
まだあと10時間くらいお話ししたいことがありますけど……とにかく、雅楽は私たちの先祖が作った日本オリジナルの音楽。みんなにも興味を持ってもらいたいし、流行ってほしいと本気で思っています。
石田多朗
作曲家、音楽監督、株式会社Drifter 代表取締役。
ボストン生まれ。23歳から音楽を学び始め、翌年、東京藝術大学音楽学部に合格。同大学院修了後、2014年に雅楽作曲に挑戦し、オリジナル楽曲「骨歌」が坂本龍一に評価される。その後、重度の精神疾患を経験し、栃木県那須町へ移住。一時は音楽から離れるも、その間に音楽哲学を再構築し、再び創作の道へ戻る。
2022年、ドラマ『SHOGUN』の総合アレンジャーを担当。エミー賞作曲賞・テーマ曲賞、グラミー賞などにノミネートされ、国際的な評価を受けた。現在は雅楽と現代音楽、西洋音楽を融合させた独自の表現で、作曲・演出・プロデュースなど、多面的に活動している。
Words&Edit:Kozue Matsuyama
Photos:Soichi Ishida