風が吹き抜ける音、鳥の鳴く声、オオカミの遠吠え。地球上から聞こえてくる、あらゆる自然や動物の音を声で再現し、楽曲制作しているパフォーマンスデュオがいる。

それは耳を疑いたくなるほど。いったいどんな耳と喉を持っていれば、“地球の声”を、人間が再現し、サウンド作品へと昇華できるのか。

自然のエネルギーの伝達者、OLOX

まずは聴いてみてほしい。人間が声で発しているとは思えないほどにリアルな自然の声。それはまるで、地球の呼吸を吸っては、喉を通して吐き出しているかのようだ。

自然の音や動物の声を再現しているのは、ボーカルのZarina Kopyrina、その隣で楽器を操るのは、ドラマー/ボーカル/サウンドメーカーのAndreas Veranyan-Urumidis。二人のデュオ「OLOX(オロックス)」だ。
現在の拠点地はロサンゼルスだが、Andreasの出身はロシアのソチ、Zarinaの出身はロシア北東部シベリアに位置するサハ共和国の小さな村。この共和国には、自然の音、動物を真似た歌や踊りをする伝統があり、ここに住む民族サハたちは、歌や踊りを通して自然との繋がりやエネルギーを感じるのだという。

左がZarina Kopyrina(ザリナ・コピリナ)、右がAndreas Veranyan-Urumidis(アンドレアス・ヴェラニヤー・ウルミディス)
左がZarina Kopyrina(ザリナ・コピリナ)、右がAndreas Veranyan-Urumidis(アンドレアス・ヴェラニヤー・ウルミディス)。

OLOXの楽曲では、Zarinaが再現するカッコウやカラス、鷹などのさまざまな種類の鳥、オオカミ、牛などさまざまな動物に加え、吹き抜ける風の音、草木のざわめなどの自然な音に、Andreasの豪快なエレクトロサウンドを融合させるというスタイルだ。

その神秘的な超越のサウンドに、数々の有名オーディション番組(ロシアの「X-Factor」や米国の「America’s Got Talent」)でもオーディエンスを驚かせた。サハ共和国の毛皮の伝統民族衣装を纏い踊る躍動感あふれるパフォーマンスは、まるで動物そのものを見ているかのような感覚にさせてくれる。

地球で発せられるあらゆる自然の音を聞きわけ、それを声にするとはどういうことなのか。「声による地球の音作り」を二人に聞いた。

「声による地球の音作り」を二人に聞いた
Photo by @strawvera

サハ共和国という名前、初めて聞きました。そのなかでもZarinaの出身は、人口150人しかいないという小さな村だそうで。バックグラウンドがとても気になります。どのような幼少期を過ごしたのでしょうか。

Zarina: 大学進学のために18歳で都市部に移るまでは、Ous-Kuelyaという小さな村で育った。壮大な大自然に囲まれていて、春と秋は特別に美しいところなの。だけど、冬は極寒。零下60度くらいにまで気温が下がる。世界最極寒に認定されたほど。
春になると、すべての自然の命が生き返る。山の雪解け水により、道路は冠水状態になるから、道は閉鎖されて1ヶ月ほどは車で街に出られなくなる。だから村での主な移動手段は馬だった。夏は2ヶ月くらいと短いから、この時期にキノコや木苺を収穫しに行ったりね。よく鳥や動物と会話したりもしたっけ。

なんだか、おとぎ話のようです。その頃から、自然の音を真似するように?

Zarina: おばあちゃんが伝統的な儀式の歌を教えてくれたの。自然の声を真似したり、動物と会話したりする方法は、すべて自然から教わった。だから私の音楽の先生は、母なる自然。でも、そんな大それたことじゃないのよ、自然のなかに身をおいて自然に向かって大きく心と耳を開くだけ。

村の人たちは、みんな自然の声を真似することができるのでしょうか。

Zarina: 自然や鳥、動物の音を真似たり、その動きをダンスで表現するのはこの地域の伝統。

サハ共和国の風景
サハ共和国の風景

初めて自然の音を声で再現したときのことを覚えていますか?

Zarina: ええ、カッコウの鳴き声だった。カッコウは春の訪れを知らせてくれるから、お気に入りの声だったのよ。

(ここで、カッコウの鳴き声を実演)

カッコウにこうやって呼びかけると鳴き返してくれた。初めて野生の世界と心が繋がった瞬間ね。こうやって動物と話すことは普通だと思っていた。あと、夏といえば、鷹。よく母と一緒に鷹の鳴き声を聞いて、「夏が来たね」なんて話したっけ。

(鷹の鳴き声を実演)

鳥の声、好きなんですね。

Zarina: そう、それにワタリガラス。音としても美しいし、強くて賢い鳥だから好き。シャーマニズムの文化では、ワタリガラスはシャーマンとの橋渡し的な役割を持っているの。

シャーマン

素朴な疑問なのですが、どうやって自然や動物の音を出すのでしょう?発声法が気になります。

Zarina: サハには、おしゃべりしているようなトーンからメロディーへと変えていくトユークという歌唱法があったり、舌の先で口蓋(口のなかの天井)を打つ伝統的な歌唱法があったりするの。あと、発声は息を吐きながらすると思っている人がほとんどだと思うけど、実際は息を吸うときにすることもある。私はボーカルのプライベートレッスンもやっているんだけど、まず生徒にはこう教えている。「これは一種の瞑想です。動物や鳥、風になりきってみて」と。

発声テクニックだけでは、自然の音や動物の声は真似できない。

Zarina: そう。人間であることを忘れて、彼らになってみるの。想像することから始めて、呼吸の仕方にも気をつける。特定の音を出すときには、特定の筋肉や特定の口、胸などの位置などを調整する。西洋の歌唱では、横隔膜や腹部に力を入れることを強調するけど、自然の声を真似するときは、もっと横隔膜のずっとずっと底の方から声を出す。そして鳥になることを想像できたら、もう体が鳥のようになって、とても自然に発声することができる。

自然の中に行ってメディテーションをおこなったり、真似する自然の音や動物の声を何度も聞いたりと、なにか特別な準備をするのですか?

Zarina: まず再現する前に、自分の周りの環境をしっかりと認識することが大事。たとえばステージ上の場合、いまどこにいて、観客はどこにいて、誰なのかを把握する。再現する風の強さは、その時の呼吸、心の状態、そしてどのようなメッセージを込めるのか次第で調整する。それから、観客の様子も観察して、彼らが何を求めているのかも理解する。まるで心理学者になったような気分で。そうすると、観客と一体化したような気分になれる。

ÙS DOJDU
Photo by Dmitry Andrew
ライブの様子

その時々の観察で、その場所と調和していくということなのですね、面白い。OLOXの楽曲では、Zarinaが発する神秘的な自然の音や動物の声に、Andreasの豪快なエレクトロサウンドを融合させている。5年ほど前にロシアで出会い、デュオを組んだそうで。

Andreas: 僕たちは新しい音楽のジャンルを作ろうとしているんだ。ネオ・シャーマニズム・フリクエンシー(周波数)スタイルというか。短い間だけ人気の小洒落た音楽じゃなくて、もっと長い間、人々に楽しんでもらえる音楽を作りたいんだ。今日制作した音楽が100年後を生きる人々を楽しませることができたら最高だと思っているよ。

自然の音とエレクトロサウンドという真逆なものを組み合わせていますが、どういう時にアイデアが浮かんでくるのでしょう。

Zarina: アイデアはAndreasから生まれる時と、私から生まれることがある。私のアイデアは、すべて私の先祖から来ているの。私を通して彼らが歌っているような。まずは私のボーカルを録音してAndreasに送って、そこから彼が音を作っていくという流れ。

この自然の音とエレクトロサウンドの掛け合わせというのは、当初からあるコンセプトなんでしょうか。

Zarina: OLOXのコンセプトは、先祖から代々受け継いだ伝統文化や暮らしの知恵と、新しいテクノロジーに囲まれている現代社会の架け橋になるようなものを制作すること。Andreasが奏でる電子的なビートは、現代的でエレガントで複雑でもある。だからか、私たちのリスナーの半数は、若い世代。これからの世代を担う彼らに、私たちの音楽を通して、母なる大地の偉大さを届けるのはとても大切なこと。

Memories
Photo by Valery Latypov
Memories
Photo by Valery Latypov

“地球の音”を含んだ音楽で地球や自然への敬意をも示している。

Zarina: 母なる大地は、私たちにすべてをあたえてくれた。次は私たちが彼女の世話をしなければならない。育ててくれた母親を殴る?母親にゴミを投げつける?しないよね。自然といい関係を保つことは、私の祖国の先祖から代々伝えられている教えのひとつ。私たちの音楽を通して、人々と自然を繋げられたら、そして少しでも環境に対してアクションを起こす若者が増えてくれたらいいな。
OLOXの楽曲では、サハ共和国の言語で歌っていることも多いんだけど、これらの言葉の裏にみなぎっているエネルギーを通じて、リスナーにメッセージが届いていると信じている。

環境に関してのメッセージといえば、OLOXのYouTubeやInstagramに投稿されているパフォーマンスビデオ『Art From Garbage』を見ました。ゴミが廃棄されている森で、Andreasは段ボールや木の枝、プラスチック製のバケツ、ペットボトルや鍋などを使ってドラムセットを作り、Zarinaの声が織りなす美しいハーモニーと共にリズムを奏でる。印象的なビデオでした。

Zarina: 友人の家の近くにゴミでいっぱいになっていた公園があって。私とAndreasは、その公園にまた人々が訪れられるようにしたくて、ゴミを片付けてきれいにしていたの。公園のゴミを一ヶ所に集めて掃除をしていたら、Andreasが「このゴミでドラムセットを作りたい」って言いはじめて。このパフォーマンスビデオを『Art From Garbage』と名づけたのは、ゴミからでも美しいものを作り出せるって意味を込めて。もちろん、多くの人に自然をきれいに保つということを心掛けてほしいという想いもある。このようなプロジェクトをこれからも続けていく予定。

ちょっと好奇心からの質問です。この自然の音、動物の声は苦手、難しい、できない、というのはありますか。

Zarina: 馬の鳴き声が苦手なんだよね。牛や馬と一緒に育ったし、生活の中心には常に馬がいたんだけど、なぜか上手くできない。ちょっと喉に痛みがあるから、あまり激しくは出せないけど、やってみるね。

(馬の鳴き真似を実演)

馬ですよ、すごい。

Zarina: いやいや、故郷の人たちはもっともっと上手いのよ!!私の馬はシャイな感じ(笑)。たぶん、私には馬のパワーがないのよね。

あなたにとって、アナログとは?

Zarina: アナログと聞いたら、最初に思い浮かんでくるのは「より良いクォリティ」。Andreasと出会う前は、私自身とてもアナログな人だった。自然の音を真似していることが、まずとてもアナログなことよね。プロセッサーやマイクでさえ使わないことだってあるんだから。

Andreas: 僕の人生といっても過言じゃない「パーカッション」や「ドラム」も、アナログだよね。

OLOX

オロックス

OLOX

ロシア出身のAndreas Veranyan-UrumidisとZarina Kopyrinaによって結成されたクリエイティブユニット。Andreasの奏でるエレクトロニック・ビートに、Zarinaの故郷サハ共和国の先住民族、サハの伝統的な歌唱法を掛け合わせた独特の楽曲制作、伝統の衣装を用いたパフォーマンスをおこなっている。米国やロシアの有名オーディション番組、またBurning Manをはじめとした米国内のフェスティバルにも出演。

HP
Instagram
Apple Music
YouTube

Words: HEAPS