「オーディオライターのヴィンテージ名機紹介」ではオーディオの歴史の中で傑作と呼ばれ、今でも愛され続ける機材をオーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきます。 今回ご紹介するのは、三菱電機のモニタースピーカー〈2S-305〉です。

三菱電機のスピーカーのブランド

三菱電機は、1921(大正10)年に三菱造船(現:三菱重工業)の電機部門が独立して創立された社で、大はエレベーターや人工衛星から小は肉眼で見えるか分からないくらいの半導体パーツまで、ほとんどありとあらゆる電気関連製品を手がける会社です。
工業化に伴う電気機械の需要増を背景に重厚長大産業を主として誕生した会社ですが、戦後復興により国民の所得が向上すると、同社の家電製品が多くの家庭でも見られるようになりました。 戦前の “公” から戦後の “私” への広がりの折衷点として存在する、といっていいのが今回紹介する製品です。

三菱電機は、戦後まもなく発売したラジオに、自分たちのコーポレートアイデンティティというべきスリーダイヤのロゴから「DIATONE(ダイヤトーン)」というブランドを冠しました。 DIATONEは、その後半世紀以上にわたって三菱電機のオーディオ機器へ付され、その言葉の響きが即ち「高音質」を表すくらいに、オーディオマニアへ浸透したものです。

こちらはアンプ内蔵型のAS-3002P(Monitor-3)と呼ばれる個体。 キャビネットの色は「協会色」と呼ばれる青みがかったグレーで、基本的にNHKへ据えられるモニター機器はこの色で納入されていた。 後述のBTS端子と同じく、現在は使われていないという。 ハードオフオーディオサロン吉祥寺にて撮影。
こちらはアンプ内蔵型のAS-3002P(Monitor-3)と呼ばれる個体。 キャビネットの色は「協会色」と呼ばれる青みがかったグレーで、基本的にNHKへ据えられるモニター機器はこの色で納入されていた。 後述のBTS端子と同じく、現在は使われていないという。 ハードオフオーディオサロン吉祥寺にて撮影。

NHKと共同で開発

家庭用のコンポーネント、とりわけスピーカーシステムに強かったDIATONEですが、少数の業務用モニタースピーカーも、世に送り出しています。 その中でも代表作といえるのが、2S-305です。

2S-305は、NHK技術研究所と三菱電機が共同開発した作品で、NHKはもちろんのこと、他の放送局やレコーディングスタジオなどでも幅広く使われた、文字通り日本を代表するモニタースピーカーです。 1958年に発表されて以来、およそ33年にわたって生産が続いたといいますから、どれほど偉大な “基準” であったかが分かります。

オーディオテクニカが所蔵する2S-305
オーディオテクニカが所蔵する2S-305

2S-305で一番大きく目を惹くのは、なんといってもキャビネットでしょう。 横幅65cmに及ぶ巨大な箱で、バッフルの左右に大きな径のラウンド加工がなされています。 カバ(樺)とラワンを積層した曲げ合板製で、1本ずつ職人が手作りしていたというから驚かされます。

内容積200リットルにもなろうかという、巨大なキャビネットにマウントされたウーファーは30cm口径と、内容積に比して小さなものでした。 一般的なスピーカーで、30cmウーファーをマウントするなら、大体70リットルから、大きくても100リットル程度ですから、その巨大さが分かります。

なぜウーファーに対してキャビネットを大きくしたのか?

現代のスピーカーシステムは、ほとんど100%例外なく「アコースティック・サスペンション」(以下アコサス)という考え方をベースにしています。 振動板が重くサスペンションの柔らかいウーファーを用いることにより、小型のキャビネットからそれまでの常識を大きく覆す重低音の再現を可能にした、革命的といえる技術です。

一方、2S-305が発売されたのは1958年です。 アコサス型スピーカーが世界を席巻するきっかけとなった、同方式の開発社・米Acoustic Research(AR)社のAR-3が発売された、同じ年のことなんですね。 ということはつまり、2S-305はアコサス以前の古典的な設計で製作された製品、といってよいでしょう。

それでは、2S-305は当時としても時代遅れの、劣った技術で開発されていたのか。 決してそんなことはありません。 アコサスはキャビネットが小さくできるから世界を席巻したものの、それで失った音質的な美点もあり、旧世代だから良くない、という対応にはならないのです。

現代スピーカーにはない性能

2S-305が有する美点の一つは、能率の高さです。 96dB/W/mという、現代スピーカーではほとんど考えられないような高能率を誇ります。 現代スピーカーの大半は87dB前後の能率で、この数値は3dB上がるごとに2倍となりますから、何と現代の標準的なスピーカーの8倍もの能率を持つことになります。

能率の数値が何を意味するかというと、アンプから出力された音楽信号をどれくらい音波へ変換できているか、ということです。 つまり、現代スピーカーを100Wのアンプで鳴らすのと同じことが、2S-305なら12.5Wのアンプでできてしまうということです。

2S-305が開発された1950年代は、未だトランジスターアンプが世に出ておらず、真空管アンプの時代でした。 つまり、大出力のアンプを作ろうとすると、とてつもない物量とコストがかかるということです。 そういう時代背景からも、古典的な設計で高能率のスピーカーが求められていた、という風にいってもよいでしょうね。

最低限に抑えられた負荷

2S-305には、現代スピーカーが失った美点がまだあります。 一般にマルチウェイスピーカーを製作しようとすると、2ウェイならウーファーとトゥイーターの間にクロスオーバー・ネットワークと呼ばれるパーツを挿入する必要があります。 ウーファーの高域とトゥイーターの低域をカットして、両者をスムーズにつなぐためのパーツです。

このクロスオーバー・ネットワークは、スピーカーの音質へ多大な、それも負の影響を与えます。 ですから、なければないに越したことはないのですが、それでもマルチウェイ・スピーカーを構築するには、どうしてもなくてはならない「必要悪」といえます。

2S-305は、そのネットワーク素子が極めて小規模であることが知られています。 とりわけ、ウーファーの高域をユニットの設計段階から自然に減衰するようにしてあり、そのためウーファーは完全にネットワーク素子ゼロという構成が成り立っています。

トゥイーターは、どうやっても低域の信号をカットしておかないと、振動板もエッジもボイスコイルもあっという間に破損してしまいます。 2S-305にも高域用ネットワークは搭載されていますが、ネットワーク素子による悪影響を最小限に抑えています。

トゥイーターは5cm口径のコーン型です。 この方式のトゥイーターは、今となっては珍しくなってしまいましたが、比較的振幅を大きく取りやすいため、ローカットのネットワークが軽くても破損しにくく、また効率的な分割振動をさせやすく、高域方向へ伸ばしやすいという特徴を持っています。

もっとも、このトゥイーターは特性からして、無理に分割振動で高域を伸ばすより、帯域内の解像度や密度感を高める方向の設計と考えられます。

1950年代当時の目線で考えてみると…

こんな構成の2S-305は、再生周波数帯域が50Hz〜15kHzと決してワイドとはいえません。 しかし、JBL4320の項でも解説した通り、当時のラジオや黎明期のテレビにとって、これくらいの帯域があれば十分だったのです。

何といっても、あのNHKが正式に採用したモニター・スピーカーです。 発売当初の1本4万7,000円というのは、現代の基準ではずいぶん廉価に感じますが、当時の大卒初任給は1万円に達していませんでしたから、現代の貨幣価値に換算すれば1本100万円くらいのスピーカーだった、といってよいでしょう。

そして、既に高度成長期ではあったものの、戦後13年目の日本はまだ貧しく、電気洗濯機、電気冷蔵庫、白黒テレビの「三種の神器」が、ようやく普及を始めた頃でした。 それでも2S-305は、放送局やレコーディング・スタジオの壁を飛び越えて、一般のオーディオマニアにもよく売れたと聞きます。

時が流れても劣化しない、2S-305が放つ魅力

私がオーディオへ深入りし始めた1980年代初頭には、あの古めかしいスピーカーは未だ現役で生産中でしたが、既にある種 “神格化” されていました。 当時は家電量販店にも立派なオーディオ売り場があり、かなり高級なコンポーネンツが棚を飾っていましたが、2S-305はそういう店にはまず置かれることがなく、ごくプレミアムなショップで稀に見ることができる、という製品でした。 駆け出しの高校生オーディオマニアには、ちょっと理解できない製品だったものです。

そんな当時の私に、2S-305の持つ強烈な “魔力” を教えてくれたのは、地元プレミアム・オーディオショップの親爺さんでした。 中古レコードを漁った帰りにフラッと寄った私に、「おう、レコード持っとるな。 このスピーカーで聴くか」と、かけてくれたのが2S-305でした。

当時の私に、2S-305の持つ強烈な ”魔力” を教えてくれた

出てきた音には、もう心臓を鷲づかみにされました。 薄暗い照明のさほど広くないホールに、弦楽合奏が気品あふれる姿でがっしりと定位し、弦の艶やかさたるや息を呑まんばかりで、それがホールの空間へむせ返るような濃厚さで広がり、沈むように消えていく。 何という情報量と表現力かと、舌を巻いたものです。

もっとも、2S-305をお使いの人からは、「さすがモニターで、フラット&高解像度だけれど、色付けがなさ過ぎて、あるいはフラットすぎて、面白いスピーカーではない」という声もチラホラ聞こえます。 私もそちらが2S-305本来の持ち味なのかな、という気はします。

しかし、2S-305はフラットで器の大きなスピーカーであるからこそ、前述の親爺さんみたいな躾け方もできるのではないか。 私はそう考えています。 確か、当時組み合わされていたアンプは、プリがMarantzのmodel 7、パワーは英QUAD IIだったように記憶しています。 いずれ劣らぬ「キャラの立った」名器ですが、若者時分の私は知らずしらずのうちに、この両者の魔力も浴びていたのかもしれません。

炭山さんが2S-305を組み合わせるなら…

2S-305はバブル期まで生き延びた超長寿スピーカーですから、ソリッドステートのアンプと組み合わせておられる人も少なくないかと思います。 それはそれで決しておかしなことではありませんし、モニタースピーカーとしてお使いになるなら、きっとそれが正解なのであろうとも思います。

しかし、あくまで個人的にではありますが、私がもし2S-305を使うなら、真空管アンプを組み合わせるだろうなと思います。 前述の通り、開発年次の1958年といえば、もちろんまだソリッドステート・アンプは世にほぼ存在していなかったわけですし、アコサス以前の古典設計スピーカーは、得てして真空管アンプと相性が良いものでもあるからです。

またそれ以上に、ある意味モニター的なニュートラルさを持つ2S-305を自分好みに味付けしていくならば、真空管アンプの持つ非常に大きな音色のバリエーションを使わない手はないと思うのです。 例えば、KT88で太くカラッとした音を追求するもよし、6CA7(EL34)でスッキリ伸びやかで力強い音を目指すもよし。 また300Bで抜けが良く肌合いの色っぽい音を狙うのもいいでしょう。

画像は福井県越前町の「悠久ロマンの杜」もりの学び舎内に設置されているもの。 ここでの組み合わせは(上段)プリアンプ:Accuphase C-200S、レコードプレーヤー、Audio-Technica AT-LPW50BT RW、(中段)ユニバーサルディスクプレーヤー:Marantz DV7001、(下段) パワーアンプ:Accuphase M60だ。
画像は福井県越前町の「悠久ロマンの杜」もりの学び舎内に設置されているもの。 ここでの組み合わせは(上段)プリアンプ:Accuphase C-200S、レコードプレーヤー、Audio-Technica AT-LPW50BT RW、(中段)ユニバーサルディスクプレーヤー:Marantz DV7001、(下段) パワーアンプ:Accuphase M60だ。

スピーカーケーブルには注意

もしあなたが2S-305の導入を望まれるなら、注意しなければならない点があります。 スピーカーケーブルです。 2S-305はとても特殊な入力端子が装備されていて、しかもそれが前期型と後期型でまた全然違うものとなっており、そこが厄介なのです。

かつて、NHKが制定したBTSという規格がありました。 放送局の使命として、厳格な基準に合格した機器を使うことで、高度かつ安定した送り出しを行うために制定されたものです。 2S-305もBTS規格に準拠し、「R305」のコードを与えられたスピーカーです。

そんな2S-305の前期型には、BTS規格へ準拠した端子の4ピンタイプが装着されています。 この端子はBTS規格が廃止されたこともあって現在もうほとんど作られておらず、入手の極めて難しいものです。 ですから、もしあなたが入手した2S-305が前期型で、スピーカーケーブルは付属していたけれど、ボロボロで新しいものに交換したいということなら、古いケーブルを修理の得意な販売店や工房へ持ち込んで、新しいケーブルの先端へ移植してもらわねばなりません。

2S-305後期型の純正4ピン・キャノン型ジャック。
2S-305後期型の純正4ピン・キャノン型ジャック。
おそらく前期型の個体であろう。 入力端子がNeutrik社のspeakON端子に取り換えられている。
おそらく前期型の個体であろう。 入力端子がNeutrik社のspeakON端子に取り換えられている。

困るのはスピーカーケーブルが付属していない前期型で、こうなるとBTS4ピンのプラグを在庫している業者を探すか、あるいはスピーカー本体へ手を入れて、入力端子を変更してしまうしかありません。

一方、後期型はバランス型XLRケーブルでおなじみのキャノン・コネクターなんですが、BTS規格に倣ってあえて圧倒的主流の3ピン・タイプではなく、4ピンが採用されています。 4ピンのXLRプラグならまだ何とか探せば見つかりますから、BTSほど大変ではないでしょうけれど。

他の部分は基本的に頑丈なスピーカーですから、実働コンディションの個体を見つけるのは難しくないことでしょう。 でも、生産完了から既に30年以上が経過したスピーカーです。 やはり購入なさるなら、しっかりコンディションを見極めた上で、家族に迎えられることを薦めます。

Words:Akira Sumiyama
Eyecatch: 長谷川雅也

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