アナログ製品を選ぶ際、どのようなポイントをチェックしていますか?製品のカタログやウェブページには、必ず「スペック(テクニカルデータ)」が記載されていますが、並んだ項目や数値の意味がわからず、戸惑った経験がある方も多いのではないでしょうか。そこで、オーディオライターの炭山アキラさんが、意外と知らない「スペック」の読み方をカテゴリ別に詳しく解説していただきました。
今回は「パワーアンプ編」。アンプのカタログを読み解く際、プリアンプ、パワーアンプ、プリメインアンプの選択が必要ですが、プリアンプとパワーアンプを理解しておけば、プリメインアンプのほとんどの項目も把握できます。そこで、プリアンプとパワーアンプの代表的な項目を中心に説明していきます。
目次
定格出力
実用最大出力
ダイナミックパワー
全高調波歪率
IM歪み
周波数特性
ダンピングファクター
負荷インピーダンス
定格出力
アンプの出力端子から、どれくらいの強さの音楽信号を出すことができるかを表す数値。

他にもアンプの出力を表示する値はあるのですが、ピュアオーディオ用のアンプでは、普及クラスを除いてこの表記を用いるのが普通です。いわば、最も厳しい基準の出力表示ということです。
普通は(20~20kHz、0.05%)といった測定条件が付されます。これは20Hz~20kHzの全域が入った測定信号を入力し、全高調波歪率(後述)が0.05%へ達したところを測定した、という意味です。
定格出力は、多くの場合8Ωと4Ω、時には16Ωや2Ωの負荷がかかった(≒スピーカーがつながった)時の値も併記されているものです。その時、16Ω→8Ω→4Ω→2Ωと順に2倍となり続けるアンプは、とてつもなく電源が強力で優秀な製品ということができます。2Ωまで倍々ゲームで出力が上がっていなくとも、8Ωと4Ωが2倍になっているだけで立派なものといってよいでしょう。
もっとも、必ずそうなっていなければいけないというものではなく、2倍にならないアンプにも優秀なものはいくらでもありますから、目安の一つとお考えになって下さいね。
実用最大出力
スピーカーに安定して供給できる最大の出力のこと。
先に説明した「定格出力」と混同されがちですが、違う基準で計測された出力の値です。メーカーや製品によって違いますが、定格出力は全高調波歪率が概ね1%以下で、多くは20Hz~20kHzの測定信号を入力して測定します(1kHzの信号を入れる場合もあります)。
一方、実用最大出力は1kHzの測定信号を入力し、歪率も10%程度まで許容したポイントの測定値です。ものにもよりますが、定格出力より大体1~3割くらい大きな数値になることが多いようです。
ダイナミックパワー
一時的なピーク時にアンプが出力できる最大の出力のこと。

定格出力や実用最大出力は、連続的な信号を入力して測定するものですが、この項目は瞬間的にでも達することができる最大の出力を示しています。
音楽信号は同じレベルがずっと続くことは少なく、特にクラシックの一部の曲は鋭いピークの集合体というべき音楽ですが、そういう楽曲のピーク成分をどこまでの音量で再現できるか、これがギリギリのところというように考えていいでしょうね。
全高調波歪率
アンプが入力信号を増幅する際に発生する歪みの割合を示す指標。

音楽信号の周波数の整数倍に現れる偽信号を高調波歪みといいます。2次、3次とどんどん高い周波数まで現れるものですが、それらを全部足し合わせ、本来の音楽信号との比を取ったのが全高調波歪率です。
ソリッドステート(トランジスター)のアンプではもはや0.1%では大きいくらいの値になっていますが、真空管アンプは1%をやや下回るくらいの数値が珍しくありません。これは真空管が増幅素子としてトランジスターより劣っているということではなく、ちょっと興味深い事情があります。
真空管の中でも特に三極管は、音楽信号の1オクターブ上のいわゆる2次高調波を多めに出す傾向があります。2次高調波は弦楽器などを艶やかに響かせる倍音とよく似た成分で、たとえそれが歪みだったとしても、適度に乗ることによってむしろ音楽を美しく聴き心地良く再生する効果があります。それで、真空管アンプはいたずらに全高調波歪率の値を追わない製品開発がされている、という側面があるのです。
IM歪み
異なる周波数の信号が同時に入力されたときに発生する不要な周波数成分による歪みのこと。

IMはInter Modulationの略で、「混変調歪み」と訳されます。レースのカーテンと網戸が干渉して、複雑な縞模様を作ることを観察された人は多いかと思います。音波にも同じ現象が起こり、2つ以上の周波数の音波が同時に鳴ると、相互干渉でいろいろな周波数の音波が生成されてしまうことがあります。アンプの回路内で起こる混変調歪みと音楽信号との比を表したのが、この値です。工業規格では、50Hzと1kHzを同時に流した時の歪みを測るように定められています。
現代のアンプでは、気にしなければならないような数値のものは全然見当たりませんが、混変調歪みはむしろスピーカーで多量に発生しています。低域の大出力でウーファーやフルレンジの振動板が大きく揺り動かされ、中域以上の再生音に干渉してしまうのです。スピーカーが大規模なマルチウェイに進むのは、特に声の帯域でこの現象をできるだけ回避したいから、という事情もあります。
周波数特性
アンプが出力できる周波数(音域)の範囲。単位はヘルツ(Hz)で表されます。
これも複数の測定方法があります。多くは1W程度の出力で限界まで広い周波数を測定したもので、現代のソリッドステート・アンプなら、中級機でもDC近くから100kHz(+0、-3dB程度)くらいまで伸びた製品が珍しくありません。
もう一つの測り方は、定格まで音楽信号を出力した際に測った特性で、概ね20Hz~20kHzを再生した際にプラスマイナスどれくらいの誤差が出るかを表示する、というものが多いようです。ある高級パワーアンプは+0、-0.2dBと表示されていました。ほぼ誤差なしですね。
ダンピングファクター
スピーカーのインピーダンスを、アンプの出力インピーダンスで割ったものを表します。

例えばスピーカーが8Ωでアンプの出力抵抗が0.8Ωだったら、ダンピングファクターは10になる、ということですね。
1980年代初頭頃のオーディオの入門書には、「ダンピングファクターは10あれば十分。それ以上高めても特性や音はほとんど変わらない」と書かれていました。しかし、その当時で既にソリッドステート・アンプはダンピングファクター100以上のものが珍しくなくなっていました。
それでは、なぜダンピングファクターを高める必要があるのでしょうか。それには、スピーカーとアンプのただならぬ関係性があります。
圧倒的大半のスピーカーは、「フレミングの左手の法則」で音楽信号を音波に変換しています。その時、特に重いウーファーが大振幅の低音を放出すると、振動板が元の位置へ戻る時に「フレミングの右手の法則」で発電機となり、余分な電力を放出してしまうのです。これを「逆起電力」といいます。
逆起電力は、放っておくとウーファー自身を余分に振動させ、さらにそれがトゥイーターへ流れ込むことで繊細な振動板を揺さぶり、混変調をはじめとする大きな歪みを引き起こします。
それを防止するには、アンプ側が一刻も早く逆起電力で起こされた偽信号を吸収してやらねばなりません。それで、アンプの出力端子は抵抗値が少ないほどいい=ダンピングファクターは高いほどいいということになるのです。現代の高級ソリッドステート・アンプには、1,000を突破したものも出てきています。
一方、真空管アンプはダンピングファクターを高く取ることが原理的に難しいものです。真空管という増幅素子は出力信号のインピーダンスが高く、そのままではスピーカーを動かせません。それで「アウトプット・トランス」という装置を出力端子の直前に備えることで、電圧を落としてその分だけ電流を増加させ、スピーカーが駆動できる状態に整えているからです。
真空管アンプでも、理論的にはダンピングファクターを10以上にすることは可能ですが、そうするとトランスが大がかりになってコストがかさむ一方、トランスによる悪影響もないわけではありませんから、あまり大規模にするのも考え物です。
いわゆるヴィンテージ・スピーカーの中には、軽い振動板を巨大なキャビネットへ収めたものが多かったものです。そしてそれらは、真空管アンプと際立って良い相性を示す一方、ソリッドステート・アンプでは何となく低音不足の淋しい音になってしまう傾向があります。
軽い振動板は現代スピーカーよりも逆起電力が少なく、そして大きなキャビネットの空間が逆起電力による偽信号を吸収しているのだろう。私はそう推測しています。
例えば公称インピーダンス8Ωのスピーカーと真空管アンプをお使いで、アンプの8Ω出力端子へつないだら何となく低音が膨らむ、あるいは柔らかすぎるとお感じになっていたとしましょう。もしお使いの真空管アンプに「4Ω」と表示された出力端子があったら、そちらへつないでみると、低域がすっきりハイスピードになる可能性があります。8Ωの端子よりダンピングファクターが2倍になるからです。
負荷インピーダンス
スピーカーにはそれぞれ固有のインピーダンス値がありますが、その中でどれくらいの範囲のスピーカーを受け入れることができるかを示した値で、特に低い方の数値へ注目しなければなりません。スピーカーのインピーダンスが低いということは、即ちアンプから電流が流れやすいということで、アンプの許容範囲以上の電流が流れると、アンプの回路が破損するのを防ぐ「保護回路」が働いたり、最悪の場合保護回路が間に合わなくて出力トランジスターが破損してしまったりすることがあるからです。
もっとも、現代のスピーカーは大半が4~6Ωで、現代のアンプもほとんどが4Ωの負荷に対応していますから、普通に使っている範囲ではそう大きな問題が起こることは稀と考えてよいでしょう。
気をつけなければいけないのは、1台のアンプに2セットのスピーカーを接続する場合です。多くのアンプにはスピーカー出力端子が2組あって、Speaker AとB、そしてA+Bを選ぶことができるようになっています。その時、うっかり4Ωのスピーカー2組をA+Bで同時に鳴らしてしまったりしたら、アンプに危険が生じる可能性がありますから、注意が必要です。
Words:Akira Sumiyama