何でもインターネットで買える便利な時代に店舗を持つことの意味について考えてしまうことも多い昨今だが、リアルな店舗にこそ文化を成熟させる「因子」が隠れていると言ったら、どれだけの人が賛同してくれるだろう(少なくとも筆者はそう信じている)。 棚に並ぶ無数のレコードに秩序はあるのか。 指を止めたレコードが、「誰か」の意図した配列に導かれたものだとしたら。

少し前に『OTHER MUSIC(アザー・ミュージック)』という、ニューヨークのイースト・ヴィレッジにあった伝説的なレコード屋を題材にしたドキュメンタリー映画があった。 巨大チェーン「タワーレコード」の向かいで営みはじめた小さな街のレコード屋は、その名の通り、メインストリームの音楽に対して “それ以外の音楽” を熱心(でマニアック)なスタッフの会話やレビューを通じて紹介し、単なるレコードショップに留まることなく、世界中に新しい音楽を発信しながら一時代を築き、00年代USインディー・シーンの震源地となった。 残念ながら、ストリーミングサービスの普及により同店は閉店に追い込まれてしまうのだが、そうやって時代の波に翻弄されながらも、今日もレコード屋の営みは続けられる。 店主たちの開業に至るまでの経緯、すなわちレコ屋店主の「レコード馴れ初め」をここでは訊いていく。

今回の舞台は、CHEE SHIMIZUこと清水啓達氏が杉並区下井草で営むレコード屋「PHYSICAL STORE(フィジカルストア)」。 DJ、選曲家、ライター、プロデューサー、レーベル主宰と多くの顔をもつCHEE SHIMIZUさんのレコード馴れ初めをご紹介。
近日中に、オーディオテクニカのVMカートリッジシリーズを聴き比べる針J企画もお届けする予定。

CHEE SHIMIZUさんのレコード馴れ初め

CHEE SHIMIZUさんのレコード馴れ初め

レコードとの出会いは?

SHIMIZU:昔はレコードが音楽に触れるための身近なメディアだったので、物心ついた頃から触っていました。 10歳の時に東京から親父の実家がある長野県松本市へ引っ越したのですが、あまり周りとは馴染めず、よく家でレコードを聴いていました。

PHYSICAL STOREについて教えてください。

SHIMIZU:2008年にORGANIC MUSIC(オーガニックミュージック)をオンラインではじめて、2019年6月に実店舗を下井草にオープンしました。

レコード屋をはじめたきっかけは何だったのでしょうか?

レコード屋をはじめたきっかけ

SHIMIZU:若い頃は内装デザインの事務所で働いたり、派遣の仕事なんかをやりながらDJの活動を続けていたのですが、29歳のときにフリーのグラフィックデザイナーとして独立したんです。 アパレル関係の仕事が多かったのですが、2000年代中頃から不景気のせいで徐々に仕事が減ってきてしまって。 以前はメンズ服のグラフィックデザインが多かったのですが、最後に残ったのは109のギャル服の仕事でした(笑)。

当時は、アパレル業界にいた方が飲食などの別業界に移行していった時期でもありましたよね。

SHIMIZU:そうなんですか? その辺はよく知りませんが、結婚したのもちょうどその頃で、ある時、カミさんが「レコード屋でもやってみたら?」と言ってくれたんです。 幸い、レコードの知識だけはそれなりにあったので、オンラインでレコードの販売をはじめることにしました。 でも、買い付けなんてしたことなかったので、よく通っていた高円寺のEAD RECORDという僕の師匠の店へ行き、アメリカの買い付けに同行させてもらえるように頼み込みました。

“知らないモノを聴きたいという欲求だけが原動力”

当時の買い付けでは、どのようにレコードをディグっていましたか? iPhoneもGoogle Mapも今ほど発達していない時代。 地図に赤ペンで印を付けて旅行に出かけた記憶があるのですが。

Face Records

SHIMIZU:2000年代中頃の話ですが、当時、ドクター西村(Dr. Nishimura)とスコットランド人のジョニー・ナッシュ(Jonny Nash)と一緒にDiscossession(ディスコセッション)というDJチームを組んでいたのですが、3人でヨーロッパツアーに行ったんです。 ロンドンのウェアハウスパーティに出演したときに、ジョニーの紹介でタコ・レェンガ(Tako Reyenga)というオランダ人に会ったんです。 のちにアムステルダムのRedlight Records(レッドライト・レコード)やMusic From Memory(ミュージック・フロム・メモリー)というレーベルを立ち上げた人です。 その翌年にタコを日本に招いて、一緒にDJツアーをしたりして親交を深めました。 オンラインでレコード屋をはじめてしばらくしてからヨーロッパに行く機会があったのですが、その時にジョニーが「チーがそっちに行くから」と伝えてくれて、タコに再会したんです。 彼はとても良くしてくれて、オランダやドイツのレコード屋さんに僕を連れ回してくれたり、音楽仲間をたくさん紹介してくれました。 それで、各国に友達ができたんです。 ヨーロッパって地続きなのでネットワークが広がってるんですよね。 それ以降は、友達を頼りに泊めさせてもらいながらDJのツアーをして、各地のレコード屋を巡っていました。

Melody As Truth(メロディ・アズ・トゥルース)のジョニー・ナッシュさんと一緒にDJツアーされていたんですか! スザンヌ・クラフト(Suzanne Kraft)などのリリースを手がけるレーベルですよね。 アンビエントの旗手じゃないですか。

SHIMIZU:そうですね。 ジョニーに限らず、その頃に出会った多くの音楽仲間が今や世界的に名の知れたアーティストやDJになりましたよ。 嬉しいことです。

レコード屋に入ってからは、どのようにレコードをディグっていたのでしょうか?

Face Records

SHIMIZU:知らないモノを聴きたいという欲求だけが原動力だったので、興味がそそられるモノはいちから聴いていくんです。 とにかく知らないモノばかりでしたから。

結局、そういう経験が大事ですよね。 知らないモノを手探りで探し当ててみる。 それがディグることの妙味のような気がします。 失敗するかもしれないけど、それが嗅覚を鍛えるというか。

SHIMIZU:僕の場合、DJとしての趣味嗜好がそのまま仕入れに反映されていたのですが、最初は誰に向けてどんなものを売ればいいかわからなかったので、続けながら徐々に感覚を掴んでいきました。

オンラインだけでなく実店舗をはじめられたのは、なぜですか?

Face Records

SHIMIZU:いつかはお店をやりたいとは思っていたのですが、2013年に『obscure sound 桃源郷的音盤640選』というディスクガイドを出版させてもらう機会に恵まれて、僕がそれまでにやって来たことをパッケージとして提示することが出来たということもあって。 何となく理解してもらえたのか、お客さんの流れも変わって来たんです。 でも、そんななか毎回購入してくれる常連さんの顔が見えないことに違和感を感じていて。 せっかくなら直接話したいですし、その方が紹介しやすいじゃないですか。 カミさんも仕事を辞めたタイミングだったので、今のこの店舗の隣の物件で一緒にやろうということになり、古着や雑貨も扱いながら、2019年6月にPHYSICAL STORE / ORGANIC MUSIC + PLANET BABYをオープンしました。 「PHYSICAL STORE」は直訳すると「実店舗」という意味です。 「ORGANIC MUSICの実店舗」ということで、半分シャレで名付けました。 フィジカルっていう単語には多少思いを込めていますけど。 「PLANET BABY」は、カミさんのセレクトショップの名前です。

実際に実店舗をやられてみて、いかがですか?

SHIMIZU:最初は半分以上が外国の方で、地方から来られるお客さんもいたのですが、コロナで客足が途絶えてしまって。 でも、高円寺、阿佐ヶ谷や西武新宿線の沿線に住む音楽好きの人たちが常連になってくれたんです。 今でも通ってくれています。 最近は若い方が増えましたし、20代の若者と60代後半のジャズ好きの方が一緒に座って話しているのを見ると微笑ましくなります。 不思議な気分ですが。

若い世代にどんな印象をお持ちですか?

SHIMIZU:僕の周りにはDJが多いのですが、彼らって、僕ら世代にはない独特の感性をもっていると思うんです。 物心ついた時から色んな情報にアクセスできる環境があるし、マニアックな音楽も偏見なく手に取ってくれる。 ニュートラルで、 “こうじゃないといけない” という頑固なところがないんです。 僕らは段階を踏んで音楽を消化していったじゃないですか。 普通に考えたらフリージャズのような難解な音楽を理解するには時間がかかるのですが、それも難なく聴いてしまうんです。

最近の買い付けも以前と変わりないですか?

SHIMIZU:自分が好きか嫌いかで判断するという意味では、基本的には変わっていませんね。 もちろん時代によって、その “好き嫌い” が変わってくるわけですけど。 10年以上前からアンビエントを紹介してきたのですが、最近はそれも一段落して、今度は現代音楽とか現代邦楽に興味が湧いてきたんです。 昔は全然興味がなかったのに面白いですよね。 アンビエントに深くハマったことで新たな引き出しが開いた感覚があって。

時代や経験とともに感覚がアップデートされていくんですかね?

Face Records

SHIMIZU:そうですね、音楽に対する理解度が変わっていくんだと思います。 例えば、以前はブライアン・イーノ(Brian Eno)の楽曲を単にアンビエントと理解して聴いていたけど、イーノのobscure(オブスキュア)レーベルから出ている音楽のほとんどが実験音楽や現代音楽だったということをあらためて認識しました。 実験音楽や現代音楽に傾倒していくうちにだんだん耳が慣れて、今度は不思議とフリージャズとかも全然聴けるようになるんです。 耳が開くような感覚の繰り返し、とでも言いましょうか。 単純に知らない音楽を聴きたかっただけなんですが。 でも、この歳になると、子供の頃に耳に残った歌謡曲なんかも随分と楽しんでいますけどね(笑)。 これもある意味、耳が開いたのかも知れません。

音楽に対するアティチュードは以前から変わらないようですが、グラフィックからライティングまで何でもご自身でこなすのは単純にすごいことだと思います。

SHIMIZU:もともと、建築デザインの専門学校を出て内装デザイン関係に就職したのですが、厳しい業界ですぐに挫折してしまって。 僕が通っていた専門学校では基礎デザインの授業が大半でしたから、それはかなり役に立っていますが、デザイン会社で働いたり、DJ経験が今に活きているというより、レコード屋をはじめてから定まってきたというのが正しいかもしれません。 文章を書くことは正直なところ得意ではないですけど、商品の説明としてキャプションを書かないといけないので、まずそれが何なのかを調べてみるところからはじまり、自主盤になると略歴もなかったりするので、自分の印象を書いてみたり。 たまたま僕がやっていたことがニッチだったのかもしれませんが、目の前のモノに対して自分でできる範囲でやるしかなかったので。

これまでの買い付けで印象に残った場所があれば教えてください。

SHIMIZU:南米ですね。 友達に連れて行ってもらったんですが、ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチンを周りました。 とくにウルグアイは面白かったです。 首都のモンテビデオに行ったんですけど、レコード屋なんて一軒もなかったです(笑)。 商店街の露店みたいなところで雑然とレコードが売られているような感じでした。 物色していたら向かいの店のおじさんが裏からレコードを抱えて出てきたり、「オレの家にもっとレコードあるからおいでよ」と言われて買いに行ったり、「日曜日に公園でレコード市やるから来いよ」とか。 陽気で良い人たちばかりでしたね。 知らないモノばかりだったので、掘りがいがありましたよ。 今でこそ南米のレコードは世界的に人気がありますけど、僕らが行った当時は80年代の南米フュージョンなんてほとんど誰も興味を持っていませんでしたから。 そういうレコードをかき集めて、いざ日本に送らなきゃいけないんですけど、言葉が通じないので大変で……。

「匂い」を残すフィジカルの魅力

宝探しみたいな感覚って、今はもうほとんどできないですよね。 何もかも発掘されてしまったし、値段も開示されている。

SHIMIZU:僕がヨーロッパを中心に買い付けをはじめた頃は、インターネットやSNSが急速に発達しはじめたときで、国際的にレコードを売買するためのプラットフォームも環境が整ってきたんですね。 そういうものを使って、レコード屋だけじゃなく個人でも容易にレコードを売買できるようになっていったんです。 Discogsがその代表例ですね。 買い付けの旅の最中に、ある自主盤のデッドストックを見つけたんです。 僕らは仲間たちと音楽をシェアするのが流儀ですから、皆でそれを楽しむわけです。 しばらくすると、小規模でもそのレコードの情報が世に出回るじゃないですか。 そうすると、言葉がわかる現地の人間がアーティストに直接連絡を取って入手したデッドストックが、Discogsのようなサイトで売買されている、というような例もあります。 インターネットのなかだけですべて完結する流れが生まれたので、これまでのようにフィジカルに足を使ってレコードを見つけてくる買い付け自体が難しくなってきていますね。 為替の問題もありますし。

Face Records

個人の動きが大きな波を生むとすれば、今後、レコード屋の役割はどう変わっていくと思いますか? 個人が価値付けできるとなると、価値観の固定化は進むような気がします。

SHIMIZU:一言にレコード屋の役割と言っても、形態によって大きく変わると思っています。 大手と違い資金力のない僕らのような個人店は、やはり個性が色濃く反映された店であった方が魅力的ですよね。 現にそういう店が多いと思います。 お客さんとの距離が近いレコード屋ですね。
先ほど話したように、すべてがインターネットで完結する方向に世の中が向かっていることは間違いありませんし、確かに、価値観の固定化はこれまで以上に進むかも知れませんが、僕は実店舗でレコード屋をやって良かったなと思うんです。 この店に来て、iPhoneと金額をにらめっこしてるお客さんってほとんどいないですし。 やっぱり、じっくり試聴してから購入を決めている。 すごく健全だと思います。 この場所で、自分で発見をして手に取ったレコードに、その場で針を落として聴いてみる。 そういう体験を通して出会った音楽は、自分のなかに刻まれますからね。

インターネットって基本的には目的があってそこに向かっていくツールですけど、セレンディピティというか、偶然の産物のような出会いや情報って、町やリアルな場所で拾うことが多い気がします。

Face Records

SHIMIZU:良い音楽を見つけるには嗅覚が必要なんですよ。 実際にレコード屋に行って、アンテナを張って、匂いをかぐ(笑)。 これは冗談でも何でもなくて、レコードって匂いが大事だと思うんです。 いろんな匂いがあるじゃないですか。 臭かったり、酸っぱかったり。 でも、それがモノの魅力で、匂いや手触りによってモノを実感できると思っているんです。 それがフィジカルの魅力のような気がしていて。 生き物とまでは言わないですけど、触れることで伝わるという意味では、それに近いところはあるなと。 インターネットって、今のところ嗅覚までは共有できないですから。

モノには匂いとともにストーリーが宿っている。 なんかロマンがありますね。 意図せずスリーブのなかから以前の所有者の手紙や写真が出てきたりして。 匂いが付くからこそ残るというのはそうですよね。 だから、自分も次の人のために大切に使おうとも思える。

SHIMIZU:僕はレコード屋なので当たり前といえば当たり前ですが、レコードはオンラインや実店舗で販売する前にクリーニングします。 DJのときもそうです。 特にリスニング・スタイルでDJをする前には、入念に手入れをします。 その方が断然良い音が鳴るし、一見、傷があるように見える盤でも何回か超音波洗浄機にかけてみたり、針を通していると音が蘇ることもあるんです。 そういう手間暇が大事ですよね。

最近ではAMBIENT KYOTOのようなインスタレーションや展示イベントもあり、「アンビエント」というジャンルも市民権を得たように感じますが、CHEE SHIMIZUさん的には、どう感じていますか?

SHIMIZU:AMBIENT KYOTOはアートの文脈からアプローチしたアンビエントという感じがしますが、敷居の高いマニアックなものではなく、普通に楽しめるように工夫されているのではないでしょうか。 もっと遡ると、2006年に原宿のラフォーレミュージアムでブライアン・イーノのインスタレーション展がありましたけど、今回はその時とは様相が違うような気がしています。 吉村弘さんへの関心も、昨今の状況を生む起爆剤になったんじゃないですかね。 音楽作品だけではなく、サウンドデザインや都市における音のあり方への提言など、吉村さんが生前に行ってきた総合的なアート活動にまで理解が進んできたんだと思いますね。 今でこそ吉村さんのレコードは高値で取引されるようになりましたけど、10年以上前はエサ箱に入ってましたから。 一過性のものではないと信じたいところです。 昨年、「CAMP Off-Tone」というアンビエント・ミュージックのフェスにDJで参加させてもらって、色んなアーティストの音楽に触れてきたんですが、彼らのクリエーションはもっと実験的で、一言でアンビエントと呼べるようなものではないんですよ。 もちろん、ブライアン・イーノを起点とするアンビエントの歴史的な流れがあってこその、新たなアプローチですが。

今後、再評価されて面白くなりそうなジャンルはありますか?

Face Records

SHIMIZU:ここ数年は、箏や尺八などの邦楽器を使った現代音楽や現代邦楽に興味があるんです。 DJの井上薫さんも偶然同じ時期に興味を持たれて、かなり聴き込んだそうです。 そんな話をできる人はそういないので、急接近して二人だけで盛り上がっているのですが(笑)。 これまで聴いてきた様々なジャンルの音楽を経て、ようやくそういうものが聴けるようになりました。 コロナの最中は外国に行くことも出来なかったですが、身近なモノに目を向けるきっかけになったんです。 箏を弾いているおじいさんの写真のレコードを聴いてみたら、ミニマルミュージックのようなことをやっていて、なかに書いている文章もすごく良いことが書かれていたりするんですよね。 自分のなかで消化できないとどうにも進めない部分はありますが、アカデミックで取っ付きづらいと思っていた現代音楽も、今聴いてみるとそうじゃない部分があることがわかってきたりする。 それは、頭でというよりも感覚的な部分なんです。 もちろん年齢というのもあるかもしれませんが、まだまだ身の周りにそういうモチベーションを維持できる材料が転がっているんだなと思って嬉しくなる半面、お店の方はというと、どんどん興味が移ってラインナップが次々に変わっていってしまうんで、なかなか商売にはなりませんが(笑)。

PHYSICAL STORE

Face Records

〒167-0022 東京都杉並区下井草4-32-17 第一陵雲閣 107
050-1428-8756
info@organicmusic.jp
OPEN:15:00~21:00(定休日:水木)

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Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)