ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文が発起人となり、今年3月にグランドオープンを迎える滞在型音楽制作スタジオ「MUSIC inn Fujieda」は、静岡県藤枝市にある土蔵を丸ごとリノベーションして生まれた。

天井高を生かした響きのある録音環境、能登や熊本の被災地からレスキューされた古材、そして “場” そのものが積み重ねていくムード。そこには、後藤正文が若い音楽家を支援するために立ち上げた「APPLE VINEGAR」の思想、すなわち作り手が息をしやすい環境を整えるという視点が通底している。

DAWの進化に伴い、自宅でも音楽が作れる時代に、あえて “身体ごと集まる場所” を持つ意味とは何か。設立の経緯から音作りの思想、そして “アナログ” の感覚まで、話を聞いた。

根底にあるのは、お金やヒエラルキーに絡め取られない場所作り

後藤さんが、藤枝に滞在型音楽制作スタジオ「MUSIC inn Fujieda」を設立したのはどんな経緯があったのでしょうか。

僕の同級生が当時、市役所の職員で、空き家対策課に配属されていたんです。空き家に関するイベントや内覧会のお知らせ、リノベーションした人たちの事例紹介などを、彼がFacebookに投稿しているのを見かけてコンタクトを取ったのがそもそものきっかけですね。少し前からスタジオの設立を構想していて、静岡ならきっとお茶の倉庫などたくさんあるだろうし「いい物件が出てきたら教えてほしい」と。

彼がいくつか物件を挙げてくれたのと並行して、僕自身も街を歩き回りながら場所を探し続けるなかで、藤枝江﨑新聞店の江﨑晴城社長と出会いました。江﨑さんに、「うちの蔵を使っていいよ」と言ってもらえたことで本格的に進めることができたんです。

MUSIC inn Fujied・土蔵スタジオの外観

スタジオの設立は、後藤さんが立ち上げた若い音楽家を支援する団体「Apple Vinegar」の理念とも繋がっていますか?

2018年に設立した日本の音楽賞「APPLE VINEGAR – Music Award -」は、若くて優秀なミュージシャンたちに機材や金銭面で支援を届けたい、という目的で始めたものでした。根っこにあるのは “若い人たちが活躍しやすい環境を作りたい” という思いです。

音楽賞って、どうしても広告主導になったり権威的になったりして、お金やヒエラルキーに引っ張られやすい。そうではなく、現場で工夫しながら面白いものを作っている人たちや、宣伝に大きく投資できない中堅のアーティストが作ったブレイクスルー的な楽曲たち……そういったものに焦点を当て、「ちゃんと聴いていますよ」とエールを送る場が欲しかったんですよね。

その延長線上で、こういうみんなが安く使えるスタジオを作り、NPOとして支援もする。そういう体勢を作ることでいい作品が生まれやすいと思ったんです。Apple Vinegar的には、最初に思ったことと一本筋が通る形になったので、気持ちよくなりました。

MUSIC inn Fujiedaに宿る “今、ここ” を超えた繋がり

いったん更地にするのではなく、土蔵の構造を生かしたまま、丸ごとリノベーションする形で作ったそうですね。

正直、この土蔵を潰して新しいスタジオを建てたほうが、面積も広いし機能も充実するし、費用も安いんですよ。でも、それだと作る意味がないというか……静岡の知らない街に東京と同じスタジオを作りました、だと、「だったら東京で借ります」ってなると思うんです。

もちろん、作るならユニークなスタジオにしたいという思いもありました。土蔵を潰すんじゃなくて、この街の景観を守りながら、この中で何ができるかを考えるほうが圧倒的に面白い。みんなが来たくなるような、 “そこじゃないと録れない” ユニークさを目指せるのかな、と。

そもそも蔵を探していたのも、「天井の高いところでドラムを録りたい」というところから始まってるとおっしゃっていましたし。

そうなんですよ。お茶の倉庫って、とにかく天井が高いので。都内のスタジオでも、少し予算がある人は比較的大きめのところを使えたりするけど、大きいといっても限界があるし、天井の高さもそこそこという感じ。

「とりあえずドラムを(反響の少ない)デッドな環境で録っておいて、部屋鳴りは後からプラグインで足す」みたいな作り方では、楽しさも半減するというか。そういう意味でも響きのある場所にはしたかったんですよね。

振動が伝わらないよう、MUSIC inn Fujiedaは古い土蔵の中にスタジオを独立させてリノベーションされた。蔵全体をジャッキアップするところから始まり、床を二重にして、間にゴムを挟み、その上に木をもう一度打つなど、細かい工夫が施されている

木材は、能登の震災の時のものも再利用しているそうですね。

隣のコントロールルームに敷いてある板は、能登のヒバ材を使っています。それから能登の寺院からレスキューしてきた松を、壁にも用いています。地震でお寺の基礎がずれてしまうと半壊扱いになって修復も難しく、取り壊しになることも多いらしくて。解体されると、あとは燃やされるのを待つだけになってしまうんです。そういう古材をレスキューしている人たちがいて、そこから譲っていただきました。

ここ静岡はもちろん、たとえ東京や大阪に住んでいても、いつか大きな地震に遭うのは間違いない。もちろん規模が小さいことを願いますが、こうやって被災地と繋がることは、災害への意識を高めたり、実際に起きたあとスムーズにコミュニティーが機能したり。そういう土台を持っておくうえでも、とても大事なことだと思います。

MUSIC inn Fujieda・コントロールルームにて
ケーブル類をかけている木材は、土蔵の窓枠を再利用して制作されたものだという

スタジオにはさまざまな種類のマイクが常備されていますが、マイクブランドとしてのオーディオテクニカにはどんな印象がありますか?

これはお世辞でもなんでもなく、オーディオテクニカのマイクはいいですよ。フラットで、自然に録ってくれる感じがある。同じ価格帯で海外のマイクを使うと、「うわ、これ絶対ハイが上がってるよな」みたいな特性のものもあるんですけど、ちゃんとニュートラルなんですよね。

若い子に「何を買ったらいいですか?」と聞かれたら、「『AT4050』があれば大丈夫」と言いますね。わりと丈夫で壊れにくいし、いろんなところに立てられる。指向性も変えられるので、本当にオールマイティーなんです。

僕自身、歌を別のマイクで録った後、コーラスはAT4050で録ることも多いですし、デモの段階だったら、ほぼAT4050で録っちゃうこともある。入門としても、まず間違いないですね。

MUSIC inn Fujiedaで使われるAT4050。日本メーカーを中心に機材を選定している

アナログは、わかりやすい言語化の対極にある “複雑さ” とマジック

今はDAWも進化して、自宅でもスタジオ級の音質で曲が作れる時代です。あえてこういうスタジオを作る意義は、どこにあると考えますか?

スタジオで録る醍醐味の一つとして、「思ってもいなかったような音になる」ことがあると思うんですよ。プラグインやシミュレーター、サンプルを選んで作っていくのは、基本的には思ったとおりに、イメージに近づけていく作業。

もちろんここでも同じことはやるんですけど、ある種のエラーが起きて、それがそのまま新たな発想につながっていくことがしょっちゅうあるんです。場があるのは、そういう面白さが大きいですし、みんなで音を出すってシンプルに楽しいじゃないですか。

それって音だけじゃなくて、予期せぬ出会いも同じかなと。「ネットでも出会いはあるよ?」と言われれば確かにそうなんですけど、身体を伴った交流だと、もう少し強く何かが交換されるというか、情報量が全然違う。人と会うことでわかることって、たくさんあるし、言語情報だけでは処理できないものも交換できる。それを “その場” で共有できるのは、すごく大事だと思うんです。

それこそ高校生や大学生のころに、こういう場所を使い倒せたら、きっとそれだけで素晴らしい経験になるでしょうね。後藤さんも、そんなふうに考えていた時期はありましたか?

やっぱりインディー時代は「無限にスタジオが使えたら……」と思っていましたよね。いや、むしろ自分たちの頃より、今のインディーの子たちと一緒に作品を作るようになってからのほうが、時間の足りなさをより痛感するようになりました。やっぱりレベルも上がっていますしね。

でも、スタジオは2日しか使えないから、1日に何曲も気合いで録る、みたいな現場もある(笑)。だからこそ、こういう場所がある意味は大きいと思うし、土日メインで働きながら音楽をやってる人たちにもぜひ利用してもらいたいですね。

そういう、インフラの整備みたいな意識もありますか?

全員を助けられるわけじゃないけど、縁があってここに来た子たちには、「こうやってやるんだよ」くらいは伝えられるかなと。実際にスタジオでできることは、スタジオに来ないとわからない。実際に手を動かしてみたり、現場で失敗してわかることってたくさんあって。シミュレーターとは違うんですよね。

ミキシングコンソールのAPI「MODEL 1608」をはじめ、SSL、Neveなど、機材環境も充実
コントロールルームにあるスタジオモニターはATC「25mk2」

効率化や最適化が進む音楽制作のなかで、あえて身体を伴って音と向き合うことは “アナログ” なことだと思いますが、そこにはどんな意味や可能性があると後藤さんは感じていますか?

たぶんアナログにこだわることは、「複雑さをどうやって取り戻すか」ということだと思うんですよ。たとえばレコードの針だって、溝に刻まれた物理現象として音をもう一回拾ってるわけで、0/1でデジタルに解析せずに音が出せる、みたいな面白さがある。

でも今はみんな、複雑さに耐えられなくなってきているというか。複雑なものを複雑なまま持ち帰れなくなって、何かしら反応なり評価なりに支えてもらわないと、いいかどうかすらわからなくなっている気がしますよね。それが不安だからこそ、とにかくわかりやすく言語化して、すぐに “結果“ や “答え“ に結びつけてしまう。

レコーディングだってそう。録る前からガチガチの設計図を組み立てても楽しくないし、間違えて踏んだエフェクターから破滅的な音が出ちゃったけど、みんなで爆笑して「これいいな」みたいな(笑)。そういう瞬間にマジックがあるわけじゃないですか。

「音楽は、何かを言葉に置き換えないままやりとりができるから、素晴らしいんだと思う」

とはいえ、これからも僕たちは、何でも言語化できるかのように錯覚していくと思うんですよね。なぜかというと、AIが出てきたから。AIは言語ベースなので、何でも言葉で言い当てようとしたり、コードや数式で再現したりするわけですよね。

でも、人ひとりの複雑さっておそらく言葉やコード、数式では表しきれない。細胞一つひとつまでスキャンして再現なんてできないし、解像度の高いCGみたいにそれらしく見せることはできても、あくまでもフェイクでしかない。

だいたい、隣にいる人はおろか愛する家族のことだって、僕らはわかりようがないんです。自分のことだってわからないんだから(笑)。もっとも複雑なものがこんなに身近にあるんだから、それをもう一度確認し合っていかないと。みんな、単純明快な答えや結果を求め合ったり奪い合ったりするけど、そうした流れの中で “アナログ” や “ボディ” が置いてけぼりにされている感はありますよね。

最近はみんな、神にでもなったかのように何もかも解析できると思いがちですけど、そんなことはない。もちろん「言語化しよう」っていう営み自体は文学としてあるから、それはそれでやるんですけど、できないこともある。畏怖というか、そういう感情や感覚へのリスペクトと恐れが合体したような気持ちは、これからも忘れずに持ち続けたいと思いますね。

「ことば」は人間にとって大事なものだけど、あくまで一要素でしかなくて、そこがすべてではないということでしょうか。

たとえばコンサートや映画に行くと、「よかったね」「楽しかったね」みたいな言葉で、いったん回収して帰るじゃないですか。でも、その言葉の周りには、言語化してない感情や感触、あるいは記憶みたいなものが残っているはずなんですよ。それでいいんじゃないかな、と思うんです。

「なんだかよくわかんなかったけど、すごいものを見たことだけは確かだ」みたいな時って、あるじゃないですか。むしろ、必ずしも言語として取り出す必要はないというか。だからこそ、俺たちは楽器を弾いたり歌ったりしてるわけで(笑)。音楽は、何かを言葉に置き換えないままやりとりができるから、素晴らしいんだと思う。

MUSIC inn Fujiedaで収録された『フジエダ EP』収録曲

後藤正文

1976年静岡県生まれ。ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル&ギター。新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。インディーズレーベル『only in dreams』主宰。

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MUSIC inn Fujieda

130年の時を刻んだ土蔵を改装したスタジオは、歴史の息づかいと最先端の音響技術が融合する特別な空間。生ドラムの力強さから繊細なニュアンスまで、音を余すことなく収録できます。音響のプロフェッショナルが設計した環境でのレコーディングは、ミュージシャンの表現を解き放ち、唯一無二の音源制作を実現します。

HP

Words:Takanori Kuroda
Photos:Tatsuya Hirota
Edit:Shoichi Yamamoto

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