環境音が個々のウェルネス、ウェルビーイングに関わることはもはや周知の事実で、音を整えたウェルビーイングなオフィスづくりなんかもすすんでいる昨今。

この環境音がウェルビーイングに大きく関わるのは、野生の動物にとっても同じこと。 そしてそれが、 “恐怖をもたらす音” である場合、生存や繁殖力にも関わってくるという。

南アフリカの平原に生息する動物たちの多くに共通する、恐怖の音がある。

NYを拠点に、世界各地のシーンを独自取材して発信するカルチャージャーナリズムのメディア『HEAPS Magazine(ヒープスマガジン)』が、Always Listening読者の皆さまへ音楽にまつわるユニークな情報をお届けします。

95パーセントの動物が逃げ惑う音

南アフリカにある、クルーガー国立公園で働く研究者たちによる「Ecology Of Fear(恐怖の生態学)*」における “音” に関する最新の研究結果が興味深い。

南アフリカのサバンナのサウンドスケープにはさまざまな音がある。 草原が風にゆれる音、鳥のさえずり、木の葉が小動物と擦れる音、昆虫たちが行き交う音、サバンナの「ビッグファイブ」こと、ライオン、ヒョウ、ゾウ、サイ、バッファローたちがそれぞれに発する音。 あげたらキリがない。 環境の変化を知らせる音やそれぞれの種の捕食者が発生させる音など、警戒すべき音に溢れているが、哺乳類が他に類を見ないほどに逃げ惑う音があるという。

*動物が経験する、捕食者が被食者に与えるストレス、心理的影響を説明するもの。 繁殖力や生存に関わるため、生態系形成に実質的な影響力で関わるとされる。 近年の生物多様性の考え方によって広まりつつある。

ライオンの咆哮か、はたまたゾウの足音か? つんざくようなフクロウの鳴き声か…。 いずれも不正解。 正解は「ヒトの声」だ。 さらに、怒号や叫びなどでなく「普通の話し声」だ。

同研究によると、多様な野生動物が利用する水場で、野生動物が私たち人間の話し声を聞いたとき、ライオンの声と比較して水辺から40パーセント増しの速さで退散するという。 95パーセントの哺乳類動物にあてはまるそうだ。

ところで、動物たちはどうやって「人間の声」だと見わけているのか。 種を危険に晒す捕食者の音は急速にそのコミュニティの中で広まり、何世代にもわたって伝えられるといわれている。 人間の音に対する反応がそもそも備わっているのか学習されたものなのかは明らかでないが、「人間に対する恐怖」がアフリカの野生動物たちに根付いているということに疑問はないだろう。

恐怖の音があたえる影響は?

また、この音への恐怖は、心理的な影響、つまりストレスにはとどまらない。 同研究の筆頭著者、ウェスタン大学の教授 Liana Y. Zanette(リアナ・ザネット)はこう話している。

「捕食者を怖がるだけで、その種の個体数に影響をあたえる可能性があります」。 実験では、捕食者がいると考えた場合、親が産める子どもの数は53パーセントまで減ることを示した例もあげている。 自分たちが生息するサバンナに「人間がいる」と認識することは、その種の生存や繁殖にも関わるということだ。

だが、この恐怖を生態系保存のために逆に役立てられるかもしれない、とも。 「人間に対する恐怖を、種の “保護” のために利用できる道もあるかもしれません。 例えば、密猟です。 違法狩猟がおこなわれている地域において、そのエリアから遠ざけさせるために人間の話し声を利用できるかもしれません」。 実際に、サイの密猟の多い地域では、人間の話し声の流れるスピーカーが設置された場所には近づかなかった、という研究結果もある。

野生生物にとっての “音” は、個体の生存に関わるものであり、また種の反映にも関わるもの。 連鎖を考えれば、私たち人間の声は、生態系そのもののウェルビーイングにも関わってくるということだ…。

Words:HEAPS