今、世界的な再注目の最中にあるアナログ・レコード。 デジタルで得られない音質や大きなジャケットなどその魅力は様々あるが、裏面にプロデューサーやバックミュージシャン、レーベル名を記した「クレジット」もその1つと言えるだろう。

「クレジット」――それは、レコードショップに並ぶ無数のレコードから自分が求める一枚を選ぶための重要な道標。 「Credit5」と題した本連載では、蓄積した知識が偶然の出会いを必然へと変える「クレジット買い」体験について、アーティストやDJ、文化人たちが語っていく。 あの人が選んだ5枚のレコードを道標に、新しい音楽の旅を始めてみよう。

鈴木惣一朗が考える「アナログ・レコードの魅力」

アルバムを聴くということは、初めての場所を<旅をする>ようなもの…だから、そのクレジットは<旅のしおり>。 はるか昔、修学旅行の前の日。 <しおり>を何度も眺めながら、ワクワクして眠れなかったものです。

Stuff 「More Stuff」

Stuff「More Stuff」

高校時代、実家のそばには2軒のレコード店しかなく、アーバンなシティ・ポップのアルバムばかり買っていました。 短期間ですが<ソフト&メロウ>という日本独自のブームがあったのです。

その音楽群には<心地よさ>という共通のテーマがありましたが、次第にぼくは、その伴奏を手がけるアレンジャーやプレイヤーたちのセンスが良くないと<ダメだ!>と気づき始めました。 そこから、アルバムを買う際に、必ず、裏ジャケのプロデューサー名や、スタジオ、演奏者名を細かくチェックする癖のようなものがついたのだと思います。

当時は、月に、1~2枚しか貴重なレコード盤は買えなかったのです。 失敗は絶対に許されなかった(良くないと思っても、一ヶ月間はそのアルバムを聴かなければいけないのです)。 ここでぼくは、音楽の千里眼のようなものを学んだのだと思います。

ほのかなマッチ・ジャケットが素晴らしい本作『More Stuff』は、ディスコで有名な<Van McCoy(ヴァン・マッコイ)>のプロデュースによって、ガッチリとスタッフ・サウンドが確立した2作目です。 参加アーティストは<Cornell Dupree(コーネル・デュプリー)(g)、Eric Gale(エリック・ゲイル)(g)、Gordon Edwards(ゴードン・エドワーズ)(b)、Richard Tee(リチャード・ティー)(key)、Steve Gadd(スティーヴ・ガッド)(ds)、Christopher Parker(クリストファー・パーカー)(ds)>…今、こうやって名前を連ねるだけでも痺れます。

この時期(1977年)6人のグルーヴは、数々のセッションを繰り広げたあげく洗練の極みに達していました。 ぼくは、翌年の来日の折には、飛んで観に行きました。 目の前で観ることが出来た彼らは、本当に強力なサウンドで「Stuff(スタッフ)のサウンドは、つまらない歌ものよりも優っている」と感じました…ここで養われたリスニング感覚が、その後のYMO体験へとつながっていきます。

Martin Denny 「Exotica」

Martin Denny「Exotica」

アメリカの西海岸/バーバンク・サウンド(ワーナー/リプリーズ)をオーガナイズした<Lenny Waronker(レニー・ワロンカー)>というプロデューサー名を認知したのは、Van Dyke Parks(ヴァン・ダイク・パークス)の『Discover America』(1972年)だったと記憶します。 <Waronker>という一風変わった名前の響きは、その後のぼくの音楽空間を支配しました。

細野晴臣さんからの影響で、1950年代のエキゾチック・サウンドに夢中になってゆきます。 ある日の夕方、『Exotica』(1957年)のクレジットをぼんやりと眺めていたときです…プロデューサー名が<Sy Waronker(サイ・ワロンカー)>であることを知りました。 またしても<Waronker>なのです。 彼は偶然にも<Lenny Waronker>の父親だった。 こうした事実の発見が、アナログ・レコードを買う醍醐味になりました。

時は流れ。 今度はオルタネイティヴ・ロックのBeck Hansen(ベック・ハンセン)のアルバムクレジットに<Joey Waronker(ジョーイ・ワロンカー)>と見つけます。 やはり!<Waronker>なのです。 「もしかしたら」と思い調べると、今度は<Lenny Waronker>の息子だったのです。

<Lenny Waronker>を中心とした<Sy Waronker><Joey Waronker>の発見は、一般誌のミュージシャン・ツリーには書かれていない、ぼくだけの発見でした。 それ以来、サブスクの時代を迎えても、クレジットは<よーく、自分で調べること>と思い、今日まで音楽を楽しんできたのです。

Bill Evans 「You Must Believe In Spring」

Bill Evans「You Must Believe In Spring」

アルバム・クレジットの上段に書かれた<プロデューサー>って、演奏をするわけでもないのに「何をやる人なんだろう?」と子供のころ、考えていました。 その疑問に答えてくれたのが、数々の傑作を世に残した<Tommy LiPuma(トミー・リピューマ)>でした。 『You Must Believe In Spring』(1977年)は、Bill Evans(ビル・エヴァンス)の数あるアルバムの中で、ぼくがもっとも深く聴いたものです。

渋谷に出来たばかりのタワーレコードの3階で「もう、エヴァンスは卒業かな?」なんて思っていたときに、ジャケ買いしました。 プロデューサーに<Tommy LiPuma>、エンジニアに<Al Schmitt(アル・シュミット)>と書いてあるだけで「傑作!」と信じました。 エヴァンスの演奏はもちろん、リピューマが彩るプロダクションのすべてに、ため息が漏れました。 ぼくも将来、<プロデューサー>と呼ばれる職業になってみたいと、このとき、思ったのです。

V.A. 「Sounds of Silence」

V.A.「Sounds of Silence」

一時期、現代音楽のJohn Cage(ジョン・ケージ)の影響からか、何の音楽も入っていない<無音のアルバム>を探していた時期があります。 おそらく、大量の新作を聴くことに疲れていたのだと思います。

<無音のアルバム>で、今、所有しているのはパントマイムのMarcel Marceau(マルセル・マルソー)のライヴ盤など、3種類ほどあるのですが、やはり最高なのはコンピレーション・アルバム『Sounds of Silence』になります。

Simon & Garfunkel(サイモン&ガーファンクル)のジャケットに、『静寂の響き』というステッカーがラフに貼付してありますが、クレジットを見てびっくり!…John Lennon(ジョン・レノン)、Sly and the Family Stone(スライ・アンド・ファミリー・ストーン)など計30アーティストの曲を集めたとあります。 盤面にはきちんと送り溝もあって、<次は誰のどの曲になったか>が目認できるのです。

このアルバムをコンパイルしたフィクサーが誰かわかりませんが、それよりも、こんなにも数多くのアーティストが「無音」を作品化していたことに、とにかく驚きました。

Willie Nelson 「Teatro」

Willie Nelson「Teatro」

有名なカントリー・シンガーWillie Nelson(ウィリー・ネルソン)。 それまで、ぼくは熱心な彼のファンであったとは言えないのですが、『Teatro』のジャケットを手にしたときには震えました。 クレジットには、カリフォルニアの廃れた映画館(テアトロ)を改築して録音されたとあり…<そんな素晴らしいアイデアを強行したプロデューサーは誰なのか?>と思いクレジットを見て、ひどく驚きました。

プロデューサーの<Daniel Lanois(ダニエル・ラノワ)>はBrian Eno(ブライアン・イーノ)周辺の仕事でも感心していましたが、本作にも参加しているEmmylou Harris(エミルー・ハリス)の『Wrecking Ball』(1995年)がとにかく素晴らしかった。 けれども、Willie Nelsonを手掛けるとは思っていなかったのです。

アルバム発売時期、Wim Wenders(ヴィム・ヴェンダース)によるレコーディング映像もビデオ販売されていましたが、そのエンディング部分には、元The Band(ザ・バンド)のリーダーRobbie Robertson(ロビー・ロバートソン)が観客席でポツンと観ている様子が映っていました。 当時のロバートソンは現役を退き、いわゆる重役ポストに甘んじていた状況です。 ぼくは<何をやっているんだろう?>と不思議に思いました。 そして「こんなクリエイティヴな現場を見せつけられて、どんな気持ちだったのだろう」と、音楽という世界の紆余曲折を、ひしと感じました。

鈴木惣一朗

1959年、浜松生まれ。 音楽家。 83年にインストゥルメンタル主体のポップグループ “ワールドスタンダード” を結成。 細野晴臣プロデュースでノン・スタンダード・レーベルよりデビュー。 「ディスカヴァー・アメリカ3部作」は、David Byrne(デヴィッド・バーン)やVan Dyke Parks(ヴァン・ダイク・パークス)からも絶賛される。 近年では、程壁(チェン・ビー)、南壽あさ子、ハナレグミ、ビューティフル・ハミングバード、中納良恵、湯川潮音、羊毛とおはな等、多くのアーティストをプロデュース。 2013年、直枝政広(カーネーション)とSoggy Cheeriosを結成。 執筆活動や書籍も多数。 95年刊行の『モンド・ミュージック』は、ラウンジ・ブームの火付け役となった。 細野晴臣との共著に『とまっていた時計がまたうごきはじめた』(平凡社)『細野晴臣 録音術 ぼくらはこうして音を作ってきた』(DU BOOKS) ビートルズ関係では『マッカートニー・ミュージック~ポール。 音楽。 そのすべて。 』(音楽出版社)他に『耳鳴りに悩んだ音楽家がつくったCDブック』(DU BOOKS)などがある。 最新作は初のヴォーカル・アルバム『色彩音楽』『エデン』『ポエジア~刻印された時間』(Inpartmaint Inc .)

Edit:原 雅明 / Masaaki Hara