現代の耳で聴くと、演歌には驚くほどユニークで実験的なサウンドが潜んでいる。歌とメッセージの陰に隠れがちなアレンジャー(編曲家)の仕事に光を当てれば、演歌は途端にクールな音楽に変貌する。
明治期に演説歌として生まれ、1960年代に流行歌として定着した演歌は、七五調やヨナ抜き音階、「コブシ」「唸り」といった歌唱法で特徴づけられ、「日本的」なイメージが強い。しかし現代のリスナーには日常的なポップスとして認識されず、海外でシティポップや歌謡曲が再評価される中、演歌だけが取り残されている。
歌唱や歌詞が重視される一方で、アレンジや演奏は顧みられにくい。過剰なエコーやむせび泣くサックス、ラウンジ感漂うエレクトーンなど、レコード盤でこそ際立つ音像がそこにある。型を守りつつ大胆な工夫を許す自由度もあり、無数の「ご当地ブルース」にも編曲家のひねりが潜む。
演歌の再発掘を志すミュージシャン入岡佑樹による、究極にニッチな演歌ディスクガイド。アレンジャー(編曲家)にスポットを当てて、その技の魅力と共に楽曲を紹介していこう。
猪俣公章〜枯山水のようなスウィート・ソウル〜
古賀政男*に師事、ビクターレコードでの下積み時代を経て、盟友・森進一のデビューを契機に売れっ子作家への道を駆け登った猪俣公章。森のデビュー曲「女のためいき」、100万枚を売り上げた「港町ブルース」、これらは後の演歌・ムード歌謡のトレンドに大きく影響を及ぼした。テレサ・テンに提供した「空港」や、水原弘のカムバック作「君こそわが命」など、数多くのヒット曲を残した稀代の作曲家である。
作曲家として世に出た猪俣だが、実はビクター内での初仕事は編曲。森のデビュー6作目までは編曲も兼ねており、その後もしばしば自作曲では編曲も行っている。こと60年代の作編担当作については、そのほとんどがギターのバッキング主体の無駄のないシンプルなアレンジで、どこか枯山水のような情緒が漂っている。
編曲家が別の「港町ブルース」などとは、同じ猪俣作曲でもまったく異なる質感である。情感あふれる猪俣のメロウなソングライティングが、生々しい音像・アレンジと合わさり、ビンテージ感が前面に出た唯一無二のスウィート・ソウルになる、猪俣純度の高い初期の森作品を紹介したい。
*古賀政男:「古賀メロディー」と呼ばれる数多くのヒット曲を生み出し、日本の歌謡曲の礎を築いたとされる作曲家。1978年、73歳で逝去。
退廃的なビンテージサウンド。猪俣編曲の初期森進一作品
危険な香りのスウィート艶歌/森進一「女のためいき」(1966年)

80万枚を売り上げた森進一のデビュー曲。猪俣曰く「大バクチ」、テレビの歌番組から待ったが入るほどの悶え倒し歌唱に、浮遊感のある口笛とサイケなギターが絡みつく、甘く危険な香りのするスウィート艶歌の金字塔。
ベースの音色が特徴的で、まるでミュートしたギターをユニゾンで重ねたような、アタック感が強調された独特な音処理になっている。藤本卓也作品でもよく聴くサウンドだが、このベース音は猪俣アレンジでも頻出する。
森の嗚咽を引き立てる大胆なブレイク/森進一「東京みれん」(1966)

猪俣×森タッグの2作目。夜のネオン街をヨタヨタとあてどなく彷徨うような、ぽつねんとした雰囲気が胸を打つフォーキーなロッカバラード艶歌。大胆なブレイクや間を多用したアレンジは、演奏の合間を縫うように立ち止まり、嗚咽する森の存在感を引き立てている。
セールスはデビュー曲ほど振るわず中古市場でも品薄だが、間違いなく猪俣アレンジの真骨頂。見つけたら即買いだ。
凛としたガットギターに破裂するベース/森進一「女のギター」(1967)

タイトルの印象そのままの凛としたガットギターのソロで幕を開ける、森進一5枚目のシングルのB面曲。猪俣お得意のメロウなロッカバラードで、メロディや歌唱は情感が溢れんばかりの一方、シンプルでアコースティックなバッキングはとても涼しげ。毎度クセのある音色のベースはいよいよアメリカンクラッカーのような破裂音を放つまでになり、それが心地よい違和感を演出している。
【入岡佑樹ミニコラム】演歌は民謡に追いつけるのか
民謡と演歌は別物だが、親和性はある。民謡出身の歌手が演歌を歌うケース自体はさほど珍しくない。メジャーな歌手だと三橋美智也や細川たかしが民謡出身。三橋は最近、本人が東京キューバン・ボーイズの演奏をバックに三味線を引き倒している『三味線リサイタル』がサブスク解禁されたので要チェック。また、演歌界から民謡へ向かったケースでは、2025年にレコードでリイシューされた大月みやこの名盤『日本民謡ラテン・フィーリング』が記憶に新しい。
近年、民謡をヒップな文化として再評価する機運が続いている。民謡クルセダーズをはじめとする新世代のパフォーマーや、普及に努めてきた演者、研究家、セレクター達のたゆまぬ努力・功績あっての再評価だ。演歌も、本連載で紹介しているようなマイナーな演歌のサブスクが解禁されることで、演歌のイケている側面に多くの人が気づくのではないかと期待している。
入岡佑樹

1987年生。軽音楽グループ・Super VHS主宰。『レコード・コレクターズ』などで執筆するかたわら、近年は「SWEET ENKA」という演歌 / ムード歌謡の新しいリスニングスタイル提唱し、DJやMIX制作などの活動を行なっている。
Photos & Words:Yuki Irioka
Edit:Kunihiro Miki