フィールドレコーディングの実践からは、音の風景を記憶する楽しみや、録音素材の音楽制作や効果音制作などへの実用性のほかにも、得られる大きなものがあると思います。 それは、耳の感度の向上、いわば、「耳のアップデート」ではないでしょうか。 今回はフィールドレコーディングを通した音の愉しみ方について、音楽家、録音エンジニア、オーディオ評論家の生形三郎さんに解説していただきました。

マイクは人間の耳を拡張する道具

録音を通して世界を聴いてみると、これまで聴こえなかった、あるいは、聴き逃して素通りしていた音が聴こえた、という経験をすることが多くあります。 マイクロフォンというツールは、望遠鏡や顕微鏡のように、ある意味で人間の耳を拡張する道具とも言えるからです。

例えば料理で言えば、味覚の感度が上がれば、素材の旨味や出汁の奥深さにさらに気がつくことができ、「喫する」という体験をより立体的に楽しむことが出来ます。 それと同じように、音に対する感度が上がれば、例えば、レコードで楽しむ音楽の、演奏や楽曲、音の旨味や妙味をより深く味わえるようになると私は考えます。


すると、作り手が生み出した作品から得られる感動や喜びが倍増します。 また、音楽の聴取に留まることなく、自身の身体の所作や振る舞い、発声など、その人が発する音によって周囲に与える印象までが、もしかすると変わってくる可能性もあると感じています。

”当たり前”から発見できる面白み

また、サウンドスケープの記事で触れた内容とも繋がりますが、世界を音環境の視点から眺めてみたときの、心地よい音の在り方、また、自身が心地よく居られる音環境についても、より実際的に自覚できると思います。 例えば旅先の山で聴いた鳥の声や風に揺れてさざめく枝葉の音などが、これまでよりも一層精彩で細かく、美しいものとして聴こえてくるかもしれません。


日常で接する様々な音、お皿やコップの音、足音など、例えば子どもが何でも興味を持って音を出して喜ぶように、なんてことの無い些末なことにも美しさや面白さを見出すことが出来るかもしれません。 ありふれた物事、当たり前となっているものごとから面白みを見いだせるということは、とても幸福なことだと思います。

集中力を上げたい場面でも◎

また、先に挙げた実用的な面では、フィールドレコーディング音源は、いわゆる何かの作業をしながら聴く「作業用音源」としても大変有用でしょう。 作業時に音楽を聴くと、単純作業は別として、時として思考を妨げてしまうこともあると実感しますが、自然音や環境音は、音楽ではなくあくまで聴き手の環境を形作る要素といえ、作業の効率アップや快適な居心地を提供してくれることでしょう。 実際に私も、とある山深い渓谷で日の出とともに録音した清涼な音風景や、京都や奈良など古都の街なかや郊外で録音した日常的な音風景を、作業や気分転換のお供に愛聴しています。


それから、以前の記事でも少し触れましたが、録音音源は、日々や旅の大切な記録として、一生残り続ける宝物になるとも思います。 写真と同じように、録るときは日々の取るに足らない記録と思えても、時を経てから聴いてみると、その場限りの貴重な記録としてとても大切に思えます。 やはり、記憶の強力なトリガーとして、その時の雰囲気や空気感、温度感など、さまざまなことを詳細に思い起こさせてくれるからです。


フィールドレコーディング、ぜひとも皆さんに実践いただければ嬉しいです。

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Words:Saburo Ubukata