京都・山城にある宇治香園は、慶応元年(1865年)創業、今年(2025年)で160年を迎える茶問屋で、100年以上に亘って飲み続けられてきた銘柄を守っている。宇治香園の6代目である小嶋宏一氏は、茶師としてその仕事に携わってきた。
宇治香園のお茶は、モダンなパッケージとロゴデザインに包まれている。視覚的にも目を惹き付ける。また、お茶(tea)と光(light)と音(sound)の統合を意味するTealightsoundと名付けられた音楽レーベルを運営して、毎年、創業の9月に「お茶を感じる」音楽を提供している。
音楽の熱心なリスナーであり、映画制作にものめり込んだ小嶋氏は、最終的に茶師という仕事を選んだ。それゆえに、お茶を聴覚と視覚にも結びつけて、トータルに味わい、楽しむ提案を続けている。そのユニークな試みと、日本茶の面白さを、京都の茶園を訪ねて伺った。
映画制作から、お茶の世界へ
小嶋さん個人の話から、まずは伺わせてください。
私は、この宇治香園の6代目として京都で生まれたんですが、両親は跡を継げというようなことは全く申しませんでした。ただ、周囲の方々がそういう自覚を持ちなさいと、自分が4歳ぐらいの時から叩き込まれてきました。小さい時から絵を描いたり、工作したりが好きで、そういう内向的な人間が経営なんかに携わったら、会社を傾かせてしまうんじゃないかということもありましたし、純粋に他人に人生を決められるのが嫌だという反発心もあって、継ぐということに対しては否定的に向き合っていました。
音楽との出会いはいつですか?
小さい頃から音楽を聴くのが好きでした。スタートは、母親がよく幼稚園の行き帰りにかけてくれたクラシックです。でも、一番衝撃を受けたのは、小学5年生の時のマイケル・ジャクソン(Michael Jackson)の「Thriller」。あのバックビートに身体が動き出す感じがめちゃくちゃ衝撃的で、そこから洋楽を聴き出すようになりました。音楽を聴きつつ、学生時代はオールナイト3本立て入れ替えなしで映画を朝まで見られたので、映画館にずっと入り浸ったりしていました。
映画を実際に作るようになったきっかけはあったのでしょうか?
一つは、映画の生きてる感じというか、猥雑さに惹かれたんですね。アニメもカンフーも芸術も成人物も、映画という一つの容れ物に無理やり収まっている様が、それ以外の芸術ジャンルよりも間口が広く感じて、これだったら自分のような者でも参加できる余地があるんじゃないかって思ったんです。もう一つは、映画監督同士の孤独な連帯感です。映画監督と映画評論家が新作映画について論じあう、泉谷しげるさんが司会の深夜番組があったんです。そこで、映画監督が同業者の新作を批評するのと、映画評論家が評論するのは、似て非なるものだと感じたんです。ライバル心や嫉妬が交錯しつつも、同業者なので失敗の痛みは分かっている。だから、あからさまに褒めたり慣れ合ったりはしないけれど、何か遠くで繋がってるような凛とした関係性っていうのは素敵だし、かっこいいな、自分もそんな大人になりたいな、って思ったんです。それが映像の世界に入りたいと思ったきっかけです。
映画を作り始めたのはいつからですか?
大学時代からです。ずっとアルバイトをして、スタッフとキャストに集まってもらい、映画を作り続けてました。自分が唯一作品を出そうと思ったのが、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)でした。それでグランプリ(PFFアワード)をいただいてから、スカラシップっていう商業映画を作るためのコンペみたいなのがあるんですけど、それに出す権利をいただいて、シナリオもできてたので、さあこれから準備を始めようかという段階で、急に、なんて言うんだろう、記憶が飛ぶぐらいの感じで、映画やめようっていう時が来たんです。
情熱がなくなったんでしょうか?
それに近い感じですかね。なんでかよくわからないんです。そのあとの展開とか全く考えてなかった。
お茶に興味を持ったからではなくてですか?
そうですね。でも、やっぱりお茶は面白そうだなと研究機関に行き始めたんです。

世の中の移り変わりを舌と鼻で感じて、その距離感を適切に測る
お茶の研究機関とはどういう所でしょうか?
現在は独立行政法人になっている野菜やお茶の研究機関で、当時は農林水産省野菜・茶業試験場といって、そこで2年間、研修を受けました。父が勧めてくれたんですけど、自分もお茶を根っこから知りたいなって思ったんです。ほんとにあそこに行ってなかったら、今はなかったと思うくらい良かったです。なので父には感謝してます。研究機関なので、白衣を着てフラスコ振ってるようなイメージだったんですけど、全くそんなんじゃなくて、お茶がたくさん並んでる部屋に通されて、まず匂いを嗅げ、味わえ、理屈はいいから、と。お茶の色、形、香り、味。これをとにかく頭ん中にインプットしろと言われました。
味覚、感覚を鍛えるんですね。
人間の味覚の成長っていうのは25歳まででストップするから、と言われまして。それまでに、香りと滋味を合わせたものを僕ら風味って呼んでるんですけど、風味の地図をとにかく作りなさい、その地図の中で自分の不動の座標軸を作ったら、流行り廃り、好き嫌い、そういうのを超えて、様々な未知の味と香りとの距離を測れるようになる、と。
「距離を測る」とはどういう意味でしょうか?
研究機関の師匠が、安価な麦茶と、すごく高価な玉露、どっちが高い?って訊いたんです。玉露が高いと答えますよね。ところが、じゃあ全力疾走で300メートル走った後に、おちょこ1杯の玉露と、グラス1杯の冷えた麦茶、どっちがお前の中で価値が高い?って訊かれた。それはもう、ひとしずくの玉露よりごくごく飲める麦茶です。ことほど左様に、人の価値っていうのは、その時々の状況によって変幻自在に変わるものだから、それに振り回されていては長く続くお茶の風味作りができない。そうじゃなくて、世の中の移り変わりを舌と鼻で感じて、その距離感を適切に測る必要がある。それを測れる物差し、座標軸を持ちなさいと。そして自分の座標軸からの距離を客観的に図ることができれば、新たに出現した潮流にうろたえることなく、添うことも、逆に離れることもできる。つまり、自分次第の自分の物差しを持てる。自由になれる。そのためには、1万杯飲んで半人前、膨大なお茶を25歳までの間に、飲み、香り、見て、自分の風味の地図に入れておきなさいと。そういう風に教わったことがすごく大きかったです。
その時はおいくつだったんですか?
23か24か、それぐらいですね。
本当にギリギリの年齢だったんですね。師匠もお茶屋さんの方ですか?
いえ、農水省の研究官ですね。研究し、また民間への技術指導もしておられた方です。お茶っていうものの捉え方を教えてもらったっていう感じですね。でも、そのことは、自分が映画を作るときに感じた、膨大な映画を見て、自分の物差しを作るっていうのとすごく一致するなって思ったので、やっぱり数を体験するっていうのは大事なことなんだなって学びました。
その研究機関を出られて、宇治香園に入られたわけですね。
そうです。

日本茶でしか感じられない体感としての、心地よい緊張感
宇治香園は、Tealightsoundという音楽レーベルもやられています。これはそもそもノベルティの制作からスタートしたのでしょうか?
はい。そもそもは大阪の日本茶専門店(大阪心斎橋店)の中でかけるBGMとしてオファーしたんです。COMPUMAさんが2012年に『Something In The Air』っていう、ものすごく面白いミックスCDを出されたんですけど、私はそのテンションにお茶を感じたんですね。自分がお茶を鑑定している時に、身体を刺激され、ツボを突かれるわけですけども、その感じに似てるなと思ったんです。お茶みたいなミックスを作る人がいるんだなと思って、お茶を感じるようなテンションのミックスCDなりコンピレーションなりを作っていただければ、お店でも流したいし、お客さんも喜ばれるんじゃないかと思ってオファーしたのが初めでした。
「お茶を感じた」というのを、もう少し説明していただけますか?
端的に言うと「心地よい緊張感」です。私は仕事で、新茶の時期は毎日数百点のお茶を鑑定するんですけど、自分が研究機関で学んだのは、成分と効能を1成分1効能のように紐付けて捉えていたんですね。例えば、カフェインは集中や緊張、カテキンは抗酸化作用、みたいに覚えてたんですけど、実際、自分が大量に茶の鑑定をする中で、それらの成分が同時多発しているなって、自分の身体の変化を観察することで気づいたんです。その時の一番代表的な現象に、日本茶でしか感じられない体感として、心地よい緊張感っていうのがあったんですね。
まず、集中・緊張っていうのは、コーヒー、ウーロン茶、紅茶でも同じようにカフェインで起こるんですけども、日本茶の代表的な成分として、アミノ酸、旨味成分があって、これはリラックス効果、緩める、弛緩する効果があるんです。日本茶が面白いのは、この集中とか緊張するカフェインと、リラックスさせる、緩めるアミノ酸が同時に働くことによって、ふわっと ”心地よい緊張感” が生まれる状態になるっていうのが、すごく特殊な現象なんです。そして、これと同じ感覚がある音っていうのが、自分にとっては「お茶みたいな音」だったんです。

日本茶の緊張と弛緩の絶妙なバランスと、音楽との関係
日本茶に緊張と弛緩が両方ある感覚というのは、容易に感じられることなんでしょうか?
誰しも感じられる感覚だと思います。落ち着くって言いながらも、最初の苦みには必ずキュッと引き締まるものがあるんです。引き締まりつつ緩む。この緊張と弛緩の絶妙なバランスが、すごく心地いいんです。でも、それって世間的にはあまり言及されてないですよね。茶室の作られ方っていうのも、すごく緊張するようにできてると思います。閉ざされた小さいところにぎゅーっと入って、所作も完全に決まっていて、だけど1杯のお茶を飲んで、ふーって緩む。あの緊張と弛緩が同時発生している感じが日本茶っぽいなって思いますし、大昔から必要とされてきているエネルギーの根源じゃないかと感じているんです。
音楽では、5度のドミナントから1度のトニックに向かうコード進行を、緊張から弛緩に解決すると言いますが、コード進行に囚われないモードジャズなどの浮遊感を思い浮かべました。
その状態です。そういうことです。緊張感は強烈なものじゃなくて、その状態がふわっとずっと続いてるような感じで。それが『Something In The Air』にはすごくあったんです。
お茶を飲んだ時の感覚と音楽とは、小嶋さんが音楽をいろいろ聴いてきた蓄積がないと、なかなか結びつかないのではないでしょうか。
う~ん、そうかもしれませんね。一番の衝撃はやっぱり小学校5年生の時の「Thriller」ですけど、その後の衝撃は高校1年生の時のソニック・ユース(Sonic Youth)です。そこからフリージャズなどを聴くきっかけになったので。サーストン・ムーア(Thurston Moore)やキム・ゴードン(Kim Gordon)が自分たちに影響を与えたアルバムのリストに、ジョン・コルトレーン(John Coltrane)の『Impressions』が入ってたんです。テレヴィジョン (Television) の『Marquee Moon』やパブリック・エネミー(Public Enemy)のセカンドアルバム(『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』)も。そんなのを片っ端から聴いていって、自分の価値観が一回壊れたような、そのリスニング体験は大きかったかもしれないです。

解像度を上げて覗いてもらったら、すごく面白い世界が広がる
Tealightsoundの説明で、お茶を飲んだ時の体感を、「オーロラのように変化する色のようであり、お寺の鐘の音がアタックから減衰してゆくゴオォォォォォンという音を聴いたときの感覚のようでもあります」と書かれてます。このことについても詳しく説明いただけますか。
お茶を外側から捉えていたときは、農産物、プロダクトみたいな印象を持ってたんですけども、お茶の一番のすごさ、本質は、身体に入った瞬間に湧き起こる反応だと感じたんです。お茶を湯呑に入った液体であるとか、葉っぱの植物だと捉えたら見逃してしまうような動き、エネルギーのバイブレーションみたいなものが、お茶の面白さだと感じたので、それが一番似てるものを探すと、音とか光だと思ったということですね。このお茶のバイブレーションがより細かくなっていくと音になって、さらに細かくなっていったら光になっていく。
なるほど。「ゴオォォォォォン」という擬音もリアルに感じさせる表現ですね。
お寺の鐘の音がほんとにそう聴こえるんです。あの音を圧縮して短くしたバージョンの擬音が口の中、鼻の中で起こっている感じです。注意深く召し上がっていただくと、それは感じられると思います。日本茶は、コーヒーのような強力な香りがなくて、人間の閾値*にギリギリ届くぐらいの香気成分が300種類ぐらい集まって、その香りを形成しているので、コーヒーに比べると、圧倒的に控えめなんですね。なので、こっちから働きかけていかないと、キャッチしにくいんですよ。だけど、キャッチしたら、豊かな世界が広がる。要は、解像度を上げて覗いてもらったら、すごく面白い世界が広がるので、ぜひ覗きに来てみませんかという呼びかけなんです。
日本人は普段から日本茶を飲んでますが、まだ気が付いていないことがあるということですね。
主体的になった方がより楽しめると思うんです。こんなこと言ってる人がいるなら、一度注意深く飲んでみようかって思ってほしいなと。日本茶の世界に解像度を高めて臨んでもらったら、めっちゃ面白いっていう人が増えるんじゃないかと思ってます。
Tealightsoundもその解像度を上げてもらうためのものというわけですね。
そうですね。そこが、ほんとに伝わってほしいと思います。
今回、早朝に茶園を見学させていただきました。そこには鳥がたくさんいて、周囲が明るくなっていく中で聴く鳥の鳴き声がとても印象深かったです。あれもTealightsoundの背景にある原風景のように感じました。
あれは、もう全身でのリスニング体験ですよね。
*閾値(しきいち):ある現象や変化が起こるかどうかの境目となる数値や条件のこと

好き嫌いではなく、また良いか悪いかでもない、お茶を感じるか感じないかという軸
見学の際に、宇治香園がやられていることを、音楽制作におけるポストプロダクションに喩えて、録音した素材(収穫したお茶)をどう編集、ミックス(ブレンド、加工)していくか、と説明されたのも、とても合点がいきました。
うちは、創業から今年で160年経つんですけど、いろんな銘柄のお茶を取り扱っています。例えば煎茶ならば〈清風〉という銘柄、玉露ならば〈玉龍〉という銘柄、というように、それぞれに100年以上の歴史を持つ風味に対しての名称、つまり銘柄が付いています。それぞれの銘柄の風味をゴールにして、様々な特徴のお茶を仕入れて、ブレンドして加工するということをやっています。この風味の銘柄を作り出すために、こういう特徴のお茶が必要だ、という逆算でお茶を仕入れていくし、加工していくということなんです。100年以上愛されているという事実がポピュラリティを示しているので、まずはその風味を自分が理解して、再現するために、毎年刻々と変化するそれぞれの茶園の風味を把握し、調整して、代々続く風味を作り上げています。
最初は、ゴールが決まっている風味を再現し続けることに面白みを感じなかったんですが、同じ茶園でも自然条件によって風味は毎年大きく変動するので、その現実を受け入れた上で、うまく向き合い工夫を重ねながら、最終的に一つの銘柄の風味に収斂させていく作業はクリエイティブな行為でもあり、面白いなと思ったんです。自分が映画の編集で培ってきたものが生きてくるとも思ったので、自分とお茶作りを一体化して捉えることができたっていうことですね。逆算していくのは、エンディングを決めて、そこからオープニングを決める映画の作り方とかなり似てるなと思っています。
ずっとスタンダード曲が演奏され続けているのと同じように、ずっと飲まれ続けていることの価値というのはありますよね。
それは説得力がありますよね。親子3代続けて同じ銘柄を買っていただいてるお客様がいてくださるっていうのは、そういうことじゃないかなと思います。これはおばあちゃんに飲ませてもらっていたからと、自分の息子さん、娘さんにも飲ませてくれていたりというのは、すごく嬉しいですね。
Tealightsoundの今後については?
好き嫌いではなく、また良いか悪いかでもない、「お茶を感じるか感じないか」っていう軸が一つあって、そこを基準に聴いてみると、こんな味わいの音楽もありますよ。そしてその先には、面白い日本茶の世界が広がっていますよっていう、そういう感じのプレゼンテーションを続けていきたいです。
宇治香園

慶応元年(1865年)に京都山城で創業した茶問屋。大正3年(1914年)より大阪船津橋で小売を開始し、昭和21年(1946年)に大阪心斎橋店を開く。平成27年(2015年)、創業150年を記念して制作された音楽作品をきっかけに、茶を音と光で表現するTea+Light+Sound=“Tealightsound”企画を開始。令和3年(2021年)、リニューアルパッケージが世界3大デザインコンペティションの1つ、iFデザインアワード2021を受賞。
Tealightsound

Words: 原 雅明 / Masaaki Hara
Photos: Mai Narita