昼はセレクトショップが集まる目黒川沿いのエリアで賑わいを見せ、夜は個性豊かな飲食店やバーを目掛けて人が集まる中目黒に店を構えるバー629。

2014年のオープンから一見さんお断りのスタイルを貫き今年9年目を迎えるバーのオーナー、大島和宏さんの半生を紐解いていく。

新潟県十日町出身の和宏さんは中学生の頃ヒップホップやR&Bにハマっていたが、中3の頃に先輩の影響でハウスミュージックに出会い、心臓の鼓動に近い高揚感を味わえる4つ打ちの世界にのめり込んでいった。高校入学後もクラブに通い、地元のパーティーでDJをしたりと音楽への愛情はますます深くなっていった。

高校卒業後、美容学校に通うため上京。卒業後3年間美容アシスタントとして働いたが、クリエイティブな事への理想と現実の違いに直面し挫折。

その後、当時渋谷で流行っていたDJもいる比較的大箱のダイニングバーでアルバイトとして入り、4年間ほぼ週6日働いていたことにより自然とお酒の知識や経営なども学んでいったが、当時は飲食業が好きではなかったと和宏さんは言う。
渋谷の人気店で働いていた事もあり誕生日には数百人が集まり、渋谷の人気者になっていたがそんな生活にマンネリを感じ、将来の事を考え悶々とする時間が長くなっていた。

店内のカウンター

そんなある日、たまたま日本とオーストラリアのハーフの友人兄弟に、オーストラリアに遊びに来ないかと誘われすぐに仕事を辞めワーキングホリデイを利用して1ヶ月後にはオーストラリア、パースに飛び立つ。

世界でも有数の都会である東京に疲れていたのと環境を変えたいと思っていた事もあり、田舎町のパースで1ヶ月ほど語学学校に通った後、ジャパニーズフュージョンのレストランでシェフなどをしてお金を貯め、オーストラリア大陸を1周半車で回る旅に出る。
渋谷で働いていた頃は人間関係の薄さを感じてあまり人が好きではなかったと言う和宏さん。旅の中で、あるはずのガソリンスタンドがなく、ガソリンが無くなってしまった時にロードトレーラーの運転手がランチをご馳走してくれたり、隣町まで乗せていってくれたり、ナショナルパークを訪れた時たまたま出会ったドイツ人と一週間旅をしたりと様々な人に触れ、助けられ、優しさに包まれ、意外と自分は人の事が好きなんだと気づく。

色々な人と出会い、話を聞くことは自分の人生を豊かにすること。普段あまり話さない人もお酒が入る事により話しはじめたりと、お酒を通したコミュニケーションのできる場所、いつの間にか嫌いだったバーをやりたいと思い始めていた。

日本に帰国後、渋谷時代の友人に誘われ恵比寿のショットバーでマネージャーとして働き始めた。恵比寿という立地もあり、様々なバックグラウンドを持つ幅広い年齢の顧客と出会う事によって、ストーリーのある話、物語のある物や事に惹かれていった。顧客の中に自分の店をオープンする資金を支援したいと言ってくれる人に出会い1年ほどで退社。当初は恵比寿で物件を探していたがなかなか見つからず、当時飲みに行った事もなかった中目黒の地でたまたま現在のお店の場所が空いている情報を聞き、内見後、即契約。

店名ロゴ

内装は友人の大工と一緒にほぼDIYで仕上げ、店名の629は若くして父親を亡くした年から和宏さんが唯一毎年読んでいる本だという『星の王子さま』の作者サン=テグジュペリの誕生日6月29日から、毎年読むと感想が都度変化し自分と対比できるところに感銘を受けているという。6月29日は奇しくも和宏さんの父親と母親の結婚記念日でもある。

店内には和宏さん、そしてこの店との様々な物語を通して繋がったストーリーがある物たちで溢れている。

エントランスの丸いドアの取っ手の店名ロゴはパリを拠点に活動しているアーティストMIKI KATO氏によるもので、629の文字をよくみると星の王子さまがいたり、和宏さんの両親の結婚指輪が描かれていたりするファンタジーな作品。
ガラスドアの絵と壁に掛かっている629を象徴するアイテムが特徴的なタッチで描かれているドローイング作品は、スイス在住で世界的に活躍するアーティストSAYORI WADA氏によるもの。

その他にも、オランダ人プロデューサーのマイダスハッチによる同店の名を冠したトラックがリリースされていて、インターナショナルな人脈が店を通して広がっていたり、芸能界のドンと言われたI氏から引き継がれたヒュミドールと葉巻、今では入手困難な旧ロゴのコイーバランセロが置かれていたりと、一つ一つの物にストーリーがあり、人と人の繋がりをが感じられる。

南部鉄器の灰皿、燕三条で作られるコースター、100年以上前のニューヨークのアパートの床を再利用して作ったハンガーラック、バーシェルフなど629には古き良き物で溢れている。

ドローイング作品
ハンガーラック

若い頃から音楽好きだった和宏さんらしく店内ではレコードも流していてR&Bからヒップホップ、歌謡曲にジャズと幅広い選曲で訪れる人を楽しませている。そんな音を支えるシステムはスピーカーにQUAD、アンプにSONY、ターンテーブルにPro-Jectとバランスの取れた音色を響かせている。

ターンテーブルとスタイラスクリーナー

店をオープンするにあたり自分の天国を作りたかったと言う和宏さん。ルールブックは自分でみんなに楽しんでもらえるように作り、そのルールが合わない人は去っていくがそれはしょうがないというスタンスで続けてきた。

一見さんお断りでワンマンのオペレーションだからこそできる、一人一人との深い対話と繋がり。その人の事を知り、店にくる他の気が合いそうな人と繋げていく。和宏さんのお店で出会い結婚したカップルや、仕事を一緒にする様になった人、少しでもきてくれるお客さんを幸せにできれば自分も嬉しいと和宏さん。

そんなスタンスからは、現代では失われつつある昔ながらの人情や温かみ、アナログな心地良さを感じる。
今後もこの場所で、様々な人や物の物語のページが和宏さんを通して刻み続けられていくのだろう。

オーナーの大島和宏さん

629

住所非公開
営業時間
20:00 – 4:00

Photos & Words by Masahiro Takai