カバー曲とは、過去にリリースされたオリジナルの楽曲を、同じ歌詞、同じ曲の構成のまま別のアーティストが演奏、歌唱、編曲をして録音された楽曲のこと。歌い手や演奏が変わることでオリジナルとは違った解釈が生まれ、聴き手にその曲の新たな一面を届けてくれます。ここではジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、曲の背景やミュージシャン間のリスペクトの様子など、カバー曲の魅力を解説していただきます。

チャイコフスキーの「白鳥の湖」

これまでも何度かクラシック楽曲のジャズ版カバー演奏を採り上げてきたが、今回はあまり類例のない『バレエ曲』である。ピョートル・チャイコフスキー(Peter Ilyich Tchaikovsky)の有名な「白鳥の湖」だ。クラシックバレエを代表する作品のひとつとして、同じくチャイコフスキーが作曲した「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」と共に「三大バレエ」と称されている。

初演は1877年春、モスクワのボリショイ劇場にて。ところが評判はあまり芳しくなく、チャイコフスキー没後に振付け家のマリウス・プティパ(Marius Petipa)とレフ・イワノフ(Lev Ivanov)によって大幅に改訂され、1895年にサンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で上演されて好評を博した。今日上演されている「白鳥の湖」は、このプティパ/イワノフ版である。

作品はドイツを舞台としており、悪魔の呪いで白鳥にさせられた王女オデットと、王子ジークフリートとの悲恋の物語。楽曲の要所にワーグナーのオペラからの影響が見て取れる(ワーグナーの楽劇「ジークフリート」が1876年に初演されているので王子の名前からしてそうだし、オペラ「ローエングリン」の第一幕第三場の旋律の類似性等も指摘されている)。舞台の特徴として、主役のバレリーナが対照的な役柄を演じ分ける(オデットと、オデットに呪いをかけた悪魔の娘で、王子を惑わせる妖艶な黒鳥オディール)一人二役が見所とされる。

最初の全曲録音は、1954年にエルネスト・アンセルメ(Ernest Ansermet)の指揮、スイス・ロマンド管弦楽団のDecca Recordsへの録音が世界初とされている。それ以前の収録は、幕ごとに抜粋されたSP盤であった。

小澤征爾の「白鳥の湖」

ここで採り上げるLPは、小澤征爾指揮、ボストン交響楽団の演奏によるドイツ・グラモフォン盤。1978年11月・12月、米ボストンのシンフォニーホールでの録音で、小澤/ボストンが積極的に録音を行なっていた時期の作品。バレエの舞台で実際に演奏される感覚よりも、よりダイナミックで力強く感じられ、セッション録音ならではといってよい。ハーモニーの細部も具に見て取れ、ダイナミックレンジや立体的なステレオイメージ等、オーディオ的ポイント高し。

ジャズアレンジされた「白鳥の湖」

採り上げたジャズ版カバー演奏は、ジム・ホール(Jim Hall)、ヒューバート・ロウズ(Hubert Laws)、チェット・ベイカー(Chet Baker)によるCTI Records盤。1982年3月、4月に米ニュージャジー州イングルウッド・クリフスのVan Gelder Studioにて録音された。レーベルのオーナーであるクリード・テイラー(Creed Taylor)のプロデュースの元、ドン・セベスキー(Don Sebesky)がアレンジを担当。ギターのジム、フルートのヒューバート、トランペットのチェットというベテラン・ジャズメンが集結した豪華なアルバムで、CTIらしいクラシックのジャズ化の芳香が感じられる。

原曲のイメージや美点を継承したようなここでの演奏は、最初にテーマを奏でるのがフルートで、哀愁を帯びたフレージングが美しく、オリジナルの世界観を押し広げていく。そこにオブリガードを付けていくのがギターのウォームなトーン。アドリブパートになるとトランペットの渋いトーンが現れる。エピローグでは再びフルートがテーマを提示する。

Words:Yoshio Obara

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